Last of the Pieces: 2010
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Next:1「審判の日」

0「成人の日」

00「天使の心音」

 力を奪われるような感覚が続いている。昨日までは知り得なかった感覚だ。
 今日、私は成人した。だから後三日後には死ぬ。そう言う掟だ。成人して人の本当の自由を得られるんだと思っていた私は、十五の時にその幻想を捨てた。十五の時、成人後の三日間の為の強化人間プログラムに就かされた。其処でその三日後に何が待っているかを知ったからだ。『貴方は成人としての役目を立派に成し遂げた後、その肉体その精神を母なる大地に還します。その大地に還す体、魂貴方の全てはその時の為に出来る限り浄化されていなくてはなりません。因ってこの五年間、貴方には人間浄化プログラムを経験して貰います』。そしてその五年間で人間としての穢れをすっかり洗い落とし天使として生まれ変わったらしい私は、この三日間で世界への別れを告げて天国へと、或いは地獄へと羽ばたいて行かなくてはならない。今では、今までの私は生まれてさえ居なかったのではないか、とまで思う。つまりこの最終段階の三日間を経て後やっと、そこが天国の様に自分のくだらなさを理解させてくれる場所だったにせよ地獄の様に自分の無力さを理解させてくれる場所だったにせよそこに降り立ってやっと私はこの人間浄化という重い鋼の翼を下ろして人の足で大地を踏み締められるのではないか、人の心音で人からその存在を認知して貰えるのではないか、そんな風にさえ思うのだ。だが。私は自分の心臓の辺りに手を添える、そしてそこに確かに有る心臓音を手の皮膚感覚で感じ取る。駄目だ、こんな確かさの内に鳴っている心臓が偽りである筈が無い、そしてこんな正確無比なる物が一度でも停止したなら、それもまた確か過ぎる位確かな静寂、生の零地点なのだ、そこからはもう何処にも行けない、そこで生が止まってまた次の生に行ける、と言うような事は有りはしない、そこに有るのは死、生の停止と言う絶対零度のみ。
 力を搾取され続けている様な冷たい感覚の中で、一向に衰えを見せず鳴り続ける心臓は、もはや少しでも長くこの世界での生を留めようと言う様な考えを捨てているようだ、最後の最後まで力強く鳴り続けていよう、終わりの見えた状態でその鳴りを弱めたからと言って手に入る物がある訳では無い、だから。最後まで最大限にまで鳴り続ける事で手にする事が出来るかも知れない何かに懸けよう、この生命を、そんな風に思って活動しているかの様な音だ。私には、そんな心臓の張り詰めはもはや苦しく胸を圧迫するだけだった。

