Bアフガニスタン−空洞の標的
米英両軍は7日午後零時半(日本時間の8日午前1時半)、米国のニューヨークとワシントンの連続テロ事件から26日目に、アフガニスタンでの軍事行動を開始、12日間の空爆に続いて地上戦に入った。アフガニスタンには、テロ事件の首謀者とされるオサマ・ビン・ラーディンが潜伏するとされ、国際テロリスト・ネットワーク「アル・カイダ」の基地が散在する。攻撃の狙いは、その軍事関連施設を徹底的に破壊し、ビン・ラーディンをかくまっている「タリバン」を殲滅することにあるのだ。だが、この作戦には、明らかな論理の飛躍があり、戦略的見地から見て、ほとんど成果が期待できない選択である。だが、本当の標的を見出せない米国は、やり場のない怒りに任せて“空洞の標的”を攻撃することになった。
米英両軍のアフガン攻撃開始のニュースに驚きはなかった。米国政府はテロ事件直後から、ビン・ラーディンを公然と非難し、タリバンを共謀者であるとして、攻撃対象にすると宣言した。ブッシュ大統領がタリバンに突きつけた最後通牒は、ビン・ラーディン以下テロリストを引き渡せ、すべてのテロリスト訓練施設を破壊せよ、われわれの査察を受け入れよ、というものだった。タリバンは当然これに反発し、米国の攻撃は、遅かれ早かれ始まるだろうというのが衆目の一致するところだった。世界中のメディアが、この日が近いことを予想して、報道の準備を整えていた。パキスタンのイスラマバードには、全世界のメディアがテント小屋を立ててスタンバイしていた。
だが、この予想通りということは、別の意味で重要だ。攻撃の矢面てに立たされたタリバンやビン・ラーディンもまた米国の攻撃を予想して、準備を整えていたと考えられるからだ。とくに、攻撃の数時間後には、ビン・ラーディンが米国を非難し、新たな「ジハード(聖戦)」をイスラム世界に呼びかけるビデオテープが世界に放映されたことが指摘される。テープはすでに用意されていた。ビン・ラーディンは、この日の来るのを、すでにニューヨークとワシントンのテロ事件が起こったときから予想し、「ジハード」のタイムテーブルに組み込んでいたと思われる。つまり、米国がテロ事件の報復としてアフガン空爆に乗り出すことはすでに折り込み済みであった、と考えられるのだ。
ブッシュ政権は、テロリストの仕掛けたワナにはまった、というのが私の結論である。
われわれは、ここで、テロリスト・グループと米英軍の戦いを感情的に捉えるのではなく、戦略的見地から見ることにしよう。
ニューヨークとワシントンを襲った9月11日の連続テロ事件は、奇襲作戦であり、米国は全く虚を突かれた。それだけに直接的被害は甚大で、テロ攻撃は成功したと言える。しかも、ミサイル防衛構想をはじめ国防力の増強を標榜していたブッシュ政権にとっては、面目丸つぶれとなった。
米政府は、事件直後から厳戒態勢を敷いた。それは、第二波攻撃の恐れがあったからである。さらに、米国内にテロリストの拠点が見つかったために、史上最大の捜索が始まった。米メディアは、テロ事件現場の惨情を繰り返し放映し、事件の捜査状況を時々刻々と報道した。米国民の関心はいやが上にも高まった。
テロと全面的対決姿勢を示したブッシュ大統領への支持は90%を超えたが、反面、テロ攻撃がなお続くと予想する声も80%を超えた。米国民は明らかに、テロの恐怖に取り付かれた。
テロ事件にハイジャックされた航空機が使われたことから、航空機の乗客は激減し、航空業界は苦境に陥った。ウォール街のお膝元が直撃されたことから、株価は暴落した。
テロの目的は、敵を恐怖によって委縮させ、撹乱することにある。その意味でテロリストたちは完全に目的を達成した。
