『ボクはレイちゃんとずっと一緒にいるよ。ボクがずっとそばにいて、レイちゃんを守ってあげるよ』

 

5歳の時、シンジとレイが交わした約束。

シンジが絶対に守らなければならない約束。

 

 

この物語は、シンジがその約束を守れなかったただ一つのエピソード……………。

 

 

 

 

彼女 episode1

 

 

 

 

中学生、それは男女がお互いを強く意識し始める時期。

男子は体付きも男らしくなり、背も伸びる、声変わりも始まる。

女子は体の輪郭が丸くなり、おしゃれもするようになる。

そして、同級生や先輩との色恋沙汰にみんなが色めき立ち、うわさ話に花を咲かせる、そんな季節。

 

 クラスの誰と誰がつき合っている。

 私は○○くんが好き。

 誰が格好良くて、誰が可愛いか。

 

みんながそんな会話を楽しみ、少しでも好きな人に近づこうと努力する。

 

 

碇シンジ、彼はそんな話題の中心人物であった。

14歳に成長したシンジは、子供の頃のひ弱なイメージから男らしいものへと変わっていた。

“1人の少女を守りたい”そんな強い想いと、そのための努力がシンジを男らしくしていた。

外見から見ても、両親から譲り受けた高い身長、優しそうな、それでいて男らしさが感じられる表情。

言ってみれば、外見も内面も格好良い、そんな感じに成長していた。

そんなシンジが女子の注目を集めない訳がなかった。

おそらく、人気投票をすれば学校で少なくとも5位以内には入るだろう。

ただ、本人はそんなことには気付いていない。

いや、他の女の子など眼中にないというべきか……………。

 

 

一方、綾波レイ、彼女も男子の話題の中によく出ていた。

14歳に成長したレイは、奇麗になった。

相変わらずその容姿のせいで、まわりから変な目で見られることもあったが、それ以上にみんながその奇麗さに目を奪われていた。

ただ、彼女と会話ができるようになるには相当な努力を必要とした。

彼女が初対面の人を拒絶してしまうのは昔と変わっておらず、レイの心を開かせることができる前にみんな諦めていった。

そして、レイのそばにはいつもシンジがいた事もほとんどの男子が諦める理由だった。

 

しかし、女子の方はそう簡単にはいかなかった。

レイは女子の間でも、別の意味でよく話題になっていた………………。

 

 

 

 

5歳の時ほとんど友達のいなかったシンジにもトウジ、ケンスケという親友ができた。

レイにも、ヒカリという友達ができた。

ヒカリは最初、トウジのそばにいたくて、いつもトウジの友達であるシンジにくっついて歩いていたレイに近づいた。

だが彼女の元来の性格からか、その面倒見の良さでレイをほっとくことができなかったようだ。

レイの心を開かせるためにヒカリはシンジ同様に努力した。

人となかなかうち解けることのできないレイ、そんなレイにもようやくシンジ以外に心を許せる人ができていた。

そして今二人は親友である。

だだ、相変わらずシンジといる方が多いが……………。

そんなわけで、5人はよく一緒にいた。

 

シンジ、トウジ、レイは2年A組

ケンスケ、ヒカリは2年D組

そしてそれぞれ部活に入っていた。

トウジはバスケ部。

ヒカリは当然バスケ部マネージャー。

ケンスケは写真部。

シンジは陸上部。

レイは………シンジの専属マネージャーだった。

 

 

二人は14歳になってもいつも一緒だった。

一緒にいないところを見るほうが珍しいくらいだった。

 

学校に来るときはシンジが施設まで迎えに行く。

帰るときもシンジが施設まで送っていく。

休み時間も二人でいるか、トウジたちも一緒にいるか。

昼休みは5人で昼食。

そして部活動の時間もシンジの近くに必ずレイの姿がある。

 

「レイ」

部活が終わってシンジがレイに声をかける。

「お疲れさま、シンジ」

そう言ってレイはシンジにタオルを渡す。

「ありがとう、それじゃあ帰ろうか、まってて着替えてくるから」

「うん」

 

そんな光景が毎日繰り返される。

まわりから見れば少し異常とも言える、だが本人にとっては当たり前のそんな毎日を送っていた。

 

 

 

 

 

そして、その事件は男子と女子が別々の授業を受けるとき、つまり体育の時間に起こった。

 

シンジに想いを寄せる女子たちの鬱憤が積もりに積もって我慢の限界に来ていた。

いつもレイと一緒にいるためシンジと話ができない、そんなイライラが限界だった。

 

