第五話 「起動」




 シンジをのせたエントリープラグ。

 ミサトはそれを、不思議そうな顔で見つめていた。

 「リツコ……」

 「なに?」

 「司令、シンジくんになにか話してあったのかしら?」

 「まさか」

 そう、それはとても、普段の碇ゲンドウからは想像できない。やはり、シンジは初めて尽くしの環境にいるはずだった。

 それなのに……。

 「LCL……驚かなかったわね」

 「そうね」

 ふたりは、同じことを考えていたようであった。

 エントリープラグへのLCL注水。

 十人いれば十人が、驚くはずだ。

 まぁ、レイの時は、特に反応を示さなかったが……。

 シンジは、上がってくる水面をただ見つめていただけだった。口元まできても、全く慌てなかった。ごく自然に、空気を排出して肺の中をLCLで満たしていた。

 「ちょっち、普通じゃないわよね〜」

 「そうね……」

 ただ、順応性が高いだけなのだろうか?

 何か違う……。

 リツコは、この少年に対し警戒信号を発していた。

 あとで、よく調べなければならない。



 注水に全く驚かなかったのは、シンジがそこまで気が回らなかったからである。普通なら慌てるはず。それに気付いていれば、演技してでも慌ててみせただろう。だが、シンジにとってはそれどころではなかった。

 シンジが気にしている点は、二つある。

 一つは、レイのこと。怪我の状態を思うと、気が気でなかった。自分の記憶では死ぬ程ではなかったはずだが、重傷には変わりない。一刻も早くカタをつけて、レイの許へ見舞ってやりたかった。

 そして二つめは、肝心の第三使徒をどうやって倒したのか、全然覚えていないことにあった。

 自分が倒したのは間違いない。レイはあの状態だし……ただ、倒した方法が全く思い出せない。覚えていれば、それを基準に戦法を考えられるが、情報がゼロでは新しい使徒と闘うのと変わらない。わざわざ未来から戻ってきたのに、それはシンジにとってあまりにも歯痒かった。



 「主電源接続」

 「全回路動力伝達」

 「第2次コンタクト開始」

 「A10神経接続異常なし」

 「初期コンタクト全て異常なし」

 「双方向回線開きます」

 発令所をどよめきが包んだ。

 「やるわね〜」

 「言うだけのことはあるわね。でも、問題はこれからよ」

 そこまで言って、オペレーターの報告が途切れていることに気付いた。

 「どうしたの? マヤ、続けなさい」

 呆然と目の前のモニタを見つめていたショートカットで黒髪の女性は、リツコの声に我に返った。

 「あっ……はい、あの……」

 「?」

 「……シンクロ率……82.7%」

 発令所は、今度は静まり返った。

 「ハーモニクス全て正常」

 唖然としてその言葉を聞くミサト。

 「そんな……訓練もなしに、イキナリ80%? ……いったいなんなの、あのコ……」

 驚いていたのは、リツコも同じだ。ただ、リツコにとっては、素晴らしい結果として捉えられた。

 「いけるわ」

 そのまま、シンジに呼び掛ける。

 「シンジくん。調子いいわよ」

 本来、ミサトがかけるべき言葉である。リツコは、必要のないことはしない。リツコにとって、賞賛に値する結果だったということだ。

 だが、シンジはさほどうれしそうでもなかった。

 「急ぎましょう」

 一言だけ発する。



 激しい衝撃とともに、シンジの体は地表へと押し出された。

 目の前に、第三使徒が立っている。

 「リフト・オフ!」

 発令所で、ミサトの声が飛んだ。

 支持帯から外れ、初号機は自重でわずかに前かがみになる。

 「シンジくん、大丈夫?」

 「はい」

 シンジは、目の前の使徒を睨み付けていた。

 確かに見覚えがある。

 おぼろげながら、途中までなら闘いの記憶もあることが分かった。

 もっとも、ほとんどエヴァを操れず、嬲りものにされた記憶だが……。

 (……あれ? じゃぁ、ますますどうやって倒したんだろう?)

