7.世界史教育の胎動・その5

53年秋の歴教協第5回大会で、
「歴史教育は最初から世界の中で、日本はじめ諸民族の歴史を全面的に発展的にとらえねばならぬ。そのとき、とくに後進地域、従属地域を重要視せよ。東欧、アジア、アフリカ、中南米とのつながりを歴史的に自覚することによって、今日の危機の自覚と克服とをさまたげている支配者根性、植民地保有国家の精神から脱却できる。アジア、東洋にも民主主義や平和の歴史がある。東洋と西洋のからみ合いの中で歴史をみていかなくてはならない。いままでの西洋中心ではだめだ。とくに近代現代における東洋と西洋との有機的関係をつかまねばならぬ」
ことが強調された。
「どうもそのころまでの『科学的世界史』というのは、発展法則を如何に見失わないかという点に重点があり、とくにヨーロッパの歴史の中から生れた発展法則でアジアを推しはかるというよな状態がつづいていたようだ」
(歴教協東京支部世界史部会「『世界史的なものの見かた』への努力」11号、55.8)
それならば具体的に、どのような内容と構成をもった世界史であればよいのか。



(5)同時代的・全地域的把握

世界史の構成は二つにおちついてきた。
A 近代以前には、東洋と西洋を独自の流れとしてつかむ。
B 近代以前においてもいっしょにみていく。

54年秋の歴教協第6回大会での部会提案は、つぎおように強調していた。
「世界史の内容として――現在の日本の重要な課題、民主化・独立・平和の問題に立って世界史をみつめ、その課題がアジアの諸民族と手を組んで始めて解決しうることを理解させる。
日本の歴史を正しくとらえるためにアジアの歴史を中心におき、日本の歴史をその一環にとしてとらえていく」「東アジアの歴史の中で、日本がどのように成長していったか、欧米の動きのためにアジアと日本はどんな変化をたどったか、立ち上がりつつあるアジアの中で東アジアの一環として日本はどう立ち上がるべきか。こうした歴史を発展的に見ていくのであるが、そこから世界史の構成や時代区分も反省さるべきであろう」(久坂三郎「世界史教育の内容と方法」『教師のための歴史学習』淡路書房、1955年)

実践はつづけられていった。『高校世界史』『世界史講座』編纂の中でもまれた。
世界史部会員のあいだで、
「同時代的に全地域的に世界史は扱わねばならないし、また扱える」という点に意見が一致してきた。
55年1月からはじめた集団学習の中で私どもが夢中になってとり取組みだしたのが、「同時代的・全地域的把握」であった、と吉田は書いている。
「歴史の根本的要素である『時』と『地域』とにはっきりもとづいて、あるがままに歴史をとらえ直していこう、そして頭初(吉田はこの字を使う)から、歴史を全体的に全世界的に自分も生徒も考えていこう、その場合、歴史を、世界を見て行く目はいつも『アジアの叢』の中におき、日本人の肌に密着させて行くことを忘れないようにしたい、こういう気持ちが第一に私たちの考えだった」
「第二に、私たちは、アジア人としての自覚、諸民族の主体性・独自性をしっかりつかんでいく、見失わぬという大前提の上で、しかも、文化経済の交流、征服・被征服、先進・後進の推移の過程の中で、諸民族が主体的に成長・変化しつつ様々な形で接触して行く過程の中で、複雑微妙に織りなされてくる有機的関係を時間をおってあるがままに追求して行くべきだと考えた。いわゆる近代以前についても。近代以後形成される有機的関係の歴史的前提をリアルにダイナミックにとらえていきたいというのである」
「第三に、実際の授業の中で、こういう態度、とらえかたで教えて行くと、教師が生徒と一緒になって歴史の中の類似性と相異性とをみずから発見することができる。
地図・年表・絵図といった教材をこなすことによって、この方法で効果的に生徒自身に『くらべ』させ、『考え』さすことができると考えた。諸民族が織りなす変化の多様性、その中を貫くアジアの主体性、そして日本人としての新しい自覚、これらは民族の主体性を失わぬ『同時代的・全地域的把握』の上に立つことによって発見できると私たちは考えたのである」
「世界史の表舞台、花形役者ばかりでなく舞台裏、縁の下の力持ちにたえず気をくばるようになった、とか、ヨーロッパがこうであったときアジアはどうなっていたか? 日本はどうなっていたか? その間に有機的関係はないのか? といったことはいつも考えるようになった、とか、民族の内なる力の成長と、外からの刺激・影響とを区別してみる力が養えるようになったとか、いままでの把握では出てこなかった成果が、実践の中から生れてきた」(「教育とアジア認識」『現代アジア史』第4巻、大月書店、1956年)。

「以上のような諸点に注目しつつ考えてくると、全世界史は頭初から内面的につながっているということになる」
「近代・現代の世界史は、原始の頭初からの諸地域、諸民族の歴史の有機的相互関係のつみかさねのうえに生じたものであること、近代・現代以前に世界の一体化の前提が形成されていったことを全世界史的に発見しなければ生きてこないと考える」
「いかなる未開民族の歴史も、こういう観点に立てば、世界史的に同時代的に位置づけられてくるはずである」(「ものの見方、考え方を深めるために」)

同時代的・全地域的把握の一つのこころみが、歴史教育者協議会編『教師のための世界歴史』(河出書房、1955年)であった。編者は、久坂三郎、吉田悟郎、大江一道である。
その構成はつぎのとおり。

第1章 文明のあけぼの
第2章 古代国家の形成
第3章 新しい四つの文明圏
第4章 四つの文明圏の変化と展開
第5章 西洋における近代国家の成長
第6章 国王と市民、植民地争い
第7章 激しい社会の動き
第8章 ヨーロッパ資本主義の勝利
第9章 アジアの隷属化と日本
第10章 帝国主義の形成
第11章 日露戦争から第一次世界大戦まで
第12章 ロシア革命と第一次大戦後の世界
第13章 世界恐慌から第二次大戦まで
第14章 第二次大戦後の世界

この世界史の方法は、こののちも世界史の構成として、かならずしもひきつがれたのではないが、この考え方は、構成そのものは変っても、のちのちまで、生きつづけたといってよいであろう。

こうして、世界史教育のなかで、問題がどこにあるのかが、ようやく自覚されはじめ、出そろった問題に向かっての、世界史教師たちの悪戦苦闘がはじまったのである。
(99/10/15)

ここまで書いて、ついに、「世界史教育の50年」は、中断です。
私の胃癌は悪化し、つづけることができなくなりました。
まことに勝手ながら、このホームページは、
しばらくはこのままですが、やがてとじられることと思います。

いままで、読んでくださったみなさん、紹介してくださったみなさん、
私をささえていただいたみなさんに、あつく御礼を申しあげます。
ありがとうございました。
どうか、ご自愛のうえ、ご活躍ください。
99/12/06


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