◇新テロリズムの時代
米国の政治・経済の中枢であるワシントンとニューヨークが9月11日、連続テロに襲撃され、米国史上最悪の被害をもたらした。この事件は、米国の威信を打ち砕くとともに、冷戦後も生きている核兵器の抑止力による安全保障体制が、もはや機能しないことを強く印象付けた。今回の事件は新テロリズムの時代の幕開けを告げるものとなるだろう。テロ組織のネットワークは世界に拡大し、テロの手段もより高度に洗練され、ハイテク化している。秘密工作はより巧妙化しており、核兵器や生物化学兵器など大量破壊兵器の使用も懸念される。テロ攻撃の標的は、米国だけではない。欧州や日本のG7(主要先進7ヶ国)や、ロシア、中国もまた新たな脅威に曝されている。
@米国の安全保障の死角
マサチューセッツ州ボストンからニューヨークに飛来したアメリカン航空の旅客機が、マンハッタンの南端にある高さ430メートル、110階建ての世界貿易センタービルのツインビルの第1棟(北タワー)に突っ込んだのは、11日午前8時48分(日本時間午後9時48分)だった。旅客機は爆発、炎上し、5万人近い人が働いていたビルはパニック状態になった。さらに18分後、ユナイテッド航空の旅客機が第2棟(南タワー)に衝突した。チューブ構造で各階に柱がないツインビルは衝撃で間もなく上層階から崩壊し、数千人が巻き込まれる大惨事となった。
激突した旅客機は後に、ボストンのローガン国際空港を飛び立ってロサンゼルスへ向かう予定だったアメリカン航空11便のボーイング767とユナイテッド航空175便の同型機と分かった。いずれも出発後間もなくアラブ人にハイジャックされた。
その約1時間後、午前9時43分(日本時間午後10時43分)首都ワシントン近隣のダレス国際空港で乗っ取られたアメリカン航空のロサンゼルス行77便が、ワシントン郊外の国防総省(ペンタゴン)に突入した。2万3000人の職員が出勤しており、200人近くが死亡した。米政府は後に「当初の目標はホワイトハウスだった」と発表している。
これらの旅客機はいずれも西海岸に行く長距離飛行のために、大量のジェット燃料を搭載しており、それ自体が巨大な爆弾であった。乗客、乗員はおそらく即死だった。激突された建物は、数日間に渡って煙を上げ続けた。
一方、ほぼ同時刻に、ニューヨーク州ニューアークでユナイテッド航空サンフランシスコ行93便のボーイング757がハイジャックされ、ペンシルベニア州ピッツバーグの東、シャンクビルに墜落した。これは、メリーランドにある大統領専用の別荘、キャンプ・デービッドに向かう途中だったと見られるが、緊急事態を察知した空軍機によって撃墜された可能性が大きい。4機の旅客機に乗っていたのはハイジャック犯を含めて266人だったが、いずれも生存者はなかった。
いずれの旅客機もハイジャックされた後に、ハイジャック犯が自ら操縦し、攻撃目標に激突していった。自爆したのである。
当時、フロリダ州を遊説中だったブッシュ大統領は、「米国に対するテロリストの攻撃だ」と声明を発表した。米国内のすべての空路はテロの危険に曝されていた。大統領は、全米の航空機の離発着を全面停止する命令を出した後、エアホース・ワンでいったんネブラスカ州オハマの空軍基地に避難した。そこで国家安全保障会議(NSC)を開催し、ホワイトハウスに帰還したのは夕刻であった。
ブッシュ大統領はその日午後8時半に、全米向けにTV放送で演説したが、その声明は苦渋に満ちていた。
「今日、われわれ同胞の市民、われわれの生活、われわれの自由が、一連の用意周到で恐ろしいテロリストの攻撃を受けた。被害者は飛行機にいたし、事務所にもいた。秘書であり、ビジネスマンであり、女性であり、軍人であり、連邦政府の職員だった。母であり、父であり、友人であり、隣人であった。数千の命が邪悪で侮蔑すべきテロ行為によって突然奪われた」
米国は、冷戦後、世界最大の軍事大国として生き残った。クリントン政権はは1993年に「ボトムアップ・レヴュー」を実施し、世界の二つの地域で同時発生する大規模地域紛争へ対処するための二正面作戦を軸として、総兵力約146万人、陸軍10箇師団、空母11隻(予備役1隻)、13戦闘航空団(予備役7)を保有することになった。
また、93年1月に第2次戦略兵器削減条約(START
II)を締結した。その結果、2007年末までに戦略核戦力を、大陸間弾道ミサイル(ICBM)500基、トライデントD-5を搭載した弾道ミサイル搭載原子力潜水艦14隻、戦略爆撃機(B-52、B-2)95機にまで削減することを決めた。削減途上にある現在は、この規模以上の核戦力を保有している。
一方、通常兵力では、陸上戦力が、陸軍10個師団約47万人、海兵隊3個師団約17万人を擁する。米国のほかドイツに陸軍2個師団、韓国に陸軍1個師団、日本に海兵隊1個師団を駐留させている。
海上戦力は、艦艇約970隻(うち潜水艦約75隻)で500万トンの勢力を擁し、大西洋に第2艦隊、地中海に第6艦隊、ペルシャ湾に第5艦隊、東太平洋に第3艦隊、西太平洋及びインド洋に第7艦隊を展開している。
航空戦力は、空軍、海軍と海兵隊を合わせて作戦機約3560機を擁し、ドイツ、英国、日本、韓国の米軍基地、さらに作戦機を搭載した空母が世界の洋上を巡っている。
