第三十五話 「温泉」
百四十



 山々に囲まれた峡谷にある、温泉街。
 
 古色蒼然とした街並を前にすると、前世紀に戻ったような、不思議な感覚を覚える。
 
 
 
 と、言っても、シンジは前世紀に生きていた訳ではないのだから、それは錯覚だ。
 
 
 
 ともかく……温泉宿特有の、穏やかな時の流れに包まれて……シンジは、えも言われぬ懐かしさを感じていた。
 
 
 
 第八使徒、サンダルフォン。
 
 その殲滅を終えた一行は、慰労をかねて、一晩の温泉旅行を楽しむこととなったのである。
 
 
 
 「でも、アスカは散々、あっつい温泉に浸かって来たところだから、つまんないかもねぇ」
 
 宿屋の玄関へ向いながら、ミサトが振り返って言う。
 
 「うっさいわねぇ」
 
 アスカが眉間にしわを寄せて応える。
 
 「そんなに羨ましいんなら、ミサトも浸かって来なさいよ。誰も止めやしないからさ」
 
 「あいにく、私は普通の温泉に入りたいのよン」
 
 言いながら、ミサトはガラガラ、と扉を開けた。
 
 「ごめんください」
 
 「はいはいはいはいはいはいはいはいはいはいはいはいはいはいはいはいはいはい」
 
 玄関の横にある事務所のような部屋から、小さな老婆が出てくる。
 
 思いのほか機敏な動きで、パッパッと玄関先にスリッパを並べていった。
 
 「いらっしゃいまし」
 
 老婆は、皆の前に膝をついて、人なつこそうな笑みを見せた。
 
 
 
 部屋は、二間用意してあった。
 
 ひとつは、十畳の部屋。ミサト・レイ・アスカの部屋。
 
 もうひとつは六畳の部屋で、シンジの部屋だ。
 
 「僕らだけですか?」
 
 シンジが部屋の前に立って言う。
 
 「だけって?」
 
 「マヤさんとか、マコトさんとか……」
 
 「ああ、あのコたちは、仕事よ。そんなに暇じゃないのよね〜、NERVも」
 
 じゃあ、ミサトさんはなんでここにいるんだ……と思うシンジ。
 
 しわ寄せを食らう部下三人に、同情を禁じ得ない。
 
 
 
 シンジはいったん三人と別れると、自分にあてがわれた部屋に足を踏み入れた。
 
 扉を閉めて、スリッパを脱いで部屋に上がる。
 
 畳敷きの、和室だ。
 
 奥に大きめの窓があり、そこから、連なる山々が見える。
 
 床の間にテレビが置いてある。反対側の壁際には小さなちゃぶ台があり、上にポットと急須、湯飲みと茶葉のパックがあった。
 
 シンジはリュックをちゃぶ台の横に置くと、大きく伸びをして、ごろりと畳に寝転がった。
 
 
 
 部屋の電気をつけなかったので、今、自分を照らしているのは窓からの光だけだ。
 
 時刻はまだ4時を回ったところで、空は低くない。だが、他に採光がないため、なんとなく切り取られたような印象を与えていた。
 
 
 
 仰向けに寝転がって、窓の外……千切れた綿雲がながれる青空を眺めながら、ぼんやりとしている。
 
 時間の流れが、とても遅い。
 
 耳に入るのは、遠くで聞こえる森のざわめきと、走り抜けていく子供達のかすかな嬌声。
 
 
 
 瞼が重くなってくる。
 
 
 
 そして、シンジはやがて、眠りに落ちた。
 
 
 
 「温泉行こう、温泉!」
 
 アスカは、荷物を放り投げるやいなや、くるりと振り返って言った。
 
 「気が早いわね」
 
 ミサトが笑う。
 
 レイは、特に答えない。
 
 「いいじゃない、アタシはアンタたちと違って、汗びっしょりなんだから」
 
 「LCL流す時に、一緒に汗も流したでしょ」
 
 「気分の問題よ、キブン!」
 
 ニコニコしながら答えると、アスカは、ふとレイの方を見た。
 
 レイは、何も言わずに……じっとアスカのことを見つめている。
 
 「なに? ファースト」
 
 横目で見ながら、アスカが言う。
 
 
 
 「温泉……天然で湧き出る、お湯」
 
 「え?」
 
 「……何が、楽しいの?」
 
 レイの問いに、アスカは呆気に取られたような表情でレイを見返した。
 
 「何がって、アンタ、そりゃ……」
 
 「……お風呂なら、帰れば入れるわ」
 
 「家のフロと温泉は、違うじゃない」
 
 「何が? ……泉質?」
 
 「いや、それも……そうだけど……ええと」
 
 アスカも、言われてなんとなく後ずさる。
 
 「し、自然に囲まれて入るのがいいんじゃない!」
 
 「前に読んだ資料では……温泉は屋内外を問わないとあったわ」
 
 「え、ええと……みんなで入るのが楽しい、とか」
 
 「……銭湯に行けばいい……」
 
 「あう……」
 
 
 
