第六十五話 「ライン」
二百九十九



 時計の針が、夜の12時を指していた。
 
 
 
 レイとアスカは、数分前に自宅に戻り、今……この葛城邸には、シンジしかいない。
 
 ミサトは、仕事が遅くなっているらしく、まだ帰って来ていなかった。
 
 ミサトがいない分、何となくアスカもレイもいつもより遅くまで留まっていたのだが……アスカはこの時間になると睡魔に襲われてしまうために、やむなく家に戻っていった。
 
 そして、アスカは半ばからかい気味に、「ミサトもいないんだし、ファーストはまだ残っていればいい」と言っていたのだが、赤くなったシンジが強引にレイも帰宅させたのである。
 
 その後、シンジは風呂に入って軽めのシャワーを浴び、火照った体を冷ますために、ソファーに座って音量を絞ったテレビを見ていた。
 
 
 
 ミサトから連絡がないのは、少々、不思議だった。
 
 
 
 生活リズムは不規則極まりない女性だが、それはともかく、「遅れるか否か」くらいの連絡は欠かさず同居人の少年に告げていた。
 
 特に、その少年が夕食の準備を全てしてくれているわけだから、その前に連絡してくるのが普通だった。
 
 誰もいなくても、留守電に帰りの予定が吹き込んであるのが、いつもの情景である。
 
 
 
 なんの連絡もないことで、シンジは逆に、「ミサトは夕食に間に合わせるつもりなのだろう」と思い、彼女の分の食事も用意していた。
 
 だが結局、その料理はラップに包まれて、冷蔵庫の中だ。
 
 
 
 テレビ画面には、タレントが殴り合う謎のバラエティー番組が垂れ流されている。
 
 
 
 「忙しいのかな……ミサトさん」
 
 ぼそり、と、シンジは呟いた。
 
 
 
 とにかく、待っていても仕方がない……。
 
 いつ帰ってくるのか、分からないわけだし。
 
 別に、待っていなければいけないわけでもない。
 
 
 
 シンジは、自分の部屋に戻ろうと、ソファーから立ち上がった。
 
 
 
 ガチャリ、と、玄関からロックの外れる音。
 
 シンジがそれに気付いて顔を覗かせると、丁度、ミサトが帰ってきたところだった。
 
 
 
 「ああ、ミサトさん……おかえりなさい」
 
 シンジは、ホッとしたように声をかけた。
 
 ミサトは、屈んで靴を脱ぎながら、声で応える。
 
 「ん……ただいま」
 
 「遅かったんですね。連絡、してくれればよかったのに」
 
 「え……?」
 
 ミサトは、顔を上げて、シンジを見る。
 
 そして、シンジと、目が合うと、少しだけ視線を逸らして、焦点を宙に漂わせた。
 
 「ああ……そうか……してなかったっけ? ゴミンゴミン」
 
 「……夕食、食べます? 暖め直せば、すぐ出来ますけど」
 
 「ん……いや、食べてきたわ」
 
 言いながら、ミサトはフロアに上がると、そのままシンジの横を通り過ぎた。
 
 シンジは、立ち止まったまま、ミサトの背中を目で追う。
 
 「あ……そうですか」
 
 「うん……」
 
 そのまま、自室の襖に手をかける。
 
 「……アタシ、もう、寝るわ。待たせてゴメンね、シンちゃん」
 
 「いや……それは、別にいいんですけど」
 
 「明日は遅くに出るから……起こさなくて、いいから」
 
 
 
 スラッ
 
 ピシャン。
 
 
 
 ミサトは、言葉を残して、自分の部屋に入ってしまった。
 
 
 
 「………」
 
 閉じた襖を見つめて、シンジが首を傾げる。
 
 ……何か、様子が変だ。
 
 どうしたんだろう……?
 
 
 
 閉じた、襖の、向こう……。
 
 
 
 ミサトは、暗い部屋の中で、じっと佇んでいた。
 
 
 
 そうして、暫し、身動きもせずに立ち尽くした後……
 
 着ていた服を手早く脱いで部屋の隅に丸めるように投げると、下着姿でベッドの上に倒れ込んだ。
 
 
 
 俯せに、寝転がる。
 
 暗闇の、中で。
 
 枕を、握り締めて。
 
 
 
 心は、平静からは程遠かった。
 
 それでいながら、同時に、不可解な空虚感に見舞われている。
 
 
 
 眠りは、訪れない。



三百



 翌日、シンジたちが家を出る時、結局ミサトは自分の部屋から出てこなかった。
 
 帰宅する時間が遅かった日の翌日は、朝食時に爆睡していることは珍しくないので、それはあまり気にならない。
 
 
 
 違和感があったのは……
 
 一応、聞こえるわけがないとは知りつつも、お約束で襖越しに朝食が出来たことを伝えたところ、中から返事があったことだ。
 
 
 
