第十六話 「八州」
三十四



 第五使徒・ラミエルは、ジオフロントの上……ちょうど、NERV本部の真上で停止していた。
 
 そのまま、地中に向かって、シールドを突き立てる。
 
 第三新東京市の、強化コンクリートを、着実に掘削していく……。
 
 
 
 初号機の帰還後、シンジはNERV内の控室で待機していた。
 
 現在のままでは、使徒を倒す明確な手立てがない。そのため、作戦方針が決定するまで、パイロットは休養待機となったのである。
 
 
 
 (でも、きっとヤシマ作戦になるんだろうな)
 
 
 
 シンジは、6畳ほどの広さの部屋で、長椅子に座りながら、作戦を練っていた。
 
 
 
 ……勿論、前回と同じ展開にするわけにはいかない。
 
 レイが、死の危険に晒される。
 
 それは、絶対的に許されないことだ。
 
 
 
 ヤシマ作戦の性格上、零号機の力は不可欠だ。照準を合わせるのに時間がかかるため、どうしても砲手の他に、防御を担当するものが必要だった。
 
 レイを作戦から外す、という方向はありえない。
 
 では、レイを少しでも危険から遠ざけるには、どうすればよいか?
 
 
 
 もっとも安全な方法は、攻守交代することだ。
 
 シンジは、自分が防御するとなれば、たとえ自分が死ぬことになろうとも、レイを守る自信があった。
 
 (……でも、それでは駄目なんだよな……)
 
 溜め息をつくシンジ。
 
 ポジトロンライフルの照準を合わせるのには、エヴァとのシンクロ率が、大きく関わってくる。
 
 シンクロ率が低ければ、なかなか照準は安定しない。照準が固定されるまでの時間もかかるし、信頼性にも欠けてしまう。
 
 今や100%に近いシンクロ率を平均してマークするシンジに対し、ようやく起動に至ったレイでは、比べ物にならないのだ。
 
 ライフルの弾道がそれれば、防御担当者のみならず、二人とも危険に晒される。自分のことはともかくとして、レイが危険に晒されるのでは、交代する意味がない。
 
 
 
 やはり、シンジが射手を担当し、使徒の加粒子砲でレイの盾が溶けるよりも早く、使徒を殲滅するしかない。
 
 前回と同じタイミングで撃ったのでは、使徒の弾道と干渉しあい、使徒に命中させることが出来ない。
 
 第二射は、使徒の方が先になる。盾が溶けるまでに充電・照準が完了しないのは、経験済みだ。
 
 (……やっぱり、撃つタイミングを早くするか遅くするか、しなければダメだ)
 
 シンジは考える。
 
 使徒が撃つよりも早く、こちらから攻撃するのはどうか?
 
 しかし、これについては、あまり深く考えなくとも、問題があることが分かる。
 
 使徒の充電時間は、予想を超えて、早い。
 
 「早く撃つ」と言っても、ポジトロンライフルの充電完了までの時間は変わるまい。せいぜい、数十秒早まるだけだろう。  
 こちらが撃ってからでも、弾道が使徒に到達するよりも早く、使徒が加粒子砲を撃つ余裕があるかもしれない。
 
 ……たとえ、使徒に命中する寸前であっても、使徒が加粒子砲を撃てば、双方の弾道は干渉しあい、結局弾道はそれてしまうだろう。それでは、同時に撃つのと、結果が変わらない。
 
 
 
 ……やはり、使徒に先に撃たせるしかない。
 
 
 
 使徒の加粒子砲が大気に与える影響を計算し直せば、こちらの弾道をそれさせることなく使徒に当てることが出来る。
 
 その計算に、およそ5秒といったところか。
 
 5秒間は盾で耐えて、そのあと撃つしかなさそうだ。
 
 
 
 ……結局、綾波に負担をかけることになっちゃうな……。
 
 
 
 なんとしても、盾が溶けてしまう前に、使徒を殲滅しなければならない。
 
 レイを、危険に晒さないために……。
 
 シンジは、ギュっと拳を握り締めた。
 
 
 
