Last of the Pieces: Autrue ch Rutuc
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The Third Week「天界の情景〜a joker in your eyes〜」

The First Day「My Love isn't Blind,」

 騙されたと思って、と言う言葉が在る。この場合の在るはその言葉の実存を云うものではなく、ただ響きとして只今成立したこの語がこの語である事を言い及ぶに留まるが、そこに、僕、という被修飾を待機する目的語が加わって来るとやはりこの語の根源的な実存、つまりその語自体の確からしさ、その語に包囲される所の自分と自分が身に纏う物としてのその語との同異性、また最終的な見えざる第三者、騙されたと思って、と、僕、との全体因果を律する究極的神的な存在として半永久的に影響力を保持し続ける、騙す者、その存在の是非と意義、そしてそれらが絡まり合い積み重なり合い結合し全く新鮮な何らかの発信体を模る積りである時のその大まかな指針のスイッチングとなるイエスノー、これらを仔細且つ簡潔に結論する事で見えて来る宝玉にも似た実存を以って僕と言う唯一の現象を導き出す為の問いが生まれて来る。その問いとは、僕は、騙されたと思って、いるか、いないか、そのイエスノーである。
 その回答を先に挙げてしまうとするなら、両方共に正解であり、不正解だ。僕は騙されたと思っているし思っていない、また騙された僕を僕だと思っているし思っていなく、騙されていない僕をこそ僕だと思いまた思ってなどいないのだ。
 では、僕は一体何処にいるのか。仮に僕は騙された僕である、としよう。当然この僕は騙されたと思っている僕も含め、騙されていない僕を僕だとは思わない、僕とは騙された僕でしかないからだ。しかし僕の中にはそれでも二種類がいる、騙されたと思っている僕と、騙されていないと思っている僕だ。騙されたと思っている僕は問題無い、彼は自己同一性に疑いを持つ事など無く過ごす事が出来る、しかし問題は後者だ、騙されていないと思っているのに実は騙されている僕だ。彼の純粋性は彼がほんの一部でも自分を騙されたと思った瞬間に失われる、単なる騙されたと思っている騙された僕に紛れこんでいってしまう、つまり彼を支えているのは彼が騙されていない僕の側に属していると言う無根拠な自信だけだ。だが彼はどう足掻いても騙されていない僕の側ではない、騙された僕の側なのだ。逆もまた然りだ、騙されたと思っているがその実騙されてはいない僕は結局騙されていない側の僕でしかない。騙された僕と騙されていない僕、この二種類にはそれぞれ二通りの僕が属しているが、正確にその自分を把握できているのは一人ずつで残りの僕は自分の居場所を見失ってしまっている。
 その残りの二人に別の呼び方を当て嵌めてみる事が出来る。仮にまた僕を騙されていないと思っているのに騙されている僕、として、これは何らかの因子に騙されていないと思わされている僕、という言い方が出来る。さらに突き詰めれば、何らかの因子に騙されている僕、だ。これは残りのもう一人にも同じ事が言える、騙されていない彼も騙されたと思いこんでいる以上は何らかの因子の虜になっていると言う事であるからだ。
 騙されたと思っている騙された僕の中に何らかの因子が介在する余地は無い。彼の中で騙された事とは過去形であり、これからの歩みの中でその騙された事に遭遇するのはもう思い出の中でしか有り得ないからだ。だがしかし何らかの因子に騙されている僕はその騙されているという事が現在進行形であり、今の彼の歩みそのものだ。
 では、この普遍的な僕を今のこの語り部の僕にようやく当て嵌めて考えてみる。

