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熊野古道とは
熊野本宮大社
熊野那智大社
熊野速玉大社
瀞峡
 本宮大社は熊野三山の1つです。上古の昔から熊野に詣でる人々は熊野三山と呼ばれる三つの神社仏閣を目指しました。その1つがこの本宮大社なのです。熊野詣の起源は定かではありませんが、本来は黄泉返り(よみがえり)を信じる人々の素朴な気持と、原生林をいただく熊野自然への畏敬の念が結びついたものに発するといわれ、古代から熊野の山々は人々の信仰の対象とされてきました。
 上古になると、日本古来の神と渡来した仏との融合となり、その結実した世界が熊野三山にあるとされ、ひとびとはこぞって熊野を目指したそうです。その様子はまるで列をなす蟻のようであったことから、『蟻の熊野詣』という言葉を生みました。
熊野古道とは
熊野本宮大社

紀北の見どころ
紀中の見どころ
紀南の見どころ
 主祭神は家津美御子(けつみみこ)です。家津美御子という名前だと耳慣れないかもしれませんが、スサノオノミコトといえばよくお分かりになるのではないでしょうか。また本地仏は阿弥陀如来です。社殿は熊野造りと呼ばれる檜葺きで、熊野三山の三社の中で唯一朱が塗られていません。
本宮町と湯の峰温泉
 熊野本宮大社がある本宮町には、『小栗判官の物語』で有名な「湯の峰温泉」があります。小栗判官の伝説については、市川猿之助が演じたスーパー歌舞伎『オグリ』などでご存知の方も多いのではないでしょうか。
 「湯の峰温泉」は、日本最古の湯といわれ、熊野詣の湯垢離場(ゆごりば)として、参拝者がその身を清めたといわれています。その川辺には、小栗判官が蘇生したと伝えられる「つぼ湯」があり、ここでは1日に7回、お湯の色が変わるといわれています。
小栗判官の物語
 妻照手姫の父に毒殺され、地獄に落ちた小栗判官は、閻魔大王の特別のはからいにより、「餓鬼」の姿で現世に戻されました。土車に乗せられ、餓鬼の姿となった小栗判官は、目も耳も口も不自由で、自分の足で歩くことさえままなりませんでした。
 そんな小栗判官が乗せられた土車には「一引きすれば千僧供養、二引きすれば万僧供養」と書かれた札が貼られており、この札を見た往来の人々は土車を「熊野 湯の峰」まで曳きました。その道中では、かつての妻であり小栗の死後流浪の身となった照手姫も、その土車の上の餓鬼が小栗判官であるとは知らずに、その車を曳き、湯の峰の地へと導いたといわれています。
 そうして湯の峰温泉に辿りついた小栗判官は、49日間、「つぼ湯」に浸かり、元の姿を取り戻し、照手姫と再会し、その後幸せに暮らしたという物語です。
 この物語が説教となって、ロマンチックに語る熊野比丘尼たちにより全国へと広められていったのです。その小栗判官の物語を綴った絵巻物が現在、東京の皇居、宮内庁三の丸尚蔵館に所蔵されています。
 かつて本宮大社は、熊野川と音無川に挟まれた中洲に建立されていましたが、明治22年の豪雨で川が氾濫し、多くの社殿が流されてしまいました。その後、社殿は、周囲を美しい照葉樹林の山々に囲まれた音無川を見下ろす高台に移され、その佇まいは、まさに神々が座す原風景ともいえます。
 かつての社殿跡は、いまは「大斎原(おおゆのはら)」と呼ばれ、往時を偲ばせる大鳥居をくぐると、流出した中四社と下四社が石祠として祭られています。静寂な空気に包まれたその姿は、いまだにここが特別な場所であるということを感じさせてくれます。