なまけておそくなりました。
52年学習指導要領は,てもとになく,小林一幸さん(実教出版)の,また前回の山川出版社の最初の世界史教科書は,尾板寿さん(山川)の協力をいただきました。
5.最初の世界史学習指導要領
(1)社会科の中の歴史であること
社会科世界史の授業は,文部省の学習指導要領なしではじまったことはすでに述べた。
1949年末に発行されるはずの,学習指導要領は,なかなかでなかった。おくれた理由はわからない。
社会科世界史を設置した文部省は,世界史教育をどう考えていたのか。
『日本歴史』(吉川弘文館)1949年4月号に載った「今後の歴史教育」の座談会(→
「社会科世界史がおかれたわけ・その史料」の資料9)のなかで,当時の文部省の教科書局の歴史の主任・箭内健次はつぎのように解説している。
「小学校から中学校,高等学校,この三つの段階に置かれておる歴史というものが,いずれも社会科という大きな教科目の中に,一応セパレイトでありますが,歴史として独立の教科目でないということ,これはわかりきったことでありますにも拘わらず,実はおわかりになっていない点が多いのじゃないかと思います」
と強調する。
世界史も社会科世界史なのである。では社会科歴史の目標は何か。
「民主社会を生きぬく実践的な生活者を作ることを目標にしている」
「社会科の中におかれている限り社会科の一般目標と合致するものであることはいうまでもないが,そのほかに,いくつか考えられる」
「第一に,歴史とわれわれの生活が如何に繋がりをもっておるかということを理解することによって現在の社会を理解するということ。
第二に,現在の社会生活の歴史的背景を理解することによって現在の社会に対する認識を深めること。
第三に,歴史の発展の必然性に対する理解。
第四に,歴史の流れには色々な紆余曲折があり,或いは時によってその速度は緩慢であったり,或いは急速になったりする場合もありますが,大体において,歴史は進歩に向かって発展していること,これによって,生徒がこの現在の社会において,これを発展させるために自分の責任が如何に重大であるかということ,それを少しでもよくするための識見を養うこと。
第五に,時と場所とを問わず常に共通するような人間性というものの理解,それから……」
ここでなぜか,豊田武が,「ずいぶんありますね」と話の腰を折り,箭内が,「あまりあげると難しいのですけれども……」と,以下を中断している。
「……」は,私が省略したのではなく原文がそうなっている。あとのほうで,
「社会を総合的に発展的にとらえることがだいじだ」といい,かといって,網羅的であってはならず,「歴史は暗記物でなく,本当に現在社会を生きぬくための糧となり,血となり,肉となるものであるという考えをここに打立てなければならないと感じている」
とも述べている。
当時は,これらが文部省の社会科歴史の目標であった。
その目標を達成するためには,社会科歴史教育は,どうやるのが望ましいとされたのか。
「概説的であってはならない」という。
「社会科歴史においては,いわゆる概説というものは少なくとも第一義的に考えるべきでないということを特に強調したいと思います」
「新しい教育というものは教えるのではなく,自ら学ぶ,それをラーニング・バイ・ドウイング,なすことによって学ぶ,自ら経験することによって学ぶ。
教えるということは新しい教育においては強調されないのでありまして,自分で問題を発見し,その問題を解決する。
努力を自分でなすことによって色々社会の仕組を理解するということが必要になってくると思います」
「歴史の事実はそれ自身として重要ではなく,現在の社会における意義という点で重要になるわけです。
結局問題は歴史の場合においても現在の生活の中から問題を発見し,それを歴史的世界の問題として取上げるというところに,歴史の学習の目標があるわけです」
では,「社会科世界史」は,どう扱おうと考えられていたのだろうか。
「世界の歴史を教材として現在及び将来の社会をよりよく改善するために,歴史的な物の見方を養うことがその狙いでして,そのためには,現在の生活の中の問題から出発して行って,それがたとえば東洋の中国なら中国においてどういう形で現われておるか,西洋なら西洋でどういうふうに現われたか,それの違いはその背後にある東洋の社会,西洋の社会,近代の社会,それぞれの背後の社会の姿というものに学習を進めていくというふうにもっていくべきじゃないかと思います」
