Monologue in Spain 2001


第一部 カスティージャ・イ・レオン

スペインでも釣ってる編


Lucio de Rio Tormes

03/18

2時過ぎにいつも通りのお昼を食べて、3時を待たずに部屋を出る。 サモラ通りを抜け、マジョール広場の真ん中を突っ切り、サン・パブロ通りをさらに南下すると街の切れ目でトルメス川にぶつかる。 そのまま橋を渡って川沿いに右へ進むとトルメスへ小さな流れ込みのある場所たどり着く。 急ぎ足の30分だから3キロ弱の距離か。 この流れ込みは地図で見て知っていた。 そこに流れ込みがあれば水中の酸素量が増え、プランクトンも多くなり、それを求めて小魚が集まるから、大きな魚も小魚を狙ってよって来る…と、絶好のポイントになるのは釣り師の常識だ。 途中に何人かの釣り人と会った。 釣果を訪ねると、水につけたビクをあげて見せてくれる。 カルパ(コイ)が4,5尾重なっていた。 別の人は小魚を背掛けにして大物ねらい。 “ルスィオが釣れる”といって両手をいっぱいに広げた。 その魚を僕はまだ知らない。

***

ディパックから釣り竿を取り出してリールをセットし、ラパラを結んだ。 1投目にガツンと当たったけれど、ビックリして合わせられずにバラシ。 何投か投げているうちにまたもやガツン。 2度目だからね、と落着いて合わせるとギュンギュンと竿を絞り込む。 ドラグを鳴らす。 ひょっとしたらさっきのおじさんが言っていたルスィオかな、と思いながらリールを巻くと上がってきたのは、、、“パイクだっ!”。 ワニみたいな平べったい口と歯、モスグリーンの体色は間違い無くヤツ! もちろん日本にはいないから初体験。 やや興奮しながら写真を撮っていると、釣り師らしきおじさん登場。 がらがら声で“ルスィオ”と一言。 こいつがルスィオか。 昔から、開口健の著作を読み漁っていた頃からいつかパイクを釣ってみたいって思っていたけれどまさかここで実現できるとは思わなかった。 手のひらを当てると、一つ二つ三つ…60cmだ! 

一通り写真を撮り終えて、緩やかな流れに魚を戻し終えてからどきどきばくばくと心臓が響きはじめた。 まさかはじめて来た国のはじめて来た川で日本にはいない憧れていた魚をはじめて釣っちゃったんだから、これが興奮せずにいられようか!! それに僕の釣り竿は上流域ででマスを釣るための物だ。 60cmの魚が掛かったんだから、そりゃぁぐいぐいしなったのもうなずける。 何が釣れるかわからないからと、ソルトウォーター用の8ポンドラインを巻いておいたのが救いだ。 しかしこのラパラも1回のフッキングで傷だらけとは、すごい歯だねぇ。 

ルアーを換える。 ちょっと陽射しがかげってきたから、より強くアピールできるように金色のカラーに換えた。 するとホラ、いきなりだ。 またさっきにも増して重たくひき込む。 無理せず充分時間をかけてから上がってきたのは明らかにさっきのより一回りほどデカイ。 手のひら4つに欠けるから70cm以上の大物! 

その後も銀色スプーンのトビーにかえてまた60cmほどのルスィオをゲット。 感が冴えまくって、ルアーローテーションが大正解。 それにしても興奮したね。 いやぁ、これからしばらくトルメス通いが続きそうな予感。。。

ちなみに2匹目と3匹目の魚はさっきのおじさんが欲しいと言うからあげました。 それにしてもこちらの人は粗末な道具でも大切に使っていて本当に好感が持てます。 傍目には乱暴なのだけれど、今日のおじさんなんか相当古いABUのスピニングリールをカタカタ言わせながら使っていたし、日本のように大袈裟に道具だけ揃えていないのは見ていて本当に気持ちが良い!(同じようなことを去年のアメリカでも書いたな。。) “これは日本から持ってきたのか?ちょっとデザインがちがうなぁ”なんて言うから、“使ってもいいよ”と答えると“俺は自分のがあるからいい”。 この辺の頑固さも相当僕好みだね。

***

この道具は日本から持ってきたのか?

そうだよ。 日本にはこう言う言葉がある。“水がある場所に行くのに、釣り竿を持たないやつは馬鹿だ!”