 ガチャッ、と音がして、控室の扉が開かれた。
 
 シンジは、扉の方に顔を向ける。
 
 レイだ。
 
 レイは、俯きがちで、扉のところに立っていた。制服のスカートを握り締めている。
 
 そのまま、動かない。
 
 「綾波?」
 
 シンジが声をかける。
 
 「どうしたの? そんなところに立ってないで……入ってくれば?」
 
 シンジの言葉に、レイは、おずおずと部屋の中に入った。
 
 レイの背中で、ゆっくりと扉が閉まる。
 
 「……ごめんなさい」
 
 レイは、立ったまま、小さな声で呟いた。
 
 「えっ? な、なにが?」
 
 突然レイに謝られて、面食らったようにシンジが聞き返した。
 
 レイに、何か謝られるようなことをされた記憶はない。
 
 「起動……したのに。……手伝えない」
 
 レイが、また小さな声で呟く。
 
 「ああ……何言ってるのさ。そんなこと、気にしてないよ。……それに」
 
 一度、言葉を切る。
 
 「……きっと、綾波には、手伝ってもらうことになるよ」
 
 「え……」
 
 レイは、哀しみに彩られた瞳で、驚いたようにシンジを見つめる。
 
 「……おそらく、ね」
 
 シンジは、レイの顔を見ながら、ニコッと微笑んだ。
 
 ……つられたように、レイも微笑む。
 
 「……さ、そんなところに立ってないでさ。座ったら?」
 
 「……うん」
 
 レイは、シンジに密着するように、シンジの横に座った。
 
 
 
 ミサトは、ゲンドウと冬月の前に立っていた。
 
 ここは、総司令官公務室。ゲンドウの部屋だ。
 
 異常に広い部屋の中には、この3人以外はいない。
 
 「……目標のレンジ外、長々距離からの直接射撃、かね」
 
 冬月の声が響く。
 
 ミサトは頷く。
 
 ゲンドウは、口許で手を組んだまま、動かない。
 
 「そうです。目標のATフィールドを中和せず、高エネルギー集束帯による一点突破しか方法はありません」
 
 「MAGIはなんと言っている?」
 
 「MAGIによる回答は、賛成2、条件付き賛成が1、でした」
 
 「勝算は8.7%か」
 
 「最も高い数値です」
 
 ミサトは、ゲンドウの方に視線を向ける。
 
 それまでの二人のやり取りを黙って見つめていたゲンドウは、わずかに首を動かした。
 
 「……反対する理由はない」
 
 「では……」
 
 「やりたまえ、葛城一尉」
 
 「ハイ」
 
 ミサトは、一礼すると、きびすを返して部屋を出ていく。
 
 あとには、ゲンドウと冬月のみが残った。
 
 「……しかし、大胆な計画を立てたものだな」
 
 冬月が、独り言のように呟く。
 
 「確かに、これが最も有効な手段かも知れん。だが……この計画では、レイとシンジくんが危険に晒されることになるぞ」
 
 冬月が、ゆっくりと、ゲンドウの方を向く。
 
 「いいのか、碇? 二人とも、補完の要になるのだぞ」
 
 「……問題はない。あの二人は、そのためにいるのだからな……」
 
 ゲンドウは、感情のこもらない声で応えた。
 
 
 
 レイは、完全にシンジに密着していた。シンジの横に座った状態で、肩と腕とおしりをピッタリとくっつけている。
 
 もちろん、レイに変な下心や打算はない。
 
 純粋に、シンジとのふれあいを求めているのである。
 
 だが、それをされているシンジは、心中穏やかではない。
 
 ……つい、先日のレイの部屋での一件を思い出してしまう。
 
 
 
 ……自分の胸板に押し付けられた、レイの双丘の弾力……。
 
 
 
 ぶるぶるっ、と慌てたように頭を振るシンジ。
 
 顔が赤くなっている。
 
 そんなシンジを、ただ不思議そうにレイは見ている。
 
 「……あのさ、綾波。その……このあいだのことなんだけど」
 
 シンジは、意を決したように、レイに話しかけた。
 
 「……このあいだ?」
 
 「……夜、僕が綾波の部屋に行ったじゃない」
 
 「ええ……」
 
 「あのね、その……人前で、裸になっちゃ、だめだよ」
 
 「何故? ……あったかいのに?」
 
 「あ、あったかい?」
 
 「碇君に触れていると、あったかい……服は、邪魔」
 
 「え、え、え〜と……え〜とぉ……と、とにかく、普通はしちゃいけないことなの」
 
 「………」
 
 「わかった? 裸になるのは、一人の時にね」
 
 「……わかったわ」
 
 あからさまに、しぶしぶ、といった様子で、レイが答える。
 
 シンジは、ホッと溜め息をつくと、気を取り直して話を続けた。
 
 「それからさ、綾波、もっと他の人と、話をしたほうがいいと思うよ」
 
 「……他のひと?」
 
 「そう。綾波さ、学校でもいつもひとりだろ? もっと友達とかつくって、一緒に遊びにいったりとか……」
 
 「必要ないわ」
 
 「いや、必要だとかそうじゃないとか、そういうことじゃなくて……え〜と」
 
 「?」
 
 「だって、綾波、僕とは話、してるじゃないか。他の人とも、こういうふうに話したらいいと思うけど」
 
 「……碇君は」
 
 「ん?」
 
 「……特別……」
 
 頬を赤く染めるレイ。
 
 「え、え、え〜と……」
 
 シンジは、ドキドキして言葉に窮してしまう。
 
 ああ〜……かわいい!
 