「その問題は日本だけにある,日本の上代に限るとか日本の近世にだけあってそれ以前にはないというような問題でなく,時と場所を問わず,人間生活において常にあるものでなければ,学習課題にならないということであります。
そのためには課題というものをはっきり掴み出すということが大事で,先生はまず授業を開始する前に,生徒の問題を正確に捉えること,これが最も大事なことじゃないかと思います」
では,世界史の構造というものは,どのように考えていたのか。
豊田が「世界史の中に国史ははいらないのか」ときいたのに答えるなかで,箭内はこういっている。
「勿論はいります。世界史の教材としては日本も東洋も,地球上の全部を含めておるのです。いわば人類発展の史実がすべてその対象となるのです。
ですからこの学習は決して体系づけられるものでなく,結局世界史というものはこれは原始時代においては一応世界史的扱いが出来るわけで,それから最近の世界においては世界史的な問題というものがいくらもあり得るのですが,中世においては各々東洋社会なら東洋社会,ヨーロッパ社会ならヨーロッパ社会と遊離しておりまして,多少の交渉はあったのですが,大体において別個に発展しておったのです。
結局そういった姿を,学習の結末において理解することが世界史であった。
だから世界史はどういう体系でなければならないということは社会科の歴史では考えておらないのです」
そこで,豊田が聞く。
「そうすると先生が任意にやって宜しいのですね。文部省からの意見がはいってなくても,いろいろの世界史をやっていいのですね」
「そうです。これで社会科歴史の目標が達成されているなら結構です」
と箭内はこたえている。こうも言っている。
「日本の世界史はアメリカの世界史ともイギリスの世界史とも当然違ってくると思います。即ち日本で行う世界史は結局現在の日本の社会を理解するための学習でありますから,西洋史において重要な教材必ずしもわれわれの世界史において重要かどうかは,別問題になってくると思います」
「“世界史の体系”というものは考えてない」「概説的であってはならない」という文部省は,どういう学習指導要領をつくったのか。
(2)社会科世界史・指導要項中間発表
「学習指導要領社会科編の世界史」は,1952年3月20日に発行されたのだが,その前に文部省は,1950年9月22日に,中間発表をおこなっている。
「社会科世界史の学習について」(文初中第495号)である。
50年3月から9月にかけて,人文地理,一般社会,時事問題の単元要項につづいて上記の「世界史」が発表された。
「学習指導要項は目下編修中であるが,その一部として次の如き学習単元の一つの例を試案として示すこととした。依って各学校においてはさきの目標及び次の試案を参考にして具体的にそれぞれの学習単元をつくり学習計画を立てられるようせられたい」
という,試案の試案である。前文は,前記座談会の箭内発言とほぼ同じである。
「社会科世界史の意義およびその学習計画については後日ふれる筈であるが,要するに現実の問題解決のための学習でありその解決の手がかりを世界史上の史実よりとりあげつつその過程において人類発展のあとを理解するものである。
したがつてその学習形態は一般社会科と同様生徒の自主的活動を刺げきする単元学習であることが望ましく,その単元内容はあくまで生徒の経験に即し現代的関心から出発した問題解決の学習でなければならない。
したがって単元の構成は単にいわゆる概説の記述の順にしたがってこれを時代的に数個に別けるというものではないことは勿論である。
さきの目標にてらし世界史は人間の社会生活の総合的発展を理解することを重点としている。
したがって個々の歴史事実をその時代の社会を背景として考察することである。加えて近代的社会の理解が重んぜられることは,社会科の目標より当然である。近代以前の社会は近代社会成立の歴史的背景として理解すべきであろう。
したがって世界史学習における時代概念として「近代以前の社会」「近代社会」「現代社会」の三類に分けて理解するのが便宣であろう。これらを現代的観点において対比することにより人類社会の発展を把握することができよう。
次にあげる試案は元より一例である。
