「惣流・アスカ・ラングレー、よろしく!」
12月、突然の転校生がこのクラスにやってきた。
青い瞳に、奇麗な栗色の髪の毛、抜群の美貌とプロポーション。
「うお〜」
男子からどよめきが起る。
クラスの男子の視線がその転校生に集中する。
僕の視線も彼女に固定される、だかそれは決してその美しさに魅了されたわけではない。
僕にはそれ以上に魅了された人がいるから。
なんて言えばいいのだろう、蘇る恐怖、とでも言うべきか………………。
そして、僕は思わずつぶやいてしまった。
「あ、あ、アスカ…………………」
その、僕のつぶやきにその転校生はこちらを向く。
不思議そうな顔をして、僕の方を見つめる。
できれば気付かないで欲しい。僕ははそう願う。
そして…………………。
「あー、あんたもしかして、あのバカシンジー!?」
『バカシンジ』、脳裏に幼い頃の記憶が蘇る。
そう、彼女こそ幼稚園時代に僕のことをよくいじめていた張本人だった。
彼女 episode3
「ちょっと、バカシンジ。久しぶりじゃない」
昼休みになって、僕がレイの所に行こうとすると、アスカがこっちにやってきた。
それまでずっとクラスメイトに囲まれていたのが、一段落したらしい。
そのかわり、クラスメイトの視線が僕に集中する。
男子の鋭い視線がとても痛い。
彼女には、幼稚園のころよくいじめられた。彼女にだけいじめられてたって訳じゃないんだけど、昔から存在感がありすぎて強烈に僕の記憶に残っている。
僕のことを『バカシンジ』って呼んでたのも彼女1人だけ。
「そ、そうだね。……………あの、そのバカシンジっていうのやめてくれないかな」
「何言ってんのよ、バカシンジの分際であたしに命令する気?」
「そんなつもりじゃないけど、ちょっと恥ずかしいし………………」
「いいじゃない、何年たってもバカシンジはバカシンジよ」
昔と変わってないな、アスカは。
「そうだけど、それにしても、えっと、確かドイツに行ったんじゃなかったっけ?」
「まあね、ずっと向こうにいたんだけど親の都合でこっちに戻ってきたのよ。まさかあんたに会うとは思ってなかったわ。………………それにしてもあんた変わったわね、最初、全然気付かなかったわ」
「そりゃ、成長してるもの。アスカだって変わったよ」
「そう? どんな風に?」
「どんな風にっていわれてもちょっと困るけど、とりあえず奇麗になった」
「ふんっ、当たり前じゃない、バカシンジも言うようになったわね」
「……………………そんなんじゃないけど」
僕とアスカは久しぶりの再会にたわいもない会話を繰り返す。
そうすると、アスカがこんな事を言ってきた。
「ところで、ずっと気になってんだけど、さっきから、あんたの後ろに突っ立ってるそいつ誰よ」
「え?」
僕は、後ろを振り返った。
「……………………………シンジ」
「あ、レイ……ぅげ」
その表情を見た瞬間、僕は固まってしまった。
マ、マズイ。
無表情だ。
ご機嫌斜めだ。
レイがこんな顔をするときは危険なんだ。
僕が他の女の子と話をしていると決まってこんな顔になるんだ。
洞木さんと僕が二人で話すだけで機嫌が悪くなるのに、今回はレイの知らない人物。
しかもとびっきりの美女。
僕にはレイがいるのに、レイの見てる前で、他の女の子を奇麗だなんて言っちゃったよ。
かなりヤバイよ。シャレにならない。
こんな時は僕が何を言っても聞いてくれないんだ。
でも、とにかく弁解しないと。
「あ、あのレイ、彼女アスカって言うんだ」
「…………………………知ってる、今朝聞いた」
声にも抑揚がまったく感じられない。
うっ、まずいよ、今までで最強かもしれない………………
「そ、それで何で僕が知ってるかって言うと、その幼稚園のころ僕と同じもも組にいて…………………」
