魔獣な彼女と魔獣の彼女、そして獲物な僕
魔獣な彼女と僕5
闇に潜む 『裏道街道』 !?
作 睦月
-5-
力を使い果たし、倒れ伏せるように眠っているように見える少女がいた。
眠るようにとあるが、実際に眠っているとは思えなかった。それだけこの場に起きた出来事の凄まじさが物言わずしてその男の認識に常識をもって予想だてられる結果を思い浮かべさせる。
「…生きてるじゃないか!おい、生存者がいたぞ!」
よくもまぁこの規模の事故の中心に取り残されて怪我一つなく無事でいれたものだと感心する。男は少女の軽く肩を揺らした。
そもそも、なぜこんなことが起こるのか、いや起こったのか、後付けの理由さえ出てこない。不思議なほど死者がなく、怪我人はいれども重症者はいない。
これだけの事故にあってそんなケースはありえないといっても過言ではなかった。しかし、いまはその幸運な奇跡を喜べばいい。それは決して悪いことはないのだから。
ただ、手放しで喜べないことがあった。事故は突発的におこり、外からの目撃証言ない。内部の目撃者は両手、両足の指の数ほどにいる。それに余るほどの証人があったはずだ。なのになぜか皆一様に口を閉ざした。おそらく謎のまま幕を下ろすことになるだろう。
男は自分の娘ほどの少女に大人でさえ口を噤ませる出来事を自然と語ってくれるとは全く期待しなかったし、話すことを無理強いするつもりはなかった。
意識が覚醒に向かって徐々に傾いていく。
見知った青空。なぜ青空?答えは簡単、天井がないからだ。
「あ、あたし…」
「無理はしなくていい、じっとしてるんだ。」
見知らぬおっさんがそう言った。言葉の端々から心配してくれているということがわかる。ただ、なんの心配をしているのかがあたしにはわからなかった。
そう…、ここはどこだろう?
「水を頂戴。」
「おーい、水だ、水をもってこい!」
口に水を含む、足りない。
普段はゆっくり飲むのだが、喉を鳴らすほど飲んだ。
鈍かった思考がやっと戻ってくるのを感じる。
そう、まず考えることからはじめよう。
―――まず、起きざまにシンジが「おはよう、アスカ」といってくれないあたり気に入らない。
人のよさそうなおっさんが悪いわけではないが、シンジに比べるまでもない。
シンジはなぜ、あたしを起こしてくれないんだろう?
―――見れば、シンジの影がない。
その答えはシンジがこの場にいないからだ。なぜ、いないのか?
―――!?
あいつ!
『先に行くから』
「くっ、」
思い出す。何があったかを、
洩れそうになる哄笑を抑えるために口を手で制した。
くくくっ、くはははははぁ!!!!
いい度胸じゃない!
―――心うちで笑う。
上体が小さく上下し、時折跳ねるように反り返る。
それは何かにむせているようにも見えた。
「大丈夫かい?」
「ええ…どうも、ありがとう。」
驚くほど自然に笑みが浮かび、礼を言えたことに自分で感心した。
そう、あたしは礼がしたいのだ。
「ありがとう
―――レイ。」
彼女が手にしていたガラスのコップは、いつの間にか不可視の熱に晒され水あめのように変形させられていた。
-6-
シンジ、レイ、マユミの三人はあまり人に聞かせる話でもないだろうと賑わいから外れた郊外へと出ていた。適当な木陰をめぼしをつけるとそこでマナについて詳細を聞く。
そもそもマナは魔導師協会所属であったはずだ。協会の方では捜索されてないのだろうか?