実際の学習にあたっては夫々の地域に応じ適宣作成されるであろうが何れの場合においても右の三類型が含まれることが必要である。」
こう述べたあと,「学習単元(試案)」として,三つの「単元」とそれぞれの「目標」と
「内容」が掲げられている。
第一単元 「アジアの社会とヨーロッパの社会の発展にはどのような相違があるか。」
第二単元 「世界はどのようにして一体化したか。」
第三単元 「現代の世界にはどのような問題があるか.又それはどのようにして起っ
たか。」
その目標と内容は,任意に抜粋してあげれば,つぎのようである。
第一単元の目標
1.アジアの社会とヨーロッパの社会の発展の類似点と相違点を理解することにより歴史発展における普遍性と特殊性を理解すること。
4.現代社会における近代以前の社会の遺制を理解し批判することにより社会生活を向上させる能力を育てること。
5.近代以前の社会と近代社会の相違を認識することにより民主主義の価値を理解し,これを育てること。
第一単元の内容
1.我々の生活には外国文化がどのようにとり入れられているか。
(1)西洋人とわれわれの生活とはどのようなちがいがみられるか。
(2)中国人,朝鮮人などの東洋人とわれわれの生活とにはどのようなちがいがみられるか。
6.西洋の民主主義の発達とくらべ,東洋ではどのようであったか。
(1)東洋と西洋とでは「家」についての考え方にどのようなちがいがあったか。
(2)なぜ日本や中国では「家伝」とか「秘伝」の形で伝統がうけつがれているか。
第二単元の目標
2.一体化する以前の社会が封鎖的であったことを理解することにより民主主義的寛容の精神を養うこと。
3.世界の一体化をもたらした原因が何であるかを理解することにより近代社会の本質を認識すること
4.ヨーロッパ社会の世界的発展を理解すること。
第二単元の内容
3.何が世界を一体化させるようになったか。
(1)コロンブスやマジェランはなぜあのような大航海をしたのだろうか。
(2)ザビエルが日本に来たのはどのような事情によるものか。
(3)汽車汽船などはなぜ発明されたか。
4.一体化によって世界はどのように変わったか。
(1)ヨーロッパ諸国はどのようにしてヨーロッパ以外の地に発展したか。
(2)第一次世界大戦はなぜおこったか。
第三単元の目標[これは全文を掲げる]
1.現代世界の諸問題を総合的に発展的に理解すること。
2.第二次世界大戦後における世界の新情勢を理解することにより,正しい国際秩序のあり方を考えること。
3.民主主義について正しく理解し,これを実行する信念を育てること。
4.現代日本の世界史的地位を理解すること。
5.戦争が世界の人々に及ぼした影響とその意義を理解することにより世界平和と国際協力への情熱を養うこと。
6.大戦後のアジアの形勢の変化を世界史的に把握する能力を育てること。
第三単元の内容
2.第二次世界大戦はどのような意味をもっているか。
(1)大戦の原因――民主主義と全体主義。
(2)民主主義の勝利。
8.後進国の近代化はどのように行われているか。
9.世界史上における日本の地位
(1)日本の近代化の特色。
(2)今後に残された問題。
以上のような内容である。
封建遺制の克服・近代・近代化ということが目標とされていることがうかがわれる。
このあと「なお,学習単元として次の如きものがあげられよう」としてA案,B案をあげている。B案はつぎのとおり。
単元1.大昔の人々はどのようにして生活を切り開いていったか。
単元2.生活にほとんど自由のなかった社会で人々はどのようなくらしをしたか。
単元3.人々はどのようにして生活の自由を得ようと努力したか。
単元4.人々の自由はどのようにして確立されようとしているか。
最後に,「参考 世界史学習上における重要事項」として,37項目があがっている。
1原始人類/2原始社会の特質/3文明の発達/4国家の成立/5商業と文明の交流/6古代ギリシアの民主政治/7ローマ帝国の歴史的意義/8古代文明の特質/9古代宗教の歴史的役割/10ヨーロッパの封建社会の特質/11市民階級の興隆と国民国家の成立/12ルネサンス/13宗教改革/14地理上の発見/15絶対主義/16産業革命/17近代科学の発展/18英国革命/19アメリカの独立/20フランス革命/21民主主義/22ヨーロッパ産業主義のアジア進出/23明治維新/24ナショナリズム/25アジアの社会発展の特殊性/26アジアの専制国家と文化の特質/27社会主義/28帝国主義/29日本の大陸政策/30ロシア革命/31辛亥革命/32第一次世界大戦と国際協力/33全体主義と世界恐慌/34第二次世界大戦/35世界平和維持運動/36アジア民族の独立運動/37日本と外国との歴史的関係
