Last of the Pieces: Heart & White
TOPへ


Back:第三季「秋雨のコンチェルト」

最終季「冬日のシンフォニア」

第零雪・序「名も無き国」

 その世界には、色が無かった。勿論色なんて人間の持つ主観映像の付属要素に過ぎないから、その世界に住む人々の見える物に色が無かった(光の白と闇の黒、そしてその間の灰色と言う風に、明度は理解できたのだが)と言う事だが、人々はその世界で、色が見えないだけでなく他人の心の色も見えないのだと言う風に疑う心を抱いてしまった。その疑心暗鬼は次第に膨れ上がり、遂には国家レベルでそのお互いを拒絶する心理は影響を及ぼすようになった。同じ部族同士でさえ信用が危いのだ、実際僅かの短い間に行われた国際的な交流は余りにも血生臭いエピソードで綴られていた、部族間交流なんて物は夢のまた夢、そう判断した各国首脳陣は国家間交流禁止条約を成立させた。それ以降、国と国は全く交流を絶った。人の心の色を見る事の出来る日が来る事を祈って。色が見えるようになったとして人の心の色なんて見えるわけが無いが、そんな現実的過ぎる寂しい考えを持つにはその世界の人々は余りにも無知で、そして純粋だった。
 同じ国の中でも、亀裂は大きくなっていってしまった。血縁が遠くなれば成る程、人々はお互いを他人、自分に関係の無い、必要、の無い人間と見るようになった。必要無いと判断した人間された人間が互いに命を、或いは住処を奪う、そう言った事を平気でやるようになった。そして国は、部族国家から家族国家へと編成を変えた、極々少人数の共同体が、村、と呼ぶ事すら憚られるような、小さな小さな生活環境が作られていった。
 だがそれは所詮国のデフォルメを量産したに過ぎなかった。元々は同じ国だった沢山の小国家、それはお互いが余りにも近付き過ぎていた。毎日のように戦争行為が行われた、そして、規模が小さい国はどんどん果てて行った、勝者となった国も拡大しては分裂を繰り返し、圧倒的な大国家が成立すると言う事は無かった。
 とある一地域で、元々全体が国家であったその一地域である家族国家が生き残った。その家族国家は国家間交流禁止条約を破り、世界の調査を始めた。だが、驚いた事に、世界にはもう、人が居なかった、自分達以外に生き残れた者は存在しなかったのだ。それは、他国家地域に超破壊兵器開発に成功してしまった集団が居たせいだった。生き残った人々は余り科学力が強くは無かった、只、他の国から逃げる事が、平和を見つける事が上手かったから生き延びる事が出来た(野心を抱いた他国家がこの国の殲滅よりも外国の侵略に目を向けて去って行っていた事も幸いした)と言うだけだからその科学兵器の詳細は分からなかったが、一国家を丸呑みに出来る程の破壊力を持っていたらしい事は分かった、元々国家が有った他の地域は、全てが全て海になっていたからだ。人々はそれを、涙の海、と呼んだ。