The Second Day「Blind is My Lover.」

もう一度繰返そう。僕は騙されたと思っているし思っていない、また騙された僕を僕だと思っているし思っていなく、騙されていない僕をこそ僕だと思いまた思ってなどいない。こんな状態が如何したら有り得るのか。それは、僕に今まで一度として騙されたり騙されていなかった期間が無い、もしくはそういった期間以外の記憶が無い、と言う状態だ。記憶は、本当に全く無い。自分が今いるこの世界以外の記憶は何も無い。ただただ思うのは、この世界が何処か異常だなと言う危険情報が脳裏を忙しく往復し続けているという一点だ。つまり、正常と思しき世界への妄想―これは天国願望と紙一重で、この思想自体を正常だと見なすのは非常に危険である事は承知の上―は持っているのだが、それが実在するのかどうかは全く不安でどうにかこの世界を愛そうと努力の様な苦悩は持ち続けているのだが、如何してもそれが上手く行かずに一方通行の片思いに終わってしまう。想っているのは、この世界だ、突如この見知らぬ冷徹な外気に触れた矮小な赤子を弛まぬ熱情で以って絶えぬ愛撫と望まぬ抱擁とを一心不乱に提供しようとする彼女、彼女の名は母だ。母は子を愛す。だが子は母を愛するとは限らない、特にその母と呼ばれる身近な他者が注ごうとする愛と言う水溶液が無色透明無臭無味無感情な水様液でない場合は、その母の愛、と言う世界を持ったばかりの彼にとっての全世界の気象を司る自然力学が曇り空を怒りの雷雨を蔑みの夜霧を静けさの無風を褒めの朝露をそして永遠への虹を照らす七面のプリズムを華麗に超時空的に彩る術を知る大空の造型師でない場合は、感情ではない筈の愛を感情だと断定してその他自分の色々な色々が渦巻く感情の魔窟にその元愛を放り込んで出来上がったぐちゃぐちゃでどろどろで血みどろで貪欲で貧相な人面を持った元愛を有ってはならない母乳として彼の口に肉食動物の積極性で含ませようとする場合は。
 さて、先ほどの普遍的な僕、つまり、何らかの因子との関係性が過去形の僕と現在進行形の僕、これを今の僕に当て嵌めるとすると、それはこの両者である、と言う事になる様に思う。僕は、何らかの因子に、かつて騙され、そして今なお騙されている、という事だ。僕はもう或る意味合いでは騙される事から完全に解放されている、何故なら僕は騙された自分を過去に実際いた自分として確固とした認識を確立しているからだ。だがしかしそれでその騙される事は終わっていない、その騙されている事、または騙された事というのが、僕に以前の記憶が無い事、また僕が以前の記憶を失った事、だからだ。僕は騙され続けている、それも完璧な情報遮断の中に隔離されて全く閉じた空間の中で騙され続けている。これは、騙されている、という確固とした認識とは呼べない、この場合で騙され続けていると言うのは、本質的な所で騙されているか騙されていないか、それを確認する立場から完全に切り離されているその状態、記憶喪失を指しての事であるからだ。僕は騙されているか否か云々を語る立場に無いのだ、単純にそれだけだ。この世界に、外が有るか無いか、つまり、この世界が有限か無限か、この問いに答えられるだけの必要十分条件が自己認識の為の知識として入手出来なければこの命題にはピリオドを打つ事など出来はしない。
 だが僕はこの問い掛けを日夜欠かす事が出来ない、何故なら僕はこの世界を愛していないからだ。僕はこの世界を愛している、この世界が僕を愛しているから、等と疲れ切って溺愛の中に溺愛したくは無い。この世界が僕を愛するなら、僕は、この世界が愛しているその僕を殺してやりたい。だからこそ問う、自分が愛すべき世界は何処にあるのか。自分が愛すべき世界は、今のこの僕を、殺してくれるのだろうか、と。