ビン・ラーディンの空爆直後のビデオ・メッセージは、それに追い討ちを掛けるものだ。
「アメリカは北から南まで、東から西まで恐怖に満ち溢れた。神の加護によって、アメリカはわれわれが味わったものと同じものを今味わっている。われわれイスラムの民は、80年以上に渡って同じ思いをして来た。息子たちを殺され、血にまみれさせ、神聖を冒涜される屈辱と不名誉。(中略)彼らは世界に向かってテロリズムと戦っていると虚言を吐く。極東の国、日本の老若男女を(原爆投下によって)何十万人も殺しながら、これは世界的犯罪ではないと言うのだ。(中略)アメリカとアメリカ国民に告げる。私は神に誓って言う。パレスチナに平和が戻り、異教徒の軍がモハメットの聖地から去り、平和が訪れるまで、アメリカは平和のうちに暮らすことはない」
○超大国のやり場のない怒り
米国は、冷戦に勝利して「軍事超大国」となり、さらに、その余力で「最強の経済」(クリントン大統領)を築き上げただけに、傲慢と言えるほどの自信を持っていた。テロ事件はその自信を無残に打ち砕いた。建国以来、外国との戦争に降伏したことがないだけに、全米の中枢、ニューヨークとワシントンを襲撃された衝撃は、外部から見る以上に深刻である。
ブッシュ政権は、テロリスト・グループに壊滅的打撃を与えて、テロ攻撃の恐れを払拭することが、至上命令となった。
しかし、これは容易なことではない。なぜならば、米国はテロ事件発生後に初めて、テロ組織の本格的捜査に乗り出したばかりで、首謀者と見なすビン・ラーディンの居場所は特定しておらず、組織全体の詳細な情報もつかんでいないからだ。ブッシュ政権に対する米国内のプレッシャーは非常に厳しく、米当局はCIAからFBI、あらゆる捜査網を使って手がかりをつかもうと懸命だが、現実には政権内部の焦燥感は募る一方だ。
ブッシュ政権は、結局、国内のプレッシャーと政権内部の焦燥感に負けて、十分な情報を把握して情報戦に勝利する前に、アフガン空爆に踏み切った。
米国は太平洋戦争で、日本軍によって真珠湾攻撃の奇襲を受けたが、その後は、日本の暗号を完全に解読するなど情報戦に勝利したうえで巻き返しをはかり、戦争に勝利したのだが、今回は対照的である。
中国古代の兵法家、孫子に言う。
「それ未だ戦わずして廟算して勝つ者は、算を得ること多ければなり。未だ戦わずして勝たざる者は、算を得ること少なければなり。算多きは勝ち、算少なきは勝たず。しかるを況や算なきにおいてをや。吾れこれを以ってこれを観るに、勝負あらわる」(金谷治訳注・岩波文庫から)
アフガン空爆は、戦略的に見て、最初から問題がある。
○アフガニスタン
米国防総省は7日から5日間に渡って、アフガニスタン国内の40ヵ所以上の軍事施設を50発以上の巡航ミサイルで攻撃、爆撃機で空爆した。
ブッシュ大統領は9日時点で、「米軍機は妨害を受けることなく自由に飛行できるようになった」と語り、米軍がアフガン上空の制空権を掌握した、と表明した。
アフガン空爆における米国の論理は、テロ事件の首謀者はビン・ラーディンであり、彼が営むテロ組織「アル・カイダ」の主要基地はアフガニスタンにある。だから、その基地を壊滅させる。同時に、アル・カイダを支持し、ビン・ラーデインをかくまうタリバン政権も同罪として制裁を加える、というものである。「空爆は、その条件を整えるものだ」(ラムズフェルド国防長官)という。
国防総省の16日の発表によると、15日から100機以上の爆撃機を投入、空爆開始以来、2000発以上の爆弾をアフガニスタン全土に投下したという。
米国が攻撃するアフガニスタンは、テロリスト壊滅という本来の目的からして、どのような戦略的意義がるのか?