第零雪・中「悲しみの無い世界へ」

 子供が生まれた、黒い瞳の子。白い瞳の彼らにとって、それは神の干渉とも思える出来事だった。世界が今のように崩壊寸前に陥る前、神話が彼らに伝えていた希望的世界観が有った、黒い瞳の子は、色を知ることが出来るであろう。最後の家族、彼らはその子供が大きくなって言葉を持って彼らに神からの希望の伝言を示してくれる日を待った。そしてその日は来た、家族の長は、彼女に尋ねた、世界の色を見ることが出来ているのか、そして、我々の心の色は見えるのか、と。彼女は、躊躇いがちに頷いた、はい、見えています、色は見えます、でも、人の心の色は見えません。結局のところ、人の心の色なんて物は見る事が出来ない物だったのだ、では一体、我々は何の為に滅んだのだろう、色が有ろうと無かろうと人の心の色なんて見えない、我々は、人の心の色を見る為の心の目を持つ様努力をしなくてはならなかったのに、その努力を放棄し、ただ、人の心は見える物、色を見る事が出来さえすれば簡単にお互いの気持ちが分かり合える物と言う当ての無い幻想に酔っていた、逃げていただけだった、その逃げ込んだ先が、この世界を放棄して一生完全に分かり合うことの無いと言う今ここに教示された現実からの永劫の隔離を図った先が、死の世界、今この星に広がっている、生の無い世界、天国だったと言う事か。もう生有る世界、人の世を取り戻すには我々は遅すぎるだろう、だが我々は、これから折れた翼の天使に成ってしまう前に、この折れていない手足、この折れていない眼差しで掴み取れるかも知れない、踏み締められるかも知れない、見付けられるかも知れない、本当の、天国を。彼の導きの元に最後の家族は、最後の希望を胸に世界を歩み始めた、この黒い瞳の少女が安息出来る楽園を求めて。
 少女が生まれてからの十年間、最後の家族は世界の探索をして来た、この黒い瞳の子の生まれた原因、意味がこの世界の何処かに隠されているのかも知れない、そう信じて。だがそんな物は何処にも見つからなかった、そうしている内に、更に黒い瞳の少年少女が生まれていた、最初の少女が生まれてから五年後に、少年と少女が生まれ、そしてそれから更に五年の後に、最初の少女と同じ父母を持つ妹に当たる少女が生まれた。彼らは何か世界に重たい使命を持って生まれて来た、十字架を背負って生まれてきた少年少女なのかもしれない、彼らの年齢の在り方に十字架を見た家族の一人がそう言った。その家族は、国の名前を付けることにした、エイリヴェル、『早すぎた祝福』と。我々白い瞳の人間はこの世界に祝福されて生を受けるには早すぎた、そんな意味を込めて。国旗も作られた、国旗はこの少年少女たちにちなんだデザインの物になった。最初の少女ベアトリクス、二番目の少女アイネ、少年ハイエル、そして最後の少女シェリス、この四者の名がそれぞれ十字架の四つの先端に年齢に呼応させるようにして置かれた、最初の少女を北方向、二番目の少女を西、少年を東、最後の少女を南、と言う風に。エイリヴェルの名はこの四者の名前を合わせて作られている物であったので、西、南、北、東の順に四つの端が一つの折れ線で結ばれていた、アイネのアイ、シェリスのリ、ベアトリクスのべ、ハイエルのルが名前の中でハイライトされても居た。その国旗はこの美しい瞳の子供達の住むべき場所を見つけ出してみせる、と言う家族の決意表明の、彼らへの深い愛情の証だった。
 その決意が、遂に試される日がやって来た。シェリスが生まれて更に十年後、長年世界探査に参加して来たベアトリクスが或る遺跡の壁に浮かび上がる絵を発見したのだった。それは黒い瞳の人間にしか見る事の出来ない、虹色の十字架だった。