 
 
 でも、このままでいいわけないよなぁ。
 
 
 
 やっぱり、洞木さんにお願いしよう……。
 
 彼女なら、嫌がらずに綾波に話しかけてくれるだろう。
 
 そうすれば、綾波も、それをきっかけにして、他の人に心を開けるようになるかも知れない……。
 
 
 
 ガチャッ、と音がして、控室の扉が開かれた。
 
 「あら? レイもここにいたの」
 
 ミサトである。
 
 「仲いいわねぇ〜ふたりとも」
 
 ニヤニヤして腕組みをするミサト。
 
 シンジは、バツが悪そうにミサトを見た。だが、別に後ろめたいことは何もしていない。
 
 「ただ、話をしていただけですよ」
 
 「ほぉ〜う……そんなにピッタリくっついて?」
 
 「え……あ」
 
 慌てて、ササッと離れるシンジ。
 
 すると、レイが後を追うようについてきて、またピッタリとくっつく。
 
 「あわわ、あ、綾波……」
 
 「フフフ、ま、いいわ。遊んでる暇はないの」
 
 ニコニコしながらも、キリッとした表情のミサト。
 
 シンジは、レイから離れることを諦め、ミサトに話しかけた。
 
 「作戦、決まったんですか?」
 
 「ま、ね。ただ、それには、レイの力が必要なのよね〜」
 
 「……私、ですか?」
 
 「そ。愛しのシンちゃんから引き離して悪いんだけど、ちょっち、ついてきてくれる?」
 
 ミサトはレイにウインクすると、きびすを返す。
 
 レイも、スッと立ち上がり、ミサトの後に続く。
 
 
 
 戦自研、だな。
 
 シンジは思う。
 
 ポジトロンライフルの徴発。
 
 ……つまり、ヤシマ作戦が決行されるということだ。
 
 
 
 レイは、一瞬シンジの顔を見てから、控室を出ていった。
 
 
 
 「……以上の理由により、この自走陽電子砲は、特務機関NERVが徴用いたします」
 
 ミサトは、言い終えてから、徴用書を翻して、目の前の男の前に突き付けた。
 
 「……そ、そんなことを突然いわれても……こちらとしても、都合というものがあるんですよ」
 
 おそらく、戦自研を預かる立場にある軍人であろう。いきなりの無茶な命令に、むなしい抵抗を試みている。
 
 「おあいにく。日本政府からの許可を頂いておりますので、あなたの許可はいらないんです。……レイ、いいわよ〜」
 
 手許のトランシーバーにむかって声をかけると、急にメキメキと物凄い音を立てて、研究所の屋根が引きはがされていく。
 
 飛び交うボルト。
 
 剥落する屋根や壁の部材。
 
 肝を潰したような顔で怯える男が見上げると、半分ほど引きはがされた屋根の隙間から、青空をバックにした零号機が覗き込んだ。
 
 「う……わ……」
 
 完全に顔の色を失っている。
 
 零号機は、そのまま腕を伸ばすと、設置してあったポジトロンライフルをつかみ、むんずと持ち上げる。
 
 「あ……あ……あ……」
 
 「ご協力感謝します。では」
 
 茫然と見上げる男に、ニッコリと微笑んで敬礼すると、ミサトはきびすを返して建物の外に出ていった。
 
 外に出て仰ぎ見ると、零号機が片手にポジトロンライフルをつかんで歩いている。
 
 「レイ、精密機器だから慎重にね〜」
 
 トランシーバーに向かって声をかけると、スイッチを切ってバギーに乗り込んだ。
 
 運転席には、日向が座っている。
 
 ミサトが合図すると、頷いてアクセルを踏み込んだ。
 
 一瞬、車輪が空転した後、バギーはエンジン音を響かせて、戦自研の敷地を走り去った。
 
 
 
 ジオフロントへの帰還中、ハンドルを握る日向がミサトに声をかける。
 
 「しかし、それだけの強力なエネルギー、いったいどこから集めてくるんですか?」
 
 「……そんなの、日本中からに決まってるじゃな〜い」
 
 ニヤッ、とミサトが笑った。
 
 
 