 どうも、アスカが形勢不利だ。
 
 アスカの方も、理路整然と説明できるほど、はっきりとした根拠はないらしい。
 
 ミサトは、そんな二人のやり取りを、ヤレヤレといった表情で眺めていた。
 
 
 
 温泉が楽しいというのは、まさに、「感覚」の問題なのである。
 
 確かに、理由を説明しろと言われれば、それは少し難しい。どう説明しても、同時に「それも少し違うなぁ」という違和感が付きまとう。
 
 だが、それは逆を返せば……そういった明確な理由を持たないところが、温泉の良さなのである。
 
 体をきれいにしたいなら、家に帰ってゆっくり風呂に浸かればいい。泉質の問題なら、健康な人間が温泉に来る理由が無くなってしまう。自然とのふれあい……仲間との語らい……みな、反論の余地がある。
 
 つまり、温泉には、理由を求めてはいけないのだ。
 
 何かしたいから、目的をもって温泉に来るのではあるまい。「温泉に入りたいから」温泉に来るのである。
 
 それが、万人に共通する、唯一の理由だろう。
 
 
 
 ……だが、それをレイに説明して、納得させるのは難しい。
 
 ミサトは、溜め息をついて、二人の間に割って入った。
 
 
 
 「ハイハイハイ。ふたりとも、そこらでやめときなさい」
 
 不機嫌そうなアスカと、不満そうなレイ。
 
 ミサトはレイの方を向くと、ニッコリと微笑んだ。
 
 「レイも、温泉に入れば分かるわよ。体験しなくちゃ、わかるものもわからない。でしょ?」
 
 「……はい」
 
 ミサトの言葉に、一拍おいて、レイは小さく頷いた。
 
 
 
 ミサトはニンマリ笑うと、手に持っていたものをレイの前に突き出した。
 
 
 
 「?」
 
 「浴衣よ。ユ・カ・タ」
 
 「ゆたか……」
 
 「……誰よ、そりゃ……ゆたか、じゃなくて、ユ・カ・タ」
 
 言葉を区切るように、ミサトは繰り返す。
 
 
 
 ミサトの手にあるのは、温泉宿によくある、青と白のストライプの浴衣だった。ところどころに、宿の名前が入っている。
 
 
 
 ミサトに浴衣を手渡されたレイは、じっと手許のそれを見つめている。
 
 ミサトは振り返って、同じものをアスカの前にも差し出した。
 
 
 
 「ハイ、アスカも」
 
 「浴衣の着方なんて、知らないわよ」
 
 「バカ。浴衣って言っても、お祭りで着る浴衣じゃないんだから……くるくるっと巻いてキュッと締めて終わりよ」
 
 「そうなの?」
 
 「そうよ。それに、温泉に来て浴衣着ないなんて、なっちゃないわよ。さ、はやくはやく」
 
 「わかったけど……教えてよ」
 
 「ハイハイ。そんじゃ、まず……って、レイ。浴衣は、服の上に着るもんじゃないの」
 
 「………」
 
 「はい、脱ぐ脱ぐ」
 
 「ミサト、こんな感じ?」
 
 「……考えなさいよ、アスカ……帯が床に届いてるわよ」
 
 「長いんだもん」
 
 「二回巻くのよ」
 
 「あ、そうか」
 
 「レイ、前は閉じてね〜、そういうカッコはシンちゃんしかいないところでしなさいよ〜」
 
 「……ハイ」
 
 「こんな感じ?」
 
 「アスカ、打ち合わせ、逆」
 
 「うちあわせ?」
 
 「こ〜やってこ〜やって、ホラホラ」
 
 「ああ……なるほど」
 
 「………」
 
 「……ちょっとレイ、パンツは履きなさいね。そ〜ゆ〜カッコはシンちゃんの前だけよ〜」
 
 「……ハイ」
 
 「……ミサト、そんなこと言ってると本当にやるわよ、コイツ……」
 
 「あ〜ら、いいじゃないの、ふふふ」
 
 「ふふふってねぇ……」



百四十一



 ようやくと準備が整った三人は、手拭いを持って立ち上がった。
 
 「では、いざ出陣といきますか」
 
 「はりきってるわね、ミサト。……でも、その手にあるのはナニよ」
 
 「ん? ビール」
 
 「……死ぬわよ」
 
 「へ〜き、へ〜き」
 
 ミサトは笑いながら手をヒラヒラさせると、レイの方に向き直った。
 
 「レイ、シンちゃん誘って来て」
 
 「……ハイ」
 
 言われて、レイはスリッパを履く。
 
 ミサトはアスカの肩をがしっと掴むと、引き摺るように歩き出した。
 
 「さぁ〜て! 温泉が呼んでるわよ、アスカ!」
 
 「ちょっちょっ、ちょっとちょっと」
 
 そのまま、転げるように温泉に向かって歩いていく二人。
 
 ミサトの瞳には、右目に「温泉」、左目に「ビール」の文字が、ネオン付きで燦然と輝いていた。
 
 
 
 廊下の奥へと消えていく後ろ姿を見送って、レイは、目の前の扉を向き直った。
 
 軽く、ノックする。
 
 「碇君……」
 
 
 
 返事はない。
 
 
 
 「碇君……温泉に行こうって、ミサトさんが……」
 
 もう一度、小さな声で繰り返すレイ。
 
 しかし、相変わらず、中から返事は返ってこない。
 
 
 
 レイの脳裏に、急に先日の一件が浮かび上がって来た。
 
 もしも……中で、シンジが倒れていたら?
 