第零雪・跋「夢の名前」

 一度に乗れる人数の少ない探査飛行船で、国に居た家族は何回かに分けて全員その遺跡に運ばれた。虹の十字架を中心に涙の海を割って現れたその遺跡は存在その物がこの世界に色が無い事への回答だった。白い瞳の人々の色は無いのではない、有ったのだ、この遺跡と繋がる異空間に封印されていると言う事だったのだ。しかしその空間にまともに入り込めるのは、黒い瞳の子供だけらしい事も分かった。十歳前後の子供が一人、十五歳前後が二人、そして限り無く大人に近い子供、限り無く二十歳に近い十九歳、二十歳の誕生日の前日に在る者が一人必要とされていた。この四人に該当する、或いは該当する事になる子供が今、この家族には居た、それに呼応するように、その四人を呼び寄せるようにこの虹色の十字架は遺跡周囲の涙の海を割って浮かび上がりベアトリクスにその存在を知らせたのだった。白い瞳の子供、また瞳の色に因らず二十歳以降にこの空間に足を踏み入れた者は人間では無くなってしまうらしい、人間で無くさせられる者は、その空間から逃れたいと言う、その空間での苦しみを軽減したいと言う願いからその願いに応じた生物に変化してしまうと言う事だった。恐らくこの遺跡を隠していた国家、今は海になってしまったその国家はこの遺跡を調査しただろう、調査隊を送り込んだろう、しかし今ここに浮かび上がっている虹色の十字架の言葉を聞ける者(ベアトリクスは虹の十字架に触れるだけでこうした事を読み取れた)は居なく、こうした事実を知る事は出来なかったので何故彼らが帰らぬ人となったのか分からぬまま、何時しかこの遺跡を封印凍結してしまったのだろう。この遺跡が無傷で残っているのが不思議な程この一帯は綺麗に溶けてしまっているのでそう言った事を調べる事は出来ないが。また、誰であろうとこの世界の記憶は子供の時の記憶の一部以外は奪われてしまうらしかった、世界と自分との境界線がはっきりしている大人としての記憶、特に人に関する物、自我境界の明確さを与える他者への記憶認識は強く消去され(るが、もはや自分と不可分である、自分の大いなる一部である最愛の他人の欠片、受け取った言葉や共有した歌等、絆の記憶は最低限の心の聖域として遺されるらしい)、永遠の子供としての活動を強制されられると言う。つまり、四人はこの呪われた無色世界を捨てて、輝ける七色世界へと羽ばたいて行けると言う事なのだろう、その先にどんな恐ろしい試練が待ち受けていたとしても。家族達はそう判断した。
 その計画はプロジェクト・ホープと呼ばれた。希望の計画、子供達をその空間に送り込む、と言う、それだけの事だったがそれは家族全員の夢だった、何も無い、夢も希望も無いこの世界での、たった一つの小さな光、宵闇に浮かぶ小さな星だった。十歳の子供、シェリスはH、Holy(神聖)、十五歳の子供、アイネはO、Original(創始)、ハイエルはP、Pacific(平和)、そして二十歳の誕生日を一週間後に控えた子供、ベアトリクスはE、Eternal(永遠)、そんな夢の名前を与えられた。
 まず、虹の十字架の託宣に従い十歳の子供、シェリスが空間に送られる事になった。シェリスはまだ子供過ぎたので、その空間に何が有るかと言う事は明確には伝えられなかった、ただ、直ぐにお姉さんお兄さん達が迎えに行くからね、とだけ言われて、数年前病死(超破壊兵器の空気汚染による物だとされた。全員の体に潜伏してしまっているのだろうし現在でも数名は発病しているが、そもそも兵器の詳細が不明なので治療法も分からず終いだった)してしまって親の居ない彼女はこの世界を後にした。ベアトリクスは、恐らくあの子はまだ子供だから、幻想としての、顔さえ分からない親を心の支えとして記憶の中で生き返らせて、そして生きている私の事はどうしても忘れてしまうのでしょうね、と思った。しかし私の事は忘れてくれた方が丁度いい、彼女はそう思う、何故なら彼女は知っていた、自分は人間としては向こうでは成立しないであろう事を。要求される年齢が一番精密で危険な年齢だからだ、二十歳を境に人では無くされる、だからと言って二十を間近に控えた自分が真っ当な人として存在を許されると言う事は無いだろう。恐らく何か別の物にならされるのだ、それこそ、永遠に。彼女は妹に告げた別れの言葉を思い出す、笑顔を忘れないでね、笑えないで居る誰かの分も、笑って歩いてね。私はあちらの世界で人ではなくなる、だから、笑えない。笑えない誰かとは、自分の事のつもりで言ったのだ。だがきっとあの子は約束を護って私がそうなってしまっても私の分まで笑ってくれるだろう。私は、あの子のそばに居る事が出来なくても、あの子のその笑顔は見る事の出来る者になりたい。あの子の笑顔を見る事が出来たなら、笑う事の出来なくなった私も人の笑みに相当する何らかが出来るだろうから。その笑顔を、祝福する事が出来るだろうから。
 そして二日後、アイネが送られる事になった。アイネとハイエルは、世界を調査して回っているベアトリクスと比べて、調査に参加していない大多数の家族と共に居る事の多い子達だった。その為、彼らは自分達に見えている色の有る世界、その中でも特に美しい空を歌った歌を、よく家族の皆に聞かせて心を潤わせた。彼らは歌での関係だけではなく、好き合っている事がどの家族にも明白だったので、シェリスが旅立った次の日の夜、半ば強制的に二人きりで夜を過ごさせられた。彼らは夜通し歌を歌っていた様だった。朝になっても、恐怖に泣き疲れて眠ってしまったアイネの為に、ハイエルは静かに、優しく歌を歌い続けていた。
 それからまた二日後、ハイエルが送られた、先の二人が送られる時、其処に現れては消えた虹、遺跡から空へと繋がっていた灰色の虹の有った場所を睨み付けるように見つめていた彼が。
 そしてその二日後の今、ベアトリクスは最後の子供としてこの世界から旅立とうとしていた。ベアトリクスは家族の長に話をしたい、と最後の夜に言った。エイツヴェイク様、昔私に聞かれましたよね、心の色は見えているかって。私、今なら見えます、こんなに私達の事を愛してくれたみんなの心の色なら良く見えます、白です、純粋な白、空に浮かぶ雲の様に、空から降り積もる雪の様に、綺麗で混じり気の無い、白です。そこまで言ってベアトリクスは泣いてしまった。家族の長エイツヴェイクは、彼女をあやすように言った。こらこら、一番年上のお前が泣くなんて、他の子供達に示しがつかないじゃないか。彼女は返す。だって、みんな雲や雪のように消えて行ってしまうんでしょう?私が旅立ったら、みんなで死んでしまうんでしょう?
 あの話を聞いてしまったのかいベル、この遺跡のエネルギーが尽きて海の底に戻る時、皆でそこに留まっていようという話を。でもね、エイツヴェイクは笑顔を崩さず、彼女を優しく包み込みながら言った。
「でもね、この世界で、消えてしまわないものなんて無いんだよ。消えてしまうものが有るから、新しく生まれてくるものが有るんだから。雪が消えた後、そこから芽が出れば、それでいいんだ、雲が消えた後、そこに青空が広がっていれば、それでいいんだ。君達は私達の新緑だし、青空だ、私達は色なんて見る事は出来なかったけれど、君達と言う美しい物を見る事が出来たんだ。それで十分さ」