 「……本日、午後11時半より、全国で大規模な停電があります。皆様のご協力をお願い致します……」
 
 「おい、聞いたか?」
 
 トウジが、振り返ってケンスケの顔を見る。
 
 ここは、避難所のシェルターの中である。
 
 トウジとケンスケは、ハンディビデオの液晶をテレビに切替えて、今のニュースを見ていた。
 
 ケンスケが、謎のルートから仕入れた情報……全国規模の停電……の真偽を確かめるためである。
 
 洞木ヒカリが、少し離れたところからそれを見ている。
 
 「ほらね。俺の言うとおりだったろ」
 
 ケンスケが、少しだけ胸をはって答える。
 
 「せやな。今どき停電なんて珍しいのぉ」
 
 「NERVだろ、やっぱり」
 
 「は? なんでや?」
 
 「当たり前じゃないか。考えてもみろよ、ただでさえ停電なんて起こりにくいってのに、全国規模だぜ!」
 
 「それとNERVと、何の関係があるんじゃ」
 
 「そんな大規模なこと、他に誰が出来るんだよ」
 
 「ああ……せやな。……じゃ、またシンジと綾波が、闘うんか……」
 
 「敵が来てるんだから当たり前だろ」
 
 「……ま、そらそうなんやがな」
 
 「……あっ、予約してたビデオ……」
 
 ケンスケとトウジが振り返ると、ヒカリが困惑したような表情で座っていた。
 
 「なんや、いいんちょ。テレビでも録画しとったんか?」
 
 「あっ、す、鈴原……うん、ちょっと、ドラマを……」
 
 自分がビデオのことを口にしたことに初めて気が付いたヒカリは、赤くなってトウジに答えた。
 
 「そうかぁ……残念やったなぁ」
 
 「うん……」
 
 「委員長。それ、なんて番組?」
 
 ケンスケが口を出す。
 
 「え……あ、え〜と……「愛のゆくえ」……」
 
 「なんや、それ? そんなんやってたか?」
 
 「深夜にやってるのよ。いつもビデオに録って、次の日に見てるの」
 
 「……委員長。よかったら、俺が録画してるのを貸してあげようか?」
 
 ヒカリは、キョトンとした顔でケンスケを見る。
 
 「え……だって、停電……」
 
 「フフフ、ウチのビデオは自家発電装置に直結しているのさ。突然の停電にも対処できるようにね」
 
 ニヤリと笑って、人差し指で眼鏡を上げるケンスケ。
 
 あきれるトウジ。
 
 ヒカリは、嬉しそうに声を上げた。
 
 「本当、相田君? 嬉しい!」
 
 「まかせといてよ」
 
 フフンと笑うケンスケに、トウジが怪訝そうに声をかけた。
 
 「ケンスケ、ほんなら、おまえもその「愛のなんたら」いうの見とるんか?」
 
 「いや。俺は見てないよ」
 
 「したら、なんで録画しとんのや」
 
 「委員長が見てると思ったからさ。こういうときに役立ってこそ、自家発電装置の腕の見せ所だろ」
 
 「……なんちゅ〜理屈や、そら……」
 
 再びあきれた顔になるトウジの後ろで、ヒカリが驚いた顔で呟いた。
 
 「……相田君、なんで私が「愛のゆくえ」を見てるって知ってるの? 私、言ったかしら?」
 
 「聞かなくたってわかるさ。配役を見れば」
 
 ニヤッと笑うケンスケの顔を見ながら、ヒカリは硬直したように赤くなっていく。
 
 それとは気付かず、トウジがあっけらかんとした顔で言う。
 
 「お、いいんちょのお気に入りか? 誰が出とるんや、ケンスケ?」
 
 「ああ、それはな、トウジにそっくりの……」
 
 「わぁ〜! わぁ〜! わぁ〜!」
 
 「な、な、どないしたんや、いいんちょ」
 
 「だ、だ、だめ! だめ〜!」
 
 「な、なにがや?」
 
 「委員長が、恥ずかしいから教えないでってさ。ま、そゆこと」
 
 「??? そうなんか? せやったら、別に無理して聞かんけど……」
 
 何だかわけのわからないトウジと、真っ赤になったヒカリと、ニヤリとしてまた眼鏡を上げるケンスケ。
 
 ……しかしケンスケ、いつもそうやって見もしないドラマをいちいちチェックしているのか……。
 
 
 
 ……しかし、実はよく考えてみれば、全国規模の停電が実施されるのだから、放映自体をしないのではないだろうか?
 