「……………………………そう」
「それで、あたしがよくこのバカシンジと遊んであげてたのよ」
「…………………………………」
レイの視線が、僕からアスカへと静かに移動する。
し、視線が冷たい。
アスカも負けてないよ。…………睨み合ってる。
「あ、あ、アスカやめてよ」
アスカ頼むからこれ以上レイを刺激しないでよ。それに遊んであげたって、ただ苛めてただけじゃないか。
僕達のことはほっといてよ。アスカがいると余計ひどくなるよ。
「何よ、文句あんの?」
「別に、文句なんて…………」
何故かアスカに反抗できない。あれからもう何年もたってるのに。
そんなことよりレイのご機嫌を取らないと。
そんな僕の願いもむなしく、さらに追い詰める人物が3人やってくる。
「碇くん! 浮気!? 不潔よ!!」
「シンジ、何だその女は(こいつは売れる)! 二股か!? お前、綾波だけじゃ我慢できないのかよ」
「なんや、シンジ、修羅場やな」
「…………………………………シンジ、うわき」
レイがボソッと、つぶやく。やはりその声には抑揚もなく、うつむいて視線をさまよわせている。
はたから見れば無表情、だか、僕にはその違いが分かる。かなり動揺しているみたいだ。
僕以外でレイが唯一信頼している人物、洞木さん。彼女の言葉がレイに与える影響は絶大だ。
あぁ、もうだめだ。レイは洞木さんの言うことすぐ信じちゃうんだ。
今日転校してきたばかりのアスカとどうやって浮気しろっていうんだ。
第一、僕が浮気なんてするわけないじゃないか。
そんなことレイだって知ってるはずなのに。
そりゃあ、僕だって、レイが他の男と話してたらいやだけどさ………………。
「レイ、僕は浮気なんて絶対しないよ。しかもそれがアスカだなんて絶対あり得ないよ」
「………………………………」
僕の必死に言い訳もむなしく、相変わらずレイは無表情。
僕のことをジッと見つめている。
「何よ、その言い方は。ムカつくわね、あたしじゃ不満だって言うの?」
「な、なななな、何言ってるんだよ、アスカ!」
アスカの一言で状況悪化。
昼休みで、クラスメイトがみんな箸を休めて僕達の方を見ている。
それに、何だか教室の中の人口密度がいつもより高いような気がするんだけど気のせいかな。
教室の外の廊下にまで人がいるし。
レイの表情は変わらない、相変わらず僕をジッと見ている。
そして、僕は次の行動に移す決心をした。
そうか、もう僕はあれをするしかないんだね。
こんな時はあれをしなくちゃ機嫌が直らないんだ。
今日はすごく機嫌悪いからいつもより長い間しなくちゃいけないよね。
こんな大勢の前でするのは嫌だけど仕方ないよね。
「ほらレイ、こっちにおいで」
僕は、レイの腕をつかんで抱き寄せる。
腕に力を入れて、ギュッと抱きしめる。
「なっ!」
「きゃー、碇くんだいたーん!」
「いやー、やめてー!」
「ぐぉ〜、やめろ〜碇」
「碇の野郎! ぶっ殺す!!」
周りの声がうるさい。
「僕は、レイが好きだよ。浮気なんて絶対ないよ。僕のこと信じてないの? そんなことないよね?」
しばらくしてレイの腕が僕の背中に回る。
僕のこと信じてるっていうサインなんだけど。
でもこれだけじゃダメなんだ。
「僕が見てるのはいつだってレイだけなんだから、許してくれるよね?」
そういいながら、僕はレイの頭をなでる。
レイがいいって言うまで僕はレイを抱きしめたまま、頭をなで続けなくちゃいけない。
こうしないと許してくれないんだ。
誰もいないところなら平気でできるんだけど、さすがに今日は恥ずかしいな。
みんなの視線が突き刺さってくる。
レイには、少し羞恥心ってものが欠けてるんだよね、こんなとこみんなに見られても恥ずかしくないのかな?