 翌日、皆に見送られる中、彼女は別れの言葉を口にした。
「惑星シエラ、『虹』を意味するこの星の名にふさわしい七色の世界を目指して。Eternal、ベアトリクス。行って参ります」
 その言葉は淀み無かった。

第一節「赤」

 赤い、赤い血液の羽根を生やした人々が天高く飛び散っている。
 どうしてなのだろう。

第二節「橙」

 橙色の太陽が人々の静寂を焼き殺しながら明るい。
 明るさが悲しいだなんて。

第三節「黄」

 黄色い砂の人々が悲しく笑う、泣く代わり。
 涙を流し過ぎ、乾いたからの砂の体。

第四節「緑」

 緑を汚し侵し殺し潰し薙倒し人々は何処へ。
 貴方がたの楽園は、一体何色なのですか。

第五節「青」

 青い世界に生きている人々が生きて散るのが
 大空への、青い花火で有ればと何時にも願う。

第六節「アイ」

 星の七色の悲しみを読む子
 そして、青き星の青さを潰えぬ永遠の導と知る子
 聞きなさい
 私と言う存在は、かつてエイツヴェイク、『希望の器』を名乗って四人の子供の為の色をその身に封じ込めた魔道士の最後の欠片です、私自身の魂では有りません、私の作った自分の幻影です
 これから私の遺言を伝えます
 尚、貴方はこの伝言の後新たな存在として正式に誕生します、今は生まれる前の赤子です、それでも意識だけははっきりしていると思いますが、私に対する返答は残念ながら出来ません