シンジのそばにいるレイに対する嫉妬がとうとう爆発してしまった。

 

 

男子は運動場でサッカー、女子は体育館でバレーボールをしていた時だった。

 

 

レイは授業中、クラスの数人の女子に呼び出されていた。

 

「綾波さん、ちょっと来てくれない?」

「………………なに?」 

「いいから、こっちへ来て」

 

レイは漠然とした不安を感じていた。

そして、体育館裏へ連れてこられた。

 

そしてそのグループのリーダーらしき人物が口を開いた。

 

 

「ねえ、綾波さん、碇君につきまとうのもうやめてくれない?」

 

「え?」

 

「だから、これ以上碇君に近寄らないでって言ってるのよ」

 

「………………シンジがそう言ったの?」

 

「碇君だって、あなたのこと鬱陶しいと思ってるわ」

 

「………………シンジがそう言っているのを聞いたの?」

 

「しつこいわね!だいたい私たちはあなたみたいな気持ち悪い女が碇君のそばにいることが許せないのよ!」

「そうよ!だいたいあなた母親にも父親にも捨てられたんでしょ?!そんな人が碇君にふさわしいと思ってる の?!」

「あなたみたいな子に付きまとわれたんじゃ碇君がかわいそうだわ!」

 

そんな突き刺さるような言葉に、レイは静かに反論する。

シンジがそんなこと言ったり、思ったりするはずがないことはレイが一番よく分かっている。

 

「イヤ、シンジはそんなこと言わない。私はシンジのそばにいたい」

 

「物わかりの悪い女ね! 素直に私たちの言うこと聞いてれば嫌な目にもあわなくてすむのに」

 

「なんて言われてもいい、私はシンジのそばにいる」

 

そのレイの言葉がまわりの女子たちを余計に苛立たせる。

そして彼女たちの態度が急変する。

 

 

「あんた、痛い目にあわなければ分からないのね」

 

 

レイに対する最後の宣告。

そう言いながら、リーダーらしき人が手に持っていた棒を振り上げる。

それを見た他の女子たちがレイのまわりをぐるりと取り囲む。

取り囲む全ての人がレイを睨み付ける。

彼女たちがこれから何をしようとしているのか誰が見ても明らかだった。

レイの味方になってくれる人はここには誰もいない。

 

 

 

 

 

 

 

………………そして、この状況がレイに思い出させてしまう。

 

 

もう、忘れたと思っていた過去の記憶。

そのその記憶が次々にレイの脳裏に蘇ってくる。

 

 

「おまえみたいなお化けは近寄るな、あっち行け!」

「お前が幽霊だからママに捨てられたんだ!」

そう言いながら自分を取り囲み石を投げてくる子供たち。

 

「どうやったらあんな気味悪い子供が生まれてくるのかしら」

自分を見て、遠目に自分を見てコソコソとささやく近所の人。

 

「何、見てんのよ、そんな気持ち悪い目で見ないで、鬱陶しいわね」

「じゃまだからどっか行ってよ」

そう言いながら蹴り、真冬の外に追い出し、自分に水をかける父親の彼女。

 

「お前なんか生まれてこなければよかったんだ」

「お前なんか死んじまえ」

「この、疫病神!!」

そう言いながら自分のことを蹴ったり、殴ったりする実の父親。

 

 

 

シンジが現れて以来、ずっと封印されていた記憶。

シンジと出会うまでの思い出。

誰一人として自分のことを愛してくれない、まわりはみんな敵ばかり。そんな思い出したくもない出来事。

それが次から次へ途切れることなく蘇り、それがあの頃の感情を思い出させる。

 

 

もう塞ぎかかったていたレイの心の傷が、再び開き、その傷口から血が流れ始める。

レイの顔が恐怖に染まる………………。

そして、そんな記憶を消そうと、頭を抱えながら、レイは叫んでいた。

 

 

 

イヤーーーーーーーーーーーーーーーーーっ

 

 

 

 

そしてその悲鳴が彼女たちに対する号令だった………………。

 

 

 

 

 

 

 

 

その頃シンジは運動場でサッカーをしていた。

 

イヤーーーーーーっ

 

体育館の方でその悲鳴が聞こえた瞬間シンジはその声が誰のものか分かった。

 

「レイ!」

 

シンジは授業中だという事にもかまわず、体育館に向かって走った。

 

 

そしてそこにたどり着いたとき、シンジの前には何人かの女子の集団と、その中心にいる人物が見えた。

その子はまわりを取り囲んだ女子たちに棒で殴られたり、髪の毛を引っ張られたり、蹴られたりしていた。

壮絶な光景だった。

 

