第三新東京市……
あの忌まわしい事件から10年後、ゲドウのいなくなったこの街の治安は乱れる一方だった……
legend of “outsider”Gedou by MM from KOUCHI
第二部(第四話) ゲドウを受け継ぐ者
タッタッタッ……
青年は通りを走り抜けると裏路地へ入り込んだ。
そのすぐ後に、パトカーのサイレンが近づき、そして遠ざかっていった。
「チッ……しつこいぜ、ポリ公め……」
その青年、碇シンジ24歳は毒づいた。
そう、驚くなかれ これがあのシンジなのだ。
その髪は伸び放題に伸び、人相も悪くなっていた。
10年前のあの日、家に戻ったシンジを出迎えたのは、ユイの優しい声でもなく、レイの暖かな笑顔でもなかった。
誰一人としていない我が家、そして、居間に残っていた生々しい血の痕跡。
いくら待っても、誰も戻ってこなかった。
自分一人が取り残されたという感傷の中、彼はこの街での自活を強いられた。
しかし、あの日以来、ゲドウは姿を消し、第三新東京市の治安は乱れる一方だった。
彼が「運び屋」と呼ばれる仕事を選んだのも、そうでもしなければこの街で生きていけなかったからである。
そんな中TTSPが突如として街の治安向上を掲げ、街中の犯罪者及び犯罪組織の摘発を目的とした捜査活動を始めた。
しかしそれは形骸的で、なおかつその強引極まりない手段は、第三新東京市民を震え上がらせた。
ある組織の末端になるかならないかのようなシンジでさえ、今こうしてTTSPに追われているのである。
「うッ!?」
シンジの顔にまばゆいばかりのスポットライトが浴びせられた。
「ふっ……観念するんだね。碇シンジ君。」
穏やかな口調でそう言うのはTTSPの渚カヲル警部である。
彼はTTSP始まって以来の俊英と言われ、24歳の若さで警部の座にまで昇りつめた男だった。
「フン……あいにく俺は、人一倍あきらめが悪くてね……」
「どうあがいてもムダだよ。ここら一帯は完全に包囲されているんだ。」
「…………わかった、わかりましたよ。ここでひといきに、銃殺にでもなんでもしてやって下さいよ。」
「…君は、だいぶスレた人間だね。 君がたとえ重罪人でも、僕らはそんな野蛮なことはしない。」
「……………」
「君は罪人として裁きを受け、正義の名のもとに…」
「…ふざけるなッ!」
「っ!?」
「正義だと!? それが冬月教授の飼い犬の口から出る言葉かッ!」
「…………………………君は、世間に広がっているたあいもないウワサを真に受けているのかい?」
「知らないんだな? ウワサは時に真実を映しだすって事を。」
「ウワサはしょせんウワサ止まりさ。 …犯人を確保しろ。」
カヲルに指示され、一人の警官がシンジに向かって歩いてくる。
シンジは抵抗も見せず、ただ佇立したままだった。
「…後ろを向いて、壁に手をつけろ。」
警官はある程度近づくと、銃を構えながらそう言った。
「…………」
シンジは言うとおり、背を向けようとした。その瞬間!
「フンッ!」
バッ!
シンジは一瞬背を向けようと見せかけてその体を向け直すと、手につかんでいた砂を警官に向けて投げつけた。
「うわッ!?」
不意に目つぶしを食らってよろける警官をシンジは後ろ手に縛り上げた。
「どうだい忠犬警部さんよ!」
「くっ…… 構わん、撃てーッ!」
「お、おい正気か!?」
ダァン!ダダァーン!ダダーン!