01「異なる視界」

 歩き続ける事が出来ない、体が何か薄気味悪い粘着質の膜に囚われているかのようだ。私は施設を一人出る前から何かが可笑しいと思っていた(冬眠の様な日々の中で、自分の意志というのは時折目覚めた。作り変えられていく自分への定期的な適応試験だったのだろう)。歩き続ける為に酷使する感覚は特に視覚な訳だがこれがどうにも自分の役に立つ為にこうして目の前に開けているのでは無い気がするのだ。視界がこうして私に見る事を強要してエネルギーを活動力を奪い死へのカウントダウンの秒読みを早めているとしか思えない。私は、十五の時に幻想を何もかも捨てたと言ったがそれはその感情が余りにも痛烈な物であった為覚えている。はっきり言って人間浄化以前に経験した事柄の大半はもう私の脳から抜け落ちている。勿論、私がどんな風に世界を見、世界を聞き、世界を感じ喜んでいたか怒っていたか哀しんでいたか楽しんでいたかも分からない、五感の記憶が残っていないのだ。
 可笑しい視界、これは、可笑しいと言うより人であった頃の常が抜け落ちている自分にとっては可笑しいという言い方自体可笑しい。異常、常とは異なる、ではない、常を忘れた自分にとっては、異なる、これでしか言い表せない。私はやはり天使として生まれ変わってしまって人ではないまま三日後にこの世を去らなくてはならないのだろうか。そしてやはり、その三日後にここではない何処かへ羽ばたいていくと言うのはこの視界に精神と肉体を全て疲弊させられての事で有るのだろうか。
 例えば今私は森の中を歩いているのだが、木を一本見たとしても気が遠くなる程の情報量が頭に入ってくる。その木を構成する物質の一つ一つが存在を私に誇示して私の神経を爆発寸前まで膨張させる。今現在何処に特に重力が掛かっているか、とか風がどのように木に当たり飛散しているかとか水が木の何処を通って何処で終っているかとか太陽光を吸収しその吸収された光がどう生命の源へと変換されているかとか葉一枚一枚の光の反射具合とか木に生きる虫が今何処には何千匹居て何処には何千匹死んでいて木の養分になろうとしているかとか木の成長の極微な推移の一部始終とか(その成長が立てる無数の不協和音とか)今どの葉が光を得られずに死に絶えようとしているかとか死んだ時のおぞましい程の急激な活動停止方とか、そう言った木が見た瞬間から次の瞬間へと移って行く時の全ての情報が私の頭に何千本と何万本と勝手に枝を張り私の頭の限界を突き破ろうとする。そして脳内の枝が私の頭を突き破る寸前に私はどうしても眼球を潰そうとしてしまう、だが潰せない、私の体は全く傷付く事が無い、触る事は出来る、心臓の鼓動を感知したり眼球の表皮にそっと触れたりそういう事は出来る、だがしかしそれが一寸でも攻撃性を持った触り方になると私の肉体は、存在を揺らがせる。私が眼球へ指を槍にした時に私の顔がどんな風に歪んでいるのかは分からないし想像もしたくないのだが、とにかく、私の肉体は攻撃を許さない。今も一羽の鳥が私の心臓を刳り抜いて行った、恐らく私は他の生き物に存在すら感知されていないのだろう。それでも、全く傷付けられる事の無い私の体でも、三日後には確実に死ぬのだ。そして私を死に至らしめる存在は、紛れも無く自分自身の感覚なのだ、この映像の三日分は確実に致死量だ、三日間眼球を潰す事を許されずに生きねばならないとしたら、私の脳を遂には過剰情報の枝が天を目指して突破してしまうだろう。それまでに、一体何をしろというのか。死を目の前に自分の存在も役割も全く見えずにいる私は、思わず空を見上げた。それを見て私は目と口で泣いてしまった。そこには、洗剤の泡の様な気色悪い何千種類もの青が一面に広がっていた。

0?「愛人花」

 私自身が洗剤を吐き続ける、人間一人の体から生まれ出る分量では到底この世界の汚濁をどうに出来る程の効能は獲得し得ないと言うのに私の体は全自動洗剤噴出機と化している。そして私は知っている、これは、自分と言う名の主観的漂白に異物を丸め込もうとする欲求、性欲だと言う事を。何故かは分からない、何故口からそれが出なくてはならないのか分からない、だが分からなくて当り前、私は自身が何であるか全く分からないまま活動する有性器の赤子だ、赤子は自分にもし性器が付属していたとしてそれの何であるか等絶対に分からない、赤子に分かるべきはその存在が快不快のどちらであるかと言う事のみに集約される、そして私にはこの行為が恐ろしく心地良かった、洗剤、白い、泡の煌く粘着質の液体、それが一体何故口から出るか、と言うより人の口の位置にあるものが口で有るのかどうか、そんな事はどちらでもいい、天使存在に成り果てた自分が何かと堅く結びつく際に使用される自己情報保存溶液をこうして愛しい地面に塗りたくる事は私の至上の喜びで有り至上である物事がこうして目の前に有ると言う時に至上以外の事に思考を巡らすのは余りにも無為だ。私は天使として目覚め果てて今初めて空を見た、現実を現実として歩む時に無くてはならない希望の空気の大海、空、それが、洗剤を示した、だから私は洗剤を口から吐き続ける、空の支持する狂気に私は両の拳を振り上げるでも足りない程に興奮し勃起した、だからこうしてその不足欲求分を体外に放出しているのだ。この愛の行為の肉体提供者は、地面である、私は今とても心地良く地面と交尾している。地面は私を優しく受け止めてくれる、愛撫してくれる、慰めてくれる、癒してくれる、口づけしてくれる、舌を絡めてくれる、満たしてくれる、満たされてくれる、私の愛液を受け入れてくれる、私の愛する者として微笑んでくれる、私の愛と自分の愛を1、と呼んでくれる、この世に2なんて要らない、全ての現象は1だ、私と貴方と言う1の回りにある事柄も実際は他ではない2ではない、1に成り得る無数の融合待機因子に過ぎない、まずは天使である貴方、天国の花園である私、そして天国の天井である青き透明色を全て1、あなたと言う白でもなければ私と言う黒でもなければ青さという透明でもない、無色、色ですらないという現象にまで昇華消滅させましょう、と素敵な愛の賛美歌を耳元で口ずさんでくれるのだ。私はそんな感涙の極みとでも言うべき愛の全てを全てと感じながら、もっと地面に深く入り込みたいと感じた、私は、性器を判断できない赤子である、と言った、性器を判断できない赤子がそれでも尚異物との同化を果したいと願う時、赤子は、自らを性器である、と言う風に誤解せざるを得ない、自らが巨大なペニスとなり相手という肉の奈落を何処までも落ちていきたい、そんな無性的根源性欲に目覚めなくてはならない、私はその誤解を誤解としてすら認識できないほど確かな物にすべく指と言う指を千切れる程に広げた。2本の足では足りない、4本の手足でも地面と結びついている部位は足りない、だから、私は20本の指を10本の手10本の足だと透明なる感覚の内に誤解しようとしている、私は、虫になりたい、私は8本の足で地面を抱き締める蜘蛛になりたい、100本の足で地面を愛撫するムカデになりたいのだ、私は髪の毛、私は髪の毛と呼ばれる滑らかなる数万を無数の触手だと誤解しようとしてその場で絶えぬ笑顔で横転する。その時だった。私の視界を捉える物が有った、視覚情報として捉えるのがとても心安らぐ存在、恐ろしく陳腐に例えるなら花、恐ろしく軒並みに形容するなら綺麗な、そう、異物、天使ではない、人、それが私をじっと見ていた。

