第九十七話 「拒絶」
四百五十六



 シンジは、アスカに連れられて、再び、本部の外の道を歩いていた。
 
 出口から連なるくすんだオレンジ色の遊歩道は、幾らも行かないうちに、両側を深い森に挟まれた薄暗闇の中に消え、点々と続く路側灯の明かりがかろうじて道のりを示すのみとなっていく。
 
 
 
 シンジの前を歩くアスカの髪の毛が、歩みに合わせて、無言で左右に揺れる。
 
 「アスカ」
 
 シンジが、その後頭部に声を掛ける。
 
 アスカからの返答はない。
 
 「アスカ……話って?」
 
 もう一度尋ねたが、やはり沈黙しか返ってこない。
 
 やむなくシンジも口を噤み、その場には二人の足音しか聞こえなくなった。
 
 
 
 路側灯の明かりの間を縫いながら、二人は、ややゆっくりとした速度で遊歩道を歩き続けていた。
 
 薄暗闇の中、シンジは携帯電話で現在の時刻を確認する。
 
 夜、11時。
 
 ……これがジオフロントの外であれば、今の時代……アスカのような少女が出歩くには、ちょっと注意が必要な時刻だろう。
 
 
 
 アスカは、周りを鬱蒼とした繁みに囲まれた、足許も暗くて覚束ないような遊歩道を、一片も臆することなく歩いていく。
 
 もちろん、外と比べればこのジオフロントは確実に安全で、だからこそアスカも、何も気に留めていないのだろうが……
 
 ……だがしかしこの少女は、例えジオフロント外を歩いていたとしても、同じように気に留めないのではないかという危うさを、常に持っていた。
 
 
 
 アスカが先を歩き、その数歩後ろを、シンジが追う。
 
 その構図が変わらないまま、既に数分が経過していた。
 
 
 
 (……何の用があるんだろう)
 
 前方を歩くアスカの背中を見つめながら……シンジは、訝しそうに首をひねる。
 
 アスカが、自分に用があること自体は珍しくもないが、どうも様子が変だ。
 
 呼びかけても答えないし……かと言って、どこか別の場所に用があるにしては、うねうねと遊歩道に沿って歩くだけで……記憶を辿っても、この先に何があるわけでもない。
 
 確かこの道は、ずっと歩いていればぐるりと回って、また本部に戻ってしまうはずであった。
 
 
 
 実のところ……無言で歩くアスカの目的を、シンジが掴みかねているのは、しごく当たり前のことだった。
 
 
 
 何を隠そう……
 
 
 
 ……アスカも、自分がこれから何をしたいのか、自分でよく分からなくなっていたのだ。
 
 
 
 もともと、アスカがシンジに声を掛けたのは……以前から抱いていた不可解な疑念を、直接シンジにぶつけるためであった。
 
 たびたび抱かせる、「シンジは使徒が来るのを知っているのではないか」という思い。
 
 昔はまだ些細な気持ちだったが、とみに、ここ最近はアスカの心の中に、知らぬうちにしっかりと根を張り始めている。
 
 
 
 ……今日こそは聞いてやろう、と思っていたが……昼の間は、シンジのそばに必ずレイがいて、切り出すことが出来なかった。
 
 いや、別に、レイに聞かれて困る話ではないのだが(第一、シンジに聞く、という意志を、レイには以前伝えてある)、何となく……他に、誰もいないところで、直接聞いてみたかったのである。
 
 そして、結局、一度もシンジに話しかける機会を持つことが出来ず、今日は駄目かと思って一度パジャマに着替えたのだが……最後にもう一度だけ、と思ってシンジの部屋まで行ってみると、そこにシンジの姿はない。
 
 レイと一緒にどこかへ行っているのかも、とも思ったが、もう……ここまで来たら、と、一縷の望みをかけて、部屋の前での待ち伏せと相成ったのである。
 
 
 
 しかしこうしてシンジを呼びだしてみると、どうやって問い掛ければいいのか、よく分からない。
 
 比較的思い切りのいい彼女にしては、キレの悪い態度だったが……それは、やはり問い掛けの重さというものだろう。
 
 シンジから呼びかけられても、返事を上手くすることが出来ない。
 
 今はただ、歩き出してしまった歩みを止めるきっかけだけを探していた。
 
 
 
 ……そうして、更に5分程歩いただろうか?
 
 
 
 どこまで行くのか分からない行進にシンジの表情にも疲労の色が浮かび始めたころ、不意に、前方のアスカの歩みが止まった。
 
 少しだけ驚いた表情でその後ろ姿を見ると……アスカは、すいっ、と、遊歩道の傍らに設置されたベンチを指さした。
 
 「ここに座りましょ」
 
 そう言うと、ささっ、と先にそのベンチに腰を下ろしてしまった。
 
 
 
 シンジは、一瞬呆気にとられたように、アスカの顔を見つめていた。
 
 ……こんな、本部から遠く離れたベンチに座る必要が、どこにある?
 