警官を盾にしているにもかかわらず、警官達の銃から火が噴いた。
「クッ……!」
シンジは警官を盾にしながら、脇道へ飛び込んだ。
「逃がすな!追えッ……!」
カヲルの一声のもと、警部達はわらわらと脇道へ群がった。
「馬鹿者ッ!表から回り込むんだ!」
「チェッ……何が『そんな野蛮なこと』だ! 大ウソつきめ!」
シンジは荒れすさんだ裏町を走っていた。
と、その前から警官数名が走ってきた。
「いたぞ!」
「チッ……!」
シンジは破れかけた木の敷居を突き破って中に入った。
不意に、足下が不安定になった。
「!?」
「痛!」
シンジは誰かの上に乗りかかっていたのだ。
構わず走り去ろうとするシンジに、踏まれた初老の男が怒鳴りつけた。
「待てキサマ! 人様を踏みつけて、詫びの一つもなしか!?」
「なにぃ!? アンタがそんなトコで寝転がってるからだろう! 老いぼれが!」
「言わせておけば…この青二才が!」
そう叫びながら、初老の男はシンジの胸に光るものを見つけた。
「!? おいキサマ。そのペンダントをどこで手に入れた?」
「うるせえ!イチイチ話してられっか!」
「まさか…!? シンジ!?シンジなのか!?」
「!?………なんで俺の名前を…!?」
その時、警官達の足音が近くまで響いてきた。
「……しつこい野郎どもだ……」
「シンジ……追われているのか……!?」
「そういうことだ。あばよじいさん!」
「待て! かくまってやる。ここに隠れろ。」
「フン、恩を売ろうったってそうはいかねえぜ。」
「そんなものはいらん! 早くしろ!」
「……分かったよ……」
ダッダダダダッ……!
やがて警官達が踏み込んできた。
「……? おかしい、確かにここに…………おい、じいさん…起きろよじいさん!」
「………ふぁ……? …こっこりゃあ、警察のダンナがた……わっ、わたしゃあ…なんにもやっとりませんぜ……」
「そうじゃねえよ。 ここに若い男が入ってこなかったか?」
「若い男……? さあ……つい今しがたまで寝とったモンですから……ついぞ……」
「……そうか………」
「おい、ここから先は、どこも人の通った形跡がないぜ。」
「妙だな………おいじいさん。本当に知らないんだな?」
「知ってるも知らないも、わたしゃ今まで気持ちよく……」
「あー分かった分かった。」
「ひょっとして、もう一つ奥の角じゃないのか?」
「それとも手前か……」
「ちぇ、どうせ俺の目が悪いって言いたいんだろう。しきり直しだ。いくぞ。」
「へいへい。」
「また渚警部に大目玉くらっちまう…」
警官達は口々に言って出ていった。
最後の警官が、出ていきざまに男の方を振り向いて言った。
「じいさん、ここは非居住区だ。あんまりここらをうろつくと、じいさんもしょっぴくことになっちまうぜ。気を付けな。」
「は…はい、はい。そりゃもう……」
「ふう〜 助かったぜ。恩に着るよ。」
羽目板から這い出したシンジは、ひとまず礼を言った。
「フン。急に愛想良くなったな。」
「つけあがるなよ! 一応、礼儀を尽くしたんだ。」
「…変わったな、シンジ……」
「ヘッ…何言ってやがる。人をまるで昔なじみみたいに……」
「シンジ……まだわからんのか……?私が……」
「んん〜? そう言えばアンタの顔どっかで………」
しばらく男の顔を凝視していたシンジだが、ややあって驚きに目を見開いた。
「ま…まさか……オヤジ……?」
「フッ、久しぶりだな、シンジ。」
「お…オヤジ……あのとき…死んだんじゃあ……?」
「何を言っている。この通り、ピンピンしとるぞ。足もついとる。」
「オヤジ……なんであの時、俺を迎えに来てくれなかったんだ……? い、いや、それより母さんはどうした? 綾波はどこに!?」
「…………………」
「おい!どうしたんだよ!なんで答えないんだよ!」
「……落ち着けシンジ、まず落ち着いて…」
「!……この………外道オヤジッ!」
シンジはゲンドウを殴りつけようとした。が……
ゲンドウはそのシンジの拳をかわすと、その腕をひねりざまシンジの体を打ち伏せた。
ドウッ!