以上である。「世界史の体系は考えてない」「概説であってはならない」というのは,およそこのようなものであった。
(3)はじめての「世界史学習指導要領」
ようやく発表された「高等学校学習指導要領社会科編世界史」(試案)は,つぎのようなものであった。
T 世界史の特殊目標
1.世界的な広い視野に立って,国際協力を推し進める精神を育て,世界平和への努力を惜しまない人類愛を養うこと。
2.世界史の発展と動向とを,くりかえし理解することによって,歴史的思考カを訓練し,現代社会の諸問題を理性的に批判し,正確に判断する能力を養うこと。
3.世界史における時代概念を適確に理解することによって,現在社会の歴史的地位をはあくし,正しい社会観と,健康な常識とを育成すること。
4.世界における古典や名著に親しんで,その読解力をたかめ,また,文学・美術・音楽などの作品を通じて,芸術愛好の心情を養い,豊かな人間性を養うこと。
5.現代日本の世界史的地位を理解することにより,わが民族使命を自覚し,あわせて,個人の努力の価値をも認識すること。
6.調査・見学・研究等の実践を通じて,研究に対する誠実な態度と,資料を歴史的に整理する能力とを育て,討論・発表に必要な技能と,公民的素質とを養うこと。
U 世界史各時代指導上の参考目標および参考内容
世界史の時代概念としては,いろいろな区分が考えられるが,ここでは一応,「近代以前の社会」と「近代以後の社会」の二大区分を採用することにした。
しかし,世界史の指導計画をたてるた当たっては,われわれが住んでいる現在の社会を生き生きと浮び上らせるために,「現代の社会」を別に抜き出した方が教有上有効であろう。
A.参考目標
「近代以前の社会」
1.近代以前の社会と現在の社会生活との本質的な相違を理解し,よりよき社会建設への意欲をたかめること。
2.近代以前の社会の遣制・遣産が,今日の社会にどのように残存しているかを理解し,これに対する正しい態度を育てること。
3.近代以前の社会の発展の普遍性と特殊性を理解すること。
4.近代以前における歴史的展開が,現在社会に対し,どんな意義をもっているかを理解すること。
5.文化の交渉の社会発展上における意義を理解し,外来文化に対する正しい態度を養うこと。
6.文化遣産を正しく評価する能力を育てること。
「近代社会」
1.近代社会が,それ以前の社会の必然的発展の所産であることを理解し,近代精神を体得・向上させること。
2.近代社会の本質を理解し,公民的態度を養うこと。
3.近代社会発展における普遍性と特殊性を理解すること。
4.ヨーロッパ社会の世界的発展を理解すること。
5.アジア社会の近代化の遅れた意義を理解し,民主主義への熱情をたかめること。
「現代の社会」
1.現代社会の諸問題を総合的,発展的に理解し,これに対する正しい判断力を養うこと。
2.現在世界に起こりつつある国際問題に対する歴史的理解により,世界平和と国際協力とを推進する態度を養うこと。
3.将来の世界史の方向ならびに日本の地位について考え,わが民族使命の自覚をたかめること。
B.参考内容
「近代以前の杜会」
1.原始社会の発展
a人類の出現/b原始生活の展開/c原始宗教の性格/d氏族制度/e文明の発生
2.古代国家の形成
a古代オリエントの統一/bギリシアのポリス/cローマの世界帝国/dインドの統一国家/e中国の統一国家/f日本古代国家
3.古代文化とその特色
a文字の発達とその伝播/b生活技術の向上/c古代芸術の性格/d古代法制と社会組織/e古代の思想と学問
4.西欧封建社会の成立と発展
a民族移動と諸王国の形成/b大土地所有制の発達と身分制の確立/c教会権力の拡大/d中世文化の特色/e中世都市の発達/f封建貴族の没落
5.アジアにおける専制国家の変遷
a王朝の交替/b武人政治の出現/c中国官人制の成立/d文化内容の変遷/d社会経済の発達/f農民の反抗/g専制政冶の没落/h日本封建制の特色
