君を守りたい<空白の時間〜第十三話>

君を守りたい。<空白の時間>


Chapter 1-14


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父さん・・・母さん・・・これで、安心して眠れるよね・・・。

・・・でも、この穴が空いたみたいな感じは何だろう・・・?どうして嬉しく無いんだろう?笑えないんだろう?

・・・寒い・・・。冷たい風が体中を撫でてるみたいだ・・。

・・・・でも、ボク負けないよ・・。だって、お父さんと約束したもんね・・。

だから、あの言葉だけは・・・言わないよ。絶対。死ぬ時まで。

・・・・そうだ。ボク、この気持ちを閉じるよ。

そうすればきっと、こんな寒さも無くなるから・・・・

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「クッ・・・・・・」

ダリオは、その少年とは思えぬ迫力に、あらためて息を飲んだ。
二人は微動だにしなかった。薄暗い教会の中、天窓から差し込んだ光の帯だけが、二人を照らし出す。
ダリオの首元にあてがわれたナイフが、陽の光を受けて鈍く輝いた。

「確かに、世話になってるとは思ってる。あの地獄から救ってくれたのは、他でもないアンタだ。アイツに病院を紹介してくれた事も、俺にこの仕事のノウハウを叩き込んでくれた事だって、片時も忘れた事は無い。でもな・・・・」

ジャンは一息置いた。ダリオの焦りは、手に取るように分かった。
恩は感じているし尊敬もするが、彼は、自分の相棒、もとい父が、それほどの大物であるとは、正直思っていない。
彼には、窮地でもどっしりと構える程の余裕など無い事は、十分解っていた。

ーーこいつ、何かを隠してるーー

ジャンの脳裏で、第六感が囁いた。

「・・・わあかってるって・・・アリスにゃ何も起きゃしねえよ。保証するって。それに、俺もホントなんも知らねって。俺を信じてくれよ、な?」

「直ぐに『知ってる』って言えるようにしてやろうか?アンタが教えてくれた方法でな。」

「ま、待てって!おい!ムグ・・・!」

ジャンが、ダリオの口を右手で塞ぎ、鼻に刃を当てたその時突然、固く閉ざされていたはずの扉から、木の軋む音と共に縦一線の光が溢れて来た。

「すいません。懺悔の順番をお待ちでしたか?直ぐに支度をするので、少々お待ち下さいね。」

そう言うと、神父と思わしき人物は、眼鏡を掛け直し、扉を完全に開ききって、下に滑り止めをはめ込んだ。
ジャンは即座に手を放し、ナイフを服の袖口に隠した。
ダリオが、小さくプハッと息を吐く。

「いえ、ちょっと祈りを捧げに来ただけですので・・・直ぐ帰ります。」

二人は、祭壇の目の前。神父とはかなりの距離があり、ナイフはうまくダリオの後頭部で見えなかったようだった。

「・・・さ、もう帰ろうか、父さん。」

ジャンが、満面の笑みを浮かべてダリオに話し掛けた。
先程までの殺気は、微塵も感じられない。まるで全く違う人格のような、天使の笑み。だが、それだけに、今のダリオにはむしろ、寒気のする程美しい、悪魔の笑みに見てとれた。

「あ、ああ・・・・。」

手を借りてダリオも立ち上がり、二人は揃って赤い絨毯の上を歩く。

「いい一日を。神父さん。」

ジャンが、笑みを絶やさず、通り過ぎる真際にそう言った。

「あなたにも。神の御加護がありますように。・・・良い息子さんですね、お父さん。」

「あ、ああ・・・ハハ、自慢の息子なんスよ・・。」

広い教会に響いたダリオの笑いは、乾いていた。



「ダメです。経歴も、そっから割り出した銀行口座もはたいてみましたけど、やっぱり全員クリーンです。・・・大体、記録に残ってるならとっくに辞めてますって・・・。」

灰色の仕切りによって、あたかもハチの巣のように幾十に区分けされたブースの一角で、男、リチャードは、モニターに羅列された文字と、幾つもの顔写真を見ながら受話器に呟いた。
辺りを行き交う他の職員は、自分達の仕事で手一杯らしく、彼のモニターに表示されている重要機密を気にも止めていない。
というより、どうせいつもの事、と呆れられているのかも知れない。

『ま、フツーに考えりゃそうなんだけどね・・・。なんかちょっとでもあればいいんだけど・・・。タダの一つも共通項無いワケ?変な所とかは?』

電話の向こうのジェシカは、少々落胆した様子で聞いて来る。彼女からすれば、ここで手に入る情報が有力か否かで、全てが決まってしまう(元々彼女は捜査する権利も責任も無いので、別に失敗してもどうという事は無いのだが・・・)。無理もない。

