第八話 「再会」
十三



 「こんにちは。碇シンジです。よろしくお願いします」

 シンジは、そう言ってから頭を下げた。



 シンジはこの中学校に通うことになっていた。今日が転入初日だ。

 本当は、3日前の週頭に転入することになっていた。

 だが、レイが目覚めるまでの間は、看病に付ききりでそばを離れようとしなかったし、目覚めたのちも訓練などの合間には病室に顔を出していたので、それどころではなかった。

 レイは明日、退院する。明後日には、学校にも来れるようになるし、簡単な訓練なら再開できるだろう。

 レイの容体が安定したことで、先へ延ばし延ばしになっていた転入が、ようやく行われたのである。



 シンジは、レイやアスカのような「絶世」と冠するほどの容姿の持ち主ではない。
 
 だが、それでも、無作為に10人選んで並べれば、どちらかと言えば、やはり美しい容姿をしている部類に入るだろう。

 本人はそれに全く気付いていない。以前は気弱で影が薄く、いつも隅の方にいるタイプだったので、ことさらに注目を浴びることもなかった。

 自分の容姿は平凡だ、と信じて疑わない。



 だが、何しろ今は、放つ雰囲気が以前のそれとは大きく違っている。

 目的があり、誰とも分かち合えない重荷を背負い込んで、しかしそれに負けない。その意志は、語らなくても瞳の力となってあらわれていた。

 「じゃあ碇君、窓際から2番目の……あいてる席に座ってちょうだい」

 担任の教師が指差す。

 「わかりました」

 言って、シンジはその席に向かった。

 シンジが教室を横切るあいだ、女生徒達の熱い視線が注がれていたが、当然本人は気付かなかった。



 目的の席に辿り着き、机の上に荷物を置いて、椅子を引いた。

 前は、この席じゃなかったな……。

 ゆっくりと、左隣、窓際の席に視線を移す。

 主人のいない席。傷ひとつ付いていないその席は、一見すると、誰も使っていない席のように見える。

 じっと隣の席を見つめるシンジに気付いて、担任が声をかけた。

 「碇君、どうかした?」

 「あ……いえ、なんでもありません」

 シンジは、黙って席に座った。

 教室の席は、全体の3分の2程度しか埋まっていない。みな、疎開してしまっているためだ。確かに、たくさんあいている席の中で、その席にだけ注目しているのは不自然だった。

 だが、シンジは知っていた。

 二日後には、この席の主人がやってきて、ここに座るだろう。

 蒼い髪と、紅い瞳の少女が……。



 ホームルームが終わると、シンジの周りには、すぐに人だかりができた。ほとんどが女生徒である。

 「ねぇ碇君、なんでこんな時期に転校してきたの?」

 ひとりが質問する。疎開によって、生徒はどんどん減っていく。この疑問は当然である。

 「いや、父親の仕事の都合で……引っ越して来たんだ」

 屈託のない笑顔で答える。嘘は言っていない。女生徒達は、その笑顔でメロメロである。

 「じゃぁ、お父さんといっしょに住んでるの?」

 「ううん、父さんは一緒じゃない」

 そういえば、ゲンドウはどこに住んでいるのか? NERVの中だろうか。

 「たぶん、仕事場で寝泊まりしてるんじゃないかな……」

 「じゃ、お母さんと二人暮し?」

 「母さんはいないんだ。ずっと前に死んじゃったから」

 さらりとシンジは言う。本当は初号機の中にいることは知っている。だから、別に平気だった。

 エントリープラグにはいれば、いつでも母親に会えるのだ。

 それは、ある意味、普通の親子よりも、親密な関係と言えた。

 だが、周囲の生徒達は、触れてはいけない話題であったと感じたようだった。シンジがあまりに普通に語るので、それも「フリ」ではないかと勘ぐりたくなる。

 「え、と……じゃあ、その、碇君は一人暮らしなの?」

 一人暮らし。

 その言葉に、まわりの女の子達は別のスイッチが入る。

 (え〜、そうなのぉ? じゃぁ、こんど食事つくりにいってあげる!)

 (ひとりで大変でしょう? 掃除てつだってあげようか?)

 (こんど、遊びに行ってもいい? ……きゃ!)

 おのおのが、頭の中で勝手にストーリーを構築していっているようだ。

 だが、シンジの言葉はそれを否定した。

 「う、う〜ん……一応、他の人と住んでるんだけど」

 がっくり。

 「……他の人って? 親戚?」

 「そうじゃないよ……え〜と……父さんの部下……かな」

 まさか、自分の上司、しかも妙齢の美女であるとは言えない。

 「お父さんの部下?」

 「うん……」

 「へんなの。なんでそんなひとと一緒に住んでるの?」

 「さ、さあ……父さんが心配したんじゃないの。息子の一人暮らしをさ……」

 むろん、万に一つもそんなことはありえない。ゲンドウはシンジについて、パイロットとしてしか心配などしないし、ミサトはチルドレンの管理者として同居している。それは、すでに一度経験しているシンジにとっては、当然の帰結だ。