10「白い涙」

 見えてはいないのだろう、物理的に、視覚目標が有ってそこに立ち尽くしているのではないのだろう。もし見えていたら、白濁液を口から絶えず流しつつ有り得ない程の幸福臭を顔面の腐敗した笑顔から発散させている者など見えていたら、人の顔面には、腐敗への反応感情、嫌悪、軽蔑不快憂鬱そして恐怖、自分も何れはあの様に腐敗の泥土の中に自分の身を投げ入れ溶け込み泥土と友である自分を喜ぶ豚に陥るのかも知れない、と言う自己堕落への危機感を抱えた時の表情要素、引き攣りが生ずる、笑顔であろうと、無表情であろうと、泣き顔であろうと。だがこの人は−私にはもう性区別の基準が脳に残っていない−、柔らかな表情をしていた、つまり人間にとっての生理的不快物危険物と対面してその場に立ち尽くし物思っているのではないのだ。柔らかい表情だからと言って幸福な人のそれではない、何かこの人の中で決定的な期待への空想と言う骨組みが私を取り巻く空間の雰囲気、正常を溶解し消化しそうに不浄なる雰囲気に粉々に砕けこの人の表情を支える事が出来なくなっている時の表情、無表情とは言い難い、失表情、に陥っているとでも言えばいいのか。この人の顔の骨格ですらあった、期待への空想。それが何であるかは分からない、ただ、私を取り巻く不浄空間がこの人の幸せを犯し破壊したと言う事は私の期待への妄想を膨らます、私が人間で在った時分、私はひょっとするとこの人と何か重大なる関係性の元に過ごし暮らしていたのではないか、私と言う堕天使にまだ人間としての存在の欠片が在るとするのなら、ひょっとするとこの人の胸の内にこそそれは在ると言う事ではないのか。私は純白の何も洗えない洗剤、と言うより汚す事を洗う事だと信じ込んでいる洗剤に取り囲まれ心も体も堕天使色に染め上げられながら、その人に思わず泣き掛けていた、つまり、赤子が、食事したい快眠したい快便したい遊びたい構われたい愛されたいと感じた時に即座に行う生命音発射、泣き掛けだ、私はもう言語すら覚えていない、この人と何か美音と美声のキャッチボールをしていた事さえ在るのかも知れないが、そんな事は罅だらけの記憶の水槽からごぼごぼと醜い音を立てて流れ落ち何処かの下水と一緒になってしまった。私はだから今こうしてこの人に泣き掛けている、もしも貴方が私の事を愛してくれていたなら、それをもう一度示して欲しい、愛を示して下さい、そんな貴方の物じゃなくなった悲しい顔でこちらを見ないで下さい、そう、私は、死に往く老赤子は泣き掛けていた。
 だが無駄。私の人への干渉は、地面と言う最愛の者との交尾を終了しない限り叶わない、彼女の騎乗位を抜け出さなくては私には何も出来ない、そして私は彼女の圧迫をどうする事も出来ない、私が天使だとして私の翼は空へ羽ばたく物ではない、地面を何処までも堕ちる為の呪われた黒き翼だ、天界を目指す事を許されず地の底を何処までも深く落ち込んでいく様に翼に無数の錘をぶら下げている堕天使なのだ、私には、もはや地上すら天界の一部だ、私が何かを求めるにはもはや、眩し過ぎる存在だ。でも、何かの間違いでもいいから、この眩し過ぎる世界の輝きに対する物であって私に対する物では全く無いとしても構わないから、一度でいい、もう二度と忘れないだけの、愛を示してください、私に愛を下さい。この人は太陽を見た、とても眩しそうに、とても、悲しそうに。そしてもう一度私の居る辺りに目を泳がせると、その場から去って行ってしまった。何時の間にか、私の口から出る物より私の目から出る物の方が多くなっていた。涙すら、白かった。

