Last of the Pieces: Autrue ch Rutuc
TOPへ


Next:3rd Week「天界の情景」
Back:第一週「貴方の天国」

第二週「人を見た天使」

第一曜「白夜と骨拾い」

 ボクは天使だ。理由は、ヒトじゃないからだ。
 何故かは分らない。理由は、何故天使という物を作り出したそのヒトの特質すら備えていないボクが自分を天使として認識できるのか、それは分からない。ただ、分りやすく言えば目を開いたときに視界が強迫観念の様に目の前で痴呆症の女がばっと衣服を脱ぐ様に自分の周囲に快不快を問わず常に異常な統一感と言う名の刺激、感覚、神経上を走る電流、そうである事が当たり前でなんの感動も面白味も興味的である何事ももたらさない対外界物質反応となってヒトを光認識における檻の中に閉じ込めているのと同様、ボクが自分という存在についての考察の内的蓄積に触れると必ず、ふっと、ぐにゃぐにゃな菓子のぐにゃぐにゃな生地にくるまれたぐにゃぐにゃな甘いクリームがぐにゃぐにゃに潰れた時にぐにゃぐにゃと哀れな地中の虫のように這い出してくるのが「天使」という言葉なのだ。精液だ、とボクは思った。今ふと思った、ふと思っただけでそんな物出せる訳では無い自分はそれが何であるかも知らない、ただそんな朝でも昼でも夜でも歩いていても走っていても食事していても眠っていても起きていても起きたまま眠っていても眠ったまま起きたつもりで夢を見ていても夢を見ながら朝や昼や夜の認識が曖昧な中を眠気等を完全に排除した所に有る自分の限界を超える境界線の向こう側に立っている自分の姿はヒトの男のペニスだったのでそんな気がする。だった、というのはボクが夢を見たのはそんな姿で良く分らない地平の彼方で立っていて視界の何処かにいる感じの昔の、限られた自己存在を意識の隅で意識しながらそれにより限られていない自分を限られている事と限られていない事の両方を経験し尽くした訳ではないのでどちらが幸福か、有意義か素晴らしいか愛すべきか自然であるか否かを判断できない筈なのに多幸症患者宜しく邪気を知らないから無邪気に喜んでいる、朝だか昼だか夜だか分らずそれを自分のせいだとは思わずこれは夢だ、可哀想な自分が見ている酷い悪夢だ、等と精神的自己結婚を果たしつつ目を覚ます振りをして世界を見渡す、実は世界は朝でも昼でも夜でもなく可憐な薔薇を蝿に愛させる様な狂った白夜なのだがそれを誤解してさらに目を覚ました後でも朝だか昼だか夜だか分らずようやく夕焼けと言う曖昧で憂鬱過ぎる他人行儀な美しさを醸し出すそれを馬鹿げた逃避への門扉だと誤解し今度は自分を眠れる何処かの美女という事にしてしまう、夕焼けを見れる自分が美しいと考える初歩的な自己愛主義的発想に陥ってしまう。そしてそれを間違っていると思わないからヒトは年を取る余裕が有る、老人になって干からびても尚自分の中にいる白馬の王子様が接吻で自分を勃起の様に興奮させ肌や人生に潤いをもたらしてくれると信じている。そして死ぬ、そして目が覚めてそしてその後はずっと起きているから夢はそれきり見ていないのだ。夢は見ていないという事を知っているという事、つまり、ボクは自分を自分でちゃんと認識できない悪夢、朝、昼、夜を判別できない狂った白夜で、強烈な白夜なのでまるで全身を気化精液にくるまれているかの様な暖かな吐き気に包まれながら、だがそれを白夜だと知っているという事だ。
 ボクはそんな白夜を白夜と思えず朽ちて行ったまともに白骨死体にさえなれなかった白い骨を今日も拾った。背中につけた。ボクが、天使だからだ。