あ〜あ、どうやら、今日はお弁当食べられそうにないな。
まあいっか、レイのあの顔を見続けるのはつらいし。
放課後にでも二人で食べればいいよ。
それにしても、アスカと、トウジたちは僕の目の前で平気でお弁当を広げている。
「まさか、あのバカシンジに彼女ができるなんてね。信じられないわ。こいつら、いつからつきあってんの?」
「私もよく知らないけど、5歳の時からこの状態らしいわ」
「5さい!」
「少なくとも、俺とシンジが初めて会った小学校1年の時から二人はラブラブだったね」
「そうや、おかげでワシら、こないなラブシーンもう見慣れてしもうたわ。こんなもんでビビッとったらこの先ついていけへんで」
「そうよね、この二人と一緒にいたら、普通の恋愛ドラマ見ても全然もの足りなくなってきちゃったもの」
僕のいないところで勝手に僕の話をしないで欲しいな。
それに、あまりみんなの前ではこういうことしてないつもりなんだけど……………無意識にやってるのかな。
「ねえ、惣流さん」
「私のことはアスカって呼んでくれていいわ」
「じゃあ、アスカ。幼稚園のころの碇くんってどういう感じだったの? やっぱあのころから格好良かった?」
そ、その話題はレイの前ではやめて欲しいな。
「そうねぇ。あのころのバカシンジは友達もいなくて、よく幼稚園でいじめられてたわ。それで毎日泣いてたわ。はっきり言って、格好悪かったわね」
僕の腕の中のレイがピクッと反応する。
「…………………………………シンジ、いじめられてたの?」
「え? う、うん。少しだけ」
「………………………私、そんなこと聞いてない」
「それは、あの、僕とレイが会うまでのことだから」
「………………………あの人は知ってる、でも私は知らない。シンジ私に隠し事してた」
「違うよ、別に隠してたわけじゃないんだ、ただ、あのころの僕って格好悪くてキライだからあまり言いたい事じゃなくて」
僕は必死に言い訳をする。
そして、アスカはまた余計なことを…………………。
「まっ、あたしもそのいじめてた奴の1人なんだけどさ、あたしの場合‘愛情の裏返し’ってやつよ。よく言うでしょ? 気になる子をいじめるちゃうって、あれよ」
「あの、それって、男の子の場合を言うんじゃなかったかしら」
「どっちでもいいわよ。要するにあたしはバカシンジが気になるからいじめてたってワケ」
そ、そうだったんだ。全然気付かなかったよ。
って、のんきに感心なんてしてる場合じゃない。
アスカ、なんてこと言うんだよ。
こんな状況でそんなこと言ったら、レイが誤解しちゃうよ。
やばいよ、本当にやばいよ。
僕は恐る恐るレイの顔をのぞき込んだ。
………………………凍り付いていた。
その顔を見て僕も一緒に凍り付いた。
「でも、いくらいじめても、バカシンジが急に泣かなくなってさ、それでなんでかなーなんて思ってるときにあたし、ドイツに行っちゃったのよ」
「そうだったんだ」
「まぁ、今やっとその理由が分かったわ。あたしがドイツに行ったのもちょうど5歳ぐらいだし。あの弱虫なバカシンジが男になったってワケね」
「ところで、そこでイチャイチャしてるあんた」
僕の事かな。
「なに?」
「あんたじゃない! そっちのほうよ!」
アスカがレイのことを指さしている。
「レ、レイ。呼んでるけど」
僕の胸の中に埋めていたレイの顔が僕の顔に向けられる。
ジッと僕を見つめた後で、後ろを向いた。
「……………………なに……」
「心配しなくてもいいわよ、あたしは今バカシンジの事なんて何とも思っちゃいないから安心しなさい」
レイがキョトンとしてる。
「………………じゃあ、私からシンジ取らない?」
「そんな奴、こっちから願い下げよ」
「絶対?」
「絶対よ!」
「…………………よかった」
レイが安堵の表情を作る。
「…………フッ、あんたって面白いやつね、友達になりましょ? あたしあんたのことレイって呼ぶから、あんたもあたしのことアスカって呼びなさい」
僕は無理だと思った。
だって、僕だって洞木さんだってレイの心を開くのに何日もかかったんだから。
毎日レイの所に通って、夢中で話しかけたんだから。
それなのに、レイは……………。
「………………うん」
って言ったんだ。
みんなビックリしていた。もちろん僕も。
僕を取られないってことに安心したのかな。
それにしてもこんなにすぐレイの心を開かせることができるなんて……‥めちゃくちゃ悔しいな。
………………でもアスカが女の子でよかった、これがもし男子だったら僕太刀打ちできないよ。
そしてレイがまた僕の胸の中に顔を埋めて、腕を背中にまわす。
あれ? もしかして、機嫌直ったのかな?