 だが、周りの皆は、その説明でだいたい納得したようだ。

 授業の始まりのチャイムが鳴り、皆は自分の席に戻っていった。



十四



 休み時間の間、ケンスケはシンジのところへこなかった。ケンスケは男子の転校生になど興味がないからだ、とシンジは思った。

 斜め後ろのケンスケの席を盗み見ると、愛用のカメラの手入れをしている姿が目に入った。

 別に、無理してケンスケと仲良くなる必要はなかった。だが、あまり他人を信用していなかった前回の人生でも、ケンスケは気持ちのいい存在だった。

 つぎの休み時間にでもこちらから話し掛けて、仲良くなろう。

 シンジはそう決めた。

 そして、もう一度、教室を見渡す。

 もうひとりの数少ない友人の姿が見えない。

 (トウジ……)

 前回も、初日は途中まで姿を見せなかった。

 それは、妹の見舞いに行っていたからだ、とシンジは思い当たる。



 また……やってしまったのか?



 今回は、以前より丁寧に闘った。闘っているときはトウジの妹のことなど忘れていたが、それでも前ほど街を破壊はしなかったはずだ。

 だが、それでも無理だったのかも知れない……。

 その事実は、シンジの心を重く締め付けた。

 また、救えたかもしれない人を、傷つけた……。

 戻ってきたときから、「関わり合いのある全ての人を救う」と決めたシンジにとって、それは胸の痛い事実だった。



 授業の内容は退屈極まりなかった。



 休み時間になると、再びクラスメイトたちが群がってくるよりも早く、シンジはケンスケのところへ行った。

 相変わらず、ケンスケはデジタルカメラのアタッチメント・レンズを磨いている。

 「相田君」

 シンジは、ケンスケの前の席に腰をおろした。

 ケンスケは、顔をあげて訝しそうにシンジの顔を見た。……わざわざ、なにしに自分のところまで来たんだろう?

 「あ、ああ、転校生か……何か用かい?」

 「別に用ってほどじゃないんだけど……クラスメイトだろ? 友達になりたいと思って」

  怪訝な顔をするケンスケ。

 「そりゃ、かまわないけど……なんで、俺? 碇のところには、ほっといても人が集まってくるじゃないか。友達なんかいくらでもできるだろ」

 ケンスケにとって、この転校生をすぐに受け入れがたかった理由は、ここにある。なにしろ、一目で分かる美男子だ。ほっといても、女の子たちが黙っていないだろう。独り者のケンスケには、それがこの少年の当てつけの様に感じられた。

 「みんな、僕が転校生だってことで目新しいだけなんじゃないかな」
 
 「何言ってんだよ。それもあるかもしれないけど、キミみたいな美男子に、女の子が参らないわけないだろ〜」
 
 「は?」
 
 「前の学校でも、もてもてだったんだろ? それで友達ができないわけないよ」
 
 「は? ……もてもて? 誰が?」
 
 キョトンとした顔で、シンジが尋ねる。
 
 「いや、誰って……碇がさ」
 
 「……え? ……なんで? どこから出てきたの、それ……」
 
 呆然とするシンジ。その、とても嘘とは思えない表情に、今度はケンスケが唖然となった。
 
 「碇……自分の顔、見たことある?」
 
 「いや、毎朝見るけど……平凡だと思うけど……」
 
 「本気で言ってるのか? だって、じゃあ前の学校でチヤホヤされたりしなかった?」
 
 「ええぇ……だって、僕あんまり友達いなかったから……影が薄くて」
 
 「…………」
 
 「嘘じゃないよ」
 
 戸惑いを隠せない表情のシンジを見て、ケンスケは確信した。
 
 なんだか分からないが、この少年は、本気で自分の容姿に気が付いていない。嘘を言っているとは思えないから、友達がいなかったと言うのも本当なんだろう。
 
 彼は、純粋に、自分と友達になりたくて、ここに来たのだ。
 
 ケンスケは、今まで喋りながら、ずっと片手で磨いていたレンズを机の上に置いた。改めてシンジの顔を見ると、右手を差し出す。
 
 「ごめん、碇。俺は相田ケンスケ。俺と、友達になろう。」
 
 シンジは、ケンスケの手を握り返すと、心の底からの優しい笑顔で微笑んだ。
 
 「僕は碇シンジ。これからもよろしく」
 
 ケンスケは、そのシンジの笑顔を見て、思わずドキッとした。一瞬、顔が赤くなり、あわてて手を離す。
 
 
 
 なんて笑顔をするんだよ、こいつ……。
 
 
 
 女生徒達が、シンジに熱い視線をむけるのも、分かる気がする。
 
 そして、同時に心の中でほくそえんだ。
 
 (碇の写真、女の子達に高く売れそうだな。綾波は表情がないし、ここのところ売り上げが落ちてたから……これはもしかするともしかするぞ。うひひひひ)