僕が3分前に作った言葉だけど、彼は「ああそうか」と頷いていたから、これで日本人に対する誤解がまた一つ増えたことになる。


Mark y Thomas

03/19

今日はじめてルスィオを食べた。

4時過ぎから6時半くらいまで今日もトルメス川にで一仕事してしまった。 昨日に比べると随分小さく思える50cmくらいのを2尾と、なんとコイまで釣ってしまった。 コイをルアーで釣ったのははじめてだからビックリ。 ちなみに今日はトーマスとマルクにも時間と場所を教えておいたから、後から二人でやってきた。 僕の釣り竿を貸して順番に使った。 二人とも釣りははじめてといっていたけれど、トーマスは40cmほどのルスィオを釣ってしまったから、“俺の人生ではじめて釣った魚だ!”と大はしゃぎだった。 もちろんこれは小さいから(!)といって即リリース。 マルクは残念ながらボーズ。

別れ際、おしゃべりトーマスが柄にもなくしゃれたことを言って右手を差し出した。“楽しい経験を本当にありがとう Muchas gracias por experiencia agradable!”。 そうだよなぁ、楽しいよなぁ。 僕らは1ヶ月前は何の接点もなかった。 それがトーマスなんて生まれてはじめて、スペインで、日本人と一緒に、魚を釣ったんだもんなぁ。。。

***

今日は僕の釣った2尾を持ちかえった。 昨日リディアに釣った魚はどうしたの?ときかれて川に戻したよと言ったら、何てことするの持ちかえりなさいよ私が料理するわよぉなんて言われたからね。 でもリディアもラウリアーノもカルメンもルスィオのことは知らなかった。 ぺぺは知ってたけれど食べたことは無いって。 それで今日持ちかえったら、その姿を見て“これ本当に食べるの?”だって。 一応こっちもせっかく持ってきたんだから引き下がれないし“これはドイツでだって食べるんだよ(トーマスが言ってた)、それにイギリスでだって有名だし(本で読んだ)、去年カナダ行ったとき友達が食べてたよ(これはウソ)。料理も簡単なんだ。切って焼いてレモンで食べるんだよ(そんな気がする)。”と応戦した。

はたしてリディアは僕が言った通りに料理した。 彼らは三枚下しなんて高度な技術を持ってはいないから、はさみでお腹をジョキジョキと切り、内臓を出し、頭を取り、鮭の切り身みたいにブツ切りにして焼いた。 これがうまぁぁぁい! やっぱり日本人の魚に対する素直な感覚は素晴らしいね。 ホントにうまいんだから!

食べ終えてリディアに一言。“僕が思ってたよりもおいしかったよ El mas bueno que yo pienso!”。

***

文法のクラスを担当してるトニィに週末は何してたのときかれ、釣りの話をしたらそいつはすごい、でもライセンスはもってるの?って。 ライセンスってなに?? マリアに聞いてごらん、彼女釣りが好きなのしってるでしょ。 会話クラスが始まる前に聞いてみた。 “ねぇマリア、ライセンスってどこで買うの?高いの?”。

学校があるトロ通りのすぐ近く、教会の裏側にある釣りや狩猟など自然環境に関する事務所“コンセへリア・デ・メディオ・アンビエンテ”の2階で手続きをした。 必要な用紙をもらい、パスポートに準じて内容を書きこむ。 外国人で、ヨーロッパ・ユニオンの国の出身でなく、スペインに居住権もないから、“P2”だ。 しめて3660ペセタ、日本円にして2500円程度。 これで1年間、カスティージャ・イ・レオンと呼ばれる中央スペイン一帯で有効なんだから安いもんだ。 だって日本では例えば川でも湖でも1日で2000円くらいの入漁料が普通なんだから。 僕が日本では海釣りメインに切り替えた理由の一つもこれだ。 1日釣りをするだけで2000円なんてどう考えても馬鹿げてる!

そうそう、釣りをしているときトーマスが不思議なこといってたなぁ。 “日本でも釣りのライセンス取るときにテストするの?” 何言ってるのかはじめはわからなかった。 “テスト?釣りするのに何のテストがいるんだ?” と言うと猛然と今度は英語でまくしたてられた。 トーマス、よけいわかんないよ。。 彼が言うには、ドイツでは自然保護を第一義として、また魚についての一通りの知識を身につける目的でライセンス取得に際し、テストがあると言う。 トーマス、ドイツが環境保護の先進国なのは知っている。 でもたかが釣りだぞ。 たかが釣りにそこまでしなくてはならないくらい君の国の環境はひどいのか?