6.民族と文化の接触交流
aヘレニズム/bシルクロード/c十字軍/d東方文化の西方伝播/c中日文化の交
流/f征服王朝
7.宗教と生活文化
aキリスト教の発展/bイスラム教の拡大/c仏教の流伝/dヒンズー教の特色/e
道教と民間信仰
「近代社会」
1.市民階級のたい頭とその影響
aルネサンス/b宗教改革/c地理上の発見/d商業資本の発展/e科学の発達
2.絶対王制と市民革命
a絶対王制の成立/b植民地の成立/cイギリス革命/d啓蒙思想/eアメリカの独
立/fフランス革命
3.産業革命とその影響
aイギリスの産業革命/b近代都市の発達/c交通機関の発達/d産業資本の発達/e労働問題の発生/f日常生活の向上
4.近代民主主義とその発展
aイギリス議会政冶の発達/bフランス共和制の成立/c国民主義の発展/dアメリ
カの南北戦争
5.ヨーロッパ勢力の世界進出
a帝国主義の発生/b列強の勢力均衡/cアフリカ分割/d列強のアジア政策
6.アジアの近代化
a太平天国/b清朝の没落と民国革命/c国民会議派とインド独立運動/d明冶維新
7.近代文化の発展
a近代思潮とその性格/b学問の分化/c自然科学の発達/d国民教育の普及/e生活文化の向上
「現代の社会」
1.第一次世界大戦とヴェルサイユ体制の成立
a大戦の推移/bロシア革命/c国際連盟/d国際協調
2.全体主義と第二次世界大戦
a世界恐慌/bアメリカの発展/cソ連の充実/d日本の大陸進出/e.全体主義国
家のたい頭/f.第二次大戦の勃発とその推移
8.戦後の世界情勢
a国際連合と世界平和運動/b米ソの進出/cアジアの民族運動/dアメリカ経済の
優越/e現代文化の性格
4.世界史上における現代日本の位置
a日本の民主化/b日本の国際的地位/c日本文化の建設
このあとに,「V 世界史の参考単元例」というのが載っている。A案が,前に紹介した「中間発表」の案で,C案は中間発表のB案で,D案は,つぎのようである。
第1単元 国家と社会生活とはどのようなつながりで発展してきたか。
第2単元 市民の活躍は社会の発展にどのような役割をつとめたか。
第3単元 世界平和はどのようにしてもとめられてきたか。
このうち,第3単元の「世界平和はどのようにしてもとめられてきたか」の「要旨」には次のように書かれている。
「現代ほど全人類が平和を熱望している時代は過去にはなかったであろう。もともと戦争は人間の本性に根ざすものであるとの証拠はない。したがって,人類はいかなる時代にも,おのおのの立場で,平和を欲してきたはずである。
このような平和を求める人類の要望にもかかわらず,われわれは,われわれの生涯に,すでに二度も世界戦争を経験しなければならなかった。けだしそれは近代社会発展の経過であったとはいえ,何人もその悲惨な現実には目をそむけ,「戦争は文化の墓標」であることを痛感した。
われわれはここに,なぜこの世界戦争が起ったのか,換言すれば,「世界平和」はなぜ維持することができなかったかを歴史的に究明し,世界平和樹立に対する方途を見いだすことに切実な関心をいだいている。それはただに,われわれの社会的課題であるのみならず,また世界的課題でもある。
戦争の惨禍を体験した生徒にとっても,平和こそ最も関心の深い問題であろう。生徒は本単元の学習により,現実の社会の動きを歴史的にはあくすることによって,平和実現へのかれらの情熱と決意を,いよいよ固めるように指導されることが望ましい。
このようにして民主主義が世界戦争に対処して発展した世界史の過程をとおして,高貴な人間性の価値を認識し,憲法精神を体得して,社会の実践者となることを期待しうるであろう。」
以下,「目標」「内容」「学習活動の例」「評価の例」「参考資料」が掲げられている
が,長くなるので,省略する。
これが,発表されたのが1952年3月。文部省内でこれが考えられていた時期は1948年から51年ころであろう。
もちろん米軍占領下である。
1947年5月3日,日本国憲法が施行される。
1948年1月6日,ロイヤル米陸軍長官が日本は共産主義への防壁と演説をおこなった。
1949年7月14日,歴史教育者協議会が創立された。
9月,ソ連が原子爆弾保有を公表した。10月1日,中華人民共和国が成立する。
1950年6月25日,朝鮮戦争勃発。警察予備隊が創設され,対日講和条約が日程にのぼりだした。
