Monologue in Spain 2001


第一部 カスティージャ・イ・レオン

スペインで一月たった編


San Esteban Monumento, Salamanca

04/01

ゴシックという様式があります。 これは一体なんなのでしょうか。

とりあえず建築には歴史的に2つの潮流があると言う仮定にたってみるとします。 クラシシズム(古典主義)とロマンティシズム(浪漫主義)です。 クラシシズムとは文字通り古代ギリシャ・ローマのことです。 幾何学的で比例を重視しシンメトリーが基本となります。 重厚な神殿こそが都市国家であった、ギリシャの建築です。 もっともギリシャを踏襲しながらも単一の巨大建設国家であったローマは、そのギリシャの建築法を応用してさまざまな都市施設を建築します。 公衆浴場、コロッセウム、劇場、etc。 

ではロマンティシズムとは。

ギリシャは都市が国家のレベルでしたが、ローマはあまりにも巨大になりすぎました。 都市の拡張に拡張を重ね、自然を殺し続けて、築くべき建築が無くなったときに滅んだようにも見えてきます。 その拡張とはつまり周辺諸国のキリスト教化のことですから、ローマの建築様式が他地域へ流入することになります。 これがロマネスク(ローマ風)のはじまりです。 中世の始まりでもあります。 その後、ローマは滅び、変わって彼らから見れば地方の野蛮な民族によって中世は開かれていきます。 これはゴート人をまず意味していますから、建築様式は当然ゴシックです。 つまりゴシックとはもともとゴート人によるキリスト教建築のことなのです。 ですからその中心はドイツ、北フランス、イギリスでした。 もうわかりますね、ロマネスク(ローマ風)にはじまる中世がロマンティシズムです。

ギリシャの神殿は文字通り神のための家ですから人は外部から眺めるだけでした。 そもそも神殿に内部なんてありません。 そこでは数学の世界にしか存在しない理性(幾何学)によって建築が築かれます。 列柱のリズムはあまりにも重く人を撥ね付けます。 自然を纏った柱のオーダーは生贄のようにも見えてきます。 一方、ゴシックの教会は人が中に直接入り、触れて、祈ります。 頭の上から降るステンドグラスのやわらかな光は自然の木漏れ日のようです。 事実、ゴシックの柱、天井を見ればそれが樹木、森林のメタファーであることに容易に気づくでしょう。 いくつもの柱が枝分かれして天井を支えている様です。 

つまりクラシシズムとは中心であり、都市であることをテーマとし、ロマンティシズムとは地方であり、自然がテーマであったのです。

建築は社会制度の顕れでもありますから、クラシック、ロマンといった2つのテーマは一過性のものではなく、社会に応じて選択されていきます。 例えば14世紀後半、地中海の商人達が巨大な富を持つようになると、文化的中心がまたラテンの世界へ、フィレンツェへ戻ってきました。 このとき彼らが選択したのは当然クラシシズムです。 彼らの行為をルネッサンスと呼びます。 中世への決別。 ラテンの彼らにとって人間復興(ルネッサンス)とは古代への憧憬だったのかもしれません。

***

以上はちょっと乱暴ですが、一般的な西洋建築史の流れに沿っていると思います。 もちろん異論反論受付けますので、納得いかない方はメールでご連絡下さい。

なぜこんなことを長々と書いたかというと、先日“サン・エステバン・モニュメント”という教会を見たからです。 そしてちょっと大袈裟かも知れませんが、これを見たおかげで僕のスペイン建築に対する見方が変わったような気がします。 

今、スペイン建築といっているのは主に中世のものを指しているのですが、それらは前述したような一般的なゴシックとは明らかに違います。 もちろん樹木のメタファーを採用し高い内部空間を得るなど、全体の構成としてはゴシック的なものとして捉えることが充分にできます。 ところがディテールに目を移すと、そこには他の国の教会建築では決して見られない装飾が施されています。 もちろんイスラム建築の影響です。 スペインの歴史はイスラム教勢力とキリスト教勢力とのせめぎあいですから、双方が複雑に絡み合って一つの世界を構成しています。 そしてスペイン建築にみられる独特のディテールは、キリスト教に改宗した元イスラム教徒によって築かれており、ムデハール様式と呼ばれているのです。

ですから、僕自身スペインでゴシックの建築を見ていても、“ここが違う、あそこはゴシックではない”などと差異の判別のみに頼ることが多かったと思います。

ところが、サン・エステバンの印象は全く違いました。 ディテールは相変わらずのムデハールですが、いちいちそんな指摘をするのが馬鹿らしくなるほど素晴らしい建築だったのです。 他の教会と何が違うのか、うまく言葉で表現できそうにありません。 パティオがいい。 そこに面するロッジアもいい。 何より空間がいい。 