 我々人間は知るべきではない八番目の色を見てしまいました
 黒、人の心の中の黒を見てしまいました
 我々には魔法が使えました
 その魔法は人の心の黒を除去する事が出来ました
 がしかしそうすると星がその黒を取り込んでしまいました
 星が、黒い心を抱いてしまったのです

 星は、黒い心を抱いた星は我々新生人の心の白さに嫉妬し、
 今度は我々を自分の中に取り込もうとしました
 その人間の捕食の為に星が作り上げたのがこの異空間です
 いえ、これは星の心そのもので有るのかも知れません
 星は貪欲に人間の心を食らい、黒い心を白に近付けていきました
 だがしかし、その白の量、人の量にも限りが有ります、
 完全に白い心を手にする事は不可能であると星は悟りました
 星は、嘆きました、稲妻にて叫び、驟雨にて泣きました
 そして星は深く深く心閉ざしてしまいました
 黒と白で灰色に染まったこの場所をそのままにして…
 
 生き残った我々は或る事に気付きました、色が消え失せていたのです
 世界の色が、星が心を閉ざしたが故に消えてしまったのです
 我々は、魔法が使えました
 その魔法で我々は色が見えていた、という過去を、我々が魔法と言うものを使えていた事、星が心を持ってしまった事まで含めて全く無い物として除去しました、勿論魔法に関する物的証拠も魔法によって消してあります、色を知っている我々にとって色の無い世界で生きていく事は余りにも辛過ぎました
 その後の過去を無くした我々は、過去が無い、とは言っても今まで色や魔法無しで歩んできたと言う事に疑いを持たないだけの偽りの過去は持っていました

 本当ならこの事は私の様に本来の過去の記憶を持っている人間が断定で語る事は出来ない筈です
 何故なら、我々はそれを体験していないからです
 過去を全く無い物として除去した我々とその過去をちゃんと過去として認識していた我々はもはや別人です、そしてお互いが干渉し合う事も出来ません、我々は、我々自身と袂を分かったのです
 ただ私の場合はここからずっと世界を見つめて来たので彼ら、もはや他人である我々の言動からその事が判断できたのです
 それで、その決定的な精神的自殺の前に、我々にはやっておかねばならない事がありました、
 心を閉ざしてしまった星の笑顔を取り戻すきっかけを作る事です
 我々はもう死のうとしているのですから、過去を無くして生きていく我々にその笑顔の回復を託す事にしたのです、正確には、過去を無くして生きていく我々の希望の子供達、貴方達に、ですが
 我々は全人類の魔力を結集しました、そしてその魔力で色を作りました、七色の虹を
 その虹は星の心に届きました、星がその色を受け入れたのです
 色は星に吸収され、こちら側の世界から見る虹は灰色に沈んでしまいました、
 しかしそれは成功の証である事は間違い有りませんでした

 我々は星との対話に成功します、かなりの魔力を使い切った我々は魔力によって保っていた心の白さを失い星と近い存在にまで堕ちたから星も少しだけ心を開いてくれたのです
 星は要求を突きつけました、自分が美しい心を持てないのなら、せめて自分と永遠に生きてくれる美しい心の持ち主が、色の見えない世界でも色の見えている子供達が欲しいと
 心閉ざしてしまった自分を、七色の希望へと導いてくれる天使達が欲しいと
 我々は彼らを星に捧げる事を約束しました