 返事がないのは……まさか……
 
 
 
 レイは、背筋を冷たいものが駆け上るのを感じた。
 
 慌てたようにノブを掴み、回転させる。
 
 鍵はかかっていない。
 
 慌てて、しかしおずおずと、扉を開けて中を覗き込んだ。
 
 
 
 夕暮れの光に染まり……しかし、電気もつけていない部屋。
 
 
 
 その中央に、横たわるシンジの姿が見えた。
 
 
 
 「!!!!!」
 
 
 
 レイは、部屋の中に飛び込んだ。
 
 物凄い勢いで、シンジのそばまで転げるように駆け寄る。
 
 
 
 そして……
 
 
 
 一瞬のタイムラグのあと……
 
 レイは、安堵したように、溜め息を漏らした。
 
 
 
 シンジは、穏やかな寝息を立てて、眠っていた。
 
 
 
 レイは、シンジの顔を見てから一度立ち上がり、開け放した扉を閉める。スリッパを揃え直してから、再びシンジの許へ戻った。
 
 横になっているシンジの顔の前に、正座する。
 
 そして、そっと……起こさないように気をつけながら、シンジの頭を持ち上げた。
 
 「むにゃ……」
 
 シンジが、小さな寝言を言う。
 
 レイは、シンジの頭を自分のもものうえに、そっと乗せた。
 
 
 
 シンジの顔が見えるように、シンジの向いている側に座ったため……そのまま頭を持ち上げると、普通の膝枕とは逆向きに、レイの腹の辺りに顔を埋めるような感じになる。
 
 シンジは、最初、特に反応しなかったが……やがて、口元に微笑みを浮かべて、レイに顔を埋めていく。
 
 レイは、幸せな微笑みを浮かべて……
 
 そっと、シンジの髪の毛を撫でていた。
 
 
 
 そのころの、ミサト……
 
 「ぷっはぁぁぁぁぁぁ〜〜〜ッ!!」
 
 ……何をしているのか、想像に難くない。
 
 アスカが肩までお湯に浸かりながら、呆れたようにミサトを見る。
 
 「一本だけかと思ったら……何よ、ソレ? どこに持ってたのよ」
 
 「どっこでもいいじゃない〜。人間、やろうと思えば何だってできるのよ〜」
 
 「……ど〜ゆ〜理論よ……」
 
 
 
 時は、夕方。
 
 真っ赤に染まった景色の中で、アスカは湯に浸かって四肢を伸ばし、ミサトは岩肌に腰掛けてビールを煽っていた。
 
 「やっぱ、温泉って言ったら、ビールよねぇ」
 
 ニコニコしながら言うミサト。
 
 「そんなの、むこうじゃ聞いたことないわよ」
 
 「じゃ、やっぱ日本の文化なのかしらねぇ……すばらしいわぁ〜」
 
 グイグイ、と喉を鳴らしてビールを流し込む。
 
 「ぷっはぁぁぁぁぁ〜〜!!」
 
 「オヤジになってるわよ、ミサト」
 
 溜め息をつくアスカ。
 
 
 
 「ファースト、遅いわね」
 
 アスカが、岩に寄り掛かりながら、ぼ〜っと脱衣所の方を向いて呟く。
 
 この風呂は、屋内の風呂と露天風呂を併設した作りである。
 
 脱衣所から中に入ると檜作りの屋内浴場があり、洗い場などはそちらにある。そして、扉をあけると露天に出られるようになっているのである。
 
 ちなみに、露天風呂に出ると、男女の風呂は竹でできた仕切り一枚のみに隔てられる。大きな露天風呂を、仕切りで二つに分けたような作りである。
 
 「シンちゃんも、まだみたいね」
 
 空になった缶を置きながら、ミサトも仕切りを見上げて言う。
 
 「まぁ〜た、いちゃついてんのかしらね」
 
 言いながらアスカは立ち上がると、ザブザブと湯を切って移動し、ミサトの横に腰掛ける。
 
 
 
 火照った体に、夕暮れの風が心地よい。
 
 「……ねぇ、ミサト」
 
 「ん?」
 
 「アイツらってさ……いつから、あんなカンジなの?」
 
 ミサトは、アスカの横顔を見る。
 
 アスカは、紅に染まった空を見上げていた。
 
 「……あんな、って?」
 
 「ん〜、なんて言うか……つきあいだしたのって言うか」
 
 「妬いてんの?」
 
 「まさか」
 
 アスカが苦笑する。
 
 
 
 「シンジなんか、ど〜でもいいわ。
 
 ……でもさ……
 
 アイツら、見てるだけで、この……
 
 絆……みたいなものがあるのを感じるの。
 
 
 
