Monologue in Spain 2001


第二部 アンダルシア

アルヘシラス、マルベージャ


Piragua, Algeciras

05/09

バスを降りるなり胡散臭いオヤジがやって来て“モロッコへ行くんだろ”と声をかける。 “あそこはいいぞ、好きなだけタバコが吸える。ハッシシだよ。”

港の前の雑然としたバスターミナルでは、きっとバスがやって来るたびにこんな会話が繰り返されているのだと思う。 目の前の海がジブラルタル海峡の入口で、スペインとアフリカとをつなぐ玄関の街、アルヘシラスに降りた。 ここから2時間ほどフェリーに揺られればすぐにすぐにそこはモロッコだというから、この街はあちこちにアラビア文字も並ぶ。 ざわめく人の集まりは、何ともがさつな雰囲気で今まで回ってきたスペインとは明らかに違う。 今僕は旅そのものに対してはじめて警戒心を持った。

“俺はオフィシャルのガイドだ。あそこのオスタルがお勧めだ、ついて来い。” そう言われて、警戒しながらも着いていく僕が間抜けだと思う。 オスタルで2つ部屋を見せてもらって明るい方を選ぶ。 パスポートを出せと言われて差し出すと、これは俺が預かるから荷物を置きにいけとフロントの男に言われる。 必要な書類は目の前で書いてくれ、サインが必要なら今するからと答えるが、ダメだと言う。 僕は自分のパスポートを取り上げて、そのオスタルを去った。 そこを紹介した男が着いてきて、何を考えているんだあんなに良い部屋は他にないぞと、弁解するような口調で話しかけるが“部屋なら自分で探すからいい”と突き放すと、“なぁ紹介料1000ペセタくれよ。。。” もちろん無視。

マーケットのあるパルマ広場に面したペンションに部屋を借りた。 荷物を置いて、外へ出て、港に向かう途中でバスに釣り竿を忘れたことに気付いた。 慌ててターミナルへ行き、窓口の男性にそのことを伝えると、取り戻すのは不可能だとため息混じりに断言される。 難しい(dificir)ではなくて不可能(imposible)と、探す前から言われたことに腹立たしさを覚えながら、それでも見付かったら保管しておいて欲しいと伝えた。 嫌なことは重なるものだけれど、全て自分の注意で防げたはずのことなのだから、なんとも情けない。

***

港の、ざわめいて、慌しくて、落ち着きのない雰囲気になんだか居心地悪さを感じる。 僕は歴史的な建築を観ることに少々疲れを感じていて、だから南の外れでアフリカからの風でも受けながらぼんやりと海を眺めていたいと、そんな感傷的な気持ちでこの街にやって来たのだけれど、ここはあまりにも現実的過ぎてすでに逃げ出したい気持ちになっている。 港とは反対側の商店街の方へ歩いてみた。 いつもの街と同じ、普通の賑やかさにほっとする。 目的だった海から離れて落着きを取り戻す矛盾。 

港の外れまで歩いていくと、不意にまた海を走るカヤックと出会う。 ここでも地元のカヌークラブが楽しみながら練習をしている。 カメラを向けると声をかけてくれた。 “乗ってみる?向こうに行ってみな。” 言われた通りに歩くと大きなコンテナを置いただけの粗末な艇庫にたどり着く。 まだ大学生だという大柄な彼と、またも弟をネタに話しを進める。 “土曜日だったら間違いなく乗せてあげられるけれど”と彼は言うが、僕は果たして3日後までこの街にとどまっていられるかどうか不安だから、“土曜まで居るかどうかわからない。明日ではダメかな?” “OK、それじゃ明日の6時15分前にここに来て。” “アスタ・マニャーナ(また明日)”と別れた。

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猥雑で、抜け目なく隙を狙っているようなこの街の印象に、すでに疲れを感じている。


Mercado, Algeciras

05/10

“パァァァプゥゥゥ”と甲高く響き渡る、豆腐屋のラッパの音を思い出してください。 日本の懐かしいその音はパープーと行って戻ってくる感じですが、“パハァァァン”とどこまでも行きっぱなしのなげやりなラッパの音で、今朝は目が覚めました。 午前6時、まだ橙色の街灯が灯る中、早くもホテルの前のマーケットがざわめきはじめています。

市場の前のホテルだから多少の賑やかさは愛嬌だと思わなくてはね。 それにこのホテルを選んだ最大の理由は、何と言っても目の前にこの市場があるからなんだから。

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エドゥアルド・トロハと確か言ったはずだ、この市場を設計したエンジニアは。 建築家としてではなくて技術者(構造家)として彼の名前が残っているのは面白い。 ツーリスト・インフォメーションでもらった地図にも“MERCADO INGENIERO TORROJA(市場 エンジニア・トロハ)”と記されている。 