 その基本的な事実に、この場の三人は、全然気付いていなかった……。
 
 
 
三十五



 夜。
 
 二子山に急造された作戦部の前を、NERVのマークをつけた電源装甲車が、鈍重な音を立てて走り去る。
 
 サーチライトに照らされた山あいを、無数のコードとドラム、変圧器や電源車、冷却装置などがひしめき合っている。
 
 その山頂近く、ポッカリとあいた平地の真ん中に、零号機と初号機は座り込んでいた。
 
 
 
 その足元に、プラグスーツに身を包んだシンジとレイの姿があった。
 
 ミサトとリツコに、作戦についての指示を受けている。
 
 「……以上が作戦の概要。何か質問は?」
 
 「ありません」
 
 「ありません」
 
 シンジとレイが答える。
 
 「じゃあ、分担を説明するわ。まず、シンジくん。初号機で、砲手を担当」
 
 「ハイ」
 
 やっぱり歴史どおりだ。シンジは思う。
 
 しかも、自分のシンクロ率は、前回の今頃よりもずっと高いし、安定している。砲手をシンジが担当するのは、当然だ。
 
 「レイ。零号機にて初号機を防御して」
 
 「ハイ」
 
 レイも、ハッキリと答えた。
 
 戦闘に参加できる。
 
 シンジを手伝える。
 
 しかも、その内容は「シンジを守ること」である。
 
 文句など、ありようはずがなかった。
 
 「これは、シンジくんと初号機のシンクロ率が、レイのそれより高いからよ。今回の作戦では、より精度の高いオペレーションが必要なの」
 
 リツコが、諭すように言う。
 
 もっとも、二人とも不満などない。むしろ二人とも、分担が逆転されては困るのである。
 
 「時間よ。準備して」
 
 「ハイ」
 
 シンジとレイは、サーチライトを浴びながら、力強く返事をした。
 
 
 
 ここは、エヴァンゲリオン搭乗タラップ。
 
 その最上段……わずか3Mほど離れたところに、二人は同じ方向を向いて座っていた。
 
 
 
 世界は、数分前から、闇に包まれている。
 
 見えるのは、満天の星と、ひときわ大きく、蒼い、満月……。
 
 綾波みたいだ、と、シンジは思う。
 
 なぜそう思ったのかはわからない。ただ、そう感じたのだ。
 
 
 
 シンジが横を向くと、レイは、膝を抱えたまま、暗闇をじっと見つめていた。
 
 「……綾波」
 
 シンジが声をかけると、レイは、ゆっくりとシンジの方を向く。
 
 「…綾波は、怖くないの?」
 
 
 
 前にも、一度聞いたことがある。
 
 だが、シンジは、今のレイに聞いてみたかった。
 
 おぼろげな感情を持ち始めている、レイ。
 
 今のレイにも、怖いという感情は無いのだろうか……。
 
 
 
 「……怖いわ」
 
 しばらくして、レイが小さな声で呟いた。
 
 シンジは、黙って、それを聞いていた。
 
 レイが続ける。
 
 「……碇君の力になれないことが、怖い……」
 
 「えっ?」
 
 シンジが聞き返す。
 
 意外な答えだったからだ。
 
 レイは、じっとシンジを見つめると、再び前方の闇に目をやった。
 
 「……碇君は、私に力をくれる。私は、碇君のためになりたい。
 
 それができないのは、とても、つらくて……
 
 ……怖い、こと……」
 
 「綾波……」
 
 「碇君は死なないわ。……私が、守るもの」
 
 
 
 そう……碇君は、私が守る。
 
 命にかえても……。
 
 私が死んでも、代わりがいる。
 
 碇君は、一人しかいないもの。
 
 碇君が死んでしまったら、私は、どうしていいかわからなくなってしまうもの……。
 
 
 
 「僕も……綾波を、守るよ」
 
 「!」
 
 シンジの言葉に、レイは驚いたようにシンジの顔を見た。
 
 シンジの、優しい微笑み。
 
 「必ず、守る。約束するよ」
 
 「碇君……碇君は、一人しかいない。碇君には、無理をして欲しくない」
 
 「それは、綾波だっていっしょだよ」
 
 「………」
 
 
 
 違う。
 
 碇君は……知らないのだ。
 
 
 
 「綾波……綾波は、僕が守る。綾波は、死なないよ」
 
 シンジは、ゆっくりと繰り返す。
 
 「綾波のかわりなんて……いないよ」
 
 「碇……君」
 
 レイは思わずシンジに駆け寄りそうになったが、手許のアラームが、それを押しとどめた。
 
 「時間だ」
 
 シンジが立ち上がる。
 
 「行こう」
 
 「……ええ」
 
 二人は、エントリープラグの中に消えた。



三十六



 「シンジくん。……日本中の電気、あなたに預けるわ」
 
 ミサトの言葉と同時に、移動司令室のモニターに灯がともる。
 
 「第1次接続開始」
 
 「第1から第803区まで送電開始」
 
 オペレーターの言葉に合わせて、一斉にモニターの表示が点灯する。
 
 ヴウウウウウン……と、山中に設置された変電機が、低い唸りをあげる。
 
 
 