言葉は何と不自由なものか。

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San Esteban Monumento (1, 2, 3, 4)

一つ面白い発見。 二番目の写真を見てください。 中庭に面するロッジアの2階部分ですが、手摺壁の部分に小さな柱の装飾がたくさん施されています。 実はこのほかにも柱の装飾がいたるところでなされていました。 四番目の写真は教会の2階部分に作りつけられた椅子です。 写真ではわかりぬくいかと思いますが、背もたれの上の所に肘掛の位置と合わせて、やはり柱が置かれています。 建物の壁に柱状の彫刻を設ける(付柱、ピラスター)ことは別にめずらしいことではありませんが、こんな風に強引に柱型を据付けていくのは何とも不自然です。

そして何よりもこれらの柱がクラシックの形態であるということに注目するべきでしょう。 もう一度言っておくとこの建物はゴシック建築(つまりロマンティシズム)です。 この混在は何なのか。

***

仮説の提出。

ゴシックとはドイツ、北フランス、イギリスを中心に栄えた地方様式だと言いました。 その例にのれば本来スペインはゴシックの育ちにくい環境のはずです。 なぜならローマの影響を直接受けていた国なのだから。 事実、スペインではゴシックの極めて重要な特徴の一つである尖塔アーチも少なく、構造的明快さに欠けている例が多いように思います。 つまりロマネスクからゴシックへの発展が、キリスト教建築的というよりはムデハール様式の介入によってなされているのではないでしょうか。 だからこそ本来相容れないはずのクラシシズムのシンボルである柱をロマンティシズムの建築の中に直接移入することができたのではないでしょうか。

スペインはキリスト教国(熱烈なカソリック)であるから、ゴシックを築かざるを得ない。 しかしラテンの地(血)が求めた形態は、ロマンチックな地方様式ではなくて、直接つながりのあるクラシシズムであったのでは。。。

スペインの建築は混迷極めている。 ゴシックなんて呼ぶべきじゃない。 言うなれば“スペイン建築”だ。

(我ながらわかりにくい文章だったな。。。勘弁。)


Ciudad nuevo

04/02

新しく移ったピソ(マンション)のすぐ近くに“南京飯店”という中華料理屋さんがあって、引越したその日の夕食はそこを試してみました。 思えばスペインへ来て1ヶ月、外食らしい外食はこれがはじめてです。 これまでファミリア(ホームスティ)暮らしだったため食事は基本的に3食共スペインの家庭の味でした。

去年アメリカへ行ったときも、よく薄汚い中華料理屋へ行ったなぁと感慨にふけりながら中へ入ると、思ったよりもきちんとしたレストラン風。 厨房にいるのは中国人らしいけれど、店に出てくるのはちょっといかめしいスペインオヤジ。 まぁいいさ、中華料理はえらいんだ、どこにいったってその国の食材できちんと中華に仕立てるんだから。 ワンタンスープと鳥チャーハンを頼んでみました。 ますますニューヨークの中華を思い出すなぁ。 あの時はワンタンスープのだしが千切りのベーコンだった。 ここはスペインだからハモンとかチョリソかなぁ。。。

結論はイマイチ。 スープはちょっと味付けが濃くてしつこいし、チャーハンはこれじゃピラフだよ。サイノメニンジンとグリンピースがなんだか中華らしさをそいじゃったなぁ。

と、ここまでは昨日の話し。 今日はリベンジを果たすべく、別の中華屋さんに行ってきました。 その名も“熊猫飯店”。 ちょっと宮沢賢治を思わせるかわいい名前だと思わない? でも横に書かれたスペイン語表記によると“OSO,PANDA”。 熊、パンダ??

今回はそのお店のオリジナルスープと豚チャーハンにチャレンジ。 スープは言うなればフカヒレ無しのフカヒレスープ。 なんかインチキくさいけどなかなかうまい。 シイタケだしのねっとり風味は結構いける。 熱くて舌が火傷気味だけど、これはチャーハンも期待できるのでは!

2連敗。 もちろんどちらもまずいわけではないのだけれど、やっぱりチャーハンはチャーハンであってほしい。 ピラフなら日本の洋食屋さんの方がうまい。 これがスペイン風なのか、、、ちょっと残念。 

ちょっと待て、確かルア・マジョール通りに“上海飯店”があったなぁ。 次はあそこを試してみよう。


04/06

スペイン語クラスの帰り際に、今月から文法担当になったマリアが簡単なクイズを出した。 月曜日までの宿題にそれぞれの国の重要な人物のビオグラフィを書いてくるようにと言っていたから、そのヒントだと思う。

-マラガ出身の重要な画家、フランスで主に活躍したキュビスとは誰?