「あの、レイ。僕のことは許してくれたのかな?」
レイはフルフルと首を振る。
「………………シンジ私に隠し事した。だからダメ」
そ、そんな
レイが僕の右腕をつかんで、自分の頭に持っていく。
まだ僕は、なでなでしなければならないらしい。
でも昼休み終わっちゃうよ。
「バカシンジ、次の授業のノートぐらいとっといてあげるわよ」
「シンジ、先生には保健室行ったゆうて、いっといたるで」
「シンジ、がんばれよ」
「レイちゃん、羨ましい」
4人とも勝手なことを言っている。
まったく、人ごとだと思って………………。
でも、ここにいても仕方ないし、このままの状態でほっとくのは嫌だし。
屋上にでも行こうかな。
あそこなら人もいないだろうし。
「あの、レイ。屋上にでも行こうか」
「…………うん」
僕とレイはいったん離れ、手をつないで教室を出た。
「碇! 誰もいないからって変なことすんじゃないぞ」
誰かのヤジが聞こえる。
変なことって言われても、そんな余裕今の僕にはないよ。
はやくレイに機嫌を直してもらわなくちゃ。
−そして屋上−
僕とレイは屋上のフェンスに寄っかかって、座っている。
僕の肩にレイが頭をのせている。
僕の手はレイの頭をなでている。
誰もいないところならこんな事も全然平気なんだよね。
「レイ、許してよ。いじめられてたこと黙ってたのは悪いと思ってるんだ。5歳の頃の話だし、僕はレイと会ってから変わったんだよ? だから別に言わないでいいかなって思ってたんだ。ほとんど忘れてた事だし」
「でも、私の知らないシンジがいると思うと、何だか寂しかった」
「うん、ゴメン。あの、その、僕のこと全部知りたいって気持ちはよく分かるんだ。僕だってレイのこと全部知りたいし。僕の知らないレイを知ってる人がいたら僕だってつらいよ」
「…………………………」
「僕はレイが好きだ。レイは僕のことどう思ってる?」
「すき」
「僕はレイのこと好きで、レイは僕のことが好き。それでいいんじゃないかな。………それに僕のこと一番よく知ってるのはレイだしさ、今の僕を作ってくれたのはレイなんだよ?」
「シンジを作ったのは私?」
「そうだよ、レイと会うまでは僕弱虫だったんだ。強くなりたいって思ったのはレイのおかげ。今の僕があるのは全部レイのおかげだよ。もしレイに会ってなかったら今の僕はないよ」
「…………………………」
「僕はね、レイのこと何も知らないときから好きだったんだ。初めて見たときから好きだったんだ、もちろん今でもだよ。好きな人のことを知るってこともとても大事だけど、一番大事なのは気持ちだよ。好きっていう気持ち。レイもそう思わない?」
「そう思う」
「でしょう?必要なのはレイと会ってからの僕。レイとこうしている今の僕。レイとずっと一緒にいるこれからの僕だよ」
ん? なんだか、レイの肩が震えてる。
寒いのかな?もう12月だし。
僕はレイの顔をのぞき込んだ。
「ちょっ、レ、レイ、何で泣いてるの?」
「う、ぐす……ごめんなさい、シンジ。困らせちゃって」
「な、何言ってるのさ、いいんだよ。それだけレイが僕のこと好きってことだもの。僕は嬉しいよ」
「ぐす、………彼女、とても奇麗で、ぅ、私の知らない人で、とっても不安だったの。シンジの気持ちが変わっちゃうんじゃないかと思って………………私、ヒック、シンジのこと疑った。ごめんなさい……ぐす」
頭をなでる手はそのままに、もう一方の手の平で、僕はレイの頬に流れる涙を拭う。
そっか、レイも心配なんだね。
僕が、レイの心が別の男に向かうこと恐がってるみたいに、レイも、僕の心が別の女の子に向かうこと恐がってるんだ。
僕たちって馬鹿みたいだな。そんなことないってお互いに分かってるはずなのに、余計な心配ばかりして。
恋をするってこういうものなのかな。他の人はどうなんだろう。トウジと洞木さんもこんな事考えてるのかな?