11「終わりの夕焼け」

 白い海の真ん中に私は立っている。見渡せば私の視界の行き届く限りに私が一心不乱に吐き続けた白、その海域が広がっていた。その白と言う色は、とても良かった。目を傷付けんばかりに眩い太陽の直接視、それがもしそんな恥じらいの究極発光でなければずっとでも見続けていたい程の甘美なる雄大なる自然美、女神の裸身なのかも知れない、と言う妄想を時折抱く事があったが、この白はそれの要素を、その誘惑的感傷思考を呼応させるに相応しい美的虚無を持っていた、美的虚無、それは分かりやすく言うと夕焼けのセンチメンタルだ、夕焼け、太陽がその存在を終え行く頃になって、老婆になってやっと私達になんの羞恥も無く己が姿を晒す、あのべた付くように橙なそれでもそれが純白の発光する若い昼の少女だった時分を思い起こさせる、老体における若き血潮の影、手の届かない存在の筈の太陽が我々赤の鼓動者達に手を差し伸べる色、橙の夕焼け、それは美しいが虚しい、私は夕焼けとしてしょぼくれた彼女の肉体を見たい訳ではない、彼女が終わりという名の実りになった姿を見せ付けられても意味が無い、彼女が実りへの可能性、花、それで在った時の裸身をこそ憧れるのだ、しかも夕焼けの時に見せてくれる彼女の姿は夕焼けが故夜の入り口が故極々短時間だ、私は、夕焼けの時の様な素直な微笑みを昼の時分から見続けていたい、と言う願望を絶対に忘れる事が出来ない、何故なら、夕焼けは不完全だからだ、本来完全なる物の完全さを余りにも想起させる不完全さはそれ自体罪だ、私、だけでなく我々は不完全なる物の完全さをどうしても追い求める、その内本来完全なる物の完全さを追い求める衝動、この不完全世界に溶け込んでしまっていて一見不完全そのものでしか無いがそれでも不自然なまでの眩さを失わずにそこに確かに有る、有る事を示しつつ見え隠れする、見え隠れするが生を抱える内にその全体像が明らかになる事は無いのは分かり切っている、神世界、それへの虚しい完全視欲求、その幻想は同じ完全の探求者人間でしか無い他者への完全であるべき愛であるなり不完全極まりない存在自分から発生してやまない完全であるべき理想、夢、人生終始計算式であるなりそう言った人間界での代償行為に置き換えられいつかは消える。だが、私、私は十五からの五年間と言う子供から大人へと心理状態を移り変える一番重要な段階を奪われた、全く現実において役立たない人の世界の外側の物への憧れを上手く断ち切る事が出来なかったのだ、それ故、今こうして、憧れていた物の夕焼けを吐き出している、この液体は多分肉体的に大人になってしまった自分の子供部分そのものなのだろう、私が十五年間で培った太陽の裸身への妄想、無精的精液とでも言うべき太陽への結合欲求元素、それがこの何故か太陽に向けてではなく地面に向けて吐き出される白色なのだろう。この白は、私が妄想した純白の太陽少女のような形を持ちたくても持てなかった終わりの不完全なる実り、夕焼けだ、だから、とても美しく、とても虚しい、私は人としては何の価値有る結実を生めなかった、私の二十年の存在定義は、今、ここに潰えたのだ。だからもう私に存在の証を残す機会は、この三日間にしか無い、天使としてのこの三日間にしか、私の存在を輝かしく、太陽の欠片にする為の夢への扉の鍵は無い。鍵、と言う言葉と、先程の美しい人が共鳴したが、その時の私にはその共鳴信号のべクトルが何処を向いているのか、知る由も無かった。