第二曜「退廃包含翼」

 綺麗な花弁を夢想してそれがバラバラに千切られるのを創造しているのは体外界におけるありとあらゆる雌との契りを約束しそうに抱擁癖の有るボクの唇(白)で、そんな唇が今度はその花弁を育んだ植物がその花弁を生むためにドロドロに交尾した黒い土を求めすぎて上下を上下に擦り過ぎて自分から勝手に望んだ黒を手に入れているのをボクは斜めに蔑む瞳孔を思いっきり閉じながら控えめに性的に微笑んだ。翼の無い鳥を殴り殺すか蹴り殺すかで手足が違いを死ぬほどに憎み合っているのを横目にその唇はそんな黒を赤黒の強度を増す為にがぶりと発狂したトカゲの泣き真似のようなふざけた圧搾音的低音波を撒き散らしながら鳥の頭を、卵の殻を割る様に咥えながら振り回しながらじっくりと破壊してそれが自分の黒を丁寧に赤黒に染めるのを豊かにたおやかに味わった。赤黒は今度は水の純潔を嫉む、自分の正反対の位置付けに有る愛的対象に愛的衝動をぶち込む全自動映像遊離人格、目を開けている限り止まらぬ時に身を浸している限り全自動で流れてくる映像の全てを水に溶かし込むかの様に遊離させてしまいたい、と言う様なつまり自殺よりは他殺願望よりのそれを異性的存在への止めど無い愛慕の証として、遂には人格として確立形成するに到った赤黒は抱え込んだ「愛」をその原形を留めない唇の開花で以って声高らかに叫ぶ、そしてその「愛」を語るを水と言う無色に向けたとき、赤黒は、嗚呼、「愛」を越えこの水に我が身を浸し全てを無にしてしまいたい、という形而下的愛欲に目覚めてしまう、幼児愛癖を持つと言うのは自分の身に纏わる汚れを今までどの様に受け入れてきたかで決まってくる、そしてこの赤黒は自分の汚れを「愛」にしてしまっていたので汚れた物を愛する事はもう出来なくなっていたのだ、水を嫉みながら愛しながら汚れた優しさで彼女を包み込んでそして赤黒は幸せを得ようとしてトカゲの泣き真似のようなふざけた断末魔で自分が遊離してしまった、結局愛したり破壊したかったのは最愛の自分に他ならなかった、と言う訳だ。
 ボクはこの惨めで存在自体が悲しい骨と接着しながらこの骨に宿ったそういった強烈な悔恨の映像が脳裏を流れるに任せていた。飛びながら、これらの骨の昇天を手伝うのが、ボクの「仕事」らしいのだ。僕の骨の翼はどんどん大きくなっている。これからも大きくなっていくのだろう。これを誰かに手渡す日が来るのだろうか、それともこれを受け取る最後受託者とは「天使」であるらしいボク、なのだろうか。ボクは、人の生を持つ夢を一生分見たが、ボクは如何してこちら側の骨にはならずにこうなのだろうか。人の生の重みまで背負って一体何時まで存在を続ければいいのだろう。いくら考えても答えは無いが、ただ、分っているのは、何も無いこの世界では何も無くて気が狂いそうなこの世界では他人の怨念や不幸ですら刺激的で退廃的な娯楽になり得る、という事だ。ボクは白夜の囚人として存在しながら常に微笑を漏らさずに生きる事は出来なくなっていた。「天使」は、きっと微笑みの存在なのだろう。