実際にこの建物を見た感想として、構造家としての彼の才能が如何なく発揮されていると言えるだろう。 広場を埋め尽くすように、緩いアールを持ったシェル構造の大屋根が覆い、それでいて圧迫感を避けるべく、屋根が入口のところでピョンと跳ねる。 跳ねることによって梁の上に扁平なアーチ状の隙間ができ、採光窓となる。 当然、透明なガラスが嵌められるから、大屋根はフワリと浮かんだような印象を与える。 八角形平面を覆うコンクリートで作られた曲面シェルの大屋根は、シェルと言う自立する形態であるがゆえに内部空間に柱を必要とせず、フレキシブルな大空間を提供している。 さらに大空間を作る上でのもう一つの問題である中央部の採光について、写真ではわからないけれど、ここでは真ん中に大きな穴をあけ、トップライトを設けることで解決している。 この単純明快合理的なデザインへのアプローチは構造家ならではのものだろう。 下部構造となる柱・梁も同じくコンクリートで各面に対して門型になるように表現し、非耐力となる壁に関しては素材を変えて(レンガ)、意匠・構造共に分節されていることを明確にしている。 まぁ、今だったら壁は全てガラス貼りにするだろうけどね。。 この爽やかな(もっとも市場と言う性格上、生臭い匂いが漂っているのは確かだけれど・・)モダニズムの建築は、構造デザインという分野の開拓に大きな足跡を残したと言って良い。

肉や魚は建物の中で、建物の外では果物や衣類、カタツムリ(計り売り)、子犬(ペット)、旅行カバン、草花などなど。 まぁ別に市場じゃなくても、この付近の道端には適当に品物並べてるけどね。 僕は市場でバナナ一房(7本120ペセタ)とオレンジ3個(90ペセタ)を買ったのだけれど、しっかしなんでも売ってるよ。 ガラクタまで含めてね。 

約束の時間に港の端にあるピラグィッシモ(カヌークラブ)を訪ねた。 対応してくれたのはダビ(David.写真左の筋肉マン)で、自分もレーシングの選手として活躍する一方、このクラブの管理もしているという。 ここでもまた話しは簡単に進み、好きな舟に乗って良いということになったのでラダー(舵)の付いたツーリング・カヤックを選んだ。

アルヘシラスの海だ、港の中とは言えここはジブラルタル海峡の入口なのだからちょっと興奮。 西日と西風を受けて、たまにパドル(櫂)が煽られるけれど、のんびりとパドリングを楽しんだ。 以前、ケン(弟)がクロアチアの大会に出たとか、ウィーンのドナウ川でカヤックを漕いだだとか自慢をしていたけれど、僕だってスペインでグァダルキビル川やジブラルタル海峡(にある港)で漕いでるのだから、偶然とは言えなかなかたいしたもんだ(エヘン)。

ダビはホルヘと一緒にペア(二人艇)に乗った。 ディレクトールを兼ねていると言っていただけあって、さすがに素晴らしいパドリングを披露している。 前に乗ってラダーを操作するホルヘとの息もばっちりで、二人のパダルが重なるように水を掴み、押し出し、力強く進んでいく。

2時間ほどのパドリング楽しんだ後、水から上がって彼らとの会話を楽しむ。 セビージャのクラブで聞き忘れたことを幾つか聞いてみた。 “ダビ、このカヌークラブはどんな組織なの?” “ピラグィッシモ・デ・アルヘシラス。カヤックをやりたい人間が集まっている、それだけ。” “例えばクラブとしてお金が必要だろ?” “月に2000ペセタ払ってもらっているよ。まぁ、安いもんだろ。日本ではどうなんだ?” “こんな風に公共の、誰もが自由に使えるカヌークラブはないと思う。自己所有でない場合、学校のクラブにでも入らないとカヌーやカヤックを楽しむ機会は少ないと思うよ。カヌークラブはたくさんあるけれど、それはカヌーを持っている人のクラブというのががほとんどだから。” 

カヌーやカヤックの存在は日本でも充分認識されていると思うけれど、自分で持っていない限りこのスポーツに触れる機会は少ないのだから、本当の意味でのレジャースポーツとしてはまだまだ一般的ではないと思う。 底辺の拡大につながっていないのだから、チャンピオン・スポーツとしても世界のトップ・レベルとは相当の開きがあるのは仕方ないのかな。 そう言えば、弟が参加したときの世界ジュニアの大会で総合優勝したのはスペイン・チームだったと言っていたな。