そしてその集団の隙間から水色の髪の毛が見えた瞬間、シンジの中で何かがはじけた。

シンジは中心にいる愛しい少女を助けるために、その喧噪の中に飛び込んでいった。

 

「レイッ!」

 

「レイに何するんだ! やめろ!」

 

シンジの声を聞き、レイを取り囲んでいた女子たちが“やばい”という感じで飛び退く。

 

 

そしてそこには頭を抱えてうずくまっているレイの姿があった。

体は泥だらけだった。

 

「ごめんなさい、お父さん。ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」

 

レイは自分に何が起こっているのか分からなかった。

体に与えられる激痛、そして頭の中で蘇る幼い頃の記憶だけが脳を駆け回っていた。

今の状況と幼い頃の体験がシンクロしていた。

レイは体を小さくして、うわごとのように同じ言葉を繰り返していた。

 

シンジは優しくレイの体を抱きしめる。

レイの体は恐怖にカタカタと震えていた。

 

「!!ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」

 

レイは依然として同じ言葉を繰り返す。

シンジはレイの耳元で優しくささやく。

 

「レイ、僕だよ。シンジだよ。もう大丈夫だから、安心して、もう大丈夫だよ。シンジだよ、レイ?」

 

「……………………シンジ?」

 

シンジの言葉に恐る恐る顔を上げる。

シンジに向けられたレイの顔は恐怖で埋め尽くされていた。

 

「僕が来たから、もう安心だよ、恐くないよ、レイ」

 

そしてゆっくりと微笑む。

 

「シンジ!」

 

そして唯一レイが安心できる場所、シンジの胸に顔を埋める。

 

そして、安心したように気を失った。

 

シンジはレイを保健室に連れていくために抱き上げる。

そして、まわりの集団に向かって言った。

それは恐ろしく冷たい声だった。

 

「君たち、なんでこんなことするの?」

「レイが君たちに何したって言うの?」

「もうレイは十分傷ついてるのに、どうしてこれ以上レイを傷つけるのさ!」

 

言葉を続けるごとにシンジの感情が高ぶっていく。

 

「レイは、レイは、レイは……………

 

その時シンジの肩をそっと手をおく人物がいた。

シンジを追いかけてきたトウジたった。

 

「シンジ、もうええ、落ち付かんかい、それより、早う綾波を保健室に連れていってやった方がええ」

「………そうだね。ありがとうトウジ」

 

そしてもう一度彼女たちを睨み付けながら言う。

 

「今度、こんな事があったら許さないから」

 

そしてシンジはいつの間にかできた人だかりをかき分けながら愛しい少女を腕に抱え保健室に向かった。

 

トウジもそれに付いていく。

だが我慢しきれずに振り返って、後ろの集団に向かって言った。

 

「お前ら、どうせシンジのこと好いとる奴らやろ。なんで直接本人に言わんのや!」

「今度綾波になんかやったら、ただじゃ済まさへんで。シンジは優しい奴やから、暴力ふるわへんけど、シンジ の代わりにワシがお前らにパチキかましたる、女やからって容赦せえへんからな! 覚えとけ!」

 

 

シンジやトウジにきつい言葉を浴びせられ、レイを傷つけた集団はただその場に固まっていた。

 

 

 

 

 

 

 

数分後

 

シンジはレイを保健室のベッドに寝かせ、その手を両手で握っていた。

 

シンジは怒っていた。

レイを守ることができなかった自分に対して怒っていた。

授業が別々だから仕方がなかった、という言い訳はシンジにとって何の慰めにもならなかった。

そして、シンジが駆けつけた時、レイがうわごとのようにつぶやいていた言葉に強い衝撃を受けていた。

 

『ごめんなさい、お父さん、ごめんなさい、ごめんなさい…………』

 

このレイの言葉がシンジに自責の念を抱かせ、あらためてその心の傷の深さを認識させられた。

 

 

 

 レイを守るって約束したのに、守ってあげられなかった。

 レイの傷ついた心に、また深い傷を作ってしまった。

 レイに嫌なことを思い出させてしまった。

 絶対思い出させてはいけなかったのに。

 小さい頃レイにどんなことがあったか母さんに聞いてたのに。

 今までずっと一緒にいたのに全然レイのこと分かってあげられてなかった。

 レイの心の傷に全然気付いてなかった。

 もう大丈夫だって心のどこかで思っていた。

 僕は全然強くなってない。

 あのころの、初めてレイとあった頃の自分と全然変わっていない。

 レイのこと守ってあげるだなんて、口ばっかりだ。

 僕のせいだ。

 