「…………………?」
シンジは一瞬呆気にとられた。
「落ち着けと言っとるのだ。」
「……………オヤジ……どういうことだ……?」
「フン、私の後に付いてこい。おまえに話すことは、山ほどある。」
「コイツは驚きだな……」
シンジはゲンドウに連れられて、巨大な地下室に入った。
「第三新東京市にその名を馳せた怪傑ゲドウが俺のオヤジだったとは、世の中も狭くなったもんだ。」
「10年前のあの時、おまえと別れた後、私は一足先に家へ戻った。
その時すでに、冬月教授とその片腕の少年が、ユイとレイを捕らえていたのだ……」
「正義の味方とあろうものが、それをおめおめと見逃してやったってのか!」
「私は無論抵抗を試みたが、あの卑劣漢の教授が放った銃弾が、私をかばおうとしたユイの体に………」
「!………どのみち、あんたは最低の人間だったってことだ……!」
「憎いか……?私が……」
「憎いさ! えせ正義を気取ったあんたのために、俺がこの十年どんな苦しみを味わってきたか!
ここに銃の一丁でもあれば、今すぐあんたにブチ込んでやりたいくらいだ!」
「なんなら、そこの引き出しの中に銃がある。好きなようにするがいい。」
「…………………」
「どうした? その威勢は口だけか!」
「……うるさい! 今あんたを撃ったって、なんにもならないだろう!」
「その通りだ。 ……おまえをここに連れてきたのは、こいつを渡すためだ。」
ゲンドウは、壁に掛けてあった衣装を取ってシンジに差し出した。
「これは……!」
「私の愛用着だ。受け取るがいい。」
「…ヒーローゴッコはたくさんだ。 まだ暴れ足りないのなら、あんたがやれよ。」
「私はもう歳だ。 だが、この街は新たな正義を欲しておる。
10年前まで息を潜めていた冬月教授が表舞台に返り咲き、その頭脳と悪辣な手段でもって、今やヤツはこの街の支配者だ。
教授は、弱肉強食の社会をうち立てようとしているのだぞ!」
「……今、正義と言ったな。俺もあの時までは、そいつを盲信してた。だが、今は違う。
正義なんてのは、権力者が振り回す立て看板なんだよ。少なくともこの街には、そんなもの存在しないんだ。」
「確かに、おまえの言い分にも一理ある。だが、おまえは思い違いをしている。
正義とは授かるものではない、己自身で生み出すものだ。
この街に正義はない。もともと機能していなかったに等しいTTSPも、今や教授の傀儡機関にすぎん。最近の無茶苦茶な摘発運動が
いい例だ。 渚カヲルという警部を知っているだろう? 彼は、冬月教授の忠実な側近なのだ。
……シンジ、おまえが正義を嫌うなら、おまえ自身が正義となれ。」
「!?」
「強者が振り回す名だけの正義を打ち破る、新たな正義となるのだ!」
「…………………フン、さすがに、今のセリフにはグッときたぜ。だが、俺はごめんだ。
金輪際、正義なんてのには関わりたくないんだよ……」
「フッ、逃げるのか……?」
「なに……!?」
「そうだろう。自分の背負う荷の重さを知って、逃げ出そうというのだ。」
「………なんとでも言えよ。俺は帰る。 心配しなくても、あんたのことをTTSPにタレ込むようなことはしないよ。」
「フン、あくまで拒否するか……ならば、私欲のために腕を振るうのはどうだ?」
「!?……どういうことだ……?」
「レイのことだ。」
「!」
「彼女は、冬月教授にとって重要なブレーンだ。ヤツが行っている研究も、彼女なしでは成し得んだろう。」
「綾波が……!?今どこに!?」
「冬月邸だ。おそらくな…… だが、今からそこへ行こうなどと考えるな。
おまえがその足で屋敷に忍び込めば、あっという間にお縄だろうからな。」
「…………………」
「レイを取り返すために、ゲドウとなれ、シンジ!」
「……………分かったよ。けど勘違いするな。俺がこいつを着るのは正義のためじゃない。綾波を取り戻すためだ。」
「分かっている。明日からみっちりしごいてやるからな。覚悟しておけ。」
「へッ、お手柔らかに頼むぜ、オヤジ……!」
つづく。
あとがきにかえて 碇親子の座談会
「違う!こんなの僕じゃない!」
「シンジ!逃げてはいかん……!」
………オチてない…(-_-;)