 不思議なんだ……
 
 シンジも、ファーストも……こう言っちゃなんだけど、ちょっと普通じゃないよね。
 
 なにがきっかけでああいう関係になったのか……想像つかないだけに、興味があるのよ」
 
 
 
 「う〜ん……」
 
 ミサトは、腕を組んで首を捻る。
 
 「もちろん、アタシは当事者じゃないから、ホントのところはどうだか分からないけど……最初にアプローチを仕掛けたのは、シンちゃんね」
 
 「まぁ、そうでしょうね」
 
 アスカが答える。
 
 
 
 やっぱり、レイの方からシンジに入れあげるとかは、想像しにくい。
 
 今は勿論、見ていてむず痒くなるくらいにシンジに惚れているのだが……それ以外の人への対応を見ている限り、やはり最初は、シンジに対しても同じように接していたと考える方が自然だ。
 
 だが、そうすると、今のラブ光線発散しまくりの状態との間に、ギャップがありすぎる。
 
 
 
 「結局……全ては、シンちゃんの努力よね〜」
 
 ミサトが、感慨深気に言う。
 
 アスカが、首をかしげる。
 
 「努力って?」
 
 「……レイって、あんなでしょう。彼女、確かに見た目は可愛いけど……いいえ、今なら、中身も可愛いって分かってるけど……昔は、そんなことは誰にも分からなかったわ」
 
 「中身だって、たいして可愛かないわよ」
 
 「あれでも、随分、変わったのよ」
 
 ミサトが苦笑する。
 
 「昔は、もっと……誰をも寄せつけないようなものがあったわ」
 
 「今でも、そんな感じ、あるわ」
 
 「だから……今は、それでもあの頃よりはずっと打ち解けてるのよ……想像できないかも知れないけど、」
 
 
 
 アスカには、よくわからなかった。
 
 今でも、レイと話していても……会話が成り立つ、というレベルをかろうじて保っている状態に過ぎないと感じている。
 
 何を考えているかまで理解するには、こちらから相当、踏み込む必要があった。
 
 ……シンジの話題に関してだけは、勝手に墓穴を掘ってくれるので、その必要はなかったが。
 
 
 
 ミサトは、アスカの怪訝の表情を見て、微笑んだ。
 
 「……レイは、あれでもかなり、口数が増えたわ」
 
 「……ええ?」
 
 アスカが、目を少し広げて、返事をする。
 
 「……昔は、事務的な話以外、彼女と語ることなんて出来なかった。一日も口を開くことがない日も、珍しくなかったでしょうね」
 
 アスカが、意外そうな顔でミサトを見る。
 
 「……語る相手がいなかったってこと?」
 
 「それもあるわ……でも……もっと、根本的なところで、違うの。私達だって、たわいもないことを話し掛けたりしたけど……返事は、返って来ても、『……そう』の一言だけ。完全に無視されることも、どっちかと言うと、むしろ多かった」
 
 「………」
 
 「きっと……あのころ、レイは……他人と会話することに、なんの価値も感じていなかったのよ。誰とも話すことなく……ずっと、他の誰も存在しない世界に生きることに、違和感すら感じていなかったんだわ」
 
 
 
 ミサトには、その感覚が理解できない訳ではなかった。
 
 彼女も、一時期……数年に渡り、他の誰も存在しない世界に、閉じこもっていたことがあった。
 
 そして、その時は、それが当然だった。
 
 誰にも、入って来てほしくなかった。
 
 いつまでも……誰にも干渉されることなく……閉じこもった空間で、死ぬまでじっとしていられればいい、と願っていた。
 
 
 
 今なら、それがどんなに愚かなことか、理解できる。
 
 だから……
 
 あの、何もない世界から……まだ、たった一歩とは言え、外に向かって踏み出したレイを、助けてやりたいのだ。
 
 
 
 「……そんなレイを変えたのが、きっと……シンちゃんなのよ」
 
 呟くように、ミサトが言う。
 
 アスカは、何も言わず、黙ってミサトを見つめた。
 
 「……私達だって、レイのこと……カワイソウ、とか、そんな風に思ってなかったわけじゃないわ。
 
 何とかしてあげなくちゃ……とか。
 
 なんとなく、考えてた。
 
 
 
 ……でも、それはただの自己満足。何もしなかったし、どうしていいのかもわからなかった。
 
 
 
 シンちゃんは……はじめから、レイのために心を砕いたわ。
 
 ずっと接して来た私達が理解できなかった、あのコの隠れた心を……凍り付いた心を……ゆっくりと、丁寧に、溶かしていったのよ」
 
 
 
 「ふぅん……」
 
 アスカは視線を外すと、俯いて小さく答えた。
 
 ……シンジがそういう行動に出たのは、理解できた。
 
 あの……公園での……シンジ。
 
 あのとき、シンジの心には、裏側も打算もなかった。それは……これ以上にないほど、純粋だった。
 
 
 
 レイに対しても……すべてをかけて、救ってやりたいと考えていることに……嘘偽りがないことは、間違いない。
 
 
 