 第一、今までも、何度かベンチの前を通過してきたではないか。
 
 だがアスカはそんなシンジの当惑など気にもしない風情で、ベンチの空いている側を手の平でパンパン、と叩いてみせた。
 
 それから、ぎろっとシンジを睨む。
 
 「……何やってんのよ? 早くっ」
 
 言われて、シンジも慌てて、アスカの左隣に腰を下ろした。



四百五十七



 並んでベンチに腰を下ろすと、アスカは、小さく……ほんの一息、息をついた。
 
 そのベンチは、路側灯と路側灯のちょうど真ん中当たりに位置し、真暗闇ではないが明るいとは言いがたい。
 
 隣に座るシンジの横顔は何とか判別できるが、その目鼻は曖昧だった。
 
 
 
 「あのさ……アスカ」
 
 シンジは、そんなアスカの方に顔を向けて、言葉を切りだした。
 
 「なに?」
 
 「うんと……話って、何かな」
 
 言葉尻をつぼみながら、シンジはおずおずと呟く。
 
 
 
 数秒の沈黙。
 
 
 
 即答してこないアスカの様子に、シンジは、困ったように眉根をひそめた。
 
 アスカは、前を向いたまま……膝の上の拳を、少しだけ力を篭めて、握り直す。
 
 
 
 そして、アスカは、意を決したように……くるり、と、シンジの方に向き直った。
 
 
 
 「シンジ」
 
 「なに?」
 
 「アンタ……使徒が来るの、分かってるの?」
 
 
 
 いきなりのアスカの言葉に、シンジは、思わず、一瞬……虚を突かれたように息を飲んだ。
 
 思考が停止する。
 
 
 
 ……アスカは、そうして固まるシンジの瞳を、じっと見つめていた。
 
 
 
 どうやって切り出そうか、さんざん悩んだ末に……飛び出した言葉は、ストレート極まりない言葉だった。
 
 何をやっているんだろう?
 
 アスカは、疑問を口にしてしまってから、全身が総毛立つような後悔が駆け抜けるのを感じた。
 
 脳の皺の間から、気持ちの悪い汗が滲みだしているような違和感。
 
 ……もっと、うまい聞き方があったんではないか?
 
 
 
 ……だが、確かに今、尋ねたかったのは、このこと。
 
 飾りも回り道もない……自分が尋ねたかったのは、この一点なのだ。
 
 
 
 「……え」
 
 数拍の空白を置いて……シンジの口から、戸惑いを交えたような、空気の抜けた言葉が漏れる。
 
 「聞こえなかった?」
 
 アスカは、即座に畳み掛けた。
 
 そう……もう、尋ねてしまった。
 
 今更、言葉を濁しても仕方がない。
 
 後戻りは……出来ない。
 
 「……アンタ、使徒がいつ来るか……どんな敵か、知ってるんじゃないの? って、言ったのよ」
 
 言葉のひとつひとつを、明瞭に区切るように……アスカは、はっきりと、繰り返す。
 
 
 
 脳の皺から汗が滲みだす感覚、と言えば……実際のところ、アスカよりシンジの方が、百倍も感じていた。
 
 
 
 話がある、とは、どんな内容かと思えば……
 
 ……まさか、こんな内容とは!
 
 
 
 「……な……なんで、そう思うのさ」
 
 かろうじて、シンジの咽から、言葉が漏れる。
 
 上ずったような声音を、ぎりぎりで押さえ込んだ。
 
 アスカは、シンジの瞳を見つめたまま切り返す。
 
 「なんで、も何もないわよ。……怪しすぎるでしょ?」
 
 「どこが……」
 
 「知ってるとしか思えない。アンタ、そんな行動が多すぎんの」
 
 「い、いや、だから、どこが?」
 
 「こないだの闘いだって、そうよ」
 
 アスカは、ビシッ、と叩きつけるように言葉を発した。
 
 
 
 「アンタ、こないだの参号機の殲滅戦……使徒が現れるずっと前に、どっかに監禁されてたわよね」
 
 「あ……あぁ、うん……それが?」
 
 「でも、それより前に、レイに、エヴァに乗って待機してるように言ったでしょ」
 
 「えっ?」
 
 驚いたように、シンジが身を引きながら目を見開く。
 
 アスカは揺がず、そのまま同じ口調で言葉を続けた。
 
 「レイが、そう言ったわ。
 
 あの時は……松代で起動実験をする、それ以外には特に、スケジュールも何もないのに、わざわざミサトに逆らってまでケイジで待機してようって、レイがアタシに言ったのよ。
 
 そんなの、おかしい。何かある、って思うのが普通でしょ? 理由もなく、レイがそんなことをするはずがない」
 
 「………」
 
 「……理由を聞いても、レイは教えてくれなかった。だから、シンジにそう言われたのか、って聞いたのよ」
 
 「なっ……なんで」
 
 「そんなの、今までのアンタの行動を見てれば、思い付くもんよ。
 
 で、そう聞いても、レイは否定しなかった。それはつまり、イエスってことよ。でしょ?」
 
 
 
