Monologue in Spain 2001


第二部 アンダルシア

グラナダ


Alhambra y Sacromonte, Guranada

05/07

グラナダに向かう途中のバスからは幾つかの川を見ることができた。 コルドバのグァダルキビル川が茶色く濁っていてがっかりしたと書いたけれど、これらのバスからちらりと覗いた川も同様に茶色い流れだった。 この茶色はこの辺りの川の普通の色なのだろうか、そうだとしたら地表のあまり豊かではない土が溶けて流れ込んでいるのだろうか。 そんなことを考えながら、昨日グラナダに着いた。 直前の通り雨でバスのウインドゥは濡れている。

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ヌエバ広場からアランブラへ向かうゴメレス坂の途中に宿泊している。 1階に設けられたカフェのメニューから“デサジューノ(朝ご飯の意)”を頼むとトーストとコーヒーが出てくる。 トーストとは言っても食パンではなくて、コッペパンのような形。 コーヒーも、スペインでは“カフェ・ソロ”と頼むと強いエスプレッソだから、朝食では“カフェ・コン・レーチェ”とミルク入りコーヒーにしてもらう。 “カフェ・アメリカーノ”といえば僕らが親しんでいる普通のコーヒーになるけれど、コルドバのバルでは奥の方で“アメリカーノ?水増やせ!”だって。 その通りだけど、なんだか気分が悪くなったから以来僕はアメリカーノは頼まない。

朝ご飯も早々に、10時前にアランブラへ向かった。 途中のゴメレス坂は登り坂になるから、ヌエバ広場からアランブラの入口までバスが出ているけれど、森の中の散策に似て実に気持ち良い。 木々が生い茂り、5月の若葉が透き通った緑の光を落とす。 樹木に囲まれた緩やかな坂道だから、どことなく日本のお寺や神社を行く参道にも似ている。

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外観の粗い彫塑的な建築的振舞いに対して、内部空間のそれは何とも関連付けては考えにくい。 あまりにも繊細で細やかな装飾の数々。 しかし今まで幾度となく写真で見てきた印象とはあまりにも異なる。 実際に足を踏み入れてみると、そこに存在する装飾はあくまで空間の構成に対して働きかけていることが理解できる。 一つ一つの装飾が光と影を操作し、建築の部位を浮き上がらせ、沈み込ませ空間の印象を決定付ける。

あまりにも細緻な内部空間を外部と繋げるために、イスラムの彼らは“庭”を用意した。 水を走らせてはとどめ、緩やかに視線を外へつなげ、外部との連続した空間を意図する恣意的な技術。

“自然”の存在は彼らの建築に隠喩として生き続けている。 その林立する柱が樹木を意図しているのはすぐに気が付く。 パティオ(中庭)という空間、造園技術が彼らの精神的な自然の再現であろうことも予想がつく。

もう一つ。 同じ幾何学模様の繰り返しは、フラクタルの原理によっているはずだ。 自己相似形。 ゴッホの絵画がフラクタルを利用していることは良く知られているけれど、その筆先のロジックに似た印象をここでは感じた。 テン、テン、テン、と力強く繊細にタッチする筆先のような装飾の印象は、やはり空間の中に彼らの“自然(感)”が込められ、隠されているからだと思う。

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宮殿に入る前に、最初の王宮跡“アルカサバ”を観る。 建物の基礎と塔が残っているだけではあるけれど、その塔に登りシェラ・ネバダの峰峰を眺めるのは気持ちが良い。 最初の写真で、左上に見えるのが今もヒターノ(ジプシー)たちが暮らすというサクロモンテの丘です。 ふいにまたロルカの名前を思い出して、感傷的な気持ちになりました。

5月のサラサラした風が吹いています。


Flamenco , Guranada

05/08

セビージャに続いてここグラナダでもフラメンコを観た。 グラナダには幾つかの有名なタブラオがあるのはガイドブックを見て知っていたし、そのうちの一つはサクロモンテの丘にあって、ジプシーのダンサーが踊るということも知っていた。 ロルカの“ジプシー歌集”を読みながらの旅だからこのタブラオへ行ってみたいと思っていたのだけれど、ひょんなことから別のショーを観ることになった。

