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世界遺産

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イタリア世界の時間

2003年11月24日(月)曇りのち晴れ、14℃
シエナ
1995年世界遺産指定
TBS「世界遺産」 2001年10月14日第271回放送
他の画像は「旅の空から」にUP済み

シエナのドゥモォ、ファサード拡大画像

プブリコ宮殿
シエナ市庁舎
カンポ広場
世界一美しいと言われる
マンジャの塔の中段から
ブブリコ宮殿の塔
ドゥモオ
拡大画像




2003年01月13日(月)晴天、7℃
ポンペイ
1997年世界遺産指定
TBS「世界遺産」 1998年11月15日第129回放送
2001年8月26日第246回放送
他の画像は「旅の空から」にUP済み



2002年04月09日(火)
イタリアアッシジ
2000年世界遺産指定
TBS「世界遺産」未放送

聖フランチェスコの街アッシジは2000年の暮れに世界遺産に指定された。ローマから車で175kmで約2時間半。人口3万人のウンブリア州の田舎街。小高い丘に築かれた城壁の中にひときわ大きな聖(サン)フランチェスコ教会が目に入る。宗教的にもそして歴史的にも人々を引き付ける魅力を持っている。エトルリア時代からの基礎の上にローマ人の建築物が乗っている状態で、エトルリア時代の土地の高さも覗くことが出きる。1182年冬サン・フランチェスコはアッシジでも裕福な家に生まれる。若い頃に貧しい人との出会い、20歳でペルージャとの戦いの参加で、弱っていきながら、他人に対する慈悲と愛情意識を深くしていった。主の声が聞こえ、彼はすべて(両親も財産も)捨て、狼に、鳥にまで説教をするようになった。このあたりのエピソード「サンフランチェスコの生涯」は上の教会内の壁画(フレスコ)にジョットが描いている。下の教会のチマーブエのサン・フランチェスコの絵が一番似ているといわれるもの。他にシモーネ・マルティーニなどの壁画があり、芸術の宝庫となっている。イタリア絵画ファンにはたまらない所。1226年10月3日夜に彼は亡くなる。2年後に聖人として認定された。1230年下の教会が完成し、遺体はここへ移された。上の教会は1239年に完成した。青空の写真はパンフレットよりスキャンしたもの。
旅の空から」イタリア編もご覧下さい。
サン・フランチェスコ教会正面
(2003.11.22撮影)
下の教会前の広場より
(2003.11.22撮影)
中庭より、神学校
サンフランチェスコの小鳥への説教
ジョットのサンフランチェスコの生涯の
1場面でこれは正面より入り、左の上
サンタ・マリア・デリ・アンジェ教会
1569年建立。バスの中より撮影
アッシジより5キロ
サンタ・マリア・デリ・
アンジェリ教会内部の日没の祭壇
コムーネ広場と
2100年前のミネルヴァ神殿
静かな裏街通り サンタ・キアラ教会



2002年03月16日(土)
イタリアローマ歴史地区
1987年世界遺産指定
TBS「世界遺産」 2001年06月10&17日第 256&257回放送
いつでも写真は撮れるからと思っているとお天気が悪くて撮れない事もあるので、今日はデジカメを持って出かけた。カンピドリオの丘に登り、博物館へ入り、ヴェネチア広場から、コルソ通りを歩き、スペイン広場へ。

フォロ・ロマーノ大遺跡群
少なくても2時間は覚悟で中を歩きたい。時間のない人は高い台の展望所がいくつかあるので、そこから眺める。土地の高さが今とは違うために見下ろすことになる。夏は水を持って行くこと。
203年のセヴェルスの凱旋門と重なり奥には元老院がある。ここは火災で焼失したのでシーザーが復元させたもの。政治の中心の元老会議が行われた場所。 左には広大なジュリアのバジリカの跡がある。シーザーによって紀元前54年に建築が始められ、アウグスゥース帝のよって完成した。裁判など行われ、ローマ法もここで成立した。
ヴィットリオ・エマニュエル
2世記念堂
ヴェネチア広場より
カンピドリオの丘の上の
市庁舎
2000年前の円形劇場(中央)
跡は今もアパートで人が住む
カンピドリオの博物館のテラス
から眺めたローマの街並み
「ローマの休日」でお馴染みの
スペイン階段と
トリニタ・デイ・モンティ教会
共和国広場の噴水と
国立博物館