1951年1月,日教組中央委員会でスローガン「教え子を再び戦場に送るな」を決定。
9月8日,サンフランシスコ講和会議で,対日平和条約・日米安全保障条約が調印された。
11月10日,日教組,第1回全国教育研究大会を日光で開催。
このような情勢のなかでつくられた世界史学習指導要領であったのだが,世界史教科書は,この学習指導要領がでるよりもまえに,発行されていた。
教師たちは,どのような世界史の授業をやっていたのだろうか。(1999/1/16)
1951年には,世界史教科書は,各社から発行されている。「指導要領」がでるまえである。このへんのいきさつがよくわからない。
当時のことをご存知の,編集者あるいは執筆者の方がおられたら,ご教示を。
(4)最初の高校世界史教科書
「3.世界史の氾濫」で,山川出版社の史学会編『世界史』の目次をかかげた。ほかに三つの教科書の目次をあげておく。
中屋健一・尾鍋輝彦の世界史教科書は,『現代世界のなりたち』(実業之日本社)である。
第1部 近代以前
第1章 世界史とはどんなものか,そしてなぜわれわれはこれを学ぶのか
第2章 原始人はどのような生活をしていたか
第3章 最古の文化はどのようにして生まれたか
第4章 ヨーロッパの古代の社会と文化はどのようであったか
第5章 古代アジアはどのような社会と文化を生んだか
第6章 キリスト教はどのようにして発生したか
第7章 ヨーロッパの封建時代は,どのような社会と文化とを生んだか
第8章 アジアの専制国家はどのような興亡をヘたか
第2部 近代
第1章 人間精神はどのように解放されたか
第2章 ヨーロッパ人の活動はどのようにして世界にひろまったか
第3章 教会はどのように改革されたか
第4章 諸王国はどのように活動したか
第5章 イギリスの立憲政治はどのようにして発達したか
第6章 知識の革命はどのように行われたか
第7章 フランス革命はどのように行われ,ナポレオンはどのように支配したか
第8章 産業革命はどのように行われ,どのような影響を及ぼしたか
第9章 自由主義・国民主義運動はどのような成果を得たか
第10章 近代の文化はどのような成果を得たか
第11章 アメリカ合衆国はどうしてつくられたか
第12章 アメリカの民主主義はどのようにして発展したか
第13章 アメリカ合衆国はどうして大工業国になったか
第14章 アジアの中に,なぜ西洋諸国の植民地が多くあったのか
第15章 どのようにしてアジアにも,新しい光がさしはじめたか
第3部 現代
第1章 第1次世界大戦はどうして起ったか
第2章 アメリカ民主主義は,よりよき社会をつくるためにいかに貢献したか
第3章 第1次世界大戦後の世界は,どのような平和を迎えたか
第4章 ヨーロッパ諸国は,第1次大戦後どのような動きを示したか
第5章 アメリカ的生活様式はどうして確立されたか
第6章 ソヴィエト連邦はどのように成立し,発展したか
第7章 第2次世界大戦はどうして起ったか
第8章 世界の民族問題はどのように処埋されたか
第9章 現代の世界
第1部第1章の「世界史はどんなものか,なぜこれをまなぶのか」には,
「日本人が世界史を学ぶ場合に特に大切な点は,先進国がどのような努力によって,民主主義と,すぐれた近代文化を作り上げてきたかを認識することである」
とある。
監修大類伸,編集委員は,吉岡力,西岡秀雄,平山栄一,村瀬興雄と高校教師の石川澄雄,清水勝太郎,寺西春雄である。好学社。
単元T 近代以前の社会
第1章 最初の人類と原始社会の生活
第2章 文明の芽ばえ
第3章 ギリシア人のちえ
第4章 ロ一マ人とキリスト教
第5章 古い東洋の社会と文化
第6章 アジアの風雲
第7章 ヨーロッパの誕生
第8章 沙漠の民
第9章 西ヨーロッパの封建社会
第10章 目ざめゆくヨーロッパ
第11章 東洋封建社会の成熟と停滞
単元U 近代社会
第1章 ルネサンス
第2章 抗議する人々
第3章 世界地図の拡大
第4章 王冠の光輝
第5章 自由のための戦い
第6章 新しい思思の展開
第7章 自由・平等・友愛
第8章 産業革命と市民社会
第9章 民主主義の発展
第10章 ナショナリズムの発展
第11章 ヨーロッパ勢力の東漸とアジアの目ざめ
第12章 近代市民社会の文化
単元V 現代の社会