行方不明ということは小さいことではない。マナの扱いがどうあるのか詳しく知らないがアスカが一目おくということはそれなりの能力(地位ではない、アスカは地位で人物を判断することはなかったはず…)はあるはずだ。
協会の方でもマナを放置しておくとは考え難いので、そちらの方でなにか動きはないのかと訊ねる。
「私にはわかりません。マナさんとは個人的なお付き合いでして、向こうの組織的動きまでは干渉できないんです。ただ、マナさん自身がちょっと奔放なところがありまして…、」
言い難そうに言葉を濁すものの言っていることは明らかだった。
「協会ではそれほど気に留めてない…。特に捜索されてるということは」
「そうです。協会の動きはほとんどありません。」
特にマナさんは連絡を怠ることおおいそうです。
―――と肩を落として息をついた。日ごろの勤務態度が尾をひている。
「マナって、協会の方では扱い悪いの?」
そんな勤務態度でも有能とされていたのは結果を出しているからだったが、シンジはそのことを知らない。
「ゼーレや遺産のことはアレだったので『致し方なし』ということになり、むしろあの騒動での活躍を高く評価されたはずですなんですが…。」
私にはわかりませんと頭を振る。
行方不明にしても種類がある。
いわゆる蒸発という対象が自分から行方をくらますといったタイプと第三次的なトラブルにより行方がわからなくなるタイプ。
後者の方は程度の問題がのしかかってくる。連絡する手段を失ってしまったがために行方を知らせることが出来ない場合、もしくは本人が連絡できない状態にある場合。最悪な場合は本人そのものがいなくなっている場合だ。
場合わけとして後者に類されるがこれは前者に当てはまらないわけでもない。行方をくらませた先でトラブルに巻き込まれないという保証はどこにもないのだ。
マユミさんはわからないと頭を振るばかりだった。
「せめて、マナさんがなにを思っていなくなったのかさえわかれば…今いる場所も当たりがつくのですけど…。」
―――『蒸発』!?
「マユミさん、マナは自分からいなくなったの?」
「え…?い、いえそんなことは、わ、わかりませんが、マナさんほどの術者ならトラブルに巻き込まれたとしても容易に連絡すらままならないなんて状況には陥らないと思うんです。」
「ならその理由は?」
そうなると『わからない』になってしまう。
彼女が行きそうな街、行きそうな場所。
それがトラブルによるものならその直前の目的、または目的地
手が足りないのは燦然たる事実、手当たり次第の捜索は人海戦術を条件として構想である。人手が少数の場合効率化を計る必要が絶対だ。
「それは、…どうでもいいわ。」
「え…?」
なぜ、私に声をかけたの?
なにもしないうちに私たちに助力を求めたの?
捜索の枠を狭めようと思案するマユミさんに視線が集中する。それに気付いた彼女はこちらへ向かう。僕達に尋ねかけた。
「…アスカさんは見えられないのですか?」
「アスカ…!?」
「アスカは
―――、いないわ。」
今は触れて欲しくないことなのだが、レイは言葉端にそれを滲ませておきながら常人には気取られることのないような平静を維持する。
刹那の生にしがみつくことに精一杯…と言うか、継続する高波に『浚われ』続けて溺れないでいることに精一杯で忘れていた自分に気付く。どんなに言い訳ようともそれが通じる相手でもないことを『知っている』。
「本当はアスカさんにも居て欲しかったんですけど…。」
「いなくてよかった、というか、いて欲しかった、というか…。」
「も、問題はないわ。」
いや、決して問題ないはずはない。特に僕にとっては確実に『死活問題』なのに。
「私で出来る範囲で手を伸ばせるところは全てあたっています。それに関しては子飼に捜索を継がせて続させていますが効果は期待できないでしょう。あと残るは危険区域だけ…なんですよね。」
ふぅっと息をつく。だから、「『協力者』が必要だったんです。本当は私から助力を請いに向かおうとも思ってたんですよ?」と微笑んだ。
僕は彼女の微笑み、そんなものよりももって『気に掛かる単語』に意識が囚われていた。な、なんで…?
「こ、子飼って…?」
ふっふふふふふ…と、
真面目な表情を覗かせていたはずのマユミさんがいきなり笑いだす。
「私だって慈善事業してるわけじゃ、ないんですよ。」くすくす
闇だよ、闇を引き込んでるっ!?
そもそも、マユミさんネルフの司祭じゃなかったの!?
慈善事業じゃないって、なに!?
「問題ないわ。」
―――問題ないの!?
「アスカは、用済みだから…。」
―――レイ…って、アスカ!?
「さすがレイさん…頼もしいです。いっしょにがんばりましょうね?」
―――って、マユミさんもアスカのところ、フォローなし!?
話が早いとマユミさんはレイを抱きこんで、打ち合わせ。
時折、「実はあたりをつけてあるんですよ」とか、「人が、いない処がいいと思うんです」とか!?聞こえてくる。
―――なぜ!?
「マ、マユミさん!?」
「はい、なんでしょうか?」
マユミさんは、にっこり。
変わらない。恐ろしいまでに変わりなかった。
「い、いえ、なんでも…ないです。」
「そうですか?…でもマナさん、人がいやになったんでしょうか?」
「え、なんで?」
「もう危険区域しか探すところが残ってないんです。どうしてそんなところに…心配です。」
顔を伏せて祈る仕種。変わっていないと思わせる仕種。
マナのカラカラとした性格。よく無茶するけど無茶やり通すマナを思う。
「マナなら、無事でいると思うよ。」
「はい、きっとそうですよね?きっと私が助け出してみせます!」
強い意志を覗かせるマユミさん。レイを見るとなにやら考えてるように映った。
「レイ、準備するけど、なにか欲しいものは…」
「碇くん」
「はい…、食料はこれでもか!