 「……うん……ゴメン、眠いから、あとにするわ。ラップしといてくれる?」
 
 
 
 眠い、のであれば……いつものミサトなら、断るまでもなく眠りの海の遥か深海に沈んでいるところである。
 
 眠いのに起きている、それだけで激しい違和感がある(知らない人間が聞いたら、随分と失礼な話ではあるが)。
 
 なんだか釈然としないものが残ったが、シンジは、レイとアスカと連れだって学校に向かった。
 
 
 
 「なに、変な顔してるのよ、シンジ」
 
 シンジの机の横に立って、アスカがシンジを見下ろす。
 
 シンジは、頬杖を突いていた顔を上げてアスカを見た。
 
 「え?」
 
 「ぼーっとしてさ」
 
 「ああ……いや、別に」
 
 シンジは頭を掻く。
 
 昨晩、そして今朝のミサトのことを考えていたのだ。
 
 「碇君は、変な顔じゃない」
 
 レイが、ぼそっと呟く。
 
 「そ〜ゆ〜イミで言ってんじゃないわよ……」
 
 アスカが、溜め息をつきながら応える。
 
 
 
 アスカは、シンジの机の前の、空いている椅子に腰掛けた。
 
 
 
 「どうせ、ミサトのことでも、考えてたんでしょ?」
 
 アスカの言葉に、シンジは、少しだけ目を開いた。
 
 「どうして……」
 
 「だって、今朝、ヘンだったじゃない。起きてるのに、朝ゴハン食べないなんて」
 
 それくらいはわかるわよ、と、アスカは言葉を続けた。
 
 言われてみれば、それはそうだ。
 
 
 
 「……うん……まぁ……食欲が無かっただけかも、知れないけどね」
 
 シンジが、曖昧に応える。
 
 
 
 シンジにとってみれば、今朝の出来事だけでなく、昨晩のことも違和感を抱かせるのに十分だった。
 
 言葉で説明するのは難しいが、彼女の纏っていた雰囲気のようなものが、いつものミサトとは違っていた。
 
 だが、それを分かるようにアスカやレイに説明するのは、漠然としすぎていて難しかったし、それを言うべきかどうかも迷っていた。
 
 どう、と言うこともない。
 
 ちょっと調子が悪かっただけなのかも……。
 
 
 
 「……病気、かも知れないわ」
 
 レイが、ボソッ、と呟いた。
 
 シンジとアスカが、レイを見る。
 
 「……どうして、そう思うのよ?」
 
 「……食欲が無いのは……体が変調をきたしているからだわ」
 
 アスカの問いに、レイが応える。
 
 
 
 三人は、黙ってしまった。
 
 
 
 三人にとって、ミサトという女性は、特別な存在だ。
 
 もちろん、この三人同士の間にあるものとは種類が違うが……彼女との間には絆がある、と感じられる。
 
 家族、と言い換えてもよい。
 
 
 
 特にこの三人は、現実の家族の愛情とは、かけ離れた生き方を強いられてきた。
 
 ミサトを大事に思う心には、他人同士、というスタンスだけでは説明しきれないものが含まれている。
 
 
 
 「ま……でも、病気なら、しょうがないわよね」
 
 アスカは、溜め息をついて呟いた。
 
 「たまにゃ、休めばいいのに」
 
 「そうも、いかないと思うよ。作戦本部長だしね」
 
 「あ〜あ、組織の歯車ってカンジ。やだなぁ」
 
 もちろん、NERVという大きな機械の歯車である点に関しては、シンジも、レイも、アスカも変わらない。
 
 と言うか、その、意思の尊重されぬ部品としての扱いのウェイトは、子供たちのほうが高いだろう。
 
 それは、当然のことながら彼ら自身が最もよく把握していることだが、言っても仕方がない、ということもよく理解している。
 
 だから、そんなことを口にするものは、ここにはいない。
 
 
 
 「学校が終わったら……訓練だ。ミサトさんの様子も、わかるよ」
 
 シンジが、呟くように、言った。



三百一



 子供たちが学校に向かった後、暫くの間、ベッドに横になったままミサトは起き上がらなかった。
 
 目は、冴えている。
 
 一睡もしていない、と表現するほうが、正しい。
 
 
 
 自分の感情が混乱していることを、誰よりも認識して、困惑していた。
 
 様々な感情が、複雑に入り交じる。
 
 その中で、特に際立っている想い。
 
 
 
 それは、悔しさと、安堵と、愛情と、憎しみ。
 
 
 
 昨晩……何故、あそこで席を立ったのか……今になってみるとよくわからない。
 
 加持は、自分を好いてくれていた。
 
 明確に、言葉にして表現されたわけではない。
 
 だが、それは間違いではないだろう。
 
 それくらいは、自惚れてもよい。
 
 
 
 あの時……食堂での自分の想いは、まるで蝋細工のように、作り物の軽さを感じさせた。
 
 何故、加持の伸ばした手を握らなかったのだろう?
 