2002年03月13日(水)
イタリアヴェネチア(ベニス)
1987年世界遺産指定

ゲーテ、モーツアルト、ナポレオンも魅了された街、ヴェネチア。映画などでもお馴染みの街は世界中の人が一度は訪れたいと思っているようで、夏の混みようは異常なほど。冬は海水が道まで増水し、渡した板の上を歩くことになる。

左:サンマルコ寺院、
右:ドゥカーレ宮殿
アカデミア橋より見た大運河
サンタマリア・デラ・サルーテ教会
が奥に見える
サンマルコ広場
大鐘楼97m、6ユーロ
サンマルコ運河に面した
賑やかな通り


2002年03月12日(火)
イタリア:ヴェローナ
2000年世界遺産指定

シェイクスピアの「ロミオとジュリエット」や古代ローマ時代の円形劇場の「アレーナ」で有名な、ヴェローナがやっと2000年に世界遺産に指定された。何回も訪れてはいるが、いつも1.5〜2時間の観光で終る街。せせめて1泊して、ゆっくり散策してみたいといつも思っている。今日も少ない時間の中での観光となったもちろん、すべて徒歩観光。英語のガイドさんと待ち合わせしている。そのガイドさんとアレーナからジュリエットの家、そしてエルベ広場へ行き、少しの自由時間を差し上げ、集合してバスへというコース。ミラノからヴェニスへ移動の合間に無理やり入れたコース作りのため、時間は少ない。簡単ではあるが、通訳の仕事があるので、中々自分は写真は撮れずにいたが、今回は少し撮影出来た。あと1時間があれば、ジュリエットの墓や教会を巡りたい。以前行ったことのあるが、丘の上からのアディージェ川や街の展望も素晴らしいところ。今日はジュリエットの家は写真を撮るお手伝いだけで終わってしまった。
トイレはブラ広場の公衆電話の近くの地下に、50セントできれいな公衆トイレがある。

アレーナ:紀元30年完成25000人
収容、現在も夏のオペラで賑わう
ヴェローナ市庁舎
17世紀
エルベ広場のマーケットと
13世紀のガルデッロの塔
ランヴェルディの塔:84m、
15世紀完成
シニョーリ広場とダンテ像 裁判所入口のきれいな階段



2002年01月13日(日)晴れ、30℃

イタリア:サルデーニャ島
1997年世界遺産指定「バルミニのスー・ヌラクシ

サルデーニャ独特の石造建築ヌラーゲ
サルデーニャには島中に、風変わりな石積みの物体が点在する。巨大な石を積み上げ、コップを伏せたような円筒や円錐状にした建造物で、ヌラーゲと呼ばれている。紀元前2000年代頃から造られてきた歴史がある。地中海に浮かぶこの島は常に侵略にさらされ、要塞化した家屋として使われ続け、大きなものは、非常時に村人全員を収容できた。現在も見張りの塔の役目を果たしている。
島に7000もあるヌラーゲの中でも最大級なのが、バルーミニ村にあるヌラーゲ・スー・ヌラクシと呼ばれる高さ10mもある巨大城塞である。多くの塔が回廊で結ばれ、武器庫や井戸、中庭まである。このヌラーゲからは、細身の特異なブロンズ像が出土している。
写真はヌラーゲ内部も撮り放題

ガイドさんが必ず付きます。英語のガイドさんあり。
ヌラーゲ入場券
混雑時は数字の下の空白に整理番号を入れてもらい、待つこともある。



2001年05月12日(土)晴天
イタリア:ピサ、ドゥモオ広場
1987年世界遺産指定
TBS「世界遺産」1997年07月06日第62回放送

ピサの斜塔
ガリレオ・ガリレイが重力の実験をした塔であまりにも有名。ピサはその昔はジェノバ、ヴェニスと並ぶ程有名なイタリアを代表する港街だった。着工は1174年、3段目まで工事した頃から傾きだした。高さは56m。以前は登ることが出来たが、今は閉鎖している。
ドゥオモ広場
洗礼堂、墓地、ドウモ、斜塔と4つの白い大理石の建物のある広場。11世紀のピサ・ロマネスク様式の最高傑作の教会。
ガリレオのランプ
ガリレオが振り子の法則を発見したと言われるドゥモオ内のランプ。その頃はもっとシンプルなランプだったらしい。