早口の英語だから彼の反論は詳しくはわからなかったけれど、僕の個人的な意見としては、そこまでするのはやりすぎだ。 本来個人的な活動は限りなく自由であるべきで、その結果個人が例えば死にいたったとしてもそれもやっぱり自由だと思う。 ただし今はもうすでに個人の自由の前に社会的な規制を加えないといけないくらいモラルが低下しているということなのかなぁ。 日本も自由を奪われたくなかった個人レベルでもっと自覚していかないといけないね。 そうしないと近いうちにドイツみたいになるかもしれない。

もう一度僕の個人的な意見を言っておくと、ドイツの規制は行き過ぎだ。 そうなる前に個人の意識が社会のバランスを取っていかなければならないと思う。 日本は今ひょっとしたら自然破壊の大国になろうとしているのかもしれない。 しかしヨーロッパはすでに“近代”を成立させるために僕らでは想像がつかないくらいの破壊を経験しているんだと思う。 そういえばトーマスはチェコ国境まで30kmの旧東ドイツ出身だと言っていた。 いまだにトラバントも走っているとも言っていた。

***

ぺぺに日本の釣りの道具を見せてくれと言われ、釣り竿を取り出したら先端が折れていた。 理由がわからない。 アルミのケースに入っているから落としたくらいでは折れたりしないのに。 この竿を折ったのは3度目だ。 思えばこの竿ではいろんな魚を釣ったなぁ。 トラウト(マス)はもちろん、ブラックバス、ウグイ、ワタカ、セイゴ、メバル、イワシ、サバ、アジ、ハゼ、そして今回のルスィオ! ウルトラライトのパックロッドでこれだけ釣ればなかなかでしょ。 日本に帰ってからまた“うらしま堂渡辺釣り具店”でパーツ交換してもらおう。 明日は代用の安い釣り竿でも探そうか?


Los pescadores de Rio Tormes

03/20

“マリア、昨日もルスィオを釣ったよ。 しかもトーマスも一緒に。” “それでまさか食べたりしてないでしょうね。” “おいしかった。” “何いってるのサラマンカの魚なんか食べちゃダメよ。” “でもトルメス川のほかのペスカドーラ(釣り人)は食べるって言ってたよ。” “お願い、やめてちょうだい。”

ルスィオの味は、昨日が最初で最後となった。

“ねぇ、私はめったにルスィオなんて釣れないのよ。 今度一緒にいきましょう。 次はいつ行くの?”

***

クラスが終わってからいそいで釣具屋へ向かった。 スペインはいまだに2時から4時までシエスタでほとんどの店が閉まってしまう。 クラスが終わるのが1時ちょうどだから急がなきゃ。 トーマスとマルク、そしてクラウディアまで一緒についてきた。

ラウリアーノからグラン・ビア通りにお店があると聞いてきたけれど、いまいち場所が良くわからない。 “ペルドン、セニョール。 釣具屋さんの場所知ってますか?”

随分とレトロな竿を見つけた。 昔なつかしい茶色いグラス製でグリップはなんと木製だ。 コルクじゃないよ。 適合ルアーの重さ表示もないから恐らく本来投げ釣り用の小物竿だろう。 アンティーグァなイメージにひかれて値段を見ると3500ペセタ。 スペインでももちろん安い部類の釣り竿だ。 古めかしくかすれたシールのラベルには下のほうに小さく MADE IN JAPAN と書いてある。 うたい文句は“Best Quality Engineering Tubular Glass Rods”だ。 日本でだってこんな釣り竿はもう売ってないだろうなぁ。 スペインの釣具屋で出会ったのも何かの縁だ、おじさんこいつを僕にくれぃ!

***

夕方、新しい竿を持って釣りに行こうとしたら雨がぱらついてきた。 残念、今日は部屋でイメージトレーニングだ。 

確かどこかの大学でスペイン語の先生をやっている木村なんとかさんが書いた“スペインの鱒釣り”という本を何年か前に読んだことがある。 ヘミングウェイの釣った川をめざし、川原で日射病に倒れ、釣具屋のおじさんが巻いた秘密の毛鉤に感動し…といったことが書いてあった気がする。 この近くではトルーチャ(鱒)は15kmくらい北にいった川にいるらしい。 ラウリアーノもマリアもそう言っていたけれど、バスだと行きにくいって言うから交通手段がない。 やっぱりあるって行けるトルメス川で大物のルスィオを狙うのが一番だ。

明日晴れたら、やっぱり夕方トルメス川に向かおう。 今日釣り竿と一緒に日本の倍以上の大きさがあるスピナーを買ったから、明日はこれを結んで第一投を投じよう。 願わくば、新しい竿が手元から満月のようにしならんことを。。


Vamos a pescar todos los dias!

03/21

昨日の雨のせいか、トルメス川はいつもより少しにごっている気がした。 こんな日はルアーのアピールを高めるためにちょっと派手な色のほうがいいけれど、水温も下がっているはずだからいつもよりゆっくりめのリトリーブが必要だ。

はたして僕の新しい釣り竿はギュゥイィィィンと絞り込まれて65cmのルスィオが手元によって来るのです。

僕じゃないよ、トーマスが今日も釣りに行こうって誘ったんだよ。 僕はホントは勉強だけしてたいのにトーマスがどうしてもっていうから仕方なく釣りに行くんだよ。 あぁまったく困るなぁトーマスは。。。(笑)


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Have a good activities and peace!