 我々は星に色を少しだけ返してもらう事になりました、少しと言っても、星の持つ色の中で最も美しい部位を全て削り取ってやっと抽出出来ると言う様な、星の純粋さの全て、莫大な原石の中の寡少な宝石でしたが
 その色は星の要求した四人の子供達が一生見続けられる量の色でした、ここで言う彼らの一生とは、星と共に歩んでいく途方も無い、限り無く永遠に近い年月の事です
 それを管理する者は、人類の中でたまたま最も残存魔力の強かった私になりました、たまたまとは言っても、この虹の有る場所から最も遠い地域に住んでいた私を含む者達の魔力は積極的には集められなかった、と言う理由はあるのですが
 ともかく私の周りで生まれた四人の子供だけ色が見える事になった筈です、貴方がそうであるように
 そして『希望の器』に選ばれた私は、自分の幻影を、つまり今ここで語っている私を虹の中に遺しました、貴方にこの悲劇の真相を伝える為に
 最後に、貴方がた子供達を捧げるに当たって我々はこの契約含む自分達の色が見えていたと言う事に関する記憶を全て消去してしまうので我々が彼らを引き渡すのは無理だ、と言う事を伝えると星はそれを了承しました、彼らは自分で導く事が出来るから構わない、
 と言うよりも、自分の方からもそれはお願いしたい、この契約を結んだ後、つまり純粋さを失いまた黒い心になってしまった後自分は間違い無く貴方がたや大地を食い尽くす事になるから、その痛みその悲しみを忘れる意味でもそうして置いて貰いたい―
 もはや我々に生存の道は無い、それは何処かで我々全員が覚悟していた事でした―それでも束の間の心の平穏が得られればと、色を、魔法を、自分たち自身を忘れる決断をしたのですが、そう残酷に、そう悲痛に言い放たれた星の言葉でその決意を新たにした我々は、星の純粋な部分を受け取り、そして、過去を消し、今までの我々を殺しました

 その後、純粋さを失った星は過去を失った我々同様まるで別人の様に活動を始めます
 まず、色の見えない世界で色が見えている子供が一体どんな風に扱われるかと言う事を考えてみた時、恐ろしい考えしか浮かばなかったのでしょう、星はその子供達をどうしても護ろうとしました
 それ以前に星は残りの人間を全て食い潰す予定だったでしょうが、この理由、黒い暗い心に差し込む唯一確かな光の為で無ければここまで即座に人間を味わい尽くす必要は無かった筈です、今現在の黒い心の星と対話をするのは不可能なのでこう言った事はどうしても推測なのですが
 それで星は過去を無くしてからの我々の心に芽生えた、色が見えたなら心の色も見える筈と言う、つまりは過去を失う前の我々の色が見えていたと言う記憶と全く同等の苦しみの元となる考え、結局我々は色の無い世界での苦しみから逃げられなかった訳ですが、それを利用しました
 本来見えるはずの心の色の見えない不安で我々がお互いに拒絶し合っているその事実を
 そして私と近しい人間だけをこの世に残そうとしたのです
 結果その目論見は成功します
 星が魔力の虹周辺に住む人間に与えた超破壊兵器、以前と同様黒い心を少しでも白くする為の人を吸収する力でも有りましたが、それ以上に異空間に子供達が遊び回れる大地を取り込む為に人を大地ごと吸収できる力にまで強化した魔力の塊、それで以って人類は全員、私の近隣者以外は全員が消滅しました
 虹、星の子供の受け入れ口から異空間に入るのでは無い人間達は“消滅”します、それは星の捕食であり、人間の心も体も全て消化し尽くしてしまう過程だからです、記憶を失ってからの我々で虹の道を通って異空間に入り込んだ者は中途半端に存在を受け入れられ、消滅してしまうと言う事はありませんでしたがその存在を歪められてしまいました、鳥だとか、木だとか、とにかく人ではない形に、その者の心を、入り込んでしまった訳の分からない場所から逃れたい、そこでの苦しみを和らげたいと言うその心を顕す形に
 私達が消滅せずに済んだのは私達の住む場所はその魔力兵器の位置、つまり虹の位置から最も離れた場所であった為です、その場所を最後に狙おうとした魔力兵器使用者達は星自身の魔力兵器行使により消滅させられたのです、我々の作った虹の守護殿だけを消滅させないようにして
 ちなみに、この虹は星が異空間へ人間を送り込む時以外には視覚出来ない物でした、虹の魔力の供給者星がその時以外には虹を仮の状態にして魔力を温存していたからです、ただ異空間での虹はその存在が貴方がた子供達の試練の為でもあったのでその試練時にも星は虹を発現させていた様です、特別に色を感じ取れる貴方がただけが見える形であったらしく推測する事しか出来ないのですが
 それで、星が何故作業のように自分で一気に私の近隣者以外の人間を消去しなかったかと言う点については、星が黒い心の子供であったから、と言う事で説明できるように思います、多分星は人間で遊んだのです、人間を人間に殺させて遊んだのです、私の居場所の安全性も星の遊び心をくすぐったに違い有りません、子供の受け入れ口である虹から全く取り込む必要の無い筈の人間を徒に何百人も取り込んだ事もこの推測を裏付けていると思います、星は恐らく黒い心なりにこれから来てくれる子供達のように振舞おうと考えたのでしょう、何にせよ、記憶の無くなった我々の悲劇は変わり様がありませんが
 私と私の近隣者の子供達を異空間に送り出してからの処分に関しては星は徐々に身体を蝕む食べ方で対応しましたが、それ以前に私達は集団自決の道を選んだようですね