1?「憐生鳥」

 呆然として、何も目指す物無く、何も望む物無く私はその場に立ち尽くす、唯一起こっている事は私の世界への観察である。この森の木々の生え方は少々不自然だ。通常空を目的として、空から降り注ぐ光の粒子を食そうとして欲望の枝葉を生命の限り空間の限りに広げる筈だが、この木々はそうゆう前向きな存在感を出していない、なんと言うか、空を忌み嫌っているかの様にぐったりと地面に張り付いている感じだ。雰囲気が射精後のペニスに似ている、やるべき事を終えた肉組織の弛んだ安らぎの構図をこの木々はその枝、その葉その根その成長指向性に醸し出させている、つまり、生きて居たくて存在している風でない、宿主の無いペニス、精子生産能力の備わらない、射精の一発限り許された使い捨てのそれ、もう今はその役目を果し静かに眠り就きたいだけなのにセミネクロフィリアの地面に今なおその死に体をそこに留めるだけの仮初の生を与えられ無い物強請りをされてぐったりしている、そんなもう存在の終っているべき生命の憂鬱が激しい違和感激しい生的死臭となって私の脳を嬉しそうに掻き回す、私も今只今射精なのか何なのかよく分からない排出を終えたばかりの動体ペニスだ、地面はそんな私も早く自分の異常性愛の玩具蒐集の一個としたくて私の脳を優しく破壊しようとしているのだろう、自分の事を愛させよう、私の何もかもを自分の物にしようと超高濃度の媚薬を脳の皺の一つ一つに塗り込んでいる最中なのだろう。媚薬ゼラチンの脳細胞ゼリー作りをしていると言うより、自分を植物だと誤解させる為の神経麻痺を狙ってぶすぶすと脳に辺り構わず穴を開けて知性の完全崩壊を祝う脳漿の大噴水場を建造しているのかも知れない。どっちにしろ、その地面の私への施しは並みの神経の許容範囲を遥に超える。もう五感が苦しくてしょうがない、目を開けていても過剰画素の針の嵐が私の眼球を潰さん勢いで飛び込んで来るし、目を閉じても闇という闇が自分の名前が闇である事を秒間何万と言う周期で紹介してくれるし耳にはこの木々達が自分自身へのレクイエムを全枝葉で唱え叫びそして地面が一々それを拍手喝采するのに合わせ耳元の醜悪な妖精音楽隊が負の表現ばかり豊かに伴奏する様子が逐一伝えられて来るし口では先程の白と言う一生分の唾液を失った狂気と恐怖に今にも舌がその白を取り戻そうと口から飛び出そうとして体を捩って自分を根元から千切ろうとしているし鼻も先程の綺麗な人と言う花の蜜の匂いを窒息する程死ぬまで嗅いでいたいらしくこの死の匂いしか嗅ぐ事の出来ない場所でその吸引力を最大限にまで高め脳細胞に死の香りは酒の香り腐乱の香りは婦人の香り等と思考塵を鬱積させていくし、そんな五感の苦しい自分である事が苦しい私は救いを求める、空を見る。森に覆い隠されて全体像を見るまでには開けていない場所からなら、まだなんとか空であると言う事を受け入れられる、多分、視界が全部開けていたら私は空を見上げた瞬間に即死するだろう、空に浮かぶ幾億の眼球に一斉にこちらを向かれ一斉に汝空を忘れよ地面を愛せよ等と呪詛を振り掛けられたら私と言う一個体は即座に死を選ぶだろう、そんな余りにも人間時分の思い出を霞ませ汚す出来事の情報秒速に脳は付いて行けず思考摩擦の中に砕けてしまうだろう。私は祈る、お願いします、私はこんな場所で死にたくありません、こんな所で、こんな腐った生命の粘着液の檻の中で存在していたくは有りません、私を、今一度空へ、あの日の空へ導いてください、あの日の空にもう一度出会えるその日まで、貴方がたこの呪われた世界の傍観者でいさせて下さい、私を空にして下さい、無にして下さい、若しくは、地面の愛欲から解き放たれた事を軽やかに歌い舞う小鳥にして下さい、小鳥になり、あの人の肩でそれを世界に語り継ぐだけの小さな愛の伝道者にして下さい、空はそんな私の憐れな囀りに耳を傾けていたが、突如その空の眼球の見る物が変わる、何かを見つけたらしい。私もその目的物を探そうと地面に目を泳がせる。そして、それが居た。