 自分には、あそこで彼を拒む理由などなかったはずだ。
 
 少なくとも、今……その理由を自分の中に見つけだすことは出来ない。
 
 
 
 だが、同時に、奇妙な安堵があった。
 
 加持の手を握ることは、狂おしいほどの誘惑であるのと同時に、想像のつかない暗闇への入口に足を踏み入れること、とも思えた。
 
 
 
 学生時代……加持と別れたのは、恐ろしかったからだ。
 
 いつか……自分に対して愛情を感じなくなってしまうかも知れない、男のことを。
 
 いつか……彼に対して愛情を感じなくなってしまうかも知れない、自分のことを。
 
 恐れたのだ。
 
 
 
 そうなる前に別れた。それは、自分を護るための防御策であり、逃げとも言える。
 
 数年を、経て……今、同じ感情を、胸に抱く。
 
 加持の腕に、抱かれたいのは事実だ。
 
 だが……再び加持の心に触れることで、彼に捨てられる恐怖も同時に手にする。
 
 
 
 自分は、変わっていない。
 
 何も。
 
 成長など、上辺だけに過ぎない。
 
 
 
 あの頃の弱い自分が、まだ、胸の中で泣いているのだ。
 
 
 
 加持を愛しているのは、事実だ。
 
 その感情と、面と向きあってはこなかったが、あの、結婚式の帰り道での、夜……加持の温もりを唇に感じたとき、確かに、思った。
 
 自分は、この男を愛している。
 
 誰よりも、深く。
 
 今も、変わらず。
 
 
 
 だからこそ、憎いのだ。
 
 
 
 何故、今になって……このような苦しみを味わうことになるのだろう。
 
 
 
 ミサトは、頭を掻きながら、薄暗い部屋の中で上半身を起こした。
 
 枕元の時計を手に取り、右側の小さなボタンを押す。
 
 デジタル表記の裏側にオレンジ色の明かりが、誘蛾灯のように灯る。
 
 
 
 「もう……お昼、か」
 
 
 
 今日は、午後2時からの出勤だった。
 
 ミサトは、重い腰を布団から引き剥がすように、立ち上がる。
 
 
 
 NERVに行けば、加持がいる。
 
 
 
 出会ってしまうかもしれない。
 
 
 
 そのとき、自分は、どんな表情をしているだろうか?



三百二



 加持は、確かにNERVにいた。
 
 正確には、帰らなかったのだ。
 
 仕事が押していたわけではないのだが、何となく自分の執務室で眠ってしまうことが時々ある。
 
 独身貴族の、慎ましき自由、というところだろうか。
 
 
 
 表面上は、加持は普段と変わらずに仕事に励んでいた。
 
 普段と変わらずに……それは、適当にのらりくらりと……うまい言い方をするならば、ゆとりをもって仕事に臨む姿である。
 
 全くの自然体で、昨晩のことなど、彼の脳裏には一片も存在しないかのように見える。
 
 
 
 バインダーに無造作に挟んだ書類を手に、火のついていないタバコをくわえて、少しヨレたスーツで廊下を歩いている。
 
 
 
 角を曲がったところで、加持は、おっ……と目を見開いて微笑んだ。
 
 
 
 「あっ! 加持さんっ」
 
 アスカが、加持の姿を見つけて笑って手を振る。
 
 横にいたシンジとレイも、つられて加持の方に振り返った。
 
 
 
 「よッ、お三方。訓練かい?」
 
 加持が、話しかけながら三人の前まで歩み寄った。
 
 「そ〜で〜す。……まぁ、始まる前だけど」
 
 アスカが応える。
 
 「時間、どれくらいある?」
 
 「まだ、30分くらいあります」
 
 シンジが、携帯電話の液晶を見て言う。
 
 「なんなら、ジュースくらい奢ろうか」
 
 「やったぁ」
 
 アスカが、笑った。
 
 
 
 清涼飲料水のキャップを回す、指。プラスチックの蓋が、プキョッ、と小さな音を立てる。
 
 そのまま小型のペットボトルをあおるアスカの横で、シンジはオレンジジュースのプルタブを開ける。
 
 シンジに寄り添うように立つレイの手にあるのは、ノンシュガーの紅茶の缶だ。
 
 
 
 休憩所(先日の、加持がリツコやミサトと出会った休憩所とは、別だ)で、四人はパイプ椅子に腰掛けて小さな円い机を囲んでいた。
 
 小さなスペースに、同じように丸机を囲んだ椅子が、他に二つ設置されている。
 
 壁には、自動販売機とマガジンラック。
 
 観葉植物も並んでいるが、これは、作り物だ。
 
 
 