アルカサバの遺跡の一つに、一人の老人が傍らに杖を置いて座っていた。 僕が通りすぎざまに彼は日本語で声をかけた。 今は歳をとって腰を痛め、数年前に手術もしたからリタイヤした身ではあるけれど、もともとはフラメンコショーのギタリストだった。 引っ張りだこで世界中の都市をまわったし、もちろん日本にも行った。 これを見ろと小さなアルバムを取り出す。 若かりし頃のハンサムな彼。 両手に花の写真の何枚かは日本のものらしかった。 “日本へ行ったのは1967年だ。あなたの生まれる前かな。これは93年のセビージャ万博。こっちはデンマーク。。。”と流暢な日本語での説明。 しばらくして、“これは強制ではない。もしここでフラメンコを見るならここに行きなさい。”と紹介されたのが昨夜観て来た“ハルディネス・ネプトゥーノ”だ。

そのタブラオは予想していたものよりも随分広かった。 天井がその平面的な広さの割に低く設えてあるのは、空間が大きくなりすぎるのを懸念してかもしれない。 舞踏に対してまったくド素人の僕がこのショーをどう伝えたら良いのだろう。 これほど躍動する筋肉、切れのある流れのフラメンコがあるなんて! ひらひらと手が舞い、伸ばした腕が肩を通して後背筋まで持ち上げ、胸を張った姿勢の美しさ。 目にもとまらぬ足さばき、足の動きと蹴った音とのずれ。 ライトアップされた中で静かに緩く強く上下する胸、腹。 ショーアップされた形式からは想像できないほどの緊迫感は、彼らの呼吸さえ伝えるよう。 全てのダンサーが素晴らしかった。

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昨日、アランブラから眺めたサクロモンテの丘を歩いた。 ヌエバ広場を北上し、のんびり歩いていくといつのまにか白い家々の間にいることに気付く。 昨日遠くに見えていたあのムラヤ(城壁)の方まで行ってみたくて、辺りをぐるぐるしながらやっとそれが間近に見えた時はもう随分時間が経っていたと思う。

一番北の通りから昨日見えたムラヤまでは道がない。 結構勾配のきつい獣道のような歩道(?)を磨り減ったスニーカーで歩く。 正直に言えば、歩いていて怖かった。 その丘の所々に決して少なくはなく横穴が掘ってあり、人の姿は見えないけれどその幾つかには明らかに生活の痕跡がうかがえる。 恐らくジプシーたちの住居なのだろう。 つながれた犬を避けて遠回りをする。 つながれていない犬がやって来るのを無視した振りをする。 ムラヤまでたどり着いて恐る恐る後ろを振り返る。 その景色の美しさ! 昨日とは逆の方向にアランブラを望み、眼下には白い家の街並が広がる。 アランブラのさらに東の遠い山並み、シェラ・ネバダには雪帽子さえ確認できる。

帰りは西へ向かって、彼らの住居を注意深く避けるようにして丘を下る。 途中、一人の女性とすれ違った。 僕の足元を見て、そちらは崩れそうで危ないからこちらへ来なさいと言う。 言われるままに彼女の方へ向かう僕の緊張感が伝わったからだろうか、彼女は目一杯の笑顔と英語で話しかけてきた。 

“どこからきたの?東京なら直接じゃないわね、アンカレッジそれともフランクフルト経由?ここは気に入った?次はいつ来れるの、今年中それとも来年?あなたライカのカメラを持っているのね。次に来た時は私の家を撮ってちょうだい、ナチュラル・ハウスよ。今はダメなの、私は20匹の猫を世話しているのよ。それに食事も作らなきゃ。名前はなんて言うの?マサね。M・A・S・S・Aかしら。マサダっていう街を知ってるわ、似てるわね。イスラエルにあるの。泳ぐこともできるしとても美しい街よ。機会があったら行ってご覧なさい、覚えておいてね。”

日に焼けた赤い顔。 ブロンズの髪も乾燥しているのがわかる。 大きな埃っぽいマントのようなものを体に巻いて、スーパーの買い物袋を提げていた。 ナチュラル・ハウスと呼んでいたから、恐らくあの洞穴のような住居のどこかに帰るのだろう。 流暢な英語を使った会話も、立居振舞いも教養に満ちている。 もちろんジプシーではないだろう。 ドイツ人だろうか。 何らかの理由・決意を持って今の生活をしているのだろう。 50歳前後だと思う。 やわらかな笑顔は誇りに満ちていて美しかった。


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