「・・・そういえば、これ結局、FBIの管轄に入ったみたいで、SSはあくまでもサイドからの協力って形で参加してたみたいですね。責任担当はFBIから来てます。」

「誰?」

「モーガン・K・ワイズ。PSI世代のベテランです。事件の捜査も、担当しているのは彼です。・・・責任取ってるつもりですかね。」

『・・・・・・そう。』

落胆は、名前のおかげで苛立ちに変わったらしく、声のトーンも格段に落ちていた。リチャードは、その名前の意味する人物を知らない。
ジェシカにとって、彼の名前は、親の仇にも等しい。少なくとも、彼がいなければ、ジェシカもこんな事には首を突っ込まなかったかもしれない。例え教え子を殺されたとしても、それは結局彼女の管轄外だし、こうして非合法な手段に頼ってまで彼女が調べる必要など、全く無いのだ。
彼女の動機は、復讐心という執念でその大半を形作られていた。

(銀行口座・・・・!!)

「・・・そうだ・・・ちょっと待って下さい・・・。」

天啓、とでも言うべきか、リチャードの頭の中に、一線の光りが走った。途端、豪雨のようなキーを叩く音がブースを支配し、画面の情報が、都会のネオンのように激しく移り変わっていく。
ラストの改行キーを叩いた瞬間、膨大な名前のリストと、一見解読不能な数字の羅列が、画面を埋め尽くした。

「・・・ありましたよ・・・。ジェシカさんが興味ありそうな情報・・・。そりゃあ、建て前の口座調べたって何も出てくるワケないですよねえ・・・。」

『?』

「モーガンを除く殆どの奴が、別名義で口座持ってます。どれも随分膨れてますね・・・出所不明な入金で。」

『出所を突き止める方法はない?』

「ゼロじゃあありませんけど、ここから先は別料金取りますよ。もうFBIのサーバーからは情報取ってませんから。」

『・・・オーケー。今回は4000でも5000出すわ。可能な限り全部洗い出して頂戴。』

「りょーかいしましたっ。」

小さくガッツポーズをすると、受話器に向かって敬礼し、Nobody's Supposed to Be Hereを口ずさみながらデスクへと向き直った。



「ふむ・・・・。」

老医者は、白と黒の短い髭が混じった顎を撫でると、丹念にシンジの弾痕を眺め、息をついた。
レントゲン写真をボードに張り付け、交互に穴が空く程見つめる。

「 まあ・・・後一ヶ月位は安静にしてなさい。少なく共、こっちの腕に負担のかかるようなマネは止めるんじゃな。」

「一ヶ月・・・ですか・・・。」

シンジは、参ったな、とばかりに苦笑した。その間は、当然如何なる訓練にも参加は許されない。ましてや、独りで、しかも片手のみで出来る運動などたかが知れている。

「もうちょっと・・・その・・早くなりませんか?卒業まで後半年切ったし、僕にもそれ程時間が・・・。」

「動かしたきゃあ今すぐでも動かして構わんよ。ただ、それで使い物にならなくなったと泣きつかれても、私ぁ責任取れん。悪いが、これが医者としての最低限の義務でね。」

真新しい包帯を肩にまわしながら、医者が言った。

「・・・う〜ん・・・。」

「お前さんの傷は確かにそんなに酷くはない。だが、風邪な万病の元というじゃろう?些細な怪我が致命傷に繋がる可能性は十分にあり得る。今お前さんがその腕で懸垂して、神経がプッツリいかんと誰が断言出来る?つまりはそういう事じゃよ。」

「・・・分かりました。気を付けます・・・。」

「痛み止めを・・・そう、2週間分処方しておこう。とりあえず、それまでは様子見じゃな。」

「はい。有難うございました。」

シンジは一礼すると、診察室を出た。

「車の運転の練習もしなきゃいけないのに・・・このブランクは痛いなあ・・・・。それに・・・。」

カウンターで金を払って薬を受け取り、軽く頭を掻きながら、清潔感ただよう真っ白な廊下を歩いていく。溜め息をついて、縛り付けられたように見える程しっかりと固定された左腕に目を移した。

(ジャン君が・・・まだきっとどこかで僕を狙ってる・・・。)

どう見ても、彼はプロフェッショナル。その雰囲気、手際、どれもが、いたずらに殺人を犯すような3流犯罪者とは、一線を画していた。間違い無く狙って来るだろう。

彼の為、いや、アリスの為に。

シンジには、ジャンを撃ち抜く自分が、まだ想像出来なかった。

(・・・銃は向けられたんだ。後は引き金を引くだけなのに・・・・。)

少し、考えてみる。

何故撃てないか?