 加持は、タバコに火を付けた。
 
 この休憩所は、喫煙所を兼ねている。
 
 殆どの区域が禁煙であるNERVの中では、愛煙家のオアシスと言えよう。
 
 
 
 加持のタバコから立ち昇る煙が、滑らかに有機的な流れを形作る。
 
 その煙は、天井のダクトの中に消えていった。
 
 
 
 「加持さん、タバコ、やめればいいのに」
 
 一気にペットボトルの半分以上を飲み干してから、アスカが言う。
 
 加持は、片方の眉毛を大袈裟に上げて、微笑んでみせた。
 
 「どうして?」
 
 「だって、体に悪いでしょ。加持さんなんか、体使ってるのに」
 
 「大差ないさ」
 
 「プロって、そういうものなんじゃないんですかぁ?」
 
 「いや」
 
 加持が、肩を竦めてみせる。
 
 「こういうのは、恰好から入るんだよ」
 
 軽く、斜を向いて微笑んだ。
 
 「ハードボイルドと言えば、タバコだろう?」
 
 
 
 「バカみたい」
 
 アスカが、呆れて溜め息をついた。
 
 
 
 「加持さん」
 
 手許のオレンジジュースの缶を見ていたシンジが、顔を少し上げて、加持の方を見た。
 
 「ん? なんだい、シンジくん」
 
 加持が、灰皿にタバコの灰を落としながら、言う。
 
 
 
 「……昨日、ミサトさん、様子がヘンじゃありませんでしたか?」
 
 
 
 アスカとレイが、シンジを見た。
 
 そして、加持の顔に視線を移す。
 
 
 
 加持は、屈託のない表情で、微笑みを浮かべながらシンジを見た。
 
 「どうかしたのかい? 葛城が」
 
 
 
 「いや……どう、と言うと、言葉にしにくいんですけど……」
 
 シンジは、言葉を濁した。
 
 「なんだか、元気が無いというか……」
 
 
 
 加持は、軽い印象を保ったまま、黙ってシンジの言葉を聞いている。
 
 
 
 「……なんか、ヘンだったわよね」
 
 アスカが、確認をとるように、シンジに話しかける。
 
 レイも、何も言わないがシンジの顔を見ている。
 
 
 
 「いや、俺は知らないなぁ」
 
 加持が、肩を竦めて言う。
 
 「……そうですか」
 
 シンジが、溜め息とともに応えた。
 
 
 
 「それはそうと……そろそろ、時間じゃないか?」
 
 屈託の無い調子で、加持が言った。
 
 加持の背後の壁に掛かる時計を見ると、既に、訓練開始の10分前を示している。
 
 「あ……ホントだ」
 
 アスカが、慌てたように立ち上がった。
 
 
 
 シンジは、机の上に置いてあった三人のペットボトルと空き缶を手に取った。
 
 アスカとレイは、休憩所の出口へ向かう。
 
 シンジは、ゴミを手に休憩所の隅に設置されているゴミ箱に向かう。
 
 加持も、自分が飲んでいたコーヒーの空き缶を手に、シンジの後に続いた。
 
 
 
 ガラン。ガラン。
 
 ごみ箱の丸い孔に缶を押し込むと、中で金属がぶつかり合うくぐもった音が聞こえる。
 
 
 
 シンジは、横目で加持を見た。
 
 
 
 「本当は……お二人に、何かあったんじゃないかと、思ったんですけど」
 
 
 
 加持は、シンジを見て、面白そうに片方の眉を上げた。
 
 「……ほぉ?」
 
 「すいません……その、ただの思い込みですけど」
 
 シンジが、バツが悪そうに、微笑む。
 
 だが、加持は、軽く肩を竦めてみせた。
 
 「いや……ご明察」
 
 「え?」
 
 「ま……葛城に元気が無いのは、俺のせいかも知れないな」
 
 
 
 シンジは、加持を見る。
 
 
 
 加持は、微笑んだまま、視線をごみ箱に移した。
 
 コーヒーの缶を押し込む。
 
 
 
 途中まで抵抗があるのに、半分まで押し込むと、吸い込まれるように孔の中に消えていく。
 
 これは、不思議な気持ち悪さと……気持ち良さを、併せ持つ。
 
 
 
 シンジは、小さく、呟いた。
 
 「別に……詳しく聞くつもりは、ないんですけど」
 
 「ああ」
 
 「……でも、喧嘩してるんなら、仲直りして下さい」
 
 喧嘩……
 
 ……そんなに、簡単なモンじゃぁ、ないな。
 
 加持は、顎髭をつまみながら、思う。
 
 「そうかい?」
 
 「出来れば……加持さんとミサトさんには、仲良くして欲しいです」
 
 「………」
 
 「すいません……他人の、言い分ですけど……」
 
 「……いや」
 
 
 
 加持は、シンジを見て、軽く微笑んだ。
 
 「努力するよ」
 
 
 