 …これで我々と星の悲しい因果についての話は終わりです、それと、貴方は覚えていないでしょうが実は貴方との一方的な会話はこれが初めてでは無く、私達、話がややこしくなるから貴方がたと言うことにします、貴方がたが星の呼び掛けに応じて虹の守護殿に集った時、貴方は私の意志、意志とは手紙のような物で対話が出来るような存在では無かったのですが、それの宿った虹の十字架に触れ事の真相には触れない程度にこの世界の秘密を聞かされた筈です…あの時全てを語ってしまっても良かったのですが、貴方がた子供達を導いてきた彼らが最期にこんな悲惨な事実を知ってしまっては死んでも死に切れないだろうと思ったので止めました
 よくぞここまで頑張ってくれた彼らをこれ以上苦しめるような真似はしたくない、何より、彼らは我々自身なのだから、そう思うと、どうしても真実をあの時語る事は出来ませんでした
 こんなどうしようもない結末を導く要因を作った我々の存在を知られるのが恥ずかしかったのかも知れません
 それだから貴方に色々詮索されないようにと私はあの時自分自身で対話するのではなく意志と言う手紙を貴方に送ったのです
 本当は、私の分身が愛した貴方とは一度は対話したかったです、でも、もはや何もかも手遅れですね

 最後に、これはあの最初で最後の星との対話の時に直接聞いた事なのですが、何故、永遠の子供を欲した星が今の年齢の貴方達を選んだのか、と言う部分に触れておく事にします
 子供達、貴方を含めた希望の子らは基本的に子供と呼ぶには年を取り過ぎ、また大人と呼ぶには幼いくらいの年齢に在る者ばかりですが、星がその年代の子を求めたのには理由があります、星は、子供と大人を同時に求めたのです
 星は子供の純粋さを大人の力強さを欲しました
 がしかし星は大人を完全に受け入れるには幼すぎた為、貴方がたが大人として生きた部分の記憶を奪いました、星は、大人になりたいと思うと同時にずっと子供のままで居たいと言う願いも捨てきれない、丁度貴方がたと同じ様な、いえ貴方がたより少し下の精神年齢に当たる存在なのです、星は貴方がたを模範としてこれからを生き、成長していきたいと思っているのです
 星が持っている心は人の心と同質の物ですから、恋愛への興味も有る様で希望の子らの中にそう言った感情を抱き合っている二人が居る事に心ときめかせても居る様です、星が求めた四人を作った魔力の中に組み込まれた筋書き通りに二人が愛を抱き合っていると言うのは少し空しい事ですが
 求めた四人中三人が貴方の様に女性と言うのにも理由が有ります、それは星が新しきを産み落としていく存在だからです、女性は異性を男性を必要としますが新しい子を産むのは女性の体です、星は異性を必要としないにせよ女性的無性である究極母体です、だからこそ母体を持ち得る女性により共鳴するのです