 「ま……二人とも、幸せに向かって歩いてる。応援してあげたいわよね」
 
 「ま……ね」
 
 ミサトの言葉に、アスカも返事をした。
 
 「もちろん……アスカもよ」
 
 ミサトはニッコリ笑う。アスカは、横目でミサトを見て、苦笑した。
 
 「何、言ってんのよ、ミサト……アタシは、けっこう幸せよ。エヴァに乗って、闘って……それが、アタシだもの」
 
 「アスカ……」
 
 
 
 突然、ミサトがアスカの頭を抱き締めた。
 
 ぎゅっとミサトの胸に顔を埋めて、アスカは慌てたように声をあげた。
 
 「ちょッ……なッ……ミ、ミサト! アタシは、そのケはなァ〜い!」
 
 「バカ」
 
 ミサトが笑う。
 
 
 
 「アスカ……たまには、力を抜いて。
 
 あなたの生き方は、あなたが決めればいい。誰も、否定なんかしない。
 
 でも、いつもそんなんじゃ、壊れちゃうわよ」
 
 「そんなの……」
 
 「アスカ……たまには、頼ってね……
 
 私達は、家族なんだから……」
 
 
 
 アスカは、しばし、固くなっていたが……
 
 やがて、フン……と鼻息を漏らすと、大人しくなった。
 
 「ば〜か……家族なんて、ゴッコじゃない」
 
 「……それで、十分よ。それじゃ、いけないの?
 
 血のつながりより、濃いものって、あるわよ」
 
 
 
 アスカは、ミサトの言葉を、黙って聞いていた。
 
 血のつながりより、濃いもの……
 
 言いたいことは分かるが、だからといって、自分達の間にそれがあるかは疑わしい。
 
 だが……そうありたい、というミサトの気持ちは分かった。
 
 
 
 アスカは、ミサトの豊かな胸に顔を埋めたまま……視線だけ、少しずらした。
 
 間近に、大きな傷痕が見える。
 
 それは、自分の心にある傷痕のような気がして……アスカは、慌ててかぶりを振った。
 
 
 
 「ミサト……」
 
 「ん?」
 
 「この……傷」
 
 「……ああ……セカンドインパクトの時、ちょっちね」
 
 ミサトが笑う。
 
 アスカは、返事をしない。
 
 
 
 やがて……アスカが、再び口を開く。
 
 「アタシのことも……知ってるんでしょ?」
 
 「ん? ……まぁ、仕事だからねぇ」
 
 自分の胸元で目を臥せるアスカを見て、ミサトは少しだけ微笑んだ。
 
 
 
 「アスカ……お互い、過去のことよ。
 
 忘れましょう……」
 
 「………」
 
 「アタシたちには……未来だってあるのよ。
 
 今までが幸せでなくても……これから、いくらでも幸せになるチャンスはあるの」
 
 「……アタシは、幸せだってば」
 
 アスカが、苦笑する。
 
 ミサトも、黙って笑った。
 
 
 
 「ねぇ……ファーストは?」
 
 アスカが、小さく口を開いた。
 
 言われて、ミサトが扉の方を見た。
 
 「そう言えば、遅いわね〜」
 
 「……そうじゃなくて」
 
 アスカの言葉に、ミサトはアスカの顔を見る。
 
 アスカは、上目遣いにミサトの顔を見ていたが……目があって、慌てたように目を伏せた。
 
 「……ファーストの過去……も……知ってるんでしょ」
 
 「ああ……」
 
 ミサトが、やっと納得したように、声を発した。
 
 アスカは、ミサトの腕を振り解くと、パッと離れて座り直し、慌てたように頭を掻いた。
 
 「アハハ、い、いいんだ! 別に……ひとの過去なんて、知りたくない」
 
 「………」
 
 「アタシだって……アイツらに、知られたくなんて、ないし」
 
 言いながら、アスカは俯く。
 
 
 
 「……知らないわ」
 
 「……え?」
 
 ミサトの言葉に、アスカが怪訝な顔でミサトの顔を見た。
 
 「……わからない。何も記録に残ってないの。……レイが、今まで……どうやって生きて来たのか……あんな、まるで感情を知らないような……あんなコに育ってしまった環境がどんなものだったのか、何も分からない」
 
 「……わからないって……そんな」
 
 「多分……碇司令は、知ってるわね」
 
 ミサトの言葉に、アスカは驚いたように目を剥いた。
 
 「司令が? ……なんで?」
 
 「さあ……でも、シンちゃんが来る前は……レイに一番近かったのは司令だった」
 
 「げ」
 
 アスカが、嫌な顔をする。
 
 「ああ……勘違いしないでね。保護者みたいなもの」
 
 「ああ……なんだ」
 
 「……あと」
 
 ミサトの声音が変わったのに、アスカが気付いてミサトを見る。
 
 ミサトは、じっと、ゆれる湯の表面を見つめていた。
 
 
 
 「……シンちゃんも、知ってるのかもしれない」
 
 「……え?」
 
 
 
 ミサトの口から出た意外な人物の名前に、アスカは固まったようにミサトを見つめた。
 
 ミサトは、じっと手許を見つめている。
 
 
 
