第四話 「邂逅」




 リツコの連れて行った先は、エヴァンゲリオンのケイジだった。

 水面から、首から上だけを出してたたずむ初号機。

 シンジは、万感の思いでそれを見上げていた。



 昔は、あんなに嫌だった。

 エヴァなんて、なければいいと思ったこともあった。

 こんなものに関わり合いになりたくなんかなかった……。



 だが、今は違う。

 エヴァ……このエヴァこそが、唯一、自分を助けてくれる総て。

 そう思ってみると、むしろ「懐かしい仲間」と再び合見えたような気分だった。



 心が……暖かくなるのが分かる。



 (それに……母さん、だからかな……)

 かすかな微笑みとともに、そう、思う。



 「驚いた? これがエヴァンゲリオン……汎用決戦兵器よ」

 事務的な口調で、リツコが呟く。

 シンジは、ふと気になっていたことを口にした。

 「これ……さっき外で闘ってた奴ですよね」

 「そうよ」

 「ここにいるってことは、もう終わったんですか?」

 「いいえ……まだよ。負けて戻ってきただけ」

 やはり、記憶に間違いはなさそうだ。

 「じゃあ、あやな……パイロットはどうしたんですか? 怪我は……」

 「なぜ、そんなことを聞くの?」

 「なぜって、別に……ただ、気になって」



 リツコからすれば、あまり教えたい情報ではない。

 これからこの少年を、初号機に乗せるのだ。ただでさえ、嫌がることが目に見えているのに、先程のパイロットが重傷と聞いて、誰が乗るだろう?

 「あなたが知らなくてもいいことよ」

 「やっぱり……ひどいんですね」

 沈んだ声で呟くシンジ。リツコは少し驚いて顔をあげた。

 「何を言っているの? 私はそんなこと言ってないでしょう」

 「わかりますよ。初号機はあまり激しい外傷がない。なのに、戦闘中に戻ってくると言うことは、パイロットが危険だったんだ……そうでしょう?」

 初号機をみつめたまま淡々と話す少年に、リツコは驚きを隠せない。

 こんな状態で……普通なら、正常な思考を保つのも難しいはずだ。

 それなのに、この少年の冷静さは、いったい……。

 一瞬の間。

 リツコはすぐに我にかえり、大袈裟な溜め息とともに少年の言葉を否定しようとした。

 「戻ってきたのは作戦なの。別に……」

 「そうだ、シンジ」

 聞き覚えのある声。

 シンジ、リツコ、ミサトは、声のする方を見上げた。

 そこには、ヒゲをたくわえた黒服の中年が、明かりを背後にして立っていた。

 見覚えのある声、見覚えのある顔……。

 ついこの間まで、自分の肉親であると同時に、上司だった男。



 「父さん……」

 ゆっくりと、シンジは呟いた。







 「久しぶりだな、シンジ」

 ゲンドウの言葉には、再会を喜ぶ暖かさなどかけらもなかった。

 だが、今のシンジにはそれも理解できる。

 必ずしも正しくない道を歩んでいたが、ゼーレを妨害したのは事実だし、母ユイを愛するあまりの行動であることは分かっていた。

 「ああ、久しぶり、父さん」

 だから、シンジは普通に接することに決めた。

 憎み切ることなどできない。だが、愛情をもって接するのは、やはり無理だ。

 「父さん」

 「なんだ」

 「さっきの、『そうだ』って、あれは?」

 「レイは重傷だ」

 さらっと言われた言葉が、シンジの胸に突き刺さる。

 「司令!」

 とがめるように声をあげるリツコ。

 「隠してもしょうがあるまい」

 「父さん」

 「なんだ」

 「僕が乗るのかい?」

 その場にいた人々の間に、緊張が走った。

 リツコは驚きを隠せない。どういうこと? この少年は、なぜそれがわかるのだ?

 ゲンドウは、眉をピクリと動かしただけだった。下にいる三人には、表情の変化までは分からない。

 「……そうだ」

 「司令! 待って下さい!」

 ミサトがわずかに怒気を含んだ声で抗議した。

 「レイでさえ、シンクロするのに7ヶ月もかかったんです! 今日来たばかりのこの子に、起動させることなんてできません!」

 「かまわん。ただ座っているだけでいい」

 「そんな! みすみす……」

 「葛城一尉!」

 リツコの声が飛ぶ。

 「個人の感情でものを言わないで。いま、使徒を殲滅できなければ、人類は滅びるの。やれることは、全てをやらなければならない時なのよ」

 「で、でも……」

 「ミサトさん」

 シンジが、後ろからミサトの肩をつかんだ。

 振り返ると、少年が立っている。

 あの、優しい笑顔で……。

 「シンジ……くん」

 「ありがとう、ミサトさん。心配してくれて。でも、大丈夫」

 「大丈夫って……」

 「父さん」

 シンジは、ゲンドウの方に向き直った。

 「父さん。約束してほしいんだ」

 「……何をだ」

 「綾波を休ませてほしいんだ。重傷なんだろう? 直るまで、ゆっくりさせてやってよ。……使徒は、僕が倒すから」

 「心配ない。お前が乗るなら、レイが出る必要はないからな」

 「約束だよ」

 「いいだろう」

 「リツコさん」

 シンジはリツコの方を向き直った。

 リツコはまっすぐシンジを見つめていた。この少年は、ただの中学生ではないようだ……理由はともかく、リツコにはそう感じられた。さきほどから、普通でないさまを幾度も見せられたし、今の会話の中にも、おかしな点があった。

 (まぁ、いまはやることがあるわ)

 シンジへの追求はあとまわし。シンジが駄々をこねないのは、予想外だが有り難い。いずれにせよ、この少年に乗ってもらうしかないのだから。

 「なに? シンジくん」

 「すぐに行きましょう。グズグズしている暇はありませんよ」

 「……そうね。じゃあ、説明するからこっちにきて」

 リツコに連れられて、シンジは初号機の方へ歩き出した。

 その後ろ姿を、呆然とミサトが見つめていた。

 「シンジくん……」

 その声に、シンジは振り返った。

 「大丈夫、心配しないで、ミサトさん」



 なんて、笑顔なんだろう……。