 

シンジはずっと自分を責め続けていた。

 

 

その時、シンジが握っていたレイの手が動いた。

 

ハッとしてレイの顔を見る。

 

「レイ?!」

 

そしてレイの目がゆっくりと開かれた。

そしてシンジの方を見る。

その顔には小さな傷ができていて、赤くなっている。

 

「………………シンジ?」

 

シンジはその傷をなでながら言った。

 

「レイ、ゴメン、僕、約束守れなかった。レイのこと守るって約束したのに、ゴメンよ、レイ」

 

レイは顔に当てられたシンジの手に自分の手を重ねた。

 

「……シンジは悪くない、それにシンジは私を守りに来てくれた、だからいい」

 

「でも、恐かったでしょ? いいんだよ、僕のこと怒ってよ、レイ」

 

そんなシンジの言葉にレイは目を潤ませる。

そして感情を吐露する。

 

 

「………………シンジ、わたし恐かったの、とっても恐かったの」

 

「うん」

 

「彼女たち、わたしにシンジから離れろっていうの、シンジが鬱陶しがるから近づくなって」

 

「うん」

 

「それで、私がイヤだっていったら、急にわたしのこと取り囲んだの」

 

「うん」

 

「わたし急に恐くなって助けて欲しかったの。でもシンジ、そばにいなかったの」

 

「うん」

 

「それで、それで、シンジがいなくて、………それで頭の中に…いっぱい………お父さんが、お父さんが    …………………わたし」

 

レイが震えた声で言葉を続ける。

シンジはレイを抱きしめた。

 

「ゴメンよ、レイ、…………いいんだよ、もういいんだ、僕の前では泣いてもいいんだ、我慢しなくてもいいんだ」

 

 

「う、ぐす、シンジ」

 

そうして彼女はシンジの胸の中で泣き続けた。

今まで泣くことができなかった分を取り戻すかのように泣き続けた。

レイが生まれて初めて泣くことが許された瞬間だった。

 

 

 

「ゴメン、レイ。約束守れなくて………………僕、口先ばっかりで」

 

「レイの気持ちにも気付かないで、僕、レイのこと苦しめちゃったよね」

 

「僕のこと許してもらえないよね? ぼく、レイのそばにいる資格ないよね?」

 

シンジは今回の事件のことで自信をなくしていた。

本当に自分がレイのことを守っていけるのか不安だった。

だからつい弱音を吐いてしまう。

 

 

「そんなことない、シンジは私に初めてあったかい心をくれた人、それは今でも変わってない」

「シンジは私に優しくしてくれる。シンジがいなくなるのはイヤ」

「シンジがいてくれるから私は生きていられる、シンジがそばにいないと私はダメになる」

 

「だから、私はシンジのそばにいたい」

 

 

その言葉にシンジの胸が詰まる。

愚かなことを言ってしまった自分にまた後悔する。

そしてその言葉がシンジに新たな自信と勇気を与える。

 

「うん、そうだね、ゴメン、僕もレイのそばにいたい」

「これからもずっとそばにいるから、もうこんな事絶対に起こらないようにするから」

「約束、破っちゃたけど、これからはがんばるから」

 

そう言ってもう一度彼女を抱きしめる腕に力を込めた。

 

 

「うん」

 

 

そう返事をするとレイは安心したように眠った。

 

 

 

シンジはずっとその寝顔をずっと見守った。

 

 

 

新たな決意を胸に………………。

 

 

 

 

 

そして、これ以後レイの心に新しい傷が増えることは二度となかった。

 

 

 

 

 

 

おわり

 

 

 

あとがき

ど、どうも、大丸でございます。
全国に何万といるNACさんのホームページを楽しみにしておられる方、及びアヤナミストの方、も、申し訳ございません。
ど、どうしても書きたかったんです。
え〜と、虐待の傷は簡単には癒えないぞということが言いたかったんです。
「シンジよ、レイを幸せにするのは簡単じゃないぞ」ということが言いたかったんです。
あ〜僕を許してください。今後こんな事はいたしませんので・・・・・たぶん・・・・(^^;。

と、というわけで読んでくださったみなさんありがとうございました。

 

 

 

 


[ NEXT ]

NACのコメント:
大丸さんから投稿いただきました(^^)
「彼女」のその後を、連載にしてお届けです。
ちょっと痛々しい面もありますけれども、レイが、シンジのことを疑わない心と絆に打たれますね。
シンジも、レイを心から護るという決意を新たにしたようですし、今後が楽しみです(^^)
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