 「レイには……分からないことが多すぎる。
 
 知ろうとしても……何重にもガードされて、目的の情報に辿り着くことも出来ないわ。
 
 でも……シンちゃんは、知ってる。
 
 レイの全てを理解して……愛してる。
 
 ……そうでなきゃ、説明がつかないことが、多すぎるわ……」
 
 
 
 「そんな……でも……どうやって?」
 
 「わからないわ」
 
 
 
 「シンジの……過去は?」
 
 おずおずと、アスカが尋ねる。
 
 ミサトは、溜め息をついて、空を見上げた。
 
 「こっちは、わかってるわよ。完璧にね」
 
 「そ、そう……」
 
 「でも……信用、出来ない」
 
 「え?」
 
 ミサトの言う意味を測りかねて、アスカは眉をひそめる。
 
 ミサトは、小さく首を横に振った。
 
 「普通なのよ……そりゃ、父親がアレだし、母親も昔、事故で死んだみたいだし、一般的な中学生よりは不幸かも知れない。
 
 でも……今のシンジくんを見ると、とてもそんな境遇で育ったとは思えないわ」
 
 「………」
 
 「……シンジくんは……記録以外にも、なにか……大きな事実が隠れてる。
 
 そうでなければ……あんな……風には……ならないと思うのよ……」
 
 
 
 二人の間に……風が吹いた。
 
 陽は、ほとんど、沈みかけていた。



百四十二



 「う……」
 
 シンジは、小さく呻いた。
 
 
 
 柔らかいものに、そっと包まれているような、感覚……
 
 柔らかくって……
 
 暖かくって……
 
 
 
 ……でも……
 
 息苦しい。
 
 
 
 「う……う?」
 
 
 
 眠りの海から……脳細胞が、ひとつ、またひとつ……水面を割って覚醒していく。
 
 
 
 (あ……う……
 
 ん……
 
 ……寝ちゃったのか……)
 
 
 
 シンジは、居眠りをしていたことに、ようやくと気付き……ゆっくりと、瞼を開いた。
 
 
 
 (ん……?
 
 
 
 なんだ、こりゃ?)
 
 
 
 瞼は、完全には開かれなかった。
 
 顔面を、柔らかいものにギュッと押し付けているからだ。
 
 しかも、自分の後頭部を、なにかが押さえ付けているような感覚もある。
 
 それに、妙に暗い。
 
 何か、頭の上にかぶせてあるような気がする……。
 
 
 
 (ん……んん?
 
 ……どういう情況だ……?
 
 なんだか……懐かしい匂いがするけど……
 
 あったかいし………
 
 すべすべ……してる……)
 
 
 
 不可思議な情況に置かれながら、特にそこから逃げようとしないのは……そこが、妙に居心地が良いからだ。
 
 徐々に、身体中に置かれた情況を、感覚が把握していく。
 
 
 
 頭は……何かに乗っているみたいだ。
 
 まくら……?
 
 いや……そんなもの、なかったぞ……?
 
 それに、この、顔を押し付けているものは……
 
 ………
 
 ……ん?
 
 
 
 ふと気付くと、その、柔らかく暖かいものに……自分が腕を回していることに気付く。
 
 
 
 ん……?
 
 なんだろな……これ。
 
 
 
 回した腕を、さわさわと動かしてみる。
 
 反対側も、すべすべだなぁ……
 
 ん?
 
 いま、動いたような……
 
 ………
 
 
 
 さわさわ。
 
 ぴくっ。
 
 ……動いて……る、よなぁ……
 
 
 
 さわさわ。
 
 ぴくっ。
 
 
 
 さわさわ。
 
 ぴくぴくっ。
 
 
 
 なんだか、撫でるたびに……まくらごと、ぴくぴくしてる気がするぞ?
 
 
 
 ………
 
 
 
 なんか、楽しいな。
 
 
 
 さわさわ。
 
 ぴくっ。
 
 
 
 さわさわさわ。
 
 ぴくぴくっ。
 
 
 
 さわさわ。
 
 んん?これ、なんだ?
 
 布……
 
 
 
 瞬間、シンジはその布が何かを把握した。
 
 それは、まさに……閃きと言って良かった。
 
 連鎖的に……シナプスが駆け巡るように……自分の置かれた情況を、把握していく。
 
 
 
 こ……
 
 こ……
 
 これ……これ……これ……わ……
 
 
 
 ぱ……ぱ……ぱん……
 
 
 
 「……目が醒めた?」
 
 頭上から降りて来た、その愛しい声音が……シンジの思考を、完全に裏付けた。
 
 
 
 「わ、わ、わぁぁ!!」
 
 シンジは、ガバッと立ち上がろうとして……失敗した。
 
 後頭部を、ギュウッと押さえ付けられているからだ。
 
 「あ、あ、綾波ぃ!」
 
 「なに?」
 
 「そ、その……て、手を離して……」
 
 そう言った直後に、後頭部が、ふっと軽くなる。
 
 弾けたように、シンジは後ろに転がった。
 
 
 