?0「愛終歌」

 最初むしろ其処には何も居ないと思った。空間が、それの今居る場所だけ綺麗に切り取られて何処か知覚の認識し得ない虚無世界に飛ばされたのだと感じた。だが、違う。虚無空間とは私の属する側の世界だ、むしろ彼女の存在域だけが実存であり私と地面が滑稽な性技を繰り広げていた場所には何の光り輝きも無い、有るのは光を受けてその闇を恥部を晒す暗い広がりだけだ、だがその暗い広がりは彼女の居る場所で千切れている、切り裂かれている、何故なら、彼女は光、彼女は太陽だからだ。私は、彼女と言った、性別を認識できない筈の私が、だ、私がそもそも何故性判断を許されないのかと言えば私には地面と私自身以外への物理的干渉が許されていないからだ。私は自分の体の表皮にそっと触れるか、地面に激しく自分の肉体を擦りつけるか、それ以外の動作において触覚を働かせることが出来ない、何故なら他の物体に触れる必然が無いからだ、私は地面への性器として存在しそれ以上の物になる事は許されない、丁度人々の空想する天使が彼らの想像域を越えて、肉を得て彼らに慈しみの抱擁をしてあげられる訳ではない様に、私と言う堕天使も人や木や虫等自分と地面の交尾以外の事に興味を持ちそれらに触れようと願った所で何の意味も無い、ただ薄気味悪い情報画像としての彼らを痛む目痛む心で見つめる事が精一杯だ(どうゆう規則によるのかあの人の姿を例外として)。それ故私は、性欲そのものである私はしかしその性欲を物理的結合欲求を地面以外の方向には全く向ける事が出来ない、そう設定されている、だから先程のあの人にも性は微塵も感じられなかった。だが今回は違う、彼女は、私側の地平、私と地面、その範囲内に立ってそこに存在している、彼女は、私から発生してしまった白、太陽少女なのだ。私のあの綺麗な人が女性で有って欲しい私の女神で有って欲しいと言うその妄想が私自身であるこの白に今目の前に居る眩い全裸の少女、あの人をモデルとしたこの少女を形成させてしまった。それは、とても恐ろしい事だった。自分に性を感じている訳だ、自分に欲情しているのだ、何と言う恐るべき事態なのだろう。
 全裸の少女は、一片の迷いも無く私に歩み寄ってくる。恐い。この少女ともし性交に及んだら私はどうなるのだろう、この少女に自分を孕ませるのか。自分と自分を掛け合わせて自分を作る、もう、訳が分からなかった、それでも私は逃げられなかった、この少女に欲情しているからだ。私は性器でありその目的は性交でありそれ以外の存在意義は無い、例えばこの行為の余りの異様さに精神が崩壊して予定より早く死ぬことになったとしてもそれはそれで受け入れるべき終局なのだ、私には性行為以降の何らかが期待されていないのだ、その後この少女と家族を作って生きていくとか性行為後の発展材料は私には用意されていない、むしろ私自身が発展材料、精子の塊なのだ。
 少女は私の前に立つと、そっと頬に手を添えて来た。性交の前に口付けでもする気なのだろうか。そんな余計な愛の確かめ合いをして私を延命させてくれるとでも言うのか。それも悪い気はしない、あの人と愛を確かめ合えないので有ればこの少女を代わりとして最後の愛の思い出を作ってこの世を去ると言うのも、一番悪い死に方と言う物でも無い。私のあの人への憧れが今この場の気違いじみた愛のメロディーを奏でているのだとしたら私はそれを歌おう、この少女の口の中でそれを歌おう。果たして私は少女と口付けた。