アフガニスタンは、古くからユーラシア大陸の交通の要衝であった。インドの詩人モハメド・イクバルは「アジアの心臓」と表現し、ペルシャ帝国やチムール帝国など異民族が攻め寄せて、争奪戦の場所となった。
アフガニスタン王国の建国は1747年。「建国の父」となるアハマド・シャー(王)がパシュトゥン人部族をまとめあげた。だが、19世紀に入ると、英国とロシア(後にソ連)の覇権争いに巻き込まれていく。インドを支配下に置いた英国は、ロシアの南下を食い止めるため、1838年、1878年、1919年と三度にわたって兵を送ったが、アフガニスタン人は「ジハード(聖戦)」を宣言し徹底抗戦の末に三度とも撃退した。
第二次世界大戦後の冷戦時代、英国に代わって米国が登場し、南進するソ連と対峙する。ソ連は1956年からアフガニスタン北部で発電、かんがい事業の援助を開始し、78年までに約25億ドルの援助を与えた。米国は、ソ連に対抗するためにパキスタンからアフガニスタンに援助の手を伸ばし、援助合戦となる。
1979年1月、ソ連のアフガニスタン侵攻で、一触即発の事態が訪れる。アフガニスタン国内のイスラム教徒がムジャヒディン(戦士)として立ち上がり、ソ連軍に対する抵抗運動が始まった。ビン・ラーディンは、このときから戦闘に参加し、アフガニスタンでの人脈を培っていった、と言われる。
この戦いは10年間続いた。現在あるタリバンとその対抗勢力となっている「北部同盟」のメンバーは、ともに同じムジャヒディンとしてソ連に対する戦いに参加していた。
しかも、このとき、米国はソ連への対抗上、CIAを通じて、かなり巨額の軍事支援を行った。詳細は機密にされているが、ゲリラ活動をはじめとする軍事指導もなされた、と言われる。そうだとすれば、まさに飼い犬に手をかまれた格好だが、テロ事件以降、ホワイトハウスの報道統制の下で、この件は一種のタブーとされている。
89年にソ連軍が撤退、ムジャヒディンは勝利の凱歌を上げたが、その後は分裂して、国内は軍閥に分かれ、内戦状態に陥った。軍閥は領土を争い、幹線道路に関所を設けて通行税を徴収するとともに、山賊化していった。その中、イスラム学生運動「タリバン」が起こった。タリバンとは、アラビア語の学生、「タリブ」の複数形である。
タリバンを起こしたのは、米国がいまや目の敵にする最高指導者、オマル師である。オマル師は1959年に生まれたとされ、なお40代の前半で、ビン・ラーディンの娘を娶って姻戚関係にあるという。
オマル師は、内戦の最中に30人ほどの弟子とともに自動小銃十数丁を持って立ち上がり、パキスタンの難民キャンプにいたパシュトゥン人のイスラム教徒や、マドラサ(神学校)で学ぶ学生を取り込んで勢力を伸ばしていった。そして、投降したムジャヒディンも傘下に収めて、アフガニスタンの8割以上の領土を実効支配するに至った。以上がアフガニスタンの歴史の要約である。
では、アフガニスタンはどのようなところか?
CIAのファクト・シートによると、西にパキスタン、東にイランと国境を接し、面積は64万7000平方`で日本の1・7倍。気候は乾燥地帯で、夏は暑く、冬は寒い。天然ガス、石油、石炭、鉛、亜鉛、鉄、銅、クロマイト、さらに貴金属が採取される。だが、長年の内戦で鉱工業はほとんど壊滅状態である。
耕作可能面積は全土の12%、灌漑地域は1993年当時でわずか3万平方`。46%が牧草地帯で、森林は3%、残りは岩石地帯また砂漠である。
人口は2001年7月現在で2681万人。乳幼児死亡率は1000人に対して147人。平均寿命は46・2歳。一般人の生活は、羊の遊牧と、わずかの農業にたよっている。近年は干ばつの被害が全土に広がっており、極端に貧しい。国民一人当たりのGDP(2000年)は800ドルと推定される。
パシュトゥン人(38%)、タジク人(25%)、ハザラ人(19%)のほか多様な少数民族が住んでいるが、宗教はスンニ派のイスラム教徒が84%、シーア派が15%を占める。
首都カブールは、タリバン政権が支配している。タリバンの資金源は、ケシの栽培とヘロインなど麻薬取引である。さらに、ビン・ラーディンから資金援助を受けて、国内の約40ヵ所にテロリストの訓練基地を経営して来た。