 目の前には……浴衣を完全にはだけたレイが、キョトンとした表情で正座していた。
 
 
 
 「碇君……よく眠れた?」
 
 「あ……あ……綾波ぃ! ふ、ふ、服、着て!」
 
 「ふく? ……あ……ごめんなさい」
 
 シンジに言われて、ようやく自分の姿に気付き……俯いて謝る。
 
 「碇君が……見せちゃダメって……言ってたのに……」
 
 「あ、あの、そのね、謝るのはいいから……早く……」
 
 「……はい……」
 
 レイは立ち上がると、イキナリ浴衣を脱いだ。パンツしか履いていない。
 
 「ぶぅっ! あ、あやあや……」
 
 「?」
 
 不思議そうな表情で、レイはシンジを見て……脱いだ浴衣をパン、と伸ばすと、改めて袖に腕を通した。
 
 「あう……」
 
 シンジは、慌てて反対側を向く。
 
 
 
 要するに……
 
 シンジは、裸のレイに、膝枕してもらっていたのだ。
 
 浴衣をはだけて、シンジは直接、レイの体に抱き着いていて……レイは、そんなシンジの上から改めて浴衣で包んで、頭を自分に押し付けていたのである。
 
 
 
 (そりゃ……気持ちいいはずだよ……くあ)
 
 赤くなった顔面を冷ますように、窓から入って来る夕暮れの風に、身を委ねる。
 
 
 
 「お待たせ……碇君」
 
 背後から、レイの声がする。
 
 シンジが振り返ると、キチンと浴衣を着直したレイが、申し訳なさそうに立っていた。
 
 「ごめんなさい……碇君」
 
 「あは……は……い、いや、まぁ、いいけど……」
 
 頬を赤くしながら、曖昧に笑うシンジ。
 
 「眠ってるから……見てないから……それならいいかと……思って」
 
 本当に、申し訳なさそうに……しゅんとした感じで俯いてしまっている。
 
 「ごめんなさい……」
 
 「あ……いや……いいんだ。僕も……その……悪かったし」
 
 何が悪かったんだか、もうよくわからない頭で、シンジは言う。
 
 だいたい、裸を見るのが、そんなにいけないことか?
 
 僕と、綾波は……その……こいびと、なんだし……なんだよな……?
 
 ………
 
 いや、ダメだダメだダメだ。
 
 何を考えてるんだ、僕は……。
 
 
 
 綾波は、こういうことについて、全くと言っていいほど、何も知らない。
 
 ただ、抱き締めあうことに……幸せを感じてるだけだ。
 
 綾波は……その先を知らないから……それでいいかもしれないけど。
 
 ……僕が、耐えられないよなぁ……。
 
 
 
 「あ、あのさ、綾波。ミサトさんとアスカは?」
 
 シンジは、気まずくなった空気を変えようと、慌てて別の話題を取り出した。
 
 レイは、今初めて思い出したような顔でシンジを見る。
 
 「ふたりは、温泉に行ったわ……それで、碇君を誘うように言われたから……」
 
 「……それって、どれくらい、前?」
 
 「……30分くらい?」
 
 
 
 シンジは、ハァ〜……と、溜め息をついた。
 
 
 
 邪魔が入らなかったと言うことは、ふたりは、まだ風呂から出ていないんだろうが……
 
 ただ誘いに行っただけのはずなのに、そんなに遅れちゃあ……いちゃついてるとかなんとか、思ってるんだろうなぁ〜
 
 シンジはもう一度小さく溜め息をつくと、顔をあげてレイに言う。
 
 「それじゃあ、遅くなったけど、風呂に行こうか。浴衣に着替えるから、廊下で待ってて」
 
 「うん」
 
 レイは手拭いを持つと、廊下に出ていった。
 
 
 
 数分して、浴衣に着替えたシンジとレイは、並んで温泉に向かって歩き出した。



百四十三



 入り口でレイと別れたシンジは、脱衣所で裸になると、まずは檜風呂の方で、簡単に掛け湯をする。
 
 そして、まっすぐに露天風呂に向かった。
 
 
 
 ガラッ、と露天の扉を開ける。
 
 途端に夕方の冷たい風が体を叩き、あわててシンジは湯舟の中に飛び込んだ。
 
 
 
 どっぼーんっ!
 
 
 
 「ぷはぁっ」
 
 シンジは、思わず頬をゆるめて、肩まで湯に浸かる。
 
 ああ〜……
 
 やっぱり、温泉はいいなぁ〜……
 
 ………
 
 オッサンみたいだな、僕……
 
 そのまま、湯の中で四肢を伸ばしてくつろぐと、仕切りの向こうから声が聞こえて来た。
 
 「もしかして、シンちゃ〜ん?」
 
 ミサトの声だ。
 
 やっぱりまだ入ってたのか、とシンジは呆れるが、家の風呂とは違い、温泉だと長く入っていたくなる気持ちは分かる。
 
 「そうですよ〜」
 
 シンジも答える。
 
 「レイは〜?」
 
 「ええ〜? そっちに行ったと思いますけど〜」
 
 「来ないわよ〜」
 
 「でも、入り口で別れて来たんですけど〜」
 
 「あら? おっかしいわね……」
 
 小さな声になると、シンジには聞き取ることが出来ない。
 
 耳を澄ましたが続きが聞こえてこないので、諦めてシンジはもう一度体を伸ばした。
 
 
 