 「電圧上昇、圧力限界へ」
 
 「全冷却システム、出力最大」
 
 「陽電子流入、順調」
 
 「第2次接続」
 
 「加速器、運転開始」
 
 「第3次接続、完了」
 
 「全電力、ポジトロンライフルへ」
 
 「撃鉄、おこせ!」
 
 日向の声に、初号機は右手で撃鉄を引く。
 
 「電圧、発射点に向けて上昇。あと15秒」
 
 「14秒」
 
 「13秒」
 
 「12秒」
 
 「11秒」
 
 「10秒」
 
 「9秒」
 
 「8秒」
 
 「目標に高エネルギー反応!」
 
 「何ですって!」
 
 マヤの声に、ミサトが驚きの声を上げる。
 
 それは、シンジの耳にも届いていた。
 
 (やっぱりか)
 
 手の平に汗がにじむ。
 
 「綾波」
 
 シンジが呟くと、回線からレイの声が流れ込んでくる。
 
 「……まかせて」
 
 その声にかぶさるように、使徒のスリットが煌めいた。
 
 
 
 「シンジくん! 撃って!」
 
 だが、シンジは撃たない。今撃てば、干渉して弾道がそれてしまう。
 
 零号機が、SSTOの盾を構えて初号機の前に立ちふさがる。
 
 (……綾波! 少しだけ……少しだけ、耐えて!)
 
 シンジは、唇を噛んで、照準機を睨み付ける。
 
 使徒の加粒子砲の磁場と温度によって、照準が再び狂っている。まだ、そろわない。
 
 「……使徒の加粒子砲、零号機の盾に到達!」
 
 日向の叫び。ミサトも、驚愕の表情でモニタを見つめる。
 
 「シンジくん! 撃ちなさい!」
 
 (あと……少し!)
 
 零号機の構える盾が、白色に輝いている。物凄い高温だ。激しい光の渦に巻き込まれて、照準を覗かなければ使徒を確認することが出来ない。
 
 7秒後、照準が再びそろう。
 
 
 
 「……死ねぇッ!」
 
 
 
 初号機の放った弾道は、使徒の加粒子砲の影響を受けずに、一直線に使徒に向かって伸びていく。
 
 「当たれええ!」
 
 シンジは、引き金を握り締めて、叫んだ。
 
 しかし!
 
 
 
 ラミエルは、突然、自分の前方に強力なATフィールドを展開した。
 
 ポジトロンライフルの弾道は、むなしく弾かれる。
 
 
 
 もちろん、同時に使徒の加粒子砲も途絶えた。
 
 しかし、即座に第2射に向けて加速が始まる。
 
 「……しまった!」
 
 シンジは、ライフルを抱えると、一気に斜面を駆け降りた。零号機が、すぐ後に続く。
 
 
 
 「そんな……第1射は、威嚇!?」
 
 ミサトは、茫然と呟いた。
 
 使徒が放った加粒子砲が本気のものであるなら、自らもATフィールドを展開するわけにはいかないだろう。映像ではわからなかったが、おそらく、あえて出力の弱い加粒子砲で挑発し、初号機に撃たせてそれを防ぎ、初号機が再び充電完了するまでの無防備な時間に、本当の攻撃をするつもりなのだ。
 
 「なんて……こと!」
 
 ミサトは唇を噛んだ。
 
 しかし、もう他に選択はない。シールドはジオフロントに到達せんとしているのだ。
 
 「シンジくん、構えなさい!」
 
 ミサトは叫ぶ。構えなければ、永久に照準は合わない。意地でも、今殲滅するしかないのだから。
 
 
 
 「……くそォ!」
 
 シンジは、ガガガッとスライディング気味に山肌に転がると、即座にライフルを構えた。
 
 だが、その真正面に、使徒の加粒子砲が伸びてくる。
 
 「……うわぁッ!」
 
 しかし、その光の槍は、零号機によって防がれた。
 
 初号機の目の前で、片膝を突いて盾を構える零号機。先程とは、輝きの強さが違う。
 
 盾が、みるみる溶けていく!
 
 「綾波ッ! ……くそッ、早くッ!」
 
 シンジは叫ぶ。磁場の影響が強く、零号機との回線は切断されている。照準は、まだそろわない。
 
 
 
 ……碇君は、私が守る!
 
 
 
 ……そう、決めたんだもの!
 
 
 
 盾が、溶解した。
 
 
 
 両手を広げるようにして、体で加粒子砲を受ける零号機。
 
 真っ白に輝くその姿は、美しくさえあった。
 
 
 
 「……うわぁぁぁぁッ! 綾波ッ! 綾波ぃッ!」
 
 早く!
 