 「……ちょっと、シンジ! 何やってんのよッ」
 
 休憩所の出口で、アスカが声を張り上げた。
 
 加持が、肩を竦める。
 
 「お怒りだよ」
 
 「あ、はい……すいません、その……それじゃ」
 
 シンジは、慌てて加持に軽く頭を下げると、レイとアスカの許に走っていった。
 
 レイが、シンジの腕にぎゅっとしがみつく。
 
 アスカが、シンジを肘で小突いている。
 
 
 
 加持は、そんな後ろ姿を、じっと見つめていた。
 
 やがて……三人の姿は、出口の向こう側に、消えてしまう。
 
 
 
 加持は、すぐには休憩所を立ち去らなかった。
 
 二本目のタバコに火をつける。
 
 
 元の場所までも戻ると、椅子を引いて、どさっと無造作に腰掛けた。
 
 
 
 ふぅー……と、息を吐く。
 
 口から吹き出た煙は、頼りなくテーブルにぶつかり、散り散りになって溶けてしまう。
 
 
 
 加持は、背凭れに後頭部を預けるようにして、天井を見上げた。
 
 
 
三百三



 ミサトは、NERVに出勤してすぐ、自分の執務室に引き篭った。
 
 今日の主たる業務は各種の申請書・報告書の作成であり、そのすべてがデスクワークだ。
 
 それでも普段であれば、リツコの執務室に押しかけたり、食堂や休憩所、訓練制御室の端っこなどで作業をすることが多く、あまり一人で仕事に没頭するタチではないのだが……
 
 どこかで加持に会うかも知れない、という懸念が、彼女を部屋の外に出ることを躊躇わせていた。
 
 
 
 ……実際には……
 
 これからチルドレンの訓練があるので、終始執務室に篭っていることには問題がないでもない。
 
 だが、チルドレンの訓練に関しては、リツコと違い、はっきりと「立ち会うこと」を規律で求められているわけではない。
 
 事実、訓練の時間には、ミサトの仕事は見ているだけで、殆どない。
 
 よって、今日は、ミサトはここから出る気はなかった。
 
 
 
 右から左に、溜った書類を片付けていく。
 
 ここ数日は飛び込みで入った幾つかの仕事に追われていたため、書類仕事を滞らせがちだった。
 
 そのため、処理しなければいけない書類は決して少なくない。
 
 だが、今のミサトには、書類の多さは気にならなかった。
 
 仕事が多い方が、気が紛れた。
 
 
 
 今日、加持と出会わずにやり過ごすことが出来ても、明日も同じであるとは、限らない。
 
 だから、これは逃げている、と言うよりは……自分の中のものを整理する猶予が欲しい、という感覚だ。
 
 時間が経てば、また、自然な友人関係を築けるだろう。オーバー・ザ・レインボウで、数年振りに出会った時のように。
 
 そうありたい、と思った。
 
 
 
 目の前を流れる書類の文字群は、目の中に入っているようでいて、何も映っていなかった。
 
 ただ、捌いていく。
 
 右から、左へ。
 
 
 
 それで済んでしまう、そんな他愛のない仕事なのだ。
 
 誰が、判子を押しても、変わらない。
 
 それでも、書類の束は必要で、然るべき地位の人間が認可した証として、赤い印は欠かすことが出来ない。
 
 
 
 馬鹿馬鹿しい。
 
 だが、確実だ。
 
 それが現実。
 
 
 
 脳裏に、加持の後ろ姿が浮かぶ。
 
 
 
 自分は、結局、どうしたいのだろう?
 
 それが、わからなかった。
 
 
 
 ピピッ……
 
 
 
 突然聞こえてきた電子音に、ミサトは、驚いたように顔を上げた。
 
 一瞬、何のことだかわからなかったが……数秒を置いて、呼び出しのインタホンであることを思い出す。
 
 普段、ろくに執務室を使わないから、即座に反応できるほど記憶に直結していないのだ。
 
 
 
 ミサトは慌てて腰を浮かせて、扉に向かって歩きだした。
 
 机の上にカメラとマイクがあるのだが、それはすっかり忘れている……と言うか、書類に埋もれて、どちらにしても使用できる状態ではない。
 
 誰だろうか……と思いながら、ミサトは扉の横にあるプレートに指を置き、自動ドアのロックを解除した。
 
 
 
 「よぉ」
 
 加持が、片腕を上げた。
 
 
 
 ミサトは、ただ、ぼぅっとした表情で、加持の顔を見ていた。
 
 
 
 加持は、扉の前で、ズボンのポケットに片手を突っ込んだまま、微笑んで立っていた。
 
 ミサトは、目の前の人物を「加持である」とは認識しているものの、それを行動に結び付けるシナプスが正常に働いていないようだ。
 
 
 
 加持は、ミサトの顔を見て、肩を竦めてみせた。
 
 
 