それにしても、レイはもっと自分に自信を持てばいいのに。
やっぱり、嫌いなのかな? 自分の容姿……………これが原因でいじめにあってたわけだし。
どうなんだろう、僕は大好きなんだけど。
う〜ん、これだけ、長い間一緒にいてもまだ分からない事っていっぱいあるんだよね。
レイがどんなこと考えてるのかとか、だいぶ理解してたつもりなんだけど、まだまだ他にも知らないことがたくさんあるんだ。
分からないことがあるから、もっとそれが知りたくて、どんどん好きになっていくのかな。
ちょっとでも多く知りたくて、ずっと一緒にいたいって思うのかな。
…………………でも、レイには自分のことを好きになって欲しいな。
僕は、レイを見つめながら言った。
「あのさ、レイは、奇麗だよ。アスカにも全然負けないぐらい可愛いよ。水色の髪も赤い瞳も僕は大好きだよ。…………それにレイに疑われるようなことした僕が悪いんだから、レイがあやまる必要なんてないんだよ?」
「…………うぅ、シ..ぅ..ンジ」
レイの表情が崩れる。
あちゃぁ、余計に泣き出しちゃった。
レイは、本当に泣き虫になっちゃったな。
えっと、ハンカチ、ハンカチ…………ない、教室の鞄の中だ。
あーどうしたらいいんだろう。
「あの、レイ、ハンカチ今持ってないんだ、ゴメンね?」
「…………いい、ここで拭くから」
そう言って、レイが僕の胸の中に飛び込んできた。
僕の制服を握ってる。
クスッ、僕の制服がハンカチのかわりか。
こういうのも悪くないな。
レイって、やっぱり可愛いよ。
それにしても、思い出すな。
昔はよくこうやって、僕の服をつかんでチョコチョコと僕にくっついてきてたっけ。
いつからかな、レイがそうやって僕の後ろをついてこなくなったの。
って、考えるまでもないか。
あの約束をした日から、僕がずっとレイの手を握ってたから、レイが僕の服を掴んでる必要がなくなったんだよね。
キーンコーンカーンコーン
5時間目が終わったチャイムだ。
あっという間だったな、授業を受けてるときにはすごく長く感じるのに………………。
もっと、こうしていたいな……………………。
「…………………ねえ、次の時間もさぼっちゃおうか?」
◇ ◇ ◇
−放課後・教室−
僕とレイが教室に戻ると一カ所に人だかりができていた。
どうやら、中心にいるのはアスカみたいだ。
男子たちからデートのお誘いやら、部活の勧誘やらを受けている。
そのアスカが僕達に気が付いた。こっちにやってくる。
「あんたたち、まだいたの? もうとっくに帰ったのかと思ってたわ」
「うん、あのずっと屋上にいたんだ」
「ふんっ、ノートとっといてあげたわよ。感謝しなさい、バカシンジ」
「ありがとう、ホントに取ってくれたんだね」
アスカって、意外といい人かも。そりゃ、あれから何年も経ってるんだからちょっとぐらい性格変わるよね。
今日の午後の授業って、数学と英語だったからノートがないとテストまずいんだよね、もうすぐ期末テストだし、よかった。
僕は、アスカからノートを受け取って、中を広げる。
うっ、これって、まさか。
「あ、あの、アスカ。これ読めないんだけど」