 二人の間に、再び沈黙が訪れた。
 
 
 
 アスカの視線に捕らえられて、シンジは、目を逸らすことが出来なかった。
 
 暗闇の中、しかし、アスカの青い瞳だけが静かな輝きを放っている。
 
 まさに、青い炎……赤くめらめらと燃え上がる炎よりも、その実は遥かに温度が高いのだ。
 
 
 
 シンジは、咄嗟に返答することが出来なかった。
 
 
 
 実際のところ……シンジは、他人がシンジの行動を怪しむであろうことについて、余りにも無頓着だ。
 
 もちろん本人は、おかしな素振りを見せないように、注意は払っていたつもりである。しかし、こと緊急を要する場面になると、そういった「バレないように」という配慮よりも、まずその場を乗り切ることを優先してしまう。
 
 そういったことの積み重ねが、アスカを始めとする周りの皆に疑念を抱かせているのだが……正直なところ、シンジは若干、そういった周りの人間への影響を軽視していたのかもしれない。
 
 
 
 ともかく、シンジの側には、心の準備が殆ど無かったと言ってよい。
 
 アスカの視線に捉えられてお互いに相手の瞳を見つめあってはいるが、アスカと違い、今のシンジの頭の中は真っ白だった。
 
 何と、返事をするべきなのか……分からない。
 
 
 
 「……何とか、言いなさいよ」
 
 アスカが、静かに、言葉を紡いだ。
 
 その言葉にシンジも頷くが、咽から言葉が出てこない。思わず頭を掻いてみせるのが関の山だ。
 
 「じゃぁ、端からいこうか? シンジ、アンタ、使徒が来るのが分かるの? イエス、オア、ノゥ?」
 
 「………」
 
 「二者択一よ。どっちかしかないでしょ」
 
 「………」
 
 「答えられないの?」
 
 
 
 何か一言答えれば、芋蔓式に、次から次へと言葉を発しなければならなくなるだろう。
 
 イエス、と答えれば、そのまま真実の多くを語る羽目になる気がする。
 
 ノー、と答えれば、次々と嘘を嘘で塗り込めていかなくてはならなくなる気がする。
 
 
 
 その、どちらも……今、選択肢として最善の道だと、確信することが出来ない。
 
 
 
 二人の間に、沈黙が流れる。
 
 
 
 風が二人の頬を撫でる……しかしそれは、二人の体を包む、油膜のようなぬめりを拭い去ることは出来ない。
 
 
 
 まるでゼラチンで固められたような不快な空間。
 
 
 
 ……アスカが、立ち上がった。
 
 
 
 「……アスカ」
 
 シンジが、立ち上がったアスカの顔を見上げる。
 
 アスカは前を向いたまま、パジャマの尻を軽くはたくと、再び腰を伸ばした。
 
 風に、亜麻色の髪が揺れる。
 
 アスカの視線は森の彼方に向けられたまま、シンジにはくれない。
 
 
 
 「……信用してくれない人を……信用、出来ると、思う?」
 
 
 
 アスカは、ゆっくりとそう、呟くと……
 
 ……くるっ、ときびすを返して、もと来たほうに歩き出していく。
 
 
 
 シンジは、茫然とその背中を見送ることしか出来なかった。



四百五十八



 レイは枕を抱えたまま、布団の中で、じっと暗闇に目を凝らしていた。
 
 天井に設置された電灯の輪郭が微かに見えるが、それ以上は何も見えない。
 
 僅かに首を捻じって枕元の時計を見ると、畜光ライトが深夜1時を示していた。
 
 
 
 再び、天井を見る。
 
 そして、また、動かなくなる。
 
 
 
 天井を凝視しているのはもちろん、暇潰しに汚れの数を端から数えているわけではない。
 
 レイの視線は、その焦点を天井のもっと向こう……自分の心の中に向けていた。
 
 昼の会話を思い出す。
 
 『初号機をわざと暴走させるなんてできないから、何とか自力で倒さなくちゃいけない。
 
 でも……その方法はまだ、思い付いてないよ。それで、頭を悩ませていたんだ』
 
 シンジにも、決定打を見出すことが出来ずにいる。
 
 ならば、自分はどうか?
 
 
 
 一人ではなく、二人で考えることで、道が開ける。
 
 それはつまり、二人がそれぞれ、偏ることなく、考えられるだけ考え抜くことだ。
 
 アイデアは、棚ぼた的に空から降ってくるものばかりとは限らない。
 
 10のアイデアが必要ならば、せめて、1でも2でも自力で考える。そこから、突然インスピレーションが沸き上がることもあるだろう。でも、0では駄目だ。きっかけは、絶対に必要なのだ。
 
 
 
 シンジは、夜の遊歩道を、足取りも重く本部に向かって歩いていた。
 
 
 
 (……本当のことを、話すべきだったのか)
 
 シンジは、明確な答えを導き出せぬまま、思考のループを行きつ戻りつしていた。
 
 アスカの言葉が小さな針となって、胸に刺さる。
 
 『信用してくれない人を、信用出来ると思う?』
 
 そうだ、と、シンジは思う。
 
 アスカの言葉に反論することなど、できない。
 
 アスカは正しい。自らが心を閉じれば、相手も心を閉じる。
 
 自分は真実を伏せておきながら、信じろというのは傲慢極まりない要求だろう。
 
 
 
 どうすれば、よかったのだろうか?
 
