|
|
||
|
N. Y.行きNH10便にて |
本手術へ
その後数回の検査を繰り返し、数回のけいれんを引き起こしつつ、マッピングは続いた。28 日には、はるばるK大から先生2人がやってきて、今までとは違うタイプ、電気刺激を与えず、一定の運動負荷(手首を一定間隔で上に上げる、など)を与えながら脳波の変化を見る、というテストを行っていったが、これは安心だった。国内でこのタイプのマッピングを手がけているのはK大ぐらいだそうだ。脳波の“雑音”との見極めが難しいのだという。電気刺激で直接反応を見る方が確実なのだろうが、患者にかかる精神的、肉体的負担を考えると、K大タイプのマッピングがもっと普及してもよさそうなものだ。 腫瘍の摘出手術は1月30日に決まった。 腫瘍の場所は補助運動野と呼ばれる右手、右足と言語野に近い部分で、運動そのものではなく、動き始めの命令に関与する部分だ。術後2週間は右半身が動かず、言葉も喋れないかも、と脅される。しかしこれは幸いな方で、もし腫瘍が運動野そのものにかかっていれば、半身麻痺や言語障害が残る可能性は大きい。その点、補助運動野の機能は、脳内の別のネットワークで代替が効くのである。 前日に麻酔医が確認に来たので、前回の不快感をよく訴えておいた。午前8時20分、手術室へ。前回の手術は主治医団であるところのマッピングチームで行ったが、今回は腫瘍チームも加わり、実際の摘出は脳外科トップの教授自らがあたるという。
二度目ということもあり、こちらもやや余裕がある。前ほど不快な思いをせず、自然に眠りにつくことができた。
手術が終わって術後検査も一通り済み、ICUに戻されたのは夜8時20分。 父、母、兄が面会に。父は手術中、ずっと待機してくれていた。仕事を終えたM子も駆けつけてくれる。 しびれてはいるが、かろうじて右手は動く。ゆっくりではあるが、自分の名前も言える。最悪の事態は避けられたようだ。 |
|