「何よ。仕方ないじゃない。あたしが日本にいたのって5歳までなのよ。日本語しゃべることができても、書くことなんてできないに決まってるじゃない。あんたそんなことも分かんなかったの? やっぱりバカシンジね」
そ、そんなのって
「日本語で聞いて、ドイツ語でノート取ってんのよ。ホント、私って天才!」
「す、すごいね」
「じゃっ、あたしあんたにかまってるほど暇じゃないのよ。また、明日ね。バカシンジ。レイも、バイバイ!」
「う、うん、また明日」
「…………………ばいばい」
アスカが、教室を出ていき、そのあとを男子がぞろぞろとついっていっている。
僕はそれを見ながら、考えていた。
どうしようかな、授業のノート。トウジは取ってるかな?
「ねえ、トウジ」
「何や」
「5時間目と6時間目のノート取った?」
「決まってるやないか」
「ウソ、取ってるの? 貸してよ」
「馬鹿なこと言うな、とっとるわけあらへんやないか。ワシはいつもヒカリに教えてもらっとるからな、そんなもん必要あらへん」
「そ、そうだったね」
「ワシ、部活に遅れたらいかんから、もう行くわ」
「うん、頑張ってね」
はぁ、トウジに聞いた僕が悪かったよ。授業中はいつも寝てるか、なにか食べてるだけだもんね。
「あの、い、碇くん」
その時、僕の背後で声がした。
振り返ると、クラスメイトの女の子がいた。
なんて名前だったかな? 思い出せないや。
「え? えっと、何かな」
「あ、あの、これ、さっきの授業のノートなんだけど、よかったら貸してあげる」
僕の前に数学と、英語のノートが差し出される。
「あ、でも、悪いよ。試験も近いし、君が困るでしょ?」
「そんな、いいんです、気にしないで。あの、返すのはいつでもいいから!」
そう言うと、バタバタと友人らしき人の所に走っていった。
「キャー碇くんと、話しちゃった」
「やったじゃない」
いったい何だったんだろう、今の。
でも、よかった、これで何とかなりそうだな。
ハッ、しまった!
僕は、恐る恐る隣にいる少女の顔をうかがった。
………………………ああ、やっぱり
「あ、あの、レイ。い、今のは違うんだ」
「………………………………」
ま、また、僕やってしまった。
「あの、僕は、レイが好きなんだよ? さっきも言ったでしょ?」
「……………………それは分かってる、でもやっぱり、イヤ」
そ、そんなぁ。
僕は、辺りを見渡す。もうみんな帰るか、部活に行ったらしく、幸いにも教室に人はいない。
僕は、今日何度も繰り返した行為をもう一度繰り返す。
今日は、大変だな、僕。
でも、これ、なんだかんだ言ったって結構好きなんだよね、僕も。
ずっと以前からやってることだけど、何度やっても、嫌だとか面倒だとか思ったこと一度もないもの。
「…………………ほら、レイ、ずっとこうしてあげるから、僕のこと許してね?」
「……………うん……………でもしばらくやめないで」
「いいよ、レイが好きなだけ、こうしてるよ」
「……………………うん、ありがとうシンジ」
「いいんだよ……………そんなことより、あとで、お弁当一緒に食べようね?」
「…………うん」
今日は、部活に出れそうににないな、明日部長に怒られるよ………………まぁいっか、たまには。
部長も恐いけど、こっちを放っておく方が何倍も恐いし………。
こっちの方が僕にとっては大切だもんね。
おわり