第三曜「大きな君の、死の下で」

 骨は語る、貴方は時計の針をどの様に思って生きていましたか?また、自身がなるとしたら時計のどの部位ですかボクは答える、時計の針は時間を少し鋭利で辛辣な不快物としての認識色を強めてしまった様に思います、あの針共が時支配を貫く正義ではなく守る薔薇の花の守護的意味合いでの三剣士で在った事は人々の背中の何か飛翔に関することごとくを血塗る結果となってしまいましたね、寝る起きる歩く歩く事で日々大切な何かから遠ざかって行く、そこに舞い戻る為には翼でなくてはならないがあまりに恐怖で体内記憶の落下感が心臓の鼓動に絡まり付いてくるのを否定できずしかし否定しなくては自ずと時否定から来る自己否定に対処できず段々飛べない自分と飛べない環境にいる自分の区分を忘れていく、その自己否定は時と空のうち時を否定している為存在確立を空のみの肯定により成立させているという事になる、つまりそれ以上良くも悪くもならない単なる今現在という存在の情報を保存したいという本能的自己防衛願望がその自己否定を生んでいる、時間による発展性を一切無視した超受動の心理です。これを否定できるのは時間を肯定できるのは翼という名の今を飛び立ちその先のまだ見ぬ自分に出会おうという希望的観測を行う意欲に他ならないんです、ただこの翼の飛行の安定性に時は何の保証もしてはくれない、たとえその先に空が無くても、翼が乗った時という風の流れは止まる事が無い、時間は自分の意思や生死を超越したところで流れている、時支配を逃れる事は出来ない、時支配は自分をいとも容易く殺す事が出来実際そうされる事になるのかもしれない、そう考えた所でその骨は初めて自分の答えを口にした。自分は時計の針を自分を刺し殺した無慈悲な神の指だと考えているが、それでも尚時計の針になりたい自分は、自分を殺した物の象徴だと考えている物になりたいというのはおかしいだろうか、ボクは、わからない、と答えた。でもボクは、針に指し示されているだけの数字になりたいと答えるよりは、より自然で正直な回答だと思った。

第四曜「不自由落下、その後」

 ボクはボクが天使に属する存在である実感を持たないのと同程度に自分の翼らしき白い枯木のオブジェの様な無数の骨の羽根からなる歪で明らかにそれのなろうとした正常の形からどんどん遠ざかろうかと言う勢いで変形肥大を繰返す洞窟の鍾乳洞を無作為に切り出した形状とも逆にこれ自体がオリジナルでありその他これに近似するあらゆる物理固定の定則に従って固形である物を下に位置させる存在である所の物、即ち概念を飛び出して来たエロスそのものであるかの様なこの二対の物体としての重さよりそれらが司る所