2001年04月03日(火)晴天
ポンペイ
1997年世界遺産指定
TBS「世界遺産」 1998年11月15日第129回放送
2001年8月26日第246回放送
紀元79年にベスビオ火山の噴火により埋没。1748年以来の発掘で蘇った古代都市ポンペイ。円形競技場、大浴場、豪邸、病院、売春宿、パン屋、バー、洗濯屋、銀行、裁判所、カメオなどの装飾品・・・。鉛の水道管があったり、水洗トイレがあったり・・・今の生活とそう変っていない。建物はほとんど1階がお店でその上は住居とマンション形式。広い中庭付き大豪邸もある。商人の街だった。
ポンペイの政治の中心地
と ベスビオ火山
裁判所 円形競技場 BARのカウンター 売春宿
油屋の壷 洗濯屋の水槽 横断歩道 カメオ職人
スカラ先生



2000年08月09日(水)晴れ(回想録)01年01月14日
サンジミニァーノ
1990年世界遺産指定
2001年11月11日TBS「世界遺産」第275回放送

美しい塔で有名な街。最盛期には70もあった塔が今は14のみ。
フィレンツェから車で1時間弱。シエナからは車で40分。
 ミケランジェロも好きだったと言われる辛口白ワイン 「VERNACCIA」 の産地でもある。SHOPなどは、夏は早くて9:30頃から開く。
街には徒歩で入る。駐車場は街の入り口のサン ポルタ ジョバンニ門まで3分。 ホテル・レストランも小さいがあるので、宿泊してゆっくりしたい街。
街で一番の高台のモンテ スタッフォリの城塞から撮影。1338年ドメニコ会の修道院のあった場所に258m続く壁が街の防衛の為にあった。塔で有名な街で、塔はこの写真の右の方に多いが、手前に高い建物があり,ここからはきれいな写真は残念ながら無理。
ポルタ・サン・ジョバンニの左側にあったユネスコ世界遺産の看板。
南北に1km、東西に500m程の小さな城壁に囲まれた街。
街の入り口。ポルタ・サン・ジョバンニ。1237年建設後取り壊され1262年再建。
ここからサン・ジョバンニ通りを北へと進むと街の中心へ出る。徒歩5〜6分程。
1237年完成のラ チステルナ(井戸)が中心にあるピアッツァ デッラ チステルナ 広場。1346年拡張された。
この広場で商業、金融業も発展した。ロマネスク、ゴシックと時代様式の建物に囲まれている。画家達も旅の途中で立ち寄る街である。
ドウモ(大聖堂)は11世紀に建築された。聖ジミニアーノの指が収められている。左側には一番の高さ54mを誇るグロッサの塔と、ダンテも着たという1288完成の政庁舎ポポロ宮殿がある。シモーネ・マルティーニによるフレスコ画、フィリッポ・リッピの「受胎告知」もある



2000年12月07日(木)曇り(写真は8月)
フィレンツェ
   1982年世界遺産指定
TBS「世界遺産」 1997年08月24日第67回放送

1400年代イタリア・ルネッサンスの華開いた街,フィレンツェ。ミケランジェロ、ラファエロ、などの有名な芸術家の援助をした誰でもが知るメディチ家は最初は薬屋さんだった。
花の聖母教会(ドオモ)とジョット設計の鐘楼

175年かかって完成、30000人が入る教会。クーポラはブルネレスキーの設計、464段の階段を上る。彼のお墓は地下にある。鐘楼はダンテが「神曲」でも記述している414段の階段を上がる。
ベッキオ橋:ウフィッツィ美術館3階より撮影

アルノ川にかかるフィレンツェ最古の橋13世紀には肉屋,革のなめし屋さんが並んでいた16世紀から宝石屋さんが並ぶようになった。
*注:全イタリア国立博物館内部の撮影は2000年12月よりフラッシュ無しの撮影も含めすべて禁止となりました。
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