 「門前払いかい?」
 
 「……え……?」
 
 「そこ……どいてくれないと、入れないぜ」
 
 「あ……あ、う、うん……」
 
 慌てて、言われるままに体をどかすミサト。
 
 加持は、何食わぬ顔で、ミサトの執務室に入った。
 
 背後で、扉が閉じる空気音が、した。



三百四



 「すごい量だな」
 
 加持が、書類の山を見て楽しそうに口にする、その後ろ姿を、ミサトは茫然と見つめていた。
 
 そして、数秒後……微弱な電波が走るように、パチッと瞬間的に瞬きをして、映像と思考が合致した。
 
 
 
 「あっ……かっ……かっかっ」
 
 「か?」
 
 「か……加持君!?」
 
 「今頃、何を言ってるんだよ」
 
 呆れた表情で、加持がミサトを振り返る。
 
 ミサトは慌てて、加持のいる机の方に舞い戻った。
 
 「あっ、え……な、ナニしに来たのよ?」
 
 「何という訳でもないが……顔を見に、な」
 
 「顔って……」
 
 「シンジくんが心配してたぜ」
 
 「え?」
 
 「葛城が、元気がないって言うんでな」
 
 「あ……」
 
 
 
 加持が、屈託のない表情でミサトを見る。
 
 ミサトも、思わず加持を見た。
 
 
 
 「……やっぱり、昨日のことかな? 原因は」
 
 
 
 「昨日の……って……」
 
 「違うのか?」
 
 「え……あ……いや……」
 
 
 
 ミサトは、戸惑うように、視線を左右に泳がせた。
 
 
 
 あまりにも、心の準備が出来ていない。
 
 しかも、いきなり、昨日の話題を切り込まれるとは思っていなかった。
 
 何と言葉を返すのがよいのか、判断材料が足りなすぎて、選ぶことが出来ない。
 
 
 
 「……葛城は、ああ言ったが」
 
 「……え?」
 
 
 
 「俺は……今でも、おまえと昔のようになれたらいいと、そう、思ってる」
 
 
 
 ミサトは、加持を見た。
 
 
 
 加持の様子は、余りにも……普通だった。
 
 今日の天気は、晴れだな、と……そんな口調で、言ってのけた。
 
 
 
 「え……え?」
 
 
 
 加持の言葉の意味は、非常にわかり易い。
 
 やり直したい、と、そう言われたのだ。
 
 
 
 だが……昨日、ミサトは、決別の言葉を口にした。
 
 それを受けての言葉としては……余りにも、軽いではないか。
 
 
 
 「どうした?」
 
 加持は、ミサトに微笑みを向けると、机の角に軽く寄り掛かるようにして立ち、足を組む。
 
 「言ってる意味は、わかるだろ」
 
 
 
 「あ……え、でも……」
 
 「でも?」
 
 「でも……で、でも、私は、昨日、もう……戻れないって……言ったわ」
 
 「それは、葛城がそう言っただけだろ」
 
 「………」
 
 「俺は、俺が思うことを言ったまでだ。葛城がどう思ってるかはともかく、俺は、戻れると思っている」
 
 「……本気……で?」
 
 「本気さ。ヘンか?」
 
 
 
 「……ヘンよ」
 
 
 
 加持は、肩を竦めてみせた。
 
 「なぜ?」
 
 「なぜって……だって。その、だって、加持君は……それに、なんで今頃……」
 
 「時間なんて、あまり関係がないだろう?」
 
 「あ……あるわよ! 別れて……何年、経ったと思ってるの? なぜ、今、昔のように戻りたいなんて、思うのよ!」
 
 
 
 ミサトは、我知らず、声を上擦らせていた。
 
 自分で口にしている内容に、触発されて腹立ちが起こる。
 
 そうだ……
 
 なぜ、今になって?
 
 今まで、何も言わなかったのに?
 
 
 
 「待っていた、……っていうのは、駄目か?」
 
 
 
 「待って……何を、よ?」
 
 
 
 「俺達が、元のように戻ることが出来る、タイミングをさ」
 
 
 
 「戻れないわよ」
 
 ミサトは、押し殺すように呟いて、下を向いた。
 
 「もっと……早ければ、わからなかった。でも、今は、もう、だめよ。それこそ……タイミングを見てたんなら、失敗……よ」
 
 「俺は、そうは思わないけどな」
 
 「なんで……なんでよ! 分からないの!?」
 
 「もっと早ければ、と言ったな。……本当にそう思うか?」
 
 「思うか……って」
 
 「俺達は……今、やっと、大人になったんだよ」
 
 「……誤魔化してるの?」
 
 「大人になった気でいても、割と最近まで、ガキの延長線上にいたのさ。そんなときにやり直したって、繰り返しだ」
 
 「なんで……子供だったなんて、言えるの。なんで、今は、大人なのよ……子供なら無理で、大人なら大丈夫って、何よ!」
 
 「………」
 
 「そんなの、口先ばっかり! 聞こえのいい言葉を並べてるだけだわ」
 
 「子供たちだよ」
 
 「……は?」
 
 「あの子たちが来て……俺達は、子供を卒業したんだ」
 
 
 