第1章 世界の分割と第一次世界大戦
第2章 民族自決と国際平和運動
第3章 アメリカ合衆国の発展とニュー・ディール
第4章 ロシア革命とソヴィエト連邦の発展
第5章 ヨーロッパににおける民主主義の発展
第6章 アジア諸国の近代化と独立運動
第7章 全体主義の抬頭と第二次世界大戦の勃発
第8章 現代文化と世界平和への動き
第9章 現代の世界政局
「序説」の「世界史学習の目的」には,
「最近の日本の運命を考えてみよう。国政を動かす人々の無謀な試みは,民主主義の基礎に立った力強い世界史の発展を理解しえなかったところから,祖国の運命を取りかえしのつかぬ深淵に送りこんでしまったことを,われわれはなまなましく記憶している。
さきに歴史を単純な身近な興味と結びつけてみたわれわれは,簡単な世界史の発展のすじ道をたどったことによって,人間社会の発展に一つの法則があることをおぼろげながら知ったように思う。
かつて歴史は暗記物であると考えられたことがあった。しかし歴史は単なる知識の集積に終るものではない。明確な事実を基礎にして出発する歴史の学習は,やがて事実の因果関係の認識に進み,さらに意味のある史実を選択することによって,はっきりした現実の認識を与えるものである。
過去と現在が歴史の学習によって緊密に結びつけられるとき,さらに将来世界に対する明るい見とおしの能力が生れるであろう。われわれはかつての重大な過誤を再びくり返さぬためにも,ひとりよがりの世界観をすてて,広く世界史の進運に目をさまさなけれならない。
これから社会科世界史を学習しようとする第一の目的は,現代世界の一員としてわれわれの当面する現実の問題を正しく理解し解決する能力を養うことにあるのであ
る。」
井上智勇,田村実造,豊田武『高校世界史』大阪教育図書。
第一編 人類文化の起源と国家の形成
第一章 人類文化のはじまり
第二章 古代国家の形成
第二編 古典文化とその社会
第一章 ヨーロッパの古典文化とその基盤
第二章 アジアの古代文化とその基盤
第三編 中世の社会と文化
第一章 ゲルマン民族の移動と西ヨーロッパ社会
第二章 東ローマ帝国と東ヨーロッパの社会
第三章 アジア社会と北アジア民族
第四編 世界の三大宗教とその文化的役割
第一章 キリスト教とその文化
第二章 イスラム教とサラセン文化
第三章 仏教とその文化
第五編 近代社会の胎動
第一章 十字軍とその影響
第二章 ルネサンス
第三章 新旧両教の抗争
第四章 新航路の開拓
第六編 近代世界の展開
第一章 ヨーロッパの絶対王制
第二章 民主主義の生誕
第三章 十七・八世紀の文化
第四章 自由主義の展開
第五章 国民国家の発展
第六章 十九世紀のヨーロッパ文化
第七編 現代世界の展開
第一章 ヨーロッパ列国の世界政策
第二章 アジア諸国の近代化
第三小 第一次世界大戦とその終結
第四章 第一次世界大戦直後の世界
第五章 第二次世界大戦
第六章 第二次世界大戦後の世界情勢
ともかく世界史教科書もでき,世界史の授業もおこなわれたのだが,この時期の世界史の授業についての実践報告はほとんどないので,どんなことが問題になり,どんな授業をやっていたかは,具体的にはわからない。
高橋F一は,「社会科世界史をどう生かすか」(『世界史の可能性』)のなかで,『新しい歴史教育への道』(誠文堂新光社,1949年7月)におさめた「現代史教育の展開」
(『社会と学校』1949年5月号)に書いた高橋の実践は,3年前のものだが,世界史の学習指導としていまなお批判にたえるものと思うと書いている。
それはまず,生徒に教室でレコード・コンサートをやろうとさそいかける。生徒たちのの,レコードによる西洋音楽史が,現代に至ったところで,高橋が立った。
これは面白いことを教えてもらった。1926年にはフランスのクラシック音楽からジャズ的なにおいをもった音楽が生れている。それと前後してアメリカではジャズがクラシック音楽に近づこうとしている。これは偶然の出来事なのだろうかね。
ちょうど日本では大正が昭和と年号が変わったころだね。諸君はまだ生れていなかったが,先生が中学二年生だったそのころは日本にもはじめてジャズがさかんになったころだったよ。