どうして、引き金にかけた指が動かない?どうして、銃口を相手から反らしてしまう?

レイとアスカの危機を前にしても撃てなかった夢。

そして、己の危機に瀕した時でさえ、寸前で狙いを外してしまった現実。

シンジには、十二分に分かっている。

相手の人生、引いては彼、彼女に干渉する他の人物の人生までもを狂わせるのが、単純に恐いのだ。

(じゃあ、レイやアスカの人生を狂わせていいのか?)

違う、とシンジは首を振る。
本来、天秤にかけてはならない、人の命。
だが運命は、両方の皿を必死に支える彼に、片方を離せと命じる。

シンジは、勿論二人を支え続けなければならないし、それは彼自身の望みでもある。
だが、そうするべき力も、意志もあるはずなのに、シンジは躊躇する。

天安門事件において、大量の人々を轢き殺した戦車が、たった一人の人間を前に立ち往生してしまったという。

それは、「邪魔なモノ」を「人」と認識してしまった瞬間。

一度に大多数を相手にしていれば、「人」を「物」と考える事が出来る。だが、それが一人になれば、事態は急変する。自分達の殺そうとしているのが、人間であると自覚してしまうからだ。

シンジの場合、それはジャンと対峙した瞬間起こってしまった。病院で初めて面と向かった時、シンジは「自分を襲う何か」を「人」と認識してしまったのだ。
そうなると、先程も述べたように、相手を殺す事で引き起こる(とシンジが考える)結果が、恐怖を煽る。

(一体、何が足りないんだろう・・・?理由?怒り?殺意?・・・分からないよ・・・。)

「どしたの?」

「・・・・はい?」

急にかけられた声に、はっと落としていた顔上げると、豊かな胸・・・のさらに上に、ジェシカのキョトンとした顔があった。
どうやら、考え事をしている間に、ロビーまで歩いてきてしまったようだった。

「あっ、ジェシカさん・・。」

「もしかして、腕が酷くなってるなんて事は・・・。」

「え?あっ、ああ。いや、ちょっと、来週のテストの対策とか練ってて・・・。すいません、ちょっと時間掛かっちゃって・・・。」

「別にそれはいいけど・・・ホントにだいじょぶ?随分浮かない顔してたから・・。」

「ええ、大丈夫ですよ、本当に。さ、夕飯の材料買って、帰りましょうよ?」

しつこく心配するジェシカの背中を押して、車に乗り込んだ。
車の中でも繰り返し尋ねて来たが、一ヶ月で治るらしいと伝えると、どこかしら安心した物があったようで、その後は適当な事ばかり話していた。


「夕飯・・・何がいいですか・・・?」

スーパーで、朝食用の材料をカートに入れながらシンジがきいた。どこかの誰かに共通する運転作法によって、かなり顔色が悪かったが。

「何でもいいんだけど・・・あえて言うなら、ポークソテーなんてどうかしら。」

「・・・いいですよ。じゃあ、肉の方に行かないと・・・。」

「そうね。・・・あっ!」

「?」

ジェシカは突然、ジーンズのズボンのポケットに手を当てた。探し物がそこに無いと気付くと、素早くジャケットの内、外ポケット、さらには服の内側まで手を滑らせた後、茫然と立ち尽くした。段々、シンジ以上に顔から血の気が引いていくのが見てとれた。

「あれ?どうしたん・・・」

「財布が・・・無い・・・」

と呟いた。

「あ、あんな運転しておいて免許証も持ってなかったんですか!?捕まったら僕責任取れませんよ!」

「クレジットカードが・・・。」

免許の方はどうでもいいらしい。

「・・・。家に忘れたんじゃないですか?案外机の上とか・・・。」

「私だってそこまでバカじゃないわよ!ちゃんとポケットにいれといたのに・・・?」

「僕も今日は診察料しか持って来てませんし・・・。僕ここで待ってますから、家帰ってもう一度見てきたらどうですか?もしかしてって事もあるでしょうし。無かったら警察に届けるって事で・・・。」

「ごめん!じゃすぐ戻るわ!あ〜も〜〜なんでこーゆー事になるかなー!!!」

苦笑するシンジを背に、ジェシカは音速で駆けていった。

(絶対家にあると思うなあ・・・)

と思った直後に、ドスッと横から歩いて来た男の肩とぶつかった。
振り返ると、40代程の、中肉中背の男が立っていた。

「あっ、ごめんなさ・・・」

「謝るヒマあったら退け、黄色野郎。」

通り過ぎる真際に、少々南部混じりの撥音でボソッとそう言い捨て、男は歩いて行った。
秋に近付いているとはいえ、まだ暑さの残るこの時期に、男は薄汚れた厚手のジャケットを着込み、ボサボサの頭を無理矢理野球帽で押さえ付けている。なにやらそわそわした様子で近くに並んだ食パンを引っ掴んで、食品棚の向こうへと消えた。