 早く早く早く早く早く!
 
 瞬間、照準が一点にそろう。
 
 「……うおおおおおおおッ!!」
 
 シンジは、渾身の力を込めて、引き金を絞る。
 
 ポジトロンライフルの弾道が、一直線に使徒に向かって伸びていく。
 
 
 
 ガオオオオオンンンッ!!
 
 
 
 「やった!」
 
 ミサトが、歓喜の叫びを上げた。
 
 ライフルの弾道は、正確に使徒のスリットの中央に命中した。
 
 使徒は、激しい煙を上げながら、ゆっくりと倒れていく。
 
 「シールド、本部の直上にて停止! 完全に沈黙しました!」
 
 日向が嬉しそうに報告する。
 
 使徒のブレードは、ジオフロントの内部に到達し、NERV本部の真上まで迫っていた。
 
 
 
 「綾波ッ! 綾波ぃッ!」
 
 シンジは、レイの名前を呼びながら、零号機のプラグ固定ボルトを力任せにはぎとった。
 
 オートイジェクションが作動し、零号機のエントリープラグが排出され、LCLが湯気を上げながら吹き出す。
 
 シンジは、零号機のエントリープラグを抜き取ると、地面に置いて、すぐに自分もエントリープラグの外に飛び出した。
 
 
 
 歴史がわかっていたのに!
 
 どう攻撃してくるか、綾波がどうなるか、それを避けるためにどうしたらいいか、全部わかっていたのに!
 
 それなのに……!
 
 
 
 綾波に何かあったら、僕のせいだ!
 
 綾波!
 
 無事でいて……!
 
 
 
 シンジは、エントリープラグにかけよった。
 
 「綾波!」
 
 即座に、ハッチの把手をひきだし、それを両手で握り締める。
 
 ジュワァァァァッ! と、握った手の平から、激しい湯気と物の焦げる匂いが立ちこめる。
 
 「う……う……う……」
 
 把手が、固い。
 
 「……うおおおおおおおおおおッ!」
 
 
 
 シンジの思考がスパークする。
 
 何かが……霞の向こうで、脳裏をよぎる……。
 
 
 
 メキメキメキメキメキィッ!
 
 
 
 シンジが叫ぶのと同時に、はたからも分かるほどの筋肉の盛り上がりに合わせて、エントリープラグのハッチがグンニャリと曲がり始める。
 
 「……ぐあああああッ!」
 
 そのまま、シンジは渾身の力を込めた。
 
 
 
 バキャッ!!
 
 
 
 ハッチが引きちぎられ、途端に中からLCLが吹き出す。
 
 シンジは、両手に持ったハッチを後ろに投げ出すと、そのままプラグの中に飛び込んだ。
 
 
 
 プラグの中には、湯気が立ちこめ、モアッとした温度が感じられる。
 
 その中に、レイは横たわっていた。
 
 レイは、目を閉じ、うなだれている。
 
 「……綾波! 綾波ぃ!」
 
 シンジは、レイのそばにかけよると、レイの肩に両手をおいて呼びかけた。
 
 「綾波……起きて……綾波!」
 
 レイは動かない。
 
 シンジの瞳に、涙が浮かび始める。
 
 
 
 綾波……きみに何かあったら、僕は……!
 
 
 
 「う……」
 
 「! あ、綾波!?」
 
 レイが呻く。シンジは、その声にすがるように呼びかけた。
 
 「綾波! 綾波!」
 
 「……あ……」
 
 レイは、ゆっくりと目を開く。
 
 
 
 ……いかり……くん……。
 
 いかりくんだ……。
 
 
 
 「碇君……」
 
 「綾波……大丈夫!?」
 
 「……ええ……」
 
 「……よかった……!」
 
 シンジは、レイの頭をゆっくりと抱きしめると、思わず涙をこぼした。
 
 
 
 綾波……よかった……本当に、よかった……!
 
 僕は……なんて、愚かなんだろう……。
 
 でも……無事で、本当によかった……!
 