-ひょっとしてピカソ!?

-当たり!

-えぇぇっ、ピカソってマラガで生まれたの!

-そうよ、知らなかった? そんな時はこう言うの、“Si?? no lo sabia.(ホントに?知らなかったよ!)”って。

***

芸術の作り方。

そうなのか!そうなんだ! ピカソはあの地で生まれ、幼少の貴重な経験を重ねていたんだ。 マラガやスペイン南部には真っ白い建物が多く存在する。 特に住居。 強烈な夏の陽射しと真っ白な建物、赤茶けた大地はスペインの特徴の一つではないだろうか。 ピカソがその建物を直接利用していたのかどうかは定かではないが、何らかの強い影響を彼に与えていたのであろうことは想像できる。

キュビスとしてのピカソの振舞い。 それは幼少の頃の経験が直接関与しているに違いない。 眩しすぎる青空と、赤茶けた大地と、真っ白い箱のような建物。 現実はすでにコンポジションを形成している。

もう一人、ル・コルビュジェ。 この建築家は確かスイスの生まれだったはずだ。 ギリシャを旅し、クラシシズムに触れ、そしてやっぱり地中海の青空と白い建物の虜になった。 この近代を確立させた建築家の一人は、インターナショナル・スタイルを標榜するから当然ギリシャを参照し、キュビスト然とした態度で白い箱を独自の形態言語として扱った。 ひょっとしたら、あの青空と白い箱をアルプスの向こう側へ持ち込みたかったのかもしれない。

***

まず、現実を直視しよう。 現実を異化しよう。 現実を咀嚼しよう。 現実を再現しよう。

芸術の出来上がり。


04/06

サラマンカにも現代建築があるんです。

何を当たり前のことを、と笑わないで下さい。 正直に言うと、あまりにも歴史的な様式に支配されているこの街(国)に僕は少々疲れを感じています。 この街の中心近くにも当然、比較的新しい建物があるのですが、それらは皆石の外装と少しばかりキッチュな装飾を纏っています。 僕の目にそれらがキッチュに写るのは、日本からやって来た僕にはあまりにも時代錯誤的に見えるからかもしれません。

様式が時代の意志だとするなら、今新たに築かれる建築をはるか昔の装飾に頼るのはいかがなものか、と思います。 もちろん“引用”という方法論もあるのでしょうし、何より保存することの重要性を軽視しているわけではありません。 重要なことは、例えばゴシックに負けない現代の意志を建築に込めることだと思います。 わかりますか? これは建築だけに可能なことです。

***

古い街並が途切れて、大通りを幾つか横切りながら北東に進むとサラマンカ駅が見えてきます。 石貼りとガラスのカーテンウォール。 金属パネルの屋根が大きくせり出して人の流れを駅の内部へと誘います。 このあまりにも今っぽい現代建築を見たとき僕は少しだけホッとしました。 もっとも同じ語学学校に通っているAさんはこの建物を見て、サラマンカには絶対不釣合いだと言っていましたが、それはそれでもっともな感想でしょう。

石の街にやって来て1ヶ月強、この軽やかな表現の懐かしさ。

しかしこの建築はやはり現代の秀作にはならないでしょう。 全体の構成に対して好感が持てるのは確かですが、どこかで見たことのある形態の寄せ集めに見えてしまう印象はぬぐえません。 それから、僕は建築のディテールを洗練化させることにのみ走るような日本の状況をあまり好ましく思ってはいませんが、この建物にはあまりにもお粗末に思える個所が多々ありました。 また、メインとなる正面アプローチを入ってすぐのところがあまりにも狭く、導線にもやや問題があるように感じます。

ただし補足しておくと、この建物はすでに営業を始めていますが、まだ完全に完成したわけではありません。 ですからディテールの不備はこれから改善されるのかもしれないし、正面の入口付近には水が張られて小さなカスケードが設けられるようですから、ひょっとしたら全く違った印象の建物になるのかも知れません。

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現代に生まれ、現代に生き、現代の方法論を思考してきた僕にとって、中世の街並に生きることは、ひょっとしたら難しいのかもしれない。

もちろん中世の街並に住んでいようと、今が現代なのは言わずもがな。 それに経済的には決して豊かではないこの国が、新たな建物をよりお金のかかる中世の装飾で造ろうとするのだから、そこに見られる“建築を創らせる意思”こそARCHITECTUREという概念なのかもしれない。 それは僕らの国には恐らく存在していない。

建築に関わるものの一人として、そのことにある種のうらやましさを感じはするけれど、それでも今、僕は近・現代の建築がなつかしい。 これもまたホームシックか?


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