「失礼な人だな・・・。」

素直な感想を、日本語で呟いた。

ソテーの為の材料、念の為のレトルト、その他弁当の材料等々、金額と睨めっこしながらカートに放り込んでいく。
ジェシカが出てから、もう一時間近く経っていた。元々行き来に30分程かかる為、今頃まだ家の中をひっくりかえしているか、あるいは道をゆっくり辿りながらこっちへ向かっているに違いなかった。
前者の場合、大体ミサト一人を半年程部屋に放置した場合と同じ程のゴミやら埃が家を支配している可能性が高く、少々閉口する。
まあ、後50分位かかるかな、等と考えていると、スーパー全体に閉店の放送が流れた。

『お買い上げいただき、誠にありがとうございます。本店は8時を持ちまして、閉店とさせていただきます。またの御来店を、お待ちしております。』

あちゃ〜、とシンジは顔を歪める。週末なので、開店時間がいつもより短いのを計算にいれていなかった。

(カートに入れた物、棚に戻すの面倒なんだけどなあ・・・)

『後30分で、閉店となります。またの御来店を、お待ちしております。』

女性の電子ボイスが、静まり返った場内に響き渡る。シンジ以外の客はまばらで、殆どがすでにレジへと向かっていた。
8つ程並ぶレジも、実際に店員がいるのは二つだけで、その後ろに並ぶ人は、すでに残り3、4人といったところか。後数分もすれば、残るのはシンジだけとなってしまう。

(しょうがないなあもう・・・・)

随分重くなったカートを押しながら、大きく溜め息をついた。
残り30分以内でジェシカの帰って来る確率は、はっきりいって、シンジの鈍感が治る確率と同じ位が低い。

「お兄さん。」

「ん?」

膨大な量に途方に暮れていると、服を引っ張られる感触と共に、少年に呼ばれた。

「そこの上にある、マイティーレンジャーのジュース取ってくれない?グレープ味の。」

「これ?・・・はい。」

「ありがと。お母さん!これ買って〜!」

すると、少年の母と思われる女性が、カートを押しながら現れた。

「いいわよ。じゃ、カートに乗せて?」

気品に満ちた笑顔で少年に笑いかけ、シンジの方へと向いた。

「取ってくれたんですね?有難うございます。」

「あ、い、いえ、どういたしまして・・。」

なぜか口籠ってしまった。大人として成熟しきったオーラというか、彼女から発せられる何かに、思わず圧倒されたような感じがした。
少し、頬が紅潮しているのが、自分でも分かった。

「お母さんはやくう!もう閉まっちゃうってさっき言ってたよお!」

「はいはい。じゃあ、さようなら。」

シンジに軽く会釈し、親子は仲良く手を繋いで、レジへと向かっていった。

(やっぱり、お母さんっていいなあ・・・)

ふと、自分が母と買い物に出かける姿が目に浮かんだ。
少年と同じように、ジュースなり、お菓子を棚から取って、おねだりしている自分。そして、そんな自分に微笑んでくれる母。
遠くの記憶にしか生きる事の無い母であったが、その笑顔は、まだ鮮明に覚えていた。

(おねだり、まだちょっとしてみたかったりして・・・)

こみあげてくる笑いを噛み締め、二人の背中を、暖かい眼差しで見送り、缶詰めを戻した。

悲鳴と銃声がこだましたのは、それと、ほぼ同時だった。




後書き
お久しぶりです。Neonlightです。半年程停止してしまい、大変申し訳ありませんでした。
どーにかこーにか、大学に合格しましたので、これからはもうちょっとペースが上がると思いますので、こんな拙いSSを、まだ見捨てずに待っていて下さった奇特な方がいらっしゃったなら、ありがとうございます、これからは頑張っていきます、と申し上げておきます。
さて、今回ですが、シンジ君、一人になるとロクな事起きませんね(^^;)。もうちょっと違うパターンを考えておけばよかった・・・。
ま、ともかく、果たして、シンジは引き金を引けるのか!?乞う、御期待、というところです。

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NACのコメント:
第十三話です(^^)
う〜ん、ジェシカが何に気が付いているのか、よく分からない……。頭が悪い気がする、自分が(^^;
スーパーマーケットでジェシカがいなくなったところで、「何かあるな」と思いましたが、案の定ありましたね。どうなるのでしょうか?
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