 
 
 「……何を泣いているの?」
 
 シンジの胸の中で、レイが呟いた。
 
 見ると、シンジの涙が、レイの頬をぬらしている。
 
 シンジはゆっくりとレイを離すと、正面からレイの瞳を見つめて、涙を流したまま微笑んだ。
 
 
 
 レイの心の中に、温かな波紋が広がっていく……。
 
 
 
 「……綾波が助かって、それがうれしくて、泣いてるんだよ」
 
 シンジは、もう一度微笑んだ。
 
 レイは、それをじっと見つめている。
 
 「うれしい? ……私が助かって?」
 
 「そうだよ」
 
 レイは、途端に頬を赤くした。そして、またシンジの胸の中に顔を寄せる。
 
 シンジは、もう一度両手で優しく抱きしめた。
 
 「……うれしくても、涙が出るのね……」
 
 レイが呟く。
 
 
 
 そして、しばらく二人は、お互いのぬくもりを確かめあうように、口を開かなかった。
 
 
 
 「……碇君」
 
 やがて、レイがおずおずと言葉を発する。
 
 レイの髪の毛をなでていたシンジは、それを止めて、レイの顔を覗き込んだ。
 
 「……なに? 綾波」
 
 「碇君……私、碇君の力になれた?」
 
 「もちろんだよ」
 
 「そう……よかった」
 
 
 
 レイは、ゆっくりと微笑んだ。
 
 
 
 シンジは、その顔に見とれていた。
 
 胸の奥を、優しく包み込まれているようだった。
 
 
 
 なんて……暖かく、美しい、微笑みなんだろう……。
 
 
 
 そして……なんて、純粋。
 
 
 
 自分が危機に晒されたのに……
 
 僕の力になれたことを……こんなに……。
 
 
 
 「……立てる? 綾波」
 
 「……ええ、大丈夫」
 
 シンジは、レイの体から離れると、レイの手を引いてプラグの外に出た。
 
 レイの右腕を肩に抱え、左腕でレイの体を支えるような形で歩く。
 
 
 
 風が、気持ちいい。
 
 レイは、強力な高温の攻撃に晒されていたので、夜風の涼しさを体中に感じていた。
 
 「綾波……ごめん」
 
 シンジが、ポツリと言う。
 
 レイは、自分を抱えるシンジの顔を見た。
 
 シンジは、前を見つめたまま、深い哀しみをその表情にたたえていた。
 
 「……何故? 碇君は、なにもわるいこと、してない」
 
 「綾波を、危険な目に合わせてしまった。……綾波を守るって、約束したのに」
 
 「使徒を倒したのは、碇君だわ。碇君は、私を守ってくれた」
 
 「確かに、結果だけ見れば、そうかも知れない。でも、綾波がいなければ……綾波を危険な目に合わせなければ、使徒を倒すことが出来なかった……」
 
 シンジは、悔しそうに答えた。レイを危険な目に合わせての勝利など、レイを守ったとは、言えない。
 
 
 
 「私は……それで、いい」
 
 シンジは、レイの方に目をやった。
 
 レイは、シンジに抱えられたまま、シンジの瞳を真正面から見据えていた。……優しい、深い、赤。
 
 「私を必要としてくれる。碇君が、私を必要としてくれる……
 
 それが、私にとって、一番嬉しいから」
 
 
 
 「……綾波は、必要だよ」
 
 立ち止まり、シンジはレイの瞳を見つめながら微笑んだ。
 
 「……綾波は、僕にとって、一番大事なひとだから」
 
 「碇君……」
 
 「だから……僕は、もっとがんばるよ。
 
 もっとがんばって、綾波を守れるように……
 
 綾波を危険な目に合わせなくてもすむように、
 
 がんばるから……」
 
 
 
 「……碇君」
 
 レイは、シンジのプラグスーツによりそった。
 
 シンジは、その体を優しく抱きしめる。
 
 だが、レイは、それ以上に、大きな力で、優しく抱きしめられているのを感じていた。
 
 
 
 碇君は……私を……必要だと言ってくれる。
 
 
 
 碇君は……私を……必要だと……。
 
 
 
 ……いかり、くん……。
 
 
 
 レイは、泣いていた。
 
 本人も、気付かぬうちに。
 
 シンジは、それに気付いても、何も言わなかった。
 
 ただ、優しく微笑むと、レイを抱く腕に力を込めただけだった。
 
 
 
 リツコは、零号機のエントリープラグを睨み付けたまま、じっと黙り込んでいた。
 
 周りでは、零号機・初号機とポジトロンライフルの回収のために、NERVの作業員が忙しそうに走り回っている。
 
 リツコの前には、ハッチの開かれた、エントリープラグ。
 
 ……ハッチの引きちぎられた、エントリープラグ。
 
 
 
 これは……何?
 
 
 
 エントリープラグは、NERVの技術の粋を集めて作られた科学の結晶だ。
 
 使徒との戦闘にも耐え、パイロットを守らなければならない。生半可な力では、傷一つつけることすらかなわない。
 
 それを……。
 
 
 
 シンジが、レイを助けるために、エントリープラグに駆け寄ったのは間違いない。
 
 それは、記録から分かっている。
 
 だが、その先は不明だ。
 
 
 
 あの少年が、何かしたとでも言うのだろうか?
 
 
 
 あの少年が……一体、何を?