『砂バークーに陽は落ちて,夜となーるころ』という歌はずい分流行ったものだった。つぎに『タ暮に仰ぎ見る輝く青空』どいうアメリカジャズが流行してね。間もなく1930年ごろになると今の藤山一郎が吹込んた『酒は涙かため息か』や『影を慕いて』という退廃的な歌が大流行したものだったよ。
ヨーロッパとアメリカにクラシックと大衆音楽の間に結びつこうとす動きがあり,日本でジャズがはやり出したのがほぼ同時だったとしたら……諸君ここはなにか共通の問題がありはしないかね。1926,7年から1930年頃まで世界はどんな様子だったか,ひとつ調べてみようではないか」
この導入によつて生徒はヨーロッパとアメリカ,日本の三班に分れて調査に入った。
生徒の努力の報告はいずれも当時世界が慢性の大恐慌に入つていたころ生産停止,工場閉鎖,失業者続出,金融恐慌,風紀頽廃,労働運動の急激なたかまり,ダンピング等に展開していった。私は当時日本でも出版界に円本時代が起り,町には円タクが流れて当時学生だっ私たちが野球試合のたびに三田から神宮球場まで5人で乗って50銭が相場であったこと,商店街は連合で福引き大売り出しをやり,チンドン屋が活躍し,一等の当たりくじに桐のタンスが出たことなどで当時のイメージを与えてみた。
「先生,恐慌はなぜ起るのでしょう」
一同の疑問はここに集中した。
ここから,高橋は,世界恐慌の授業にはいっていくのである。このような世界史の授業が当時どれほどおこなわれていただろうか。
『歴史評論』の34号(52年1・2月)に,「受験と世界史教育」副題に「受験勉強と歴史教育のギャップをどうするか」という座談会がのっている。
出席者は,東大の吉岡力,江口朴郎,御茶大の尾鍋輝彦,教育大の中屋健一と高校教師13人だ。世界史教育がはじまるとすぐ,「受験勉強と歴史教育」が問題になっていることがわかる。
だがこの座談会を読んでも,問題を出す大学側も高校生に世界史を教えている高校側も,世界史教育とは何をすることだと考えているのか,したがってどこにギャップがあるのかあまり明瞭ではない。
歴史教育者協議会の『歴史教育月報』2(1951年1月)に,「小・中・高校の過程における歴史教育の関連について」というテーマの研究会のメモが載っている。
「中学・高校における問題──中学における世界史は無理であるし,意味もない。高校においても特に近代以後重点をおいて日本史と統一的に学ばれねばならぬ。」
とある。
『歴史教育月報』4(51年4月)には,研究ノートとして,「世界史検定教科書合評会」がメモしてある。
A 三上次男・尾鍋輝彦『世界史』(中教出版)
B 中屋健一・尾鍋輝彦『現代世界のなりたち』(実業の日本社)
C 史学会編『世界史』(山川出版)
「右3冊について,主な意見は次のようなものである。
○経験領域にとらわれず,何を使っても歴史の発展法則を学ばせるよう努力しなくてはならない。また教科書としてでなく,研究のためのもので,グループでやれば生徒自身批判する。教師は事実のありのままを教えるのが正しいし,効果もある。
○依然として井上清氏が『歴研』で指摘した如く,「世界史の氾濫」だ。検定制度は大いに問題にしなくてはならない。
○Aは,まとまりがあり,理解し易い。Bは意識的な米国への迎合がみられる。Cは,「世界史概観」の抱き合わせの弊をうけついでいる。
○Bは,現代に重点がおかれているので,とくに上級学校へ行かないものにはよいと思う。新しさを出すために,悪い面を出していないが,歴史的理解を誤る恐れがある。章名で結論が先に出されている。
○Cはむずかしい。東洋は異民族と漢民族の闘争という形でとらえられているが,史学会のものとしては無難だ。
○東洋史の人がはいると,東洋史が強調されるが,ただならべてあるだけでは困る。同じように英仏独と羅列するのも困る。特殊性がわからないし教えるにも時間の制限が大きい。
○いずれも民族の説明があいまいだ。甚だしいのは民族=語族という説明だ。」
くわしい討議の内容はわからないが,批判する側もされる側も,「世界史」をどう把握すべきか,「世界史教育」とは何かについて,てさぐりの状態であったことをうかがわせている。
などと,ひとごとのようにかいたが,私自身がそうであった。私は1950年には,高校の教師となり,『世界史概観』(山川出版)を使って,ただ説明をしていた。
(1999.2.23)
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