 加持は、じっと、壁を見つめていた。
 
 
 
 「大人になったつもりで……大人を演じていた。
 
 それに、気づいているのさ。
 
 ……彼等が、子供だから、じゃぁない。
 
 彼等が、大人だからだ」
 
 
 
 「………」
 
 「俺達は……やっと、支え合えるように、なったんだよ」
 
 
 
 ミサトは、加持の言葉に触発されるように……その脳裏に、三人の子供たちの姿を思い浮かべる。
 
 
 
 綾波レイ。
 
 惣流・アスカ・ラングレー。
 
 碇シンジ。
 
 
 
 「あの子たちが……大人?」
 
 呟くように……口の中で反芻する。
 
 
 
 そうだ……。
 
 
 
 「別れてから、随分たった、よな」
 
 加持が、空気のように希薄な口調で呟く。
 
 「社会に出て……それこそ、NERVなんて、ちょっと他ではお目にかかれないような仕事を選んで」
 
 「………」
 
 「大学の同期の連中に、会社の金で2年も軍事訓練を受けさせるようなところに就職したやつがいるか? 毎月の給料の他に、危険給がつく奴も、ほとんどいないはずだ」
 
 「……ナンの話?」
 
 「それなりに、世間の波に揉まれて来てるってことさ」
 
 加持は、肩を竦めて笑ってみせる。
 
 「だが……」
 
 
 
 加持は、体重を預けていた机から体を離すと、特にどうするという訳でもなく、部屋の中をゆっくりと歩き回った。
 
 
 
 「俺達は、結局、大して変わってなかった」
 
 
 
 ミサトは、じっと、加持を見つめた。
 
 加持は立ち止まると、視線だけミサトに向けて、微笑む。
 
 「大人になった気に、なってただけだ」
 
 
 
 「……どうして、……そんなことが、言えるの?」
 
 「分かってるだろう?」
 
 「………」
 
 「葛城が……やり直せないと思ったのは……昔と変わってしまったからじゃない。
 
 結局、何も変わってないからだと思ったからじゃないか?」
 
 
 
 「そんなこと……」
 
 ミサトは、否定しようとして、言い淀んだ。
 
 ……本当に?
 
 ……本当に、違うと否定できるだろうか?
 
 
 
 自分の中にあるものが、学生時代と何が違うと言い切れる?
 
 
 
 人並みに歳をとり、それなりに世渡りを身に付けて。
 
 適当なTPOに合わせて、自分を飾ることを覚えて。
 
 銃が、撃てるようになって。
 
 
 
 ……それが、何だというのだろう?
 
 
 
 ……それが、本当に、成長したということなのだろうか?
 
 
 
 「だが……俺達は、ここ数ヶ月で、少しは変わったはずさ」
 
 加持の言葉に、ミサトは現実に引き戻された。
 
 オウム返しに、加持の言葉を繰り返す。
 
 「変わった……?」
 
 「そうだ」
 
 目を瞑り……加持は、笑う。
 
 
 
 「……大したもんだよ、あの、子供たちは」
 
 
 
 「あの子たちが……?」
 
 「そう……一緒にいて、分かっただろう?」
 
 「何が……」
 
 「……素晴らしく、成長していく。気持ちいいくらいにね」
 
 
 
 「………」
 
 「俺達が、あんなに成長したことなんて、あったかな。俺は、あまり記憶に無い。
 
 もちろん、歳をとれば成長を重ねていく。だが、あの子たちの成長は、意味が違う。……自分で、試行錯誤して、必死に……歩いてる」
 
 
 
 それは、ミサトもはっきりと認識していた。
 
 それは……そう……感動を……覚えるほどに。
 
 
 
 彼らは、自分の幸せを掴むために、諦めない。
 
 もちろん、まだ中学生だし……色々な意味で、不安定で、頼りない。そういう意味で言えば、まだ大人と表現することは出来まい。
 
 だが……加持の言いたいことは分かる。
 
 彼らは……自分たちよりも、遥か遠くを。
 
 遥か前を見て、大地に足を踏みしめて、歩いているのだ。
 
 自分の、意志で……
 
 自分の、力で。
 
 
 
 「……葛城」
 
 「……え?」
 
 「……自分が……変わってることに、気付いてないのか?」
 
 「……え……え?」
 
 
 
 「確かに……オーバー・ザ・レインボウで葛城と再会したときには……ああ、変わってないな、と思ったよ」
 
 「………」
 
 「だが……日を追うにつれて、葛城は、昔とは違う……と思うようになった」
 
 
 