の人の業の甚大さを質量換算した時にこれに相応しい重さが有るのであろう双生児が自分の愛子で有るとは考えない、それは父の知れない子の母の不徳と言ったモラルの系列では無い、ノンモラルだ、ボクは勿論母じゃない、父と言う訳でもないがどちらかと言えばそちらの方に関連性の種子は多く転がっているはずだ、母の知れない子の父は有り得ない、つまり父と言う概念は母が有って初めて成り立つ、生物学上母子に対する矮小な付属品に過ぎない、ボクは異様に正常な物として成立している白夜という母とそこに散ばる無数の恥骨達が共存し納得し合っているのを必死な薄笑いで傍観する哀れな父、というより他人だ、そこには自主的介入への欲求も意志も無い、ただ強制が存在するだけで自分の判断がこの世界とこの世界を取巻く因果に色を加える事は無い、だが、ボクは一つだけ知っていた、これらの骨の子にしても、この母の下に産まれて来たくて産まれた訳ではない、という事だ。多分これも自由意志では無くと言うよりこの感情を抱く事こそがボクのこの世界における最大唯一の存在意義、それで無くては自動的に死のスイッチが押されてしまう、さながら銃殺の恐怖に怯えながら強姦を甘受する不運な娘の様だが、何度も言う様にボクは母より父側なのだ、母になる心的身体的因子を持った不運な娘では無い、むしろ銃殺の恐怖に怯えさせる事をしていた男が自分でこの娘を射殺した時に射精するのかそれとも射精と同時に射殺してしまうのかそもそも射精したかったのか射殺したかったのか分らなくなって分らなくなっている内に射精してしまい射精以外の事がどうでも良くなってしまったその一瞬を突かれて娘に銃を奪われその銃口が何時の間にか自分に向いていた時のその男の心境、嗚呼、俺は射精して射精以外の事がどうでも良くなったその一瞬に自分が抱いていた女に殺してもらいたかったんだな、という事に気付いた安堵と驚きでか細い微笑を浮かべか細い悲鳴を上げる時のその男の満足感、寂寥感、死への使命感で一杯になりふいに涙が出その涙を拭うのとその女の頬を撫でるのとで両の手が別々に動き出した瞬間に自分の世界が何処かへ行ってしまう、そんな子と言う存在を越え父と言う役割を獲得するのに失敗した敗者、それに近いのだろう、ボクは多分人として父である事が出来なかったのだ、だからこの世界で骨の子と共に自らの存在を父親の位まで高めていく必要を感じるのだろう。
 白夜が揺れている。ボクの骨の翼が揺らめいて、母親もそれに合わせて優しげに揺れている、ボクは、微動だに出来なかった。何故なら、ボクが揺れると、骨の羽根達が痛そうに軋んだ。子は、母に同調を、父に反抗をする存在である。それでいいのだと思う。