―――って、くらいに用意させていただきます。」
これも、僕の非常に大きな死活問題だったりしてますです。(哀)
普段であればこのあたりでアスカがレイを阻止するので、ここまでレイの独壇場になることはないのだ。
―――そういえば、アスカは大丈夫かな?
「シンジぃぃ〜!!!」
―――アスカの心配をしていたはずなのに、何故だろう?
僕の体は底知れぬ恐怖に震えが止まらなかった。
-7-
酷く高湿度な空気が不快感を掻きたてていた。
もしこの場にアスカがいたらそれは凄い文句が縦ならべに誰ともなく押し付けられていただろう。それくらい蒸し暑かった。
「これは、暑いね。」
堪らずにもらす苦言
局所的に亜熱帯とでも言えばいいのか、見たこともない植物や動物を数多く見かける。もちろんその中に魔獣に類されるものも少なくない。
横を見れば「別に、なんともないわ。」なレイがすまし顔で僕に『張り付いて』いる。普通ならさすがに暑苦しいと思うところなのだが、そうでもない。レイは体温が低いのだろうか?ここまで気温と湿度が高いとそれは逆に冷たく感じられた。
「二人とも、あ、暑くないんですか?」
―――ただ、見た目には暑苦しいみたいだった。
マユミさんは額を伝う汗をぬぐう。
「暑いは暑いんだけど…、これはそうでもないよ?」
「本当ですか?」
「うん、レイって体温低いみたい。」
「レイさん」
「なに?」
マユミさんがとても真剣な顔をして問うので自分まで真剣に聞き入ってしまう。
「触っていいですか?」
「………」
暑さに理性が溶けていた。
とても控えめに触るとは思えない。それはもう、やる気満々だった。
僕はマユミさんの理性に、話による平和的解決を求める。
「マユミさん、理性理性。」
はっと自分を取り戻したかのように我に返る。
いつのまにかわきわきしていた自分の手を顧みて恥ずかしげに俯いた。
「す、すみません。私…。」
「ふぅ…頼むよマユミさん。」
「私としたことが失礼を…。レイさま、お触りしてもよろしいでしょうか?」
おさわりって、やらしっ!?
―――って、丁寧になっただけじゃん!?
しかも、おやじ!?
「マ、マユミさん!」
「はっ!?また、私としたことが…。」
「ほんとに、大丈夫なの?」
マユミさんをジト目でみる。
「無論です。」
「無理しなくてもいいのに…。」
レイはそっとマユミの首に巻き付けた。冷ややかでしなやかな感触が表皮の温度を持ち去っていく。冷気というにはぬるいそれはマユミに正気を取り戻させるに十分であった。
ただ、それは縊り殺したての蛇に似た爬虫類のでっかい奴
でっかい蛇を肩から首から掛けながら、マユミは固まっている。
「……いつの間に狩ったの?レイ…。」
「さっきいたの。」
「あの…お気持ちはありがたいのですが、
―――」
「そうなの?」
妙に生臭い香りが漂う。猛烈に嫌だった。見ているだけでも嫌なので、そんなものを首に巻かされているマユミさんはもっと嫌…、
「せっかくですので、ご飯にしてしまいましょう。」
「…わいるど?」
「ミディアムでお願いするわ。」
ぱちぱち、と火の粉を散らし赤い炎が僕達を橙色に染める。蛇だったものはナイフを入れ、皮を矧がれるとそれは肉にと姿を変える。これは肉、これは肉と呪いのように唱えつづける必要はなくなった。なんともし難い長さはぶつ切りにされることで気にならなくなる。穴に焼いた石、大きな植物の葉に包んだ肉を入れて、石に水を掛ける立ち込める蒸気を閉じ込めるために埋め、蒸し焼きする。
「ミディアムは?」
「いくらなんでも蛇の半生は…。」
どうだろう?いいのかな?衛生的問題よりその選択肢は歓迎できない。人になってより、焼き加減という観念をしったレイは結構拘る。拘りのレイである。
ただ、レアもミディアムも本生?もレイは大好きで、好き嫌いはない。特に碇くんが大好物であるらしいね…、どうにも好物は最後に取っておく性分らしいよ…。
そのあたり涙なくては語れないだろう。そもそも蛇はどうなんだ?