 「変えたのは、きっと、あの子供たちさ……
 
 あの子たちを見ていると、自分が生徒のような気分になる。
 
 長いこと、俺達は、足踏みをしていたが……
 
 どんどん、歩いていく彼らを見ていると、こう……自分も、と思うのかも知れないな」
 
 
 
 そう言われても……自分の変化には、正直、自覚するものはない。
 
 だが……確かに、無意識にでも、彼らに引っ張られているのかも知れない、と、思う。
 
 
 
 そうだ……
 
 
 
 あの三人は、しっかりと、立っている。
 
 そして……同時に、よろけたら、支えている。
 
 それは、打算ではなく。
 
 支えたいという思いのなせる技で。
 
 それは、溺れているのではなく。
 
 支えてくれる人がいるからこそ、しっかりと、歩いていく。
 
 
 
 人間は、一人ではないのだ。
 
 
 
 加持と別れて……自分は、ずっと、一人で立つことを模索してきた。
 
 甘えることも……甘えられることも、それを失う恐怖がつきまとう。そう思って、一人で立つことを選んだ。
 
 闇雲に……ただ、完結した自己を望んでいた。
 
 
 
 アスカに、家族の尊さを説いたことがある。
 
 何を、考えているのだろう?
 
 彼らに、自分を頼れ……と言いつつも、自分が頼ることは考えたことが無かった。
 
 確かに、彼らにこれ以上の負担を負わせたくないという思いがあったのは確かだ。
 
 だがそれは、結局、彼らのためを思っての心ではなく……自分のために、自己満足のために、一方的な想いを望んだ姿だった。
 
 
 
 支え合うことは、決して弱くないことを、自分は知っていた。
 
 それは、彼らを見ていたからだ。
 
 それは、彼らが、支え合いながらも、強いからだ。
 
 
 
 昔の自分が弱かったのは……支え合っているようでいて、実際には支えあってなどいなかったからだ。
 
 
 
 相手を……信じていなかったから。
 
 だから、怖かったのだ。
 
 捨てられるのが。
 
 捨てるのが。
 
 それは、相手を信じていれば、起こらない感情のはずだった。
 
 
 
 「……今でも、怖いわ」
 
 ミサトは、ポツリ……と呟いた。
 
 加持は、片方の眉を上げる。
 
 「怖い? 何が?」
 
 「あなたに……捨てられるのが」
 
 「そんなことはしないよ」
 
 「わかってるわ……わかってるけど……理性とは、別の感情だもの」
 
 先程までの感情の波が嘘のように……静かに、語る。
 
 「でも……あなたは、そんなことは……しないわね」
 
 「しないって言ってるだろ?」
 
 「………」
 
 「おまえと一緒にいた2年間は……俺にとっても、大事な2年間だった。こんなに時間が経っても、今でも、思い出が輝いてる。
 
 だから、わかるのさ。
 
 今でも、葛城を愛してる。
 
 嘘じゃない。
 
 そう想うから……葛城を支えたいし、支えて欲しいと思うんだろう」
 
 
 
 加持の、言葉に……
 
 ミサトは、濡れた瞳で微笑んだ。
 
 
 
 「嘘つき……本当は……支えて欲しいなんて、思ってないでしょう?」
 
 「いや? そんなことはないよ」
 
 「でも……いいわ」
 
 
 
 「加持君……あなたは、私達が大人になったって言うけれど……私達は、まだ……まだ、ずっと子供よ。
 
 シンちゃんたちに比べたらね。
 
 
 
 でも……それでいい。
 
 加持君……
 
 二人で……
 
 ……歩いていけばいいんだわ」
 
 
 
 加持が、微笑んで手を伸ばした。
 
 ミサトが、その手を握る。
 
 今度は、しっかりと……。
 
 
 
 加持に引かれるように、その胸に飛び込んで、少しだけ、涙を流した。
 
 さんざん心配した恐怖は、訪れなかった。
 
 
 
 子供の頃を思い出す。
 
 家で食事をしていて、茶碗を取り落としたことがあった。
 
 硬いフローリングの床に落ちて、パカッと二つに割れてしまった。
 
 中身の御飯も飛び散ったが、自分には、割れた茶碗のほうが悲しかった。
 
 何の変哲もない茶碗だったが、お気に入りだった。
 
 
 
 拾い集めて、食事をそっちのけで、茶碗を直そうとした。
 
 親に怒られてなんとか食事を再開したが、茶碗が気になって仕方がなかった。
 
 新しいのを買うから放っておけ、と言われたが、結局接着剤を片手に、元に戻した。
 
 
 
 ピタリと、合わさった嬉しさ。
 
 よく考えずに選んだ接着剤のせいで、食事には使えなくなったが、関係なかった。
 
 丸い表面に、一本、奇麗なラインが残った。
 
 
 
 ……それは、割れる前よりも、お気に入りになった。