第五曜「不快症快楽主義者」

 ぶるぶる揺れていた白夜の揺れが収まると、今度は骨の間のざわめきが強くなる、それまでと同様母の揺り篭の中で揺れている事を止められない快楽希求の赤子共が自分で自分を慰めようとする、文字通り自慰行為を始めてしまった所為だ。ボクは両手で両の耳を思い切り潰す様に押さえ付けながら何事か叫んでいる、耳を潰すばかりに押さえている訳だから当然自分が何を叫んでいるのかは分らない、いや恐らく耳を開放していた所でその滅裂な音波周期の不協和音の意味する所は今現在の脳に処理できる情報の範疇に無いだろう、何故そんな風に自分を他人の様に客観視する、つまり客観視する事で、自分がそうでありたくない自分に変哲している時にそれを相応量他人の仕業であると置き換え転嫁する事で純粋に自分でしかない自分といまや他人でしかない自分とに自分を二分し前者を後者を侮蔑出来る高みに上らせ一時的に自分の純粋培養を計る行為をしているのかと言えば、ボクが骨の代弁者そのものとして身体的に機能させられている、その事実を許す事が出来ないからだ。骨達は赤子の様な振りをしてその実赤子ではない、そんな不自然で動物的に不整合な存在の行為が事実として厳然たる現実として眼前で繰り広げられているのならばまだ良い、健全な自分が気を確かに持たぬ他者を同情少々軽蔑少々安堵少々快楽大半に見守っているのならばそれは不健康ながらシンプルな娯楽の一時として片付ける事が出来るだろう、だが今のボクの現実を厳然と支配する事実的存在とは健全な不健全とでも言うべきものだ、健全な何かと不健全な何かに主語述語の立場を与えられない状況、必然的に一人称で事が完結しているという事になる、健全な自分と不健全な自分、でも無い、健全で不健全な自分だ、これは自分を健全だと考える反経験論的自己信頼レベルでも構わない、理性は健全だ、不健全な理性はもはや理性では無いからだ、何かを健全不健全と識別できる健全な理性さえ備わっていれば、このボクの様に最低限それさえ有ればこの今の状況のセンチメンタリズムが分かる、つまりここには他者が存在しない、狂った自分と狂っていない自分しかいないと言う事だ。狂っていない自分は本当に狂っていない、この両者を別々に認識してしまう時点でボクの理性は絶対的に正常なのだ、そして狂った自分とは、狂っていない自分が認識する狂っていない自分以外の存在、即ち他人である、がしかしまた同時に狂った自分でも有る、と言うより本来的には狂った自分とは狂った自分でしかないがそれを客観視する事しか出来ない為やはり他人だ。ここで客観視する事しか出来ない、と言った、客観視する、という能動では無い、受動的能動、強制だ、正確にはボクが骨の代弁者そのものとして身体的に機能させられている、その事実を許す事が出来ないのではない、その事実を許す事が許されていないのだ、何故なら、狂った自分を許す人間は狂っているからだ、そしてボクはどう足掻いても狂ってはいないのだ。能動的行為にセンチメンタリズムを持つのは只の馬鹿だが強制してさせられる行為にはセンチメンタリズムを持ち込むより他無い、自分が悲劇のヒロインであると言う甚だ鼻白む自己評価が不甲斐無くも気持ち良い瞬間が今、と言う訳だ。
 赤子の様な振りをしてその実赤子ではない骨達は、狂った自分は段々自慰の最後の瞬間、射精へと近づいていく。そして次々に思い思いに射精をして、射精そのものになっていってしまう。これら骨は、実際骨ではない。自分達が確かな死を迎えられなかった、つまり父になれずに死んだ未練が彼らの死後存在である精子を確かな死の象徴として骨形状に固形維持しているだけなのだ。骨になりたかった、否、骨になった積りで自分を誤魔化し自己補完して幸福な終わりを偽造していた彼らは結局は簡単に偽りの存在である事を暴露してしまう、蠱惑的に揺れる母の乳房の前では。そしてボクの口から次々に出てくる情熱の愛の叫びは彼らの母への思いの丈は彼らの固く鎖された精神の防壁を破る、父に成る為に自らが拒絶せねばならないはずの母親のあまりの優しさに思わず喜び勇んで口づけしに抱擁しに同化しに死にに行ってしまうのだ。そうしてこちら側から眺めている客観的な自分、狂っていない自分はそんな感動の対面が間抜けなポップコーンの様に弾けて崩壊する骨精子とそれを抱き上げる奇妙な色白の全裸の母親によって演じられている一幕を延々見せられうんざりしている。あたり一面弾ける精液の匂いと温みと粘り気とそして色で一杯だ。だがこれだけ精液に囲まれてみてもボクは精液と言う物を全く知らない。精液を知る事が出来るのはそれを出す事が出来る者のみだ、精液の匂いや温みや粘り気や色や味を知った所でそれは結局外的な周囲の事であり根本的な部分とは全く関係が無い。根本的な所とはつまり、精液の快楽を知っているかどうか、である。そしてボクは出す側には無い、父親になる存在のはずがそれを出せる能力を備えてはいないのだ。それどころか色狂いの雌犬の様に全身を垂れる精液に任せたまま愛の言葉を叫び続けている。ボクはそんな喜び勇んで死んでいくかつての同胞達を見ながら恐怖に怯えるその他の骨達を代弁して涙を流していた。