だが、タリバンの保有する兵器は、旧ソ連軍から接収した一時代前のミグ戦闘機や戦車、地対空ミサイル、さらに歩兵が携えている機関銃は旧ソ連製のカラシニコフだ。
こうした貧困にあえぎ、時代遅れの武器しか持たない軍隊を攻撃するために、米国防総省は、カールビンソン、エンタープライズなどの空母をアラビア湾などに展開し、そこからF14トムキャットやFA18ホ−ネットなど最新の戦闘機を繰り出して爆撃する一方、駆逐艦から巡航ミサイルのトマホーク100発を打ち込んだ。
さらに、首都カブールの南方4500`の洋上にあるディエゴガルシア島からB1、B52爆撃機を飛ばして、徹底的な破壊を進めている。
このハイテク化した巨大戦力を駆使した空爆の背景にあるのは、タリバンの兵士は何人殺傷してもかまわないが、米国兵は一兵たりとも死傷することがあってはならない、という米軍の不文律である。湾岸戦争以来、イラクの空爆、ボスニア、コソボ紛争と、ここ10年の米軍の派兵哲学は、米軍兵士の生命は尊いものであり、どれだけの金をかけても守らねばならない、という思想に貫かれている。これは、自分の生命を犠牲にしても作戦を完遂させる自爆テロと対極に位置するものだ。そして、同時に敵に対する無差別殺りくにもつながる危険性をはらんでいる。
○「城を攻める」
以上の事実から言えることは、米軍の作戦は、アフガニスタンの無数にある岩山の洞穴のどこかに潜んでいると見られるテロ事件の首謀者、ビン・ラーディンを大規模な空爆で威嚇して、逃げ出したところを捕まえるか、殺害する、というだけのものである。それだけに、ビン・ラーディンが現れて捕まるか、殺されるまで、空爆は止むことはない。ブッシュ大統領が11日の記者会見で、「戦闘は1ヶ月か、1、2年かかるかもしれない」と語ったのは、論理の必然である。
だが、この作戦は、戦略的な見地からして守るべき原則を全く踏み外していると言わねばならない。
まず、第一に、攻撃の終結時点が予想できない、という戦争経済にとって最悪の前提を容認している点だ。
孫子の作戦篇に言う。
「その戦いを行うや久しければ即ち兵をつからせ鋭を挫く。城を攻めれば即ち力つき、久しく師を曝さば即ち国用足らず。それ兵を鈍らせ鋭をくじき、力をつくし貨をつくすときは、即ち諸侯その弊に乗じて起こる。智者ありといえども、その後を善くするをあたわず。故に兵は拙速なるを聞くも、未だ巧久なるを見ざるなり。それ兵久しくして国の利する者は、未だこれ有らざるなり」
1991年の湾岸戦争も、今回のアフガン攻撃と同様に米軍を中心とする空爆に始まる大規模作戦だった。1月17日に始まった「砂漠の嵐」作戦は、まず徹底した空爆で制空権を確保した上に、敵の通信網を寸断し、2月24日に地上戦に移って、3月3日にイラクが停戦協定を受け入れるまで続いた。
だが、この戦争には、イラクが侵攻したクウェートを解放するという明確な戦略目標があり、攻撃の終結時点は、イラク軍の撤退に合わせることができた。
だが、今回は、たとえタリバン政権が停戦協定に合意し、降伏したとしても、戦争は終わらない。問題の本質は、テロリストを壊滅することであって、タリバン政権の転覆は二義的な意味しかもたないからだ。タリバン政権の代わりに、北部同盟が政権をとったとしても、それはあくまでアフガニスタン国内の治安情勢を変えることはあっても、現在、潜伏しているとされるビン・ラーディンを捕らえ、テロ組織を破壊することにはならないからだ。米国は戦い続けねばならない。
米国は軍事超大国であるが、それでも無期限の戦いを戦い抜くことはできない。戦いが長期化すれば、ベトナム戦争時のように、いずれ経済は疲弊することになり、国内に厭戦ムードが高まっていく。挙国一致もいつまでも続かない。しかも、アフガニスタンに主戦力が釘付けにされれば、別のところで新たな戦争が起こされた場合に、対応も不可能な事態が出てくる。
第二に、今回の作戦は「城を攻める」、つまり敵が立てこもる要塞を攻撃するという最も労多くして、最も成果の期待できない選択をした。
孫子の謀攻篇に言う。