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“マサ、ここアルヘシラスではどこに泊まっているんだ?” “パルマ広場のホテルだよ、市場の前の。” “そうか、その辺だと変なヤツがいっぱいいるだろ。” やっぱりそうなんだ! 地元の連中でもあの辺りは物騒だと思っているんだ。 僕が泊まっているのはアルヘシラスの中でもあやしい一角なんだ、と思うとなんとなくほっとした。


Pescador de Ingles, Marbella

05/11

2、3日前からなんだか喉の粘膜が乾いて乾燥しているなぁと思っていたら、案の上扁桃腺の辺りが痛み出した。 昔から喉が弱くて、季節の変わり目やちょっと疲れがたまったりするとすぐに熱っぽくなったのだけど、今回は旅行中でしかも気の抜けない場所だけになんだか嫌だなぁ。。。

グラナダからアルヘシラスに向かう途中に、“マルベージャ(Marbella)”という名前の町を通り過ぎた。 シェラ・ネバダの中腹に築かれた古い都市を出たバスは、次第に高度を下げやがて海岸近くを走ることになる。 そこではじめてちらりと車窓から海を覗くことができたのが、そのマルベージャの付近だったと思う。 “美しい海”という意味の街だ。 雑然とした街並に嫌気を感じ、風邪気味で気分も弱っている。 そんなときは美しい海を見に行かなければならない。

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アルヘシラスからマルベージャまではダイレクトのバスでなら1時間ほどで着く。 マラガからも近いからコスタ・デル・ソルの街の中でも有数のリゾート地だという。 バス・ターミナルから海の見えた方向へ向かって適当に歩く。 曲りくねった細い道を通り、ふっと視界が開けたのは海の前のレストランだった。 そこはもう南国ムードいっぱいで、心なしかアルヘシラスよりも熱い国のような気がした。 海岸線は美しい砂浜で、それに平行して遊歩道が流れる。 反対側には有数のリゾート地らしくホテルが林立している。 そうは言ってもよく思い描く超高層ビルの大型リゾートホテルのようなものはなくて、まぁ比較的落ち着いているといっても良い。 端っこのヨットハーバーを通りすぎ、遊歩道に面する幾つかのレストランの中から、赤紫のテーブルクロスを使ったオープン・カフェのテーブルに着く。 ブレック・ファーストとかかれたメニューを頼んで一息ついた。

観光シーズンにはまだ早いからかもしれない、人影もそう多くはなく全体的にのんびりとしていて心地よい。 リゾート地だと聞いていたから、わさわさと大勢の人だかりがあって土産物屋がひしめくようだったら嫌だなぁとも考えていたのだけれど、とりこし苦労に終わってほっとした。 この辺が僕の性根に巣食っている貧乏人の発想だね。 それよりも“リゾート”という言葉を痛感したのは、パラソルの下や砂浜には水着姿が並び、その中にちらほらとトップ・レスの姿も。。。 何とも困った困った。 困りながらもちょっと嬉しいのはなぜだろう。 まぁ観光客のうち、数的上位を占めるのはやっぱりリタイヤしたあとのお年よりだけれどね。 それもまたリゾートの本来の姿かもしれない。

砂浜に一本、細い石堤が伸びている。 青い海と青い空が遠くで交じり合う、そちらに向かってすうっと。 ピョンピョンと跳ねるように歩きながら、その先端近くで釣りをしているおじいさんの所まで行った。 ブルーのTシャツと薄い水色のショートパンツ、白いデッキシューズがなんだか決まりすぎていてなんだか映画のワン・シーンみたい。

イギリスのマンチェスターから来ているというから、僕も久しぶりにつたない英語で会話する。 彼は仕事で日本に3年住んだことがあると言っていた。 マリコというガールフレンドもいたというから、僕の妻じゃないだろうねと言うと、ハッと口を隠す仕草をしたから二人で笑った。

ユーモラスなおじいさんで、なんとなく気が合って次々に笑いの種が見付かった。

“サラマンカという街ではルスィオを釣ったんだ。英語ではパイクだよ。” “おお、パイクか!面白い話がある。あれはとてもでかくなるだろ、川で子犬が気持ち良さそうに泳いでいると、突然ガバッと食っちまうんだ。まるでジョーズだよ、すごいだろ!” “うん、見てみたいよ。最高のエンターテイメントだ!” “ハッハッハッ!!!”

“イギリスには来たことがあるかい?” “一度もない。行ってみたいけどね。” “来てもつまんないよ。いつも雨が降ってるから。” “じゃあ、日本と同じだ。” “ハッハッハッ!!!”

***

奥さんと一緒に旅行に来て、一人でさっさと釣りをしているというのがいいじゃないか! 少年みたいなおじいさんと大笑いをして、日がな一日海を見ていた。


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Have a good activities and peace!