?1「憐羽蝶」

 私は今少女の跡を追っている。両少女の事、あの先に見た人としての少女ともう一人私の白から出でた私に口付けをして来た太陽少女の事だ。勿論先に見た方の彼女に関して女性を感じては未だ居ないがもはやあの人をモデルとした対象と口と口の無言なる愛の雄弁を交わした以上あの人を女性と考えない訳には行かない。とは言え、彼女をそれほどまでに近くに感じているとは言えやはり彼女自身はここから立ち去ってしまって居てこの場に居るのは目の前を緩やかに往く彼女の擬態、白の人影のみだ。白の彼女は、私と口付けを交わした後それ以上を求める事は無かった。私を精神崩壊の圧縮に丸め込んで自分の中に取り込んでしまおう、もう出る訳の無い白を私から一滴残らず搾り出そうと言うような狂気行動には出なかった、それどころか彼女の口付けは、とても優しく、暖かかった。肉と肉の潰れ合いと言う様な卑猥な感じが全く無かった、私の口でなく、心に直接口付けしてくれたような、そんな感じだった。つまり、性欲に因って彼女は私の唇を奪ってくれたのでは無い、愛、彼女の胸に何故か有った私への愛で以って彼女は私を私の唇を求めたのだった。何故だろう。何故、記憶の全て消去された様な私の心の中に彼女に、つまり先に見た方の人に確実に愛されていたと言う、それを拠り所に白の彼女があの人の私への愛を知ったのであろう、愛の日々の証拠記憶が残っていたのだろう。勿論、愛は強し、等と言えばロマンティックでそれもまた良しだが何となく不自然だと思った。第一、何故この白の彼女は私と口付けを交わした以後まるで私の方を介さず先の人である彼女の去った方角を目指しているのだ。何か大きな見えざる意思の手の平の上で小躍りさせられている嫌な感じ嫌な予感は拭えなかった。
 そう、嫌な感じ、それは施設を離れるに連れこの周りの木々の本数が減って来ている事にも増幅させられる。私が先程脳内で転がしていた予感とも何とも呼べない負の空想、地面がこれら死にかけの木々の様になった私を欲っして脳を破壊しようとしているとかこの木々がまるで射精後のペニスの様だとか脳が破壊されたら私も植物の様になってしまうのかとか一面に開ける空を見たら即死するだろうとか、それらが今は溶け合い化学反応し鼻を劈く様な異臭を放っている、その匂いは、死臭だった。私はもう恐ろし過ぎて空の方を見る事が出来ない。木々の視界保護が段々と薄くなっている今空を見たら、私は自分が一体何の為にあの人を見たのか何の為にあの人の擬態と口付けしたのか全く分からないまま、死ぬか、最低でも精神が崩壊するだろう。私の以前の天使達、恐らくはその殆ど、或いは全員が死んだのであろう私以前に人間浄化された人々、彼らはそんな風に空を見ては大変な事になると分かっていても空を見上げてしまった、空に救いを求めてしまった、空に自分の愛しい人の笑顔を求めてしまったが故にその身その心を滅ぼす事になったのだろう、多分、三日生きる可能性が有ると言っても彼らの殆どは半日と持たずに死んだのではないだろうか。そして死体は、死臭を放つ、私はそれを、今、すぐそばに有る物として感じているのだ。この木々、私を覆う木々、これに対する価値観がようやく強固で高温なる沈澱鉱物となって私の脳に焼け付いて来た。この木々は、この森はほぼ間違い無く私の以前の天使達の死骸を種とした畑だ。彼らの死に様彼らの死に場を克明に残して置いてそれを思い出す事で日々と楽しくにこやかに過ごす地面の憩いの園なのだ。なんて膨大な数の生命が弄ばれたのだろう、誰がこんな恐ろしい人体実験を考えたのだろう、いや、人体所か人類総体実験とでも言うべきか。人類、私が元属していた筈のその種族、それは今どんな暮らしをし、何を思って生きているのだ?そう、あの人は、去っていったあの人は今何を思って佇んでいるのだろう。
 白の彼女は、私のそんな陰鬱とした空想とは丸で関係の無い自由の世界の住人であるかのようだった。見れば何匹か綺麗な蝶が彼女を取り囲んでいる。物理的に何か有ると知覚出来る訳では無いから精神的な何かが有ると、そこに見えない心の花が開いていて透明ながら甘美なる蜜を宿していると感じてしまっているのだろう。彼女は時々そんな蝶を指先に止めようとするが上手く行かない、それはそうだ、肉体の存在次元が彼らとは違うのだから。私は、何となく私自身があの人の指先に止まろうとするも上手く行かない蝶の様だと思った。ただ違うのは、この蝶達は、この見えない花には止まれないと判れば別の花を目指せばいいが、私は、私には他の花など存在しない、私にはこの白の彼女の元となったあの人以外の花は無いと言う事だ。そしてその花は多分もはや永久に止まる事の叶わない花だ。花に止まれない蝶は、何に止まればいい、何の為に、何処を目指して羽ばたけばいいのだ。