 
 
 真実を話すのは、後戻りの出来ない、大事な一歩だ。
 
 一度話してしまえば、もう覆せない。ゲームのようなリセットボタンは存在しない。
 
 慎重になりすぎるほど、慎重になっても、仕方がないと思う。
 
 
 
 ……実際には、今に至るまでの間に……真実を話してもいいかもしれない、と思える人が、レイのほかにも出来た。
 
 それが、アスカと、加持だ。
 
 二人とも聡明だし、何より二人とも信頼できる。
 
 真実が彼らの口から、別の者に漏れていくことなど、有り得ないと思って間違いない。
 
 
 
 ……にも、関わらず。
 
 それでも……そのどちらにも、真実を語ることは出来なかった。
 
 
 
 遊歩道の幅が左右に広がり、顔を上げると本部に辿り着いていた。
 
 その、遥かな威容を見上げる。
 
 
 
 (アスカは、どうしてるだろう……?)
 
 今ごろ、自分の部屋に戻って、一人でベッドに潜っているのだろうか。
 
 シンジは目を瞑って、小さく溜め息をついた。
 
 ……ここまで築いてきた彼女との全てを、この数時間で失ってしまったかも知れなかった。
 
 最初に出会ったころも、彼女との間には溝があったが……ことによったら、あの頃よりも更に深く埋めがたい谷間が、開いてしまったかも、知れない。
 
 再び閉ざされた扉が、もう一度開いてくれるのかどうか、それは、今のシンジには分からなかった。
 
 
 
 自分の部屋に戻ったシンジは、すぐに布団の中に潜り込んだ。
 
 頭を切り替えなければ……使徒がやって来るまで、もう余り時間がない。
 
 いま、使徒と対峙しても、まだ明確な作戦もないのだ。
 
 考えなければ……
 
 しかしシンジは、頭の中が乱れて、上手く考えをまとめることが出来ない。
 
 
 
 暗闇の中で、アスカは、他の二人と同じように布団に潜っている。
 
 しかし、その目は開かれていて……ただ、目の前の闇を凝視していた。
 
 
 
 ……ちなみにその頃、トウジは枕をけっ飛ばして爆睡していた。



四百五十九



 翌朝……チルドレン四人は、まずブリーフィングルームに集合した。
 
 これから、本部で生活する期間中は、毎朝その日のスケジュールの説明をするために必ずここに集合することになっている。
 
 
 
 シンジが部屋に入ると、既にトウジが一人、だだ広い部屋の端の方の席に腰掛けていた。
 
 不安そうな表情で周りをきょろきょろと見回していたトウジは、部屋に入ってきたシンジの顔を見て、椅子を蹴倒すように駆け寄ってくる。
 
 
 
 「シ、シンジ」
 
 トウジは、シンジの前まであたふたとやって来てから、その肩を掴んだ。
 
 その慌てふためいたトウジの様子に、シンジは気圧されたようになりながら、片手を挙げた。
 
 「お……おはよう、トウジ」
 
 「ワシ、間違ってへんよな?」
 
 「は?」
 
 「朝からココで打合せやろ? 合っとるよなぁ?」
 
 「あ……あぁ、うん……そうだよ」
 
 子犬のような瞳のトウジに、シンジはおずおずと頷いてみせた。
 
 
 
 シンジの返事に、トウジは……一拍置いて、はぁあぁあぁ、と深く息をついた。
 
 目の前の椅子に、そのままへたりこむように座る。
 
 シンジは怪訝な表情でトウジを覗き込んだ。
 
 「……どうしたのさ、トウジ」
 
 「いや……」
 
 疲れた顔でシンジを見上げるトウジ。
 
 「ここで打合せや……っちゅうから来たんやけど……来てみたらまだ、誰もおらへんやろ。
 
 シンジたちは、勝手知ったるなんちゃら言うて、別に気にもせぇへんやろうけど……ワシはまだアカンわ。緊張してもうて……ホンマ……たまらんわ」
 
 頭を左右に振りながらそう言うと、トウジは、もう一度……疲労と安堵が入り交じった溜め息をついてみせた。
 
 
 