 ミサトは、立ち上がって檜風呂の方を見た。
 
 「いる? ミサト」
 
 「いないわねぇ」
 
 アスカの言葉に、ミサトは首を横に振って答える。
 
 「アイツ、温泉、はじめてでしょ? 脱衣所で、なんかまた下らないことで困ってるんじゃないのォ」
 
 「う〜ん、ちょっと見てくるわ」
 
 「ああ、アタシもそろそろあがるから」
 
 アスカも立ち上がると、二人は並んで歩き出した。
 
 
 
 脱衣所の扉をあけると、浴衣を着たレイが、籐の椅子に座っていた。
 
 ミサトとアスカが入って来たのを認めると、慌てたように背中を向ける。
 
 「レイ?」
 
 怪訝そうな表情で、ミサトが近寄る。
 
 
 
 「何やってるの、レイ? 温泉、入らないの?」
 
 「いえ……これから、入ります」
 
 「? なんで、すぐに入らないの?」
 
 首をかしげるミサト。不思議に思うのも当然だ。
 
 レイは、ミサトたちの方に背を向けたままで、答えた。
 
 「……ミサトさんたちが……はいってるから」
 
 「……は?」
 
 「……他の人の……裸は、見ちゃダメって……碇君が」
 
 呆気に取られたような表情をするミサトとアスカ。
 
 言っている意味が分からない。
 
 ……それに、もしそれが事実だとして、シンジは何故そんなことを言ったのか?
 
 
 
 ミサトが、レイに尋ねる。
 
 「それ……いつ、言われたの?」
 
 レイは、背を向けたまま……俯いて、答えた。
 
 「……この前……碇君の裸を見てたら、言われました」
 
 
 
 ビキン。
 
 
 
 その場の空気が、凍り付く。
 
 
 
 「ほ……ほぉ〜〜〜……」
 
 いち早く自分を取り戻したミサトが、ニヤニヤしながら腕を組む。
 
 アスカは、ミサトとレイの顔を交互に見て、「バカじゃないの」という表情だ。
 
 「ま……そこらへんのコトは、あとで、ゆ〜〜〜〜……っくりシンちゃんに聞くとして……それは、私達が気にしてないからいいのよ」
 
 「……そう……なんですか?」
 
 「相手が嫌がらなければ、裸見るくらい……しかも、女同士だしね」
 
 ミサトの言葉に、レイはしばらく俯いてから……ようやく、二人の方に向き直った。
 
 
 
 ミサトが、仁王立ちでカラカラと笑う。
 
 「せっかくだから……アスカ。もう一度、入らない?」
 
 「げぇ……のぼせるわよ」
 
 アスカが、嫌そうな顔をする。
 
 「まぁまぁ……裸の語らいってやつよ。レイを交えて、もうちょっとお喋りしましょう」
 
 「う〜ん……まぁ、いいけどさ……」
 
 ミサトはニッコリ微笑むと、再びレイの方に向き直った。
 
 「んじゃ……レイ。ホラ、ぼさっとしてないで、さっさと脱いじゃって。温泉、入ろう」
 
 言って、手を差し伸べる。
 
 
 
 だが、レイは動揺したようにその手を見て、慌てて視線を逸らした。
 
 「ん? どったの?」
 
 怪訝な顔で、ミサトが聞く。
 
 
 
 「自分の裸を……見せてもダメだって……碇君が」
 
 
 
 「………」
 
 「………」
 
 「……一応聞くけど……いつ、言われたの?」
 
 
 
 「前に……碇君に、裸を見せた時」
 
 
 
 「フッ……フッフッフッフッフッ……」
 
 ミサトが、地の底から響き渡るような笑いを漏らす。
 
 「シンちゃぁん……いつの間に、そんなカンケイに……フフフフフフフフフフ……」
 
 片手にビールを持って、悪魔の笑み。
 
 横で見ていたアスカが、ウッという表情で後ずさる。
 
 「今夜は、シンちゃんに洗いざらい、吐いてもらいましょぉ〜かぁ〜!」
 
 
 
 シンジは、来るべき災厄を知らず、湯に浸かりながら、刹那の至福に、身を委ねていたのだった……。



百四十四



 加持は、自宅のアパートで、テレビを見ながらスルメを食べていた。
 
 (なんか……忘れてる気がするんだよな)
 
 ブラウン管に映る映像を眺めながら、加持はぼんやりと考える。
 
 (使徒は殲滅したし……
 
 報告も、一通り済んでる。
 
 調査はまだ急がなくていいし……
 
 葛城やシンジくんは温泉だし……
 
 ………
 
 ………
 
 ……ん?
 
 ………
 
 ……温泉?)
 
 
 
 「あ」
 
 
 
 葛城邸では、置いていかれた一羽のペンギンが、哀しく月夜を見上げているのであった……。