22「成人の日々」

 白の彼女を追って行った先で、あの人の居ると思しき人々の居住区を見つけた。長閑で、不快な風景だ。長閑なのに、センチメンタルが起こらないと言うのはとても不快だ。長閑さに感じるセンチメンタル、その長閑さの中に溶け込みたい、其処から出たくない、少なくともその長閑さを片時も忘れて居たくないのにそうもしていられないから、日々忙しく生きていくスピードに長閑さの記憶が剥がれ落ちてゆくから、と言うので感じる甘く切ない郷愁。だが、私には郷愁の念が存在しない、私はもう人ではないからだ、人としてその長閑さを満喫し生活する事の素晴らしさ、快感の記憶が完全に抜け落ちている上その記憶を新たに獲得する事は不可能と判り切っている以上郷愁と呼べるほどの胸を掻き毟られる様な強烈な念は心に生まれ得ない。また、郷愁を覚えられない者に郷愁の念自体への郷愁等も発生しようがない−何故なら郷愁自体の経験記憶、甘さ切なさの感覚に自意識が支配されると言うその記憶をも消え去ってしまっているから−から、私はこの目の前に広がる美しい人々の居住庭園を見ても何の快も得られなかった、元来有っていい筈の、それも特大の快楽、それを得られないと言う事実は、郷愁の胸を締め付ける懐かしさとは全く異質な激情を私に齎す、非常に苛立たしく、不愉快だ、と言う、自分から様々な深刻である物事を欠落させたこの状況、それに対する激怒だ。それでも、最低でも美しさを感じている事は多少には快かも知れない、だが、この美しさには嘘の匂いがした。何が嘘なのだろう、そして私は気付く、空が、嘘なのだ、あの眼球のプールの圧迫感が全く無い、勿論私は人として以前見た空の通常をすら覚えていないから何とも言えないが、これは多分通常の人々が空として捉える物、それのこの居住区範囲のみに効果を及ぼすイミテーションなのだろう。人がそれを見上げた時、嗚呼今日もどうにか幸福だなあ、等と神経を弛緩させてつい笑顔を零させる、そんな安楽の麻酔で人々を虜にしてしまう、青一色、青一面。恐らくこのイミテーションスカイはその空の性質を過剰なまでに強化しているのだと思う、空を青い洗剤の湖としか捉えられなかった私ですらある種の異様な心地良さを得る事が出来るのだから。そしてその下で、緑の豊かな、水の豊かな楽園に住む人々。彼らこそ、天国に住み暮らす天使と考えてもいいのかも知れない。彼らは恐らく成人してから自分がどうなるか、私の様になってしまう事、そしてその後ほぼ確実にあれら木々と言う天使の死骸となってしまう事、そう言った事を全く知り得ないまま、空を見て幸福、緑を見て安心、水を飲んで健康、そんな安楽主要三元素の様な綺麗で愛しい事柄ばかり両手一杯抱えて日々を送っているのだろう。汚れを目にする事の無い子供は、世界に不平不満を持つ事も無い、例えば彼らがこの環境で成人するとなればまた話は変わってくるだろう、成人して、自分の生きた証を残したい、自分の生を燃し高々と掲げ他人の太陽として私は在りたい、と思った時にこんな予定調和の楽園では彼らは満足しないだろう、彼らは必ず世界を変えよう、その為にまず世界の真相を知ろう、と言う風に活動を起す筈だ。だが、この楽園は子供の楽園だ、楽園と言う名の牢獄だ。子供が大人になろうとした瞬間にこの世界はその笑顔を変える、いや、笑顔のまま狂気を示す。大人と言う新たな地平に往くのは不可能だ、一応私に与えられたこの三日間は大人としてのそれと言う物なのかも知れないが、勿論こんな限定され過ぎた夢への助走期間に納得する者は居ないだろう、それに、これは夢への助走など出来る物ではない、私の状態に在る者は、とてもではないが天になど羽ばたく事は出来ない、泥濘む地面を助走してどんどん地面に深く潜り込んで往くばかりだ、そして何時かは顔の上まで地面に落ち込み窒息してしまう。私も半身辺りまでもう地面に埋まり切って空へ羽ばたく希望など自分で叩き潰してしまった。希望を砕いた私の衝動はまだ収拾が付いていない様でこの景色も私はこの空にへばり付く青い物を落下させて終わりにしてしまいたいと思った。この人々を包む嘘の美も私を囲む真実の醜も全て無き物にして、全てを破壊してそこからまた新たに出て来る芽が有れば、天使の死骸を種として気だるげに地面から顔を出す、そんな物でなく、この嘘の空の向こうの本当に天国の一部なのではないかと思える様な青い世界へ伸び上がって行く希望の芽が有れば、そしてその種を植え付けるのが他でもない私であれば、そんな風に夢を見た、この夢見る事を禁じられた世界で。空に羽ばたく綺麗な姿で夢を追うのは無理だろう、それでも私は夢を見よう、地面に潜り込み、息が出来なくなるまで。
 私の成人の日は、未来の彼らの成人の日々に連なる事が出来るだろうか。もし出来たなら、私のこのたった三日間の生でも、私は自信を持ってそれを、成人の日々、と叫びたい。

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