 シンジは、そんなトウジを見下ろしながら頭を掻く。
 
 「そんな……緊張しなくても、平気だよ。トウジはもうチルドレンなんだし……普通にしてれば、誰も何も言わないよ」
 
 「分かっとるわ。せやけど、やっぱしまだ門外漢ちゅう気がするんは、しゃぁない」
 
 「う〜ん……」
 
 「ワシ、部屋間違えとるかも知れんて思うたんやけど、そら……つまり、言い換えたらどっか別んとこで、ちゃんと打ち合わせしとるっちゅうコトやろ。初っぱなから遅刻はアカンと思うやんか」
 
 「そういう時には、携帯に連絡が入るから大丈夫だよ」
 
 「ああ……そうなんか。
 
 ……確かに、シンジの携帯、ガッコおっても、しょっちゅうピッピ言うとったもんな」
 
 「うん」
 
 「……まぁ……そか……せやけど……やっぱ、ずぅっと一人でおんの、心細かったわ。こんなコトなら、最初にシンジの部屋、迎えに行ってから来たらよかった」
 
 「トウジ、何時に来たの?」
 
 「7時」
 
 「……トウジ……部屋は間違えてないけど、時間が間違ってるよ……」
 
 「え」
 
 
 
 その時、部屋のドアが開く音がして、シンジとトウジは同時に振り返った。
 
 
 
 入り口のそばに立ったアスカの後ろで、扉がゆっくりと閉じる。
 
 アスカは立ち止まって、自分を見ている二人を一瞥すると、表情を変えずに部屋の前の方に向かって歩き出した。
 
 
 
 「おはようさん、惣流」
 
 屈託のない表情で、トウジが片手を挙げて声を掛ける。
 
 その言葉に乗るように、シンジも口を開く。
 
 「おはよう、アスカ」
 
 努めて、軽く……何事もなかったかのように。
 
 毎日繰り返される、ごく普通の挨拶を、アスカに投げ掛けた。
 
 
 
 「おはよう」
 
 
 
 アスカは振り返らずにそう言うと、二人に背を向けたまま、一番前の椅子に腰を下ろした。
 
 
 
 シンジは、続けて言葉を発することが出来ず、口を半ば開いて立ちすくんだ。
 
 数秒を置いて……横に座ったトウジが、自分の腰をつついているのに気付く。
 
 慌ててシンジがトウジに顔を向けると、トウジも困惑した表情でシンジを見返してから、声を潜めて口を開いた。
 
 「シンジ……おまえ、惣流とケンカでもしたんかいな」
 
 「えっ、い、いや……なんでさ」
 
 「そんなもん、見たら分かるがな。電流ビリッと走ったみたいやったで」
 
 
 
 そう……アスカの背中は、明快に……これ以上にないほどはっきりと、拒絶の意志を表していた。
 
 言葉の上では平静であるだけに、それは近寄りがたい冷たさを感じさせていた。
 
 
 
 シンジは、なすべき最善の方法を思いつくことが出来なかった。



四百六十



 ほどなくしてレイがやってきて、とにかくも不自然に重苦しかった空気はうやむやに解消された。
 
 一番前のアスカの背中を見るように……その、やや後ろの席に、トウジ、シンジ、レイが並んで腰を下ろす。
 
 
 
 レイが、隣のシンジの袖を、指先で軽く引っ張った。
 
 シンジがレイの方に顔を向ける。
 
 「えっ……なに?」
 
 「……あとで、私の部屋に来て」
 
 「え?」
 
 シンジが、少しだけ驚いたように眉を上げてレイの顔を見る。
 
 レイは、視線をシンジに向けたまま、顔だけ若干前に戻し、言葉を続けた。
 
 「あのあと……ずっと考えてたの」
 
 「え……何を?」
 
 「弱点」
 
 「……ああ」
 
 「……思い付いたの」
 
 「えっ……本当に?」
 
 「正しいのかどうかは、分からない。でも、そうかも、と思える推論があって……聞いて欲しいの」
 
 
 
 シンジは、驚きを含んだ視線で、レイを見つめた。
 
 シンジも、ぼんやりとしたイメージのようなものは掴んでいたが……それを言葉にすることは出来ない。
 
 レイが、言うように本当に弱点を思い付いたのだとすれば、それは、まさに……二人いることの効用と言えた。
 
 見つめるレイに、シンジは頷いた。
 
 「うん……すごい。聞きたいよ」
 
 「うん……じゃぁ……打ち合わせが終わったら、行きましょう」
 
 シンジの言葉にレイは嬉しそうに微笑むと、机の下でシンジの手の平をそっと握って、そう言った。
 
 
 
 考えなければいけないことは、山のように積み上っている。
 
 大きいのは、目前に迫った使徒のこと……
 
 ……それに、アスカのことも、とても大事な問題だ。
 
 しかし……
 
 シンジは、目を瞑り……ともかく、今は、頭を切り替える。
 
 時代を逆行して以来、身につけたシンジの特技の一つでもある。
 
 大きな問題を棚上げにして、別の問題に思考を切り替える。
 
 
 