 これら全ての宿命に基づき、今貴方と貴方の友達がこちらの世界に居るのです
 貴方の友達は星の異空間の中にいます、その存在の強さ気高さを死に至る試練にて試され、その試練を越えて肉体を離れた永遠の意識体と化して
 貴方は既に意識体ですが、貴方の居場所はそこではありません、
 貴方の居る場所は、星の異空間と星を繋ぐ虹の中です
 貴方は星の夢の世界と星の現実の世界、星の子供である部分と星の大人である部分の境界線に立っています
 前に言ったように、星は、心を持った星は次第に大人に成って行きますが、我々人と違ってその成長が余りにも遅いので、その成長の過程を簡単に忘れてしまう事が出来ません
 子供であった時の温もりを、一生涯忘れる事が出来ないのです
 我々人間にもそうゆう部分は有りますが、この星の場合ほど切実ではありません、その切実さが貴方がたの大人的な部分を星に強く拒絶させたのですから
 だから貴方はこの星の母親となってあげてください、一生年老いる事の無い、永遠の
 星が黒い心の殻に閉じ篭っていると言うのも、貴方の目覚めと共に終了する筈です
 そして星が星の現実世界において世界を作り上げていくと言う時、子供達によって浄化された大地を、人の心を少しずつ現実世界に戻していく時、何時でもその導き手となってあげてください、それが貴方にとっての試練です
 悲しみの七色を、いつの日か喜びの七色と呼べる事を祈っています

 さようなら、私の、我々の希望の子
 私は貴方に今までの事を伝える為だけに虹に封印されて世界を観察していた遺言製作体です、その遺言が一度語られたならそれで私の役目はお終いです
 これからは貴方がこの虹から世界を見つめ続けてください、その優しく美しい瞳で
 その瞳が、星の心の太陽となり世界を光で包み込みますように…

第七節「紫陽花」

 歌う子らの下から離れ浮かぶ灰色の粒
 砕け散り、舞い落ちる、それは恰も雪の様に
 天を突く虹は、光の柱、太陽の塔となり
 雪の一粒一粒を輝かせる
 灰の雪を、純白に染めて行く
 その輝きは、歌い手達の笑みを呼ぶ、
 その雪を星だ、星が自分に会いに来てくれたと
 しきりに騒いでいる少女の笑みが一際に明るい
 少女は一粒手に星を受けた、
 少女の手の中で白い光の花が開いた
 少女は、その花に笑顔を見た、
 少女の手の中に咲いた花は、女性の清らかな笑顔を映した
 花の様に、純粋で美しく、そして儚い笑顔
 少女はその儚さの危さを感じて笑顔をそのままに、永遠のものとしたいと願った
 だが、雪の花は少女の目の前で静かに溶けて行った、笑顔と共に
 少女は、その笑顔の為に泣いた
 その笑顔が自分に微笑み掛けてくれた大事な笑顔だったから
 一生胸に刻んでおきたい、宝物だったから
 涙は少女の手に落ち、溶けた花と一つになる
 この世界で、二人が笑顔で出会う事は出来なかった
 だけれど、いつかどこかでまた出会うという時には。
 その時の為に、少女はもう泣かない、いつでも笑っていようと心に決めた
 そう決めた少女は、眩しい太陽の柱に向かって、その輝きに負けない強さで、二人分の涙を握り締め、足音に祝福の鐘を鳴らしながら走った。

最終雪「また来る春の為に光の種を風に蒔いた冬の少女、ユメ」
最終季「冬日のシンフォニア」 完

Back:第三季「秋雨のコンチェルト」


Heart & White
TOPへ

Last of the Pieces:
TOPへ