The Third Day「Oh Lord, Please Tell Me,」

 この世界は終始僕に微笑みかけて来る。それは例えば太陽を遂に失ったかと思っている暫しの長大な空白を経て後の月であったり一つの音楽を思いつきそれに伴いまた一つの音楽を忘れてゆく静かなる精神飢餓を緩ませる為の空の色彩の音階であったり陸地を海だと誤解している当たり前在り来り平凡な僕みたいな雑草群の種子の奥に密やかに佇む、珊瑚であった日々の約束された楽園の幸福な温度を再現しようとして雲の隙間から裸身を曝し透明な言語で死と横たわる幻想を生と共に歩む力の帆船に換えてしまう光の洪水であったりし、そんな様々な様々は僕に色香の様な困惑混乱をずっと添えながらそれでもそれ以上の反応に窮乏するではない風で星宿の目指す近未来を指先と目線で応答願っている僕の、重く短調一色な夜を、黒です、と言った、それは愛おしさを狂おしさと読ませる為の猛烈なる純粋悪の黒です、純粋悪の黒ですが、純粋はどうしても黒の裏に未踏の白を残し、また白の合間に黒の嬌羞を含ませている物なのです、即ち空が海と交わろうとする事無く平らな線上を何処までも続いて行こうと果てずに居るのは自身の涎も涙も知っている幼時よりの鏡が悲しい哉、彼女自身の姿は見知る事叶わない事を知っての涙、そんな可哀想な彼女に自分の一部分が溶け込んで行く快楽を望んでの涎、そんな見初めを我の姿した彼女にしているという罪悪感、そんな彼女を産み出した自らに対する烈しい憎悪不信、それらを全く処理出来ないが為になのです、彼は自らが思い描いた純潔を護る為に自身という汚物をその純潔から遠ざけてしまうのです、彼女は本当は彼の緋に染まる瞳の暖かさが好きなのに、汚物を汚物と認識する心の中には間違い無く何よりも素敵で大きな空が広がっているのは彼が教えてくれた事なのに、実らぬ二人の儚い恋は、何処までも続く水平線の彼方まで、何処までも悲しく続いて行きます、二人が交わってしまった所に、恐らく純粋は存在しないから、二人が離れて見詰める同じ星はそれでもきっと彼らの夢見る光の結晶だから…この純粋な悪であるという黒の荒海に揉まれながら細々と苦しげに悶える様に切なく自らの体を燈す幾億もの細微な白達のどれかの中で、結晶した純粋は有るのだろうか、僕は世界が僕に囁き掛ける千一夜物語をそんな風に自分なりに見つけて行くのが、この黒い世界の白に少しだけ恋心を抱いてみたりするのが、好きだった。

The Forth Day「Is it Fackin' True that,」

 世界の笑顔が僕の脳裏や皮膚や網膜やつま先や臍や体毛やその他自分が自分の表層を表層として認識する肉体組織の構造図式とその案内図案としての心、遺伝子、心拍数昨夜の夢の記憶涙腺抱擁する為の第一関節等を等と考えず一と判断し、随一の一唯一の一無二の一全体の中の一無限を始める一と判断し他、の位を獲得しているその笑顔に二の名を与え数学上の一プラス未知数イコール二の図式の未知数を笑顔を無くそうとしている頼り無き僕へのせめてもの餞としての新たなる一、つまり一である僕と同格の何らかを遺して去って行こうかというその瞬間、僕は淡い恋に重なった自己憐憫を失恋の真下に見る無希望として見てしまう。即ち、夜と言う氷結の顔面が朝になり、朝と言うふしだらな光の無軌道な遊歩に連れ感情の剥き出しを顔の凹凸に繰返す煉獄が始まったのだ。
 僕は朝を祝福せんとして大きく絶望の欠伸をして大きくぎざぎざな空気で深呼吸して肺に真赤な風穴を開けたく願ったが無効だ、僕に口は無い、世界の伸びやかな果実酒を飲み干す為の愛の探求者としての唇を持たない。僕は朝を取り込まんとして代わり側面世界の喜びを持ち運ぶ空気振動、音楽媒介者としての透明な空中の波を味わう理解に努めた、果獲られずただ頭中の揺さぶりに異物嘔吐の命令伝達が神経上を伝わり何処へも達さなかっただけだ。耳も無く、さてでは残るは嗅ぐ事のおぞましき生命欲を残している原始究極の物理形態の存在試験を遣るのみだ、そして僕は無なる臭を美味だと美旋律だと真剣に誤解しながら目の前の多彩な動的映像科学を全くの無であるとして思考を閉じた。
 そうつまり僕は目だ、何かを見何かを見ぬ判断性だけで動き動かぬ世界の傍観者だ。そして僕は目の前のありとあらゆる白く見える嘘を忌む者だ。僕がこの世界を愛さないのはその白濁を純白である奇麗だと詭弁を弄する悪癖が有り過ぎるからだ。僕はこの世界に、白などほんの極一部、もしくはほぼイコール零の貴重度でしか存在しない、存在し得ない事を知っている、夜の笑顔がそれを教えてくれた。だがしかしこの目に映る世界のなんと白き光の傲慢溢れている事だろう。僕はこの世界の真実なんてみていたくない、僕の中の真実だけを見ていたいのだ。僕は、白で出来た白を直視出来ない、傍観する目だ。