 アスカとのことは……どうすればよかったのか分からない。
 
 これからのフォローも、どうすればよいのか……
 
 ……しかし、今は、それを考えるべきときではない。
 
 今、考えなければいけないのは……もはや、目前と言えるほど近付いた、使徒のことだ。
 
 
 
 リツコとミサトが部屋に入ってきて、簡単なスケジュールの説明が行われた。
 
 シンジ、アスカ、レイは、夕方からシンクロテストと射撃訓練、格闘訓練を行う。
 
 トウジは独り別メニューで、基礎座学とシンクロテスト、ということであった。
 
 トウジは他のメンバーに比べて、まだ、はるかに訓練が足りない。
 
 他の三人と違うメニューになるのは、いたしかたないところであろう。
 
 
 
 打ち合わせが終わって部屋から出ていく時まで、アスカは一度も振り返らなかった。
 
 
 
 アスカは真っ先にブリーフィングルームを出て、すぐさま姿が見えなくなってしまった。
 
 おそらく、一直線に自分の部屋に帰ってしまったに違いなかった。
 
 トウジはまだ少し部屋に残り、リツコから幾つかの説明を受けるようだ。
 
 シンジとレイはブリーフィングルームを出ると、そのまま、レイの部屋に向かった。
 
 
 
 レイの部屋も、間取りはシンジと変わらなかった。
 
 ワンルームにトイレ・バス・台所等が付属した状態。
 
 言ってみれば、昔、レイが独りで住んでいた、あの部屋と大差ない。
 
 ただやはり、部屋の持つ雰囲気は暖かく……以前のあの部屋の、殺伐とした空気とは大きく一線を画していた。
 
 
 
 「座って……お茶、入れるから」
 
 レイはシンジにそう言うと、きびすを返して、台所に入っていった。
 
 言われたシンジは、手伝おうか、と一瞬ついて行きかけたが……ここの台所は二人も入ると、身動きが取れなくなってしまう。
 
 諦めて、大人しくベッドの隅に腰を下ろす。
 
 
 
 程なくして、レイがキャスター付きの小さなカーゴを押して戻ってきた。
 
 
 
 カーゴの上には、二つのティーカップが乗っている。NERVのマークが刻印されたそれは、あらかじめ部屋に用意してあるものだ。
 
 カーゴをシンジの前に止めて、レイも、シンジの左隣に腰を下ろす。シンジがカップを手に取ると、中には柔らかく湯気を立てる紅茶が見えていた。
 
 
 
 「……台所の……シンクの下の引き出しに入ってた紅茶」
 
 「ああ、うん、ありがとう」
 
 「私、まだ飲んでないから、美味しいかどうか分からないけど……」
 
 「この紅茶なら僕の部屋にもあったよ。昨日ちょっといれて飲んだけど、まぁ、普通のダージリンティーだね。美味しかったよ」
 
 少し心配そうに言うレイに、シンジは微笑んで、そう言う。
 
 その言葉にレイも微笑むと、手に持ったカップにゆっくりと口をつけた。
 
 その様子を見つめてから、シンジも目を瞑って、紅茶を軽く口に含んだ。
 
 
 
 ゆっくり、咽を潤す……
 
 
 
 「……アスカ、どうかしたの?」
 
 
 
 ……突然のレイの言葉に、シンジは、驚いたような表情でレイを見つめていた。
 
 レイは、カップから口を離して、シンジの方を見つめている。
 
 
 
 「……なんで」
 
 「様子がおかしかった」
 
 シンジの問いに、レイはゆっくりと答える。
 
 
 
 「………」
 
 「………」
 
 
 
 しばし、間を置いて……
 
 ……シンジは、静かに……溜め息を、つく。
 
 
 
 (そりゃ……分からないはず、ないよな……)
 
 
 
 「碇君……」
 
 「……うん、まぁ、その……僕が、失敗したんだ」
 
 シンジは、少しだけ苦笑とも付かぬ笑みを口許に浮かべて、後頭部を掻いた。
 
 飲みかけのティーカップをカーゴに戻す。
 
 それを見て、レイも、そっと自分のカップをカーゴに乗せる。
 
 「……失敗って……?」
 
 「うん……その……アスカは、僕が何か隠してる、って、分かっているみたいでね」
 
 
 
 それは、当たり前だ、と……シンジは、思う。
 
 当たり前だ。
 
 これだけ、奇異な行動を取っていて……怪しいと思わない筈がない。
 
 それはアスカに限らず、きっと……ミサトやリツコ、加持……ゲンドウだって変わるまい。
 
 いままで誰も尋ねてこなかったことに、シンジが安穏としていたに過ぎない。
 
 
 