「豚は駄目と聞きますが、蛇はどうなんでしょうか?いつも火を通していたので生がどうだったかまでは、わかりませんね。」
「…挑戦するのは嫌、だからね。」
レイが期待を思わせる瞳を向けるので釘をさしておく。唇をすぼめてよそ向くレイに表情が緩む。
「…嬉しそうですね?」
火に当てられた空気が眼鏡との温度差に曇る。その曇りを拭い取りながら彼女は答えがわかっている問題を僕へ訊ねた。訊ねるというよりも確認といった毛色が強い。
「そうだね…。」
レイが、自然といろいろな表情を、仕種を覗かせる。彼女は人有らざるものだけど、どんどんと人らしくなっていっている。それが嬉しかった。
「レイはどんどん成長していっている。
僕がレイに食べられなくても済む日がくるかもしれない!」
僕はここにいてもいいんだ!
―――と握りこぶし
「でも変わりにといっちゃアレだけど、つりあいを取るかのようにアスカはどんどん野生化してるんだよね…。」
やっぱり逃げなきゃ駄目?
―――と、泪目になる。
そんなシンジを眩しいものを見るかのように見つめていた。拭き終えた眼鏡を直し、懐かしいものを見る視線を僕に送りつづけている。
「シンジさん達は、お変わりありませんね。」
「そう簡単に人は変わらないよ。…でも、同じではいられない。」
それはどんなものにもいえる。悠久ともいえるときを過ごしてきたレイだってそうだ。今日が晴れであれば、明日も晴れ…晴れなければならないのであれば、レイは今でも白銀の魔獣のままであろう。
進むにしろ、戻るにしろ、いや、足踏みを選択したものでさえも
それを『選択』したという事実を前に同じではいられないはずなのだ。
「『選択』を拒否することはできない。それは選択を拒否することを『選んだ』ことになるから…。人は変わっていかずにはいられない…。」
「変わることは悪いことじゃないよ。だた忘れてしまうことが駄目なんだ…。」
こうあろうと思う自分の姿を見失ったとき、人は堕ちる。
―――なんてことをシリアスに考えていたら、つつつ…とレイに撫でられた。
「碇くんは特別だから…。」
「いや、それは忘れてもらってもいいんだけど。」
と言われても、食べられるのは嫌なのです。でも
―――嫌とか言われてしまう。
変わるところ変わらないところ。変えたくないところ、変わってしまうところ
人にはいろいろある。ちょっとだけでも変えて欲しいところはなかなか、人間ままならないもの…。と苦い笑みを浮かべる。
「本当にお二人はお変わり有りません…。」
「まぁ、生憎とね。」
―――だったら、いいのに…。
「え?」
「なんでも、ありませんよ。」
その言葉は僕の耳には届かない。
マユミさんが口にした言葉がなにだったか、結局わからないままだった。
-8-
鬱葱と生茂る木々を合間縫って建造物が見えた。古い。とても古い建築物
何年そこにあり続ければ、ここまで風化していくのだろう?角は丸くなり、意匠はほとんどわからないほどに風と土に削られてしまっている。
「こんなところにこんなのがあるなんて…。」
「ええ、私もこんなところがあるなんて知りませんでした。」
「え、じゃあどうして?」
「本人にすら思い出せない記憶、いえ、記録とでもいいましょうか? それを引き出すのには苦労させられましたよ。」
「え…?」
「いえ、企業秘密ということで納得しておきませんか?」
マナを追って、こんな未開な土地に来たのもこの場所があったから?
ここを選択した理由がわからなかった。なぜこの場所を選んだのか…。獣も多いこともあるが魔獣も多い。助力を求めていたといっていたのはここに来るためのものだったのだろう。確かにここは危険区域だ。マユミさん一人ではかなり厳しかっただろう。
遭遇した魔獣は少なかったがそれはレイのお陰である。ほかを威嚇しつつ、圧倒的な力で一匹を惨殺した。それも片手間である。僕の第六感が周囲に危険、魔獣の存在を告げていたが、そんなレイがいるからこそ警戒し容易にちょっかい掛けてくるものはなかった。
これくらいなら、なんとかなるかもしれないと言う仮定はレイが居るからこそ成り立つ仮定であって、レイが居なければ、ここまで順調にたどり着くことはなかっただろう。
もし、レイが居なくて、アスカが居るのとしたら?