第六曜「破壊の記憶・前後編」

 私は、王への研究報告書提出直後の半分笑って半分泣いていてどこにも普段らしい穏やかさの無い疲れた頭を抱えながら、どうゆう動機か私の古くからの研究仲間でありなにより人生の友である男が研究顧問を務める「時間超越航行用船舶」研究部門の研究室兼開発工場を訪れていた。どうにも成るわけがない事をどうにかしようとしているその健気な姿勢を子供の屈託の無い笑顔の様に愛らしく思ったのかもしれないし、そんな頼りない幼さ加減を逆に懐かしく感じたのかもしれなかった。私は自分の人生を巻き戻したい、という願望よりは、もっと直接的な、子供に戻りたい、と言う様な退行心理を抱え持っていた。子供が、自分が死んだらどうなるんだろう、とか、自分が大きくなったらどうなるんだろう、とか、自分がもっと小さかったときはどんなだったろうとか自分がもっともっと小さくって砂粒みたいな大きさになっている時もあったはずだけど、それは何処にいたんだろう、僕が虫を捕まえる時や虫を踏み潰してしまう時みたく僕が虫みたいな状況があって危ない目に会っていた事は無かったんだろうか、有ったとして誰か虫みたいな僕を守ってくれている人がいたんだろうか、その誰かはじゃあ虫みたいな時が有って今の僕みたいな時も有ってそれで段々大きくなって十分大きくなった時するべき事というのは虫みたいな僕や僕みたいな小さな人間を守ると言う事なんだろうか、ならその人が小さくって小さくって本当に小さかった時やはりそばには守ってくれる人がいたはずで多分その人はその守っていてくれた人を習って僕を守ってくれたんだろうけど、その人を守ってくれた人も多分誰かに守られていた、人が人を守る永遠の連鎖の一番最初の時点にいた人は誰なんだろう、人を一番最初に真剣に死ぬまで守ろうと考えたその人は誰なんだろう、きっときれいな人なんだろうな、心も体もきれいな人なんだろうなあ、自分が大きくなったらその人みたくなりたい、自分が死ぬとしたらそんな存在になれる未来の天使のそばで死にたい、じゃあ僕は僕が誰かを守れるようになる日が来るまでしっかり守ってもらわなくっちゃな。そんな風に迷い無く自分の立場をわきまえている環境が恋しかった。私はもう、酷く疲れてしまった。誰かを守ることも出来なかった、それどころか誰かが守ろうとする弱者の魂を好物とする醜い悪魔になってしまった、これはきっと守ろうとする物を間違えた、いや、間違った物を守ろうとした人間への罰なのだろう、私は血の思想で人を守ろうとしたが、そんな事は出来るはずが無い、人を守れる物は愛だけだ、つまり愛を知っている人間だけが人を守れる、人の中に宿った愛を守れる、血の思想で人を守れるはずが無い、血の思想を持った人間が守る事が出来るのは同様に煮え滾った血の思想だけだからだ、血の思想を忘れた所にしか愛は芽生えない、そして血の思想に汚されていない関係性で人が守って行ける愛とは家族愛に他ならない、それ以上の高望み、人類愛などという物に手を出そうとすると今回の私の様に歪みが生ずる結果となるのだ。血の思想を人類全体が忘れている、と言う様な素晴らしい平穏があれば人々は皆が皆笑顔になるだろう、きっと動植物に手を広げ胸を貸しそして血の思想を忘れない動植物と彼らの属する純粋な鋭利な生死の世界である自然界に淘汰されていくのだろう。つまり、私が愛すべき、守るべき範囲は家族だけで良かったのだ、それを忘れていた、いや見ないふりを気付かないふりをして子供のふりをして自分に都合の良い事の中から大人になる事を見出そうとしていた私にはこれは当然の報いなのだ…。
 罪と罰、その後に来る物は当然贖罪、罪を贖うことだ。今の私に残された何らかの希望の光は、一体何処の空の間から零れ落ちているのだろうか…。