 見つめるレイの視線を横顔に感じながら、シンジは言葉を続けた。
 
 「昨日の晩に……アスカに……僕が、使徒が来るのが分かってるんじゃないか、って聞かれたんだ」
 
 「……そう……」
 
 「綾波、驚かないね」
 
 「……いつか、誰かが、直接聞くんじゃないかって……思ってたから」
 
 「……そう……まぁ……そうだよね」
 
 シンジは心の中で笑う。
 
 そう……誰しもが、そう思う。
 
 思い至らない自分が、余りにも、鈍い。
 
 「……それで、なんて答えたの?」
 
 レイの問いに、シンジはゆっくりとかぶりを振った。
 
 「何も答えられなかった」
 
 「………」
 
 「……アスカの言うことを素直に認めたら……それはきっと、未来から戻ってきたことまで、全て……話さなくちゃいけないことになると、思う」
 
 「……うん」
 
 「咄嗟に……その決断は出来なかった。話していいのかどうか……すぐに決められなかったんだ。
 
 ……かと言って……嘘なんてつきたくないしね」
 
 
 
 アスカに、真実を語ることが出来ない……そう思う根拠のうちの多くは、およそ説明がつかないような、曖昧な感情に過ぎない。
 
 今、真実を語ることを是とするか否とするか……それを決めるには、あまりにも検証が足りず、自信がなかったのだ。
 
 だが、これは……おそらく、長い時間をかけて、前もって備えていれば決めておくことが出来たはず。
 
 あらかじめ、シミュレーションを重ねておくことを怠ったシンジの罪に過ぎない。
 
 
 
 もう一つ。
 
 シンジにとっては、これも、決して無視することの出来ない事実。
 
 
 
 ……シンジが未来から戻ってきたこと……
 
 ……それを告げることは、とりもなおさず、皆の……そして、アスカの未来を語ることでもあるのだ。
 
 
 
 もちろん、シンジの見た世界と、今の時間軸とは既に大きく違い、例えこのまま時間が流れても、同じ展開にはならないと確信できる。
 
 だが、それでも……シンジが、アスカの可能性の一つを見てしまったのは確かなのだ。
 
 
 
 アスカの、崩壊してしまった姿を……シンジは知っている。
 
 シンジに負け、それを認めることが出来ず……エヴァとのシンクロも出来ず、使徒に破れ、痩せこけて半ば廃人と化したアスカの姿を。
 
 強靱な力で復活を果たしたものの……その復活もあえなく、量産機にズタズタに蹂躙されるアスカの姿を。
 
 シンジと世界で二人だけ生き残り、そのまま……全てを拒絶して、冷たくなってしまったアスカの姿を。
 
 シンジは、知っている。
 
 
 
 その、一つ一つの事実自体は、いい。今のアスカが時間を経ても、再び同じような状態に陥るとは、考えがたい。
 
 その姿は既に、今のアスカの未来とは違うのだ。
 
 それ自体をアスカが知ったからと言って、自分の未来に投影して、恐怖する必要はない。
 
 
 
 だが……
 
 ……その、ズタズタになったアスカの姿を。
 
 間近で、「シンジが見た」……という事実は、どうだろう?
 
 
 
 ……あの、(以前よりは柔らかくなったとはいえ)プライドの高いアスカが……
 
 シンジに、全てを見られたことを。
 
 よしとして、受け入れることが出来るだろうか……?
 
 
 
 昨晩、アスカに詰問された場面では、具体的にそこまで思い至ったわけではないが……いま冷静になってみれば、心の奥底でそういうブレーキが働いたのは間違いないだろう。
 
 だからといって、ではどうすればいいのか……それは、分からない。
 
 だが、いま……すぐにベラベラと語るには抵抗があったのは事実だ。
 
 
 
 「……それで……まぁ、答えにあぐねて……黙ってたら、アスカが、怒っちゃったんだよ」
 
 シンジは、苦笑しながら言う。
 
 
 
 否。
 
 
 
 実際には、「怒っちゃった」などという、軽い様子ではなかった。
 
 喧嘩とは違う。
 
 もっと、厳然とした拒否を示されたのだ。
 
 『……信用してくれない人を……信用、出来ると、思う?』
 
 その、通りだ、と……シンジも、思う。
 
 アスカは、間違っていない。
 
 では……間違っているのは?
 
 間違っているのは……一体……誰だろうか。
 
 
 
 「……それは、でも…仕方がないと思う」
 
 レイは、ゆっくりと……言葉を選ぶように、呟いた。
 
 シンジは顔を上げる。
 
 レイは俯きがちに、考えを巡らすように視線を泳がせながら、言葉を続ける。
 
 「……碇君にとって……その秘密は、それだけ……重いこと。すぐに……話すかどうか、決められないのは、仕方がないと思う」
 
 レイの言葉に……シンジは、目を伏せて……それから、また顔を上げた。
 
 「うん……ごめん。ありがとう……」
 
 シンジの言葉に、レイも、少しだけ表情をほころばせる。
 
 
 
 レイの心にあるものは、また……少し、違う。
 
 レイにとって……もう少し。
 
 この秘密を……二人きりで……共有していたい。
 
 その、思いは、僅かなれど……決して、否定は出来ない。
 
 
 