たぶん、アスカでも大丈夫だと思ったりするのは言うまでもない。
髪についた草葉を払いながら、マユミの意識は前へと縫い止められている。
意外ではあるが、レイもまたそれに意識を傾けていた。
古い、古い建物、百年やそこらで人が拓いた土地は森には還らない。鬱葱とした木々と獣に隠され守られ未だ色濃く存在し続ける建造物が旧世紀ではなく、旧時代の遺跡であることを示している。それらにはもう、色という色は剥げ落ちて、周りに事欠かない遮蔽物に相まって、それが色なのか、陰なのかわからない茶がかった闇色をしていた。
その闇に眼を向ける。
「いますか?」
「いるわ。」
二人はその場を飛び退く、刹那光が爆ぜた。
(この感じ…、知ってる。)
敵は詰めてこない。これは警告だ。知ってると言うよりは覚えている。
触れるな。近づくな。
―――なによりも、見るな。
興味を持つな、近づくものは敵、思い描いた領域のうちにあることを拒む拒絶の意志。
懐かしい
―――それは、かつての自分ではないだろうか。
そのときそこまで思考は達していなくとも、その実はそうだったのだ。
「でも、違う。
―――怯えてるわ」
かつての自分とは違うものも感じとっていた。
かつての『リリス』とは異なり、その心情は『苛立ち』に占められているのではない。
これは
―――、怯え。何かに怯えている。
好ましくない。怯えているということは余裕がないと言うことだった。見るもの、触れるもの全てに噛み付いてしまえば、最悪手遅れになることはない
―――と、どんなものにも区別なく牙を剥く。それこそ、手当たり次第にだ。
そこに相手を確認するという作業はない。
全てを敵で括ってしまえば、その必要は省略されるのだ。
レイはそれを厄介だとは思わなかった。むしろ
―――
「誰を『敵』に廻してしまったのか、教えてあげるわ」
「レイさん、確認するまで殺しては
―――」
「私を誰だと思ってるの?」
レイ
―――、ユイを覗けば、腕力?において最強と謳われる魔導師、惣流・アスカ・ラングレーとじゃれるように殺し合える使徒の少女。その本質は肉体にあらず、器のポテンシャルを限界付けないその力は膂力においてアスカを優に、上回る。
高度な戦闘技術の応酬する『じゃれあい』の中、アスカとレイは死者を出していない。
いつも巻き込まれるシンジでさえ、『一度も』死んだことがなかった。(笑)
そして、アスカとレイはお互い『毎日』じゃれあっていたりする。
リスクコントロールはお手の物ということだろう。そして、いつの間にかマユミさんは姿を消していた。
敵対する以上は…、土がレイの蹴り脚によって舞った。
「こないで!」
彼女を魔導師であると固定した思考をもって挑んだのであればいまの一撃で終っていただろう。力を匂わせぬ火薬と鉄の塊を瞬く間に抜き撃つ。速度を重視して腹部に一発、そして眉間に一発の銃弾。確実にしとめるための攻撃。
それらはレイに絡み取られていた。
「私がどれだけ『銃』をもった人間たちを殺してきたと思っているの?」
「レイ…さん。」
あなたもそうなるつもりなの?と聞く。…いや、言葉にしなかった。
ただ、つまらなさそうに黒い武器から吐き出された鉛を地に棄てる。
レイは笑っている。それだけで、レイは狩りをする種族なんだと思わせた。
「マナ、やめてよ!レイも、見つかったならもう。」
「いやっ、私、帰らない!」
「なんで!?」
理由がない。マナが還れない理由がなければ納得できない。でも僕はマナを連れ帰る理由もまたないことに自分で気付いてなかった。
マナが気配を『見る』。視線は僕と、レイに向かっていた。彼女が強く唇を噛んだのがわかった。
「どうして?そんなもの『あなた』には『関係ない』でしょう?」
放って置いてよ!
―――お願いだから
僕らに吐き棄てたあと、小さく漏らした音が、酷く耳に残る。
マナはレイに対して臨戦体制をとる。
「私は帰らない。あなたたちが私に対し無理を言うならば、戦うわ…。」
「マナ、どうして
―――、」
「言わないでっ!」
それ以上言うなと叫んだ。酷く悲しそうな、顔で、声で、
「シンジくん」
彼女の、歪んだ口元が彼女の思いを象徴するかのよう
彼女は『シンジ』に、そして『自分自身』に、自らの死を告げることで言葉を終わりを記す。
「
―――あなたの知ってる霧島マナは死んだのよ…。」
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