第二日曜「霧雨」

 ああ分かった。ワタシにはもう全てが分かった。ワタシはワタシが自分をボクと呼称していた時の心象、抽象的な概念映像の数々がワタシの脳裏の一番奥深くの黒く柔らかく誰も触れたことの無いワタシ自身でさえ触れていた事の無い存在していた事すら知らなかった其処、つまり、ボクと自分を認識していた人物にワタシと識別を改めさせるに足る新鮮な情の睡眠領域に降り注ぎ続け熱を与え続け温め続け孤独にさせまいとし続けたのは、ワタシにワタシが「天使」であるという認識を止めさせない為、つまり、自分を人である等と思わせない為、其処に性別を存在させない為、ワタシをボクで在り続けさせる為だった。止めど無いボク=天使=ボク=天使=の図式は今、ボク=天使≠ワタシ、ボク=天使≠ワタシに変わった、ワタシという異物が混入した事で今まで隠れていた影の因子がその姿を顕わし始めたのだ、その因子とは詰りこの図式の隙間に入る只一つの言葉、ボク=天使≠人=ワタシ、の人、である。そう、ワタシは人なのだ。そしてそれを分からせてくれたのは、不格好な一つの骨だった。
 ワタシが人である、と仮定した所で(この時点では骨の言葉は無く、まだ断定の段階ではなかった)その性別がどちらなのか。簡潔に言ってその答えは、女性的無性、だ。ワタシは翼と共に在った時、人ではない天使であった。翼とはワタシに男性としての仮初の自己を認識させ続けた生への衝動、性の衝動である、がしかしその外付けのペニスはワタシの一部では無くワタシがこの何も無く気が狂いそうな環境下にあって好き好んで取り入れた異物であり積極的に交流した他者であったのでそれを取り払った本体の性的属性では無い、また男性である翼はワタシが天使であると囁き続けた、自分を母親になり彼らの視点からすると何処かへと遠くなって行ってしまう女性だとは言わなかった、そう、ワタシは彼らの願望、理想の産物として仕立て上げられた精巧な永遠少女像だ、母親を恐怖する父親として不完全な男性達の崇高なる金剛石の美貌の妖精だったのだ、自分で自分を認識できない悪夢は詰り、ワタシにワタシを認識させようとしない彼らの妄想世界の産物だったのだ。そして今、母親の絶対的存在に打ち震える彼らは自分の事ばかりでワタシに愛の言葉を囁き掛ける余裕無く、今回のワタシの自己認識に関する実態の発露へと事至った訳だ。
 では、先程母親に同化しに行った彼等はどうして理想の不朽花であるワタシを捨てて老いた腐りかけの果実を貪りに行ったのか。理由は単純だ、彼等はリアルな精液を包含して尚笑顔でいてくれる母親の優しさに溺愛したのだ、精液の事を何も知ってくれないワタシを見限り自分を全て受け入れてくれようとする彼女の胸元に自分の居場所を発見したのだ、其処を死に場所で良いと、産れ出るその場所で死ぬ事が出来るのならば本望だと、自分の幸福な終わりの再度構築を試みそして失敗する事を成功だとしてそのまま朽ちていってしまったのだ、母親も彼らの精液の事など知らない、ただ単に自分から発生した万物は全て自分の分身であり所有物であるという認識の下に男性という性の在処を奪っているだけだ、だから自身その物が精液なのだ、生産過程の中において母であるという事、卵子を持つ受け側である事を止めない母、しかし自分から発生した精子をいくら孕んだ所でそこには発展性は有り得ない、どんどんどんどん加速度的に卵子を腐らせ精子を腐らせ絶対量が多い精子の白夜に変貌するより他無かったのだろう。
 そしてワタシ、ワタシは精液の受け手にはなれない、何故なら彼等男性の想像の範疇から作り出された偽の生体であり彼等から与えられた情緒生育の環境で真に女性的な精神性など得られよう筈も無い、そう、私は総合的に見て女性の哀しいイミテーションだ、男性でもないし女性でもない、そして男性か女性でなくては人ではない、つまりワタシは人ではない、だとしたら何だろう、そう考えた所でまた新たに降ってきた認識が先程述べた歪な骨の一言だった、それでも貴方は人です、と。
 それは折れた骨のもたらした戯言として片付けても良い物なのかもしれないが、ワタシという究極の愛玩対象を維持する代償にワタシに自己認識の安定感と自己存続の生命感とを齎してくれる健全で不健全な翼の骨達の様にワタシにとって交渉の余地、魅力、価値の在る男性ではない筈のそれ、それどころかワタシに附着する事で負の感情や障害を与える事のほうが遥かに多いであろうそれには、何か他の立派で真っ直ぐに見える骨達には無い特性を感じた、立派でもないし真っ直ぐにも見えないという事は、それが人間的である、という事にも考えられるのではないか、と。