 シンジは、重い空気を打ち消すように、首を振った。
 
 「まぁ……アスカに話すかどうかは、ちゃんと、考える。
 
 とりあえず、当面は……目の前の使徒のことが大事だよ。
 
 何か、使徒の弱点の推測が立ったんでしょ?」
 
 
 
 シンジの言葉に、レイも、思い出したように表情を引き締めた。
 
 「うん……」
 
 「聞かせて、綾波」
 
 「うん……でも、これが正しいのかどうか、自信は、ないの」
 
 「でも、他には何も手掛かりがないからね。聞かせて欲しい」
 
 「うん」
 
 レイは、小さく頷いて、口を開いた。
 
 
 
 「碇君に、あのあと、詳しく話を聞いて、思ったの……。
 
 碇君も触れてたけど……使徒は、なんで零号機の攻撃をATフィールドで防いだのか?
 
 なぜ、その、強い両腕で、遥か遠くから零号機を仕留めなかったのか?
 
 それは、弐号機と零号機の行動に、どんな違いがあるのか……ってことだと、思う。
 
 そのときの弐号機の持つ条件が、使徒に両腕を使わせて、
 
 そのときの零号機の持つ条件が、使徒に両腕を使わせなかった」
 
 「うん……分かるよ」
 
 シンジは頷いた。クリアな思考の流れだ。レイは続ける。
 
 「零号機の持つN2爆弾のせいかと思ったけど、それはあまり関係ない。N2爆弾は、遠くで仕留めてしまえばいい話だと思う。
 
 じゃあ、弐号機が銃を使ってるかどうかかと思ったけど、それも違う。使徒は、銃弾をATフィールドで受けたみたいだけど、それは、普通の対応。
 
 ……でも、そこで、思ったの。なんで、銃を撃つ間、黙って受け止めてるのか。攻撃してしまえばいいんじゃないのか。どうして、アスカが銃弾を撃ち尽くして、一拍置くまで待たなければいけないのか?」
 
 「えっ……でも、それは……待っても待たなくても、どっちでも、いいからじゃないのかな。偶然じゃない?」
 
 シンジが、眉を上げて呟く。
 
 レイは、シンジを見て、すぐに頷いた。
 
 「私もそう思う」
 
 「あれっ……」
 
 「それは、私もそう思った。でも、それはきっかけで……そこから、別のアイデアが浮かんだの」
 
 
 
 数秒……置いて、レイは、ゆっくりと、口を開く。
 
 
 
 「その使徒は……速い動き、予想外の動きに、即応できないんだと思う」
 
 
 
 「えっ……」
 
 シンジが、レイの顔を見つめる。
 
 
 
 レイは、前を向いて……言葉を続けた。
 
 「……弐号機が、突然銃を撃ってくることは、使徒の想定外だった。だから、ATフィールドで受け止めるくらいしか方法がなかった。
 
 弐号機の攻撃に俊敏に対応できるのなら、弐号機が銃を撃ち始めた時点で、その銃ごと刈り落とせばいい。それなのに、しなかったのは、つまり……出来なかったからだと思う。
 
 そのあと……銃撃が途切れて、一拍置いたから、狙いを定めて弐号機の両腕や首を刈り落とす余裕が使徒に生まれたの。
 
 でも、その直後に、真後ろから零号機が突進してくるのは、予想できなかったから即応できなくて、ギリギリ直前で防ぐしかなかった。
 
 だからそれは、零号機がN2爆弾を持っていたこととは、全く関係がなかったんだと、思う。
 
 ……零号機を倒したあと、ジオフロントに迫るのは予定調和として……管制塔で、突然、真横から受けた初号機の攻撃は、よけられなかった。
 
 いや……その攻撃は、意表を突いたものだし、誰だってよけられないのかも知れない。でも、そのあともずっと、目の前にいる初号機のされるがままになっていて、全然両腕で攻撃を仕掛けないのは何故?
 
 ……それは、つまり、攻撃の手順が組み立てられないから。一拍、空白がないと、自分から攻撃ができない。次々と、単調ではない攻撃を受けている間は、受けるのに精一杯で攻撃に転じることが出来ないんだと思うの」
 
 
 
 シンジは、レイの話を聞いて、心の中で思わず両手の平を叩いていた。
 
 
 
 なるほど……論理的だ。
 
 少ない情報から組み立てた推論だから、これが正答である保証は全くない。だが、少なくとも、現状では確かに破綻のない理論だった。
 
 「……ついでに、もう一つ言うと……その使徒は、ATフィールドを展開している間、他の攻撃が出来ないのかもしれない。
 
 だから、弐号機の弾幕も、零号機のN2爆弾も、ATフィールドでそれを受けている間は、同時に攻撃してこなかったのだ、と……言えるかも」
 
 レイはそこまで語って、口を噤んだ。
 
 
 
 シンジの頭脳は、回転を開始した。
 


 ……昨日と今日では、全く違う。
 
 使徒を、倒す作戦を……
 
 これで、考えられるかも……知れない。