 とにかく、そんな状態でも倒したのだから、たいした相手ではないのだろう。

 まず、先手をとってみよう……。

 「シンジくん! まずは歩いてみて……」

 ミサトの声は、途中で消えた。



 初号機は、いきなり宙を舞っていた。

 空中でプログレッシブナイフをとりだす。

 飛び掛かろうとした使徒は、一瞬視界から消えた敵に、動きをとめた。

 その真後ろに着地する初号機。

 使徒が振り返るよりも早く、ナイフを横に薙いだ。あまりの早さに、使徒はATフィールドをはりそこねる。ナイフは、使徒の右腕に半分程めりこんでとまる。シンジはすぐさま抜き取り、バッと後方へ飛んで距離をとった。

 対峙する初号機と使徒。

 「な、な……」

 ミサトは開いた口が塞がらない。

 「なにこれ……シンジくんが操ってるの……?」

 「マヤ」

 リツコの声に、マヤもわずかに震える声でこたえた。

 「シンクロ率、異常なし。ハーモニクスも神経接続も正常です」

 「やるわね……」

 リツコは、メインパネルの方を向き直った。

 「才能……ってやつかしら」







 シンジは、今の攻防で、確信を強めていた。

 こいつは、弱い。

 すばやい動きについて来れないし、予想外の攻撃とはいえATフィールドを張り忘れるなど……。

 少なくとも、後発の使徒にはありえなかった。

 「シンジくん、大丈夫!?」

 ミサトの声が聞こえる。

 「問題ありません」

 シンジは答えた。

 「すぐにケリをつけます」

 言うが早いが、シンジは使徒に向かって突進していた。

 「バカ! 不用意に……」

 ミサトが叫ぶ。だが、現状の把握に関して、シンジはミサトの認識の数段上をいっていた。

 使徒の光球が光り、使徒と初号機の間に輝く壁のような物が出現する。

 「ATフィールド! シンジくん、よけて!」

 だが、シンジはすでに予想していた。

 そのまま突進する初号機。プログレッシブナイフを構え、その先端をATフィールドで覆った。

 「ATフィールド確認! 初号機からです!」

 「なんですって!?」

 シンジは腕を振りおろした。



 あっけなく使徒のATフィールドを破ると、そのままナイフは使徒のコアに突き刺さった。



 突然、ゴムのように使徒のからだが伸び、初号機に絡まる。今までの動きと全く違うパターンに、対処できずに捉えられる初号機。使徒はプーッと風船のように膨らんだ。



 激しい光と爆音が、発令所を襲った。



 ミサトは呆然とメインパネルをみつめていた。

 「まさか……自爆……!?」

 発令所の中は緊張と動揺に包まれていた。

 「マヤ!」

 「だめです! パイロット生死不明! 初号機、使徒ともに存在を確認できません!」

 だが、その直後に変化が生じた。

 爆心部にたちこめる煙が、急速に上空に上がって拡散して行く。ノイズが晴れ、マヤのモニタには中の状況が写し出された。

 「……いえ、初号機確認!」

 「シンジくんは!?」

 「パイロットの心拍、脳波ともに正常! 意識もはっきりしています! ……え!?」

 マヤの驚きを含んだ声に、リツコが首をあげた。

 「どうしたの」

 「いえ……その……初号機を中心にATフィールド」

 「なんですって!?」

 ミサトがマヤの椅子につかみかかる。そのまま、マヤのモニタを覗き込んだ。

 うしろに立つリツコの眉も、ピクッと上がる。

 「何が起きているか分かる?」

 「はい……ええと……煙を押し上げているようです」

 言われるまでもなく、確かにあり得ない早さで煙が晴れて行く。

 やがて、煙の向こう側に、ぼんやりと初号機の姿が見え始めた。

 「初号機、肉眼で確認! ……あっ、ATフィールド、消滅しました」

 こちらに向かって歩いてくる初号機。それを呆然と見上げるミサトの横で、リツコは面白そうに口を歪めた。



 「彼……完全にATフィールドを使いこなせるようね」