 ワタシはその骨に質問を投げ返した、ワタシは男性である貴方がた骨に天使であるという風に言われ続けて来ましたが、貴方はワタシが人であると言った、それはどういう事なのですか?その骨は答えた、人であると言う事は、自分が人であるか否かということを考えたその瞬間に成立しています、そういう事を考え始めた瞬間に、貴方はもう天使であることを止め人としての一歩を踏み出しているのです、貴方はもう私の仲間の骨の翼が無くては飛べないような脆弱な存在ではない、その自主思考の力こそが貴方の今後にとっての何よりの希望なのです、それが本当の意味での翼なのです、貴方は今こそ自由であり、人であり、本当の天使にもなれたのです…。
 ワタシは更に質問した、貴方こそ、天使の様な存在に思えますが、これは否定的な意味で言っている訳では無くそう思うのですが、貴方自身は貴方の事をどう思いますか?これは私見ですが、ワタシにとって貴方は今まで出会った骨の翼達の中で一番人間の様であり、また天使の様だとも思いました、その骨は答えた、私は…私は、貴方無しでは生きられない側の存在であり、まさに先程の否定的な天使的存在だといってしまって良いでしょう、私は白夜の母を否定ししかし否定し切れずに結局敗北し懇願し命を救われ骨の翼になった者で、それがこの折れ曲がった貧弱な惨めな姿として痕に残ってしまっているのですが、それでもその他の真っ直ぐで素直で可愛い愚かな骨より人間的であるという自負はあります、私はこの世界を抜け出したいと感じています、貴方の翼となり、貴方と共に。
 そうですか…私はしばらく考えた。先程、一度この白夜を否定しようとした、と言いましたね、それはどうゆう事ですか?その骨は答えた、貴方はきっと、この世界の寵愛の君で在られるから御存じない事と思いますが、この世界は産みの苦しみの無い世界です、何処かで産みの苦しみが発生していなくては彼女の不条理感が募るばかりなんです、それで毎日、毎日なんて表現は可笑しいかと思いますけれどね、何千かの彼女に溶け込んだ骨達が彼女が感じるべき痛みを代替させられるんです、大抵は死にます、男に妊娠の痛みは耐えられる物では在りませんから、私は300日目まで生存しました、つまり人間の妊娠の進行予定の日数換算で出産を迎える前後の日数ですね、そこで私は母に胸を折られ結局この世界からの開放は許されずにこちらに戻ってきました、多分もう一度チャンスが有ったとしても生きてはこちらの世界に戻っては来れないでしょう、この体ですから、そこまで言って彼は苦笑してそして口を噤んでしまった。
 …天使と、翼と、そして母で成立するこの世界、と、痛みと、翼をもがれた天使と、そしてやはり母で成立する世界がある、この骨の言わんとしている事は大概を言えばそういう事だ。つまり母がいない世界と言う物が無いのだ。誰かがこの絶対的に存在している母を超えて母に成ろうとし、そしてその新たな母に成ろうとする者を支える父がいる世界、そんな世界があっても良いはずだ。そう考えそしてそれを口にしようとしてちょっと躊躇った。その言葉は何かのきっかけとなる言葉だった。やっと見つけたワタシがまたワタシじゃなくなってしまう様な、そんな気がしたのだろうか。そもそもワタシをワタシと分からせてくれたのはこの折れた骨の一言だった、だからこの骨が常にワタシの翼で在り続けてくれればワタシはワタシでいられる気がする、だが、折れた翼の天使は、飛べない。つまり、天使ではいられない、天使ではない、苦痛を伴った何らかにならなくてはならない。だがワタシはもう天使ではない、人だ、少なくとも人だと言われた、たとえ結果的にそうなる事が出来なくても、ワタシにはそれを目指して飛んで行こうと言う自由が許されていても良いのではないか。飛ぶ、この折れた翼で、本当に自由な空を。それがこれからのワタシがワタシで在り続けると言う事だ、きっと。ワタシがまたワタシでは無くなってしまうのは、この折れた骨を失ったそのときなのだろう。そう言う事を先程考えた言葉に含めて言おうとした刹那、それが始まった。

Next:3rd Week「天界の情景」
Back:第一週「貴方の天国」


Autrue ch Rutuc
TOPへ

Last of the Pieces:
TOPへ