The Fifth Day「No Titled」

 僕は見た、真実の光を、自分の体の外に有るそれを、余りある眩しさにて僕の目自体を白へと変容させようかと言うそれを、そしてその真実の光が僕のあまりにも黒く腐敗している内部を浄化しようと優しく僕へと向けた陽光で照らすのを、見た。僕は、涙を見た、自分の涙を、自分の内側から堪らず溢れ出すそれを、受動的に、傍観者として、地上を目指して垂れて行く一筋の光の糸を眺めた。何故、涙なのか。僕は答えを知っている、すぐ側まで手を伸ばしてくれている彼女のその手を取る事が何を意味するのか、彼女の笑顔に口を寄せその唇の読唇を唇で行う静かなる愛撫の告白が僕の全体をどう支配してしまうのか、それを行う前からすっかり知ってしまっている、何故なら、それは僕が遠く自らの透明を願った「破壊の記憶」、であり、僕と僕の目が遥かに見据えた永遠郷への通過儀礼であるからだ。即ち、彼女の天使名は、告死。そしてその告げられた突き付けられた避け様の無い恐るべき真実を、光だと、自分の宵闇を切り裂き導く指導者、父であると、僕は従順なる祝福と歓喜の涙で以って受け入れようとしているのだ。その涙に、恐怖色は薄い、僕の目がわざわざ自己の平和の終了を、苦痛と羞恥が混沌と発生するだけであろう切ない廃れし物の観察をするのは、それが喜びと言う蝶の脱皮した皮膚、成長の暗示、未来への揺ぎ無い予感としての過去、だからだ。そしてそう、その涙はもう一つ、別の感情を謳う泡沫でもある、それは僕が僕の死を僕の死と思っていなくまるで他人の死の様に、それもどこまでも自分でしか無いが他人である自分の分身の死、最終的に自分という個性に残る事が出来なかった敗者としての自分の死、それを勝者の側に立つ自分が思うと言う事、弔いに沿う思いの念だ。悲しいとか寂しいとか悔しいとかもう疲れたとか、それはそう言った現実を割り切った結果論存在としての記号にはならない、ただ、全てだ、自分と言う全てを思い、全てを知る自分の死を思った時そこには割り切れる感情など存在しない。全感情でも無い、全く自分自身であった様な他者が死んだ時、その時にはもうこちらの感情の源泉である、心、それもまた死んでしまっているのだ。空虚。何も無い、そうとしか呼べない様な状態が、傍観しつつ真実の光を祝福する僕が主観的に思う能動だった。
 死にながら生きている僕が自分の死を眺めつつ真実の光を喜びつつ居る環境状況は今、夜である。

The Sixth Day「破壊の記憶・少女編」

 それが始まった。ワタシの断末魔が声を得る前に断末魔に捕食されて行く、声の無い苦しみがワタシの涙声として場を演出する。
 白き者が、シロのワタシを埋め尽くそうとしている。存在意義を自己的な挿入への飢餓で書き換えてしまおうとしている。
 ワタシのシロは、今ここに終わりを告げたばかりなのに、ワタシと白き翼が透明な空気を泳ぐ永遠の契りを結ぼうとした、その瞬間、だったのに。
 シロノワタシは要らないんだ、私は無色な私がいい、シロノワタシは、その存在があまりに悲しいから。
 だが、彼らはシロノワタシへの介入を辞めようとはしない。当然だ、彼らは男性であり、精子なのだから。
 そしてワタシは、精子を選ぶ事を赦されなかった、卵子なのだから。

 彼らがワタシの全身を滑らかに愛撫する。彼らの作ったワタシと言う人幻想の出来をもう一度確認する様に、丹念に、無造作に。
 彼らは、精液の事など理解しないワタシを熟知している彼らは、一体ワタシをどうするのだろう。
 ワタシが彼らを受け止め抱く、愛する肉体の言葉無き愛を持たぬ事を、今一度感覚に擦り込ませる程に、絶望的に理解した後。
 絶望した彼らは、やはりワタシを殺すのだろうか。それとも…ワタシの翼を奪うのだろうか。
 翼、彼を…ワタシの目、ワタシの光明、ワタシの代弁者、ワタシの存在意義に成ってくれようとした…彼を?
 そんな事は、どうしても赦せなかった。そしてそれを赦せない自分は、殺されたくなかった。
 ワタシが死ぬのは構わない、ワタシは元々有ってはならない存在だ、いや、存在していたくない、無色の自由な私、を得られないのであれば。
 だが、自分が生きた証を、陽光満ちる生命の正しさの中に、記憶させておく事を望む私。
 優しさを口移し、
 愛を体中に流し、
 そして涙を全て飲み込み彼と一つの天使に成ろうとした、
 心の底から自分を女性だと信じ切れた、
 幸福な、
 人としての、
 恋する少女としての、
 視線の遥かに揺ぎ無い暖かさを夢見る、
 未来の新たなる、母としての、私。
 その私は、今ここに確かに存在する。
 だからワタシは、そんな満ち足りた、
 世界を信頼し、彼と共にある自分を誇り、
 今ここに居る、今ここにしか居ない、今ここに居る事でしか、輝けない、
 私に、この時、この場所に、大きく、何よりも大きく、
 その両手を届かないはずがない空へ向かって広げさせてあげたい、
 そして、