「凡そ用兵の法は、国をまっとうするを上となし、国を破るをこれに次ぐ。軍をまっとうするを上となし、軍を破るはこれに次ぐ。(中略)故に上兵は謀(敵の陰謀)を討つ。その次は交(外交関係)を討つ。その下は城を攻む」
CIAの資料が述べているように、アフガニスタンは、岩と砂漠の荒地に軍事施設となる洞穴が点在するだけで、全く戦略的な価値がない。つまり、攻撃して占拠するに値しない。アーミテージ国務副長官は「米国はアフガンを占領するわけではない」と言っている。
それでも攻撃するのは、ビン・ラーデインを洞穴から追い出して捕らえるか、殺害するためであるが、居場所が分からない以上、アフガニスタン全土を対象に爆撃を続けなくてはならない。地上軍投入が始まったが、日本の1・7倍もある地域を隈なく攻撃することなど、不可能に近い。双方に死傷者が急増するのは間違いなく、リスクは非常に大きい。
第三に、こうした作戦の誤りは、必然的に個々の攻撃目標の設定にまで及ぶ。作戦の目標がテロリストの壊滅である以上、すべての施設、すべての人家、すべてのものが攻撃目標になり得る。米国は地球軌道にある宇宙衛星から地上の映像をモニターしており、衛星の陰になる時間帯を除いて、数センチの精度で人影を割り出せるという。その情報に基いて攻撃しているため、怪しい映像をもたらしたものは、すべて攻撃することになる。NGOや赤十字の施設が爆撃されたのは、本来の意味での誤爆ではない。この作戦そのものが、誤爆を容認するものだからだ。つまり、確実な攻撃目標を与えられていない軍は、無差別に攻撃する以外にない。
米軍は、この無差別攻撃の一方で、人道的措置と称して食料や衣料品を空中投下する作戦を展開している。だが、これは第四の戦略的原則を踏み外すことになっている。
孫子の作戦篇に言う。
「善く兵を用うる者は、役は再びは籍せず、糧は三たびは載せず。用を国に取り、糧を敵に寄る。故に軍食足るべきなり。国の師に貧なるは、遠師にして遠くいたせばなり。(中略)故に智将は務めて敵に食む。敵の一鍾を食むは、吾が二十鍾に当たる」
米政府は「アフガニスタンの一般国民の支持を得るために、物資を投下する」としているが、空爆と物資投下は相反する行動であり、論理的に矛盾している。空爆を受ける国民が、物資投下を喜んで空爆を支持するなどと考えるのは、あまりに独善的だ。
さらに、投下物資がタリバン、あるいはテロリストの手に渡れば空爆の効果は半減されるし、投下物資の取り合いでいたずらに流血騒ぎが起きることも、十分予想される。物資が、それを必要とする一般国民の手にわたるという保証はない。
最後に、米軍はビン・ラーディンがアフガニスタンに潜伏していることを前提として、今回の大規模攻撃に踏み切った。しかし、ビン・ラーディンの居場所はいまだに特定されない。もし、ビン・ラーディンがアフガニスタン以外のところに潜伏しているとすれば、攻撃の前提は失われるのだ。
ビン・ラーディンを生け捕りにすることは、今回のテロ事件に決着をつける上で最重要課題であることには疑いない。
だが、アル・カイダで訓練されたテロリストは、すでに5000人以上に上るとの推定がある。この数字が誇張であるとしても、今回のテロ事件以後、米国の捜査当局が参考人として事情聴取したのも、1000人を超えるという。これらの者は、アフガニスタンにいたのではなく、米国やドイツ、英国、さらにパキスタン、フィリピンなど欧米・アジア諸国に及んでいる。
アフガニスタンに、現在、何人のテロリストが潜伏しているのか?ほとんどの者がすでに離散して、世界各国にいると考える方が自然である。
米軍は、こうした事情を無視して、アフガニスタン全土を攻撃するという無謀な作戦に走った。
現在の作戦を継続し、さらに大規模な地上軍や特殊部隊を投入して戦線を拡大したとしても、おそらくビン・ラーディンを捕まえることは困難だろう。いわんや、テロリストのネットワークを壊滅し、その攻撃を食い止めることなど程遠い目標だと言わねばならない。
では、ビン・ラーディンを捕まえる作戦がほかにあるのか?一つの作戦がある。たぶん、一つだけある。だが、それは公表されるべき性質のものではあるまい。(10月20日)
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