「あなたにはいつでも、いつまでも、天使のような笑顔で、笑っていて欲しい」

 から、

私は今だけでも、その天使のような笑顔で笑えるといいな。

The Third Daylight「陽光〜Only I can See this Beautiful Horizon…?〜」

 夜を朝が食べている。陽光の刻。
 目が涙を終えている。夢現の境。

 旅の記憶。
 白い翼で。
 世界の上。
 一番上へ。

 そのまた上の黒い冷気の光の海。
 その冷たさに手を浸す事を願う。
 願う彼女を、護りたい、と願う。

 護りたいという願いの姿が私であり、
 彼女のことを護れる私は、
 だが、どこにも居なかった。

 そして、彼女の願いだけが、成就した。
 彼女の願い。
 それは、私をこの白の海からその黒の海へと解き放つという事。

 そして今、私は人間として肉体を持っている。つまり、彼女が私に託したものとはこれなのだ。
 彼女と本当に一体化して天使になると言う事は果されなかったが、
 彼女は私に肉体を授けてくれた。
 白き海の女王が黒の海の生き地獄に於いて私の様な精液に与えていた人形としての肉体とは、彼女自身の事なのだ。
 何が言いたいのかというと、先ほど死んだ人格というのが、彼女そのものなのだ。
 彼女は、自らこの世界に飛び込んで来る事は赦されていなかった。彼女は白夜の母の管理システムの一環に過ぎずこの黒の世界では全くその存在の保持が保証されていない。だから、精液に基づく人格でない彼女というイレギュラーは今、消えた。そして私は、それを泣き続けていた。

 この世界に入り記憶を失うその瞬間まで、きっと、おそらく生まれて初めての笑顔で、私の未来と、自分の最後を、見送ってくれたはずの彼女を。

 イレギュラーは彼女の介入だけに留まらなかった。黒の世界が、今度は朝の様な明るさだけを示しているのだ。恐らく、黒の世界はその正規活動を持つときにのみ夜を抱えるのだろう、今私がここに存在する、彼女がもう存在しないイレギュラーが感知されるまではこの状態が維持されるものと思われる。もしくは、システム自体が死んでしまってその復旧まではこのままなのか。

 終ぞ見る事の叶わなかった彼女のその笑顔を、心の何処かで追い求めてしまっていたのだろうか。
 見てしまえば、忘れることが出来ない大切なもの、それがもうこの世には無いという現実、
 それをもう、忘れてしまっていたのだろうか。
 私は、夜を愛する自分を殺され今度は美しい美しい朝だけを愛するように固定された正しい人間として再生した私は、
何故かその朝を美しいと思えなかった。
 それは普通なら夜に当たる明度も必要であり、確かにその存在は不自然なのかもしれないが、朝だけの世界、始まりの予感、希望の息吹、生命誕生の鼓動に満ちたその瞬間が永続するこの天国の様な情景が美しくない筈が無い。美しくない訳を手繰る内一つ思い当たったのがそれだった、失われた彼女の笑顔だった。
 そうか、私はこんな予定調和の朝焼けを孤独に見続ける生に残ってしまったのだ。帰りたい、いや、帰らなくては、彼女の笑顔の存在する場所へ、本当の、天国へ…。

 現実を愛せなかった、自分の天国も愛せなかった私は、唯一愛せた彼女の元へ行く必要がある。そう思った。
 朝露の中に映っている幾つもの太陽の中のどれかが、その本当に美しい世界を照らしているような気がした。

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