だが、これだけの軍事力を誇るにもかかわらず、国防総省は、今回のテロ事件を未然に防ぐことができず、結果的に、この巨大な軍事力が無力であったことを示した。テロリストたちは、超大国の安全保障の死角を突いて、襲撃を成し遂げたのである。
今回のテロ事件で、ペンタゴンに突入したアメリカン航空機に乗り合わせた法律家でTVコメンテーターのバーバラ・オルソン女史は、死の直前に機中から夫に携帯電話を掛け、「すべての乗客とパイロットを含めた乗員が、武装したハイジャッカーによって機内後部に押しやられた。彼らが持っていた武器は、ナイフとカッターナイフだけだ」と語っている。
テロリストの武器が「カッターナイフ」であったのは、今回のテロが秘密裏にいかに巧妙に実行されたかを象徴している。
確かに、空港の警備は甘かった。 手荷物検査係はナイフの持込を見過ごしてしまった。
だが、彼らはたとえナイフがなくても、旅客機のハイジャックに成功したであろう。なぜなら、テロリストたちはいずれもテロの専門的な訓練を受けていたと見られるからだ。
米国政府は、過去最大の捜査陣で事件を調べている。
アシュクロフト司法長官は、「かつてない規模の捜査員を投入し厳しい捜査をしている」と語った。連邦捜査局(FBI)は、19人のハイジャック犯を特定し、いずれも中東出身者であると発表した。また、50人以上を共犯の疑いで取り調べている。これまでの捜査の結果、今回の事件が、少なくとも5年前から周到に準備、決行されたことが明らかになってきた。事件の背後には、広範囲なテロ組織が存在し、支援してきたことも分かってきた。
FBIが米国のメディアに明らかにした、いくつかの事実を見ても、事件が一本のカッターナイフで引き起こされるような単純な計画ではなかったことが分かる。
ワシントンポスト紙によれば、19人のハイジャック犯のうち16人が合法的なビザを取得して米国に入国していた。15人は商用か観光用ビザを受けており、残る1人は、航空機操縦技術の取得など専門ビザであったという。いったん入国した後は一般市民に紛れ込んでしまった。ある者のビザは滞在期限を過ぎてしまっていた。この事実は、ハイジャック犯が海外からの旅行者などとして入国しており、その時点で全く疑いを招くことがなかったということである。
また、AP通信によると、ハイジャック犯のうち2人は、カナダのノバスコシアからフェリーで国境を越えて、メーン州バー・ハーバーに入ったという。陸路を通って越境する場合は、空路のようにパスポートを調べる厳しい出入国管理がないことも、盲点だ。カナダの警察当局と国際警察(INTERPOL)は、これらの人物のカナダでの足取りを追っている。
ボストン・グローブ紙によると、ハイジャック犯7人の航空券は、同一のクレジットカードで購入されており、捜査当局はカードの名義人となっているボストンに住む人物を参考人として聴取していると伝えた。ボストンのローガン空港は、2機の旅客機が乗っ取られており、犯行の拠点となった疑いが強い。
また、事件の直後に、FBIはドイツ・ハンブルグの工科大学を捜索している。ニューヨーク・タイムズ紙は、8人の容疑者がこの大学に籍を置いたことがあり、そのうちの1人は航空工学を学んでいたと伝えた。
テロの拠点は、彼らの出身の中東諸国から米国内、さらに欧州諸国にまで広がっていることが分かる。
さらに、CNNは捜査当局の話として奇妙なニュースを報道した。ハイジャック犯のほとんどが互いに面識がなく、事前に約束した合図を受けて独自に行動したようだ、という。つまり、ハイジャック犯はそれぞれ合図を受けて、事前に打ち合わせた行動を実行していた。互いに面識がないのは、たとえ見つかって尋問されても、情報が漏れるのを防ぐためだった、としている。これが事実だとすれば、ハイジャックの実行犯のほかに、事件の計画を立てて、個別に指示を与えたテロ指導者の存在が浮かび上がる。
一方、アシュクロフト長官は記者会見で「ハイジャック犯は訓練され、技術的に優れていた。何人かの者は米国で飛行訓練を受け、非常に正確にこれらの航空機を操縦した」と語った。
タイム紙(17日号)は「テロリストのグループには、パイロットの免許を持ったものがおり、サウジアラビア航空で働いた経験があった」と報じた。司法省のタッカー報道官は「4機の旅客機には、少なくとも1人ずつ、米国の航空学校で訓練を受けたテロリストが搭乗していた。その学校はフロリダ州などだ」と述べた。
AP通信によると、ボストンのローガン空港に乗り捨てられたレンタカーから見つかった証拠によると、2人のハイジャック犯はモハメッド・アタとユセフ・アルシェニで、アタは今年の5月にフロリダで自動車運転免許を取得したが、その前はエジプトの免許を持っていた。FBIは、2人がフロリダ州の「ハフマン航空国際」で訓練を受けた、としている。
フロリダには、また別のテロリスト2人が住んでいた家が見つかっており、そこから「航空安全国際」の学習資料などが押収された。
テロリストらはいずれも、中東から渡米したが、うち2人はサウジアラビア出身で、アラブ首長国連邦で発行された国際自動車運転免許証を持っていたという。
イスラエル当局筋によると、モハメッド・アタは、イスラエルでバスの爆破テロに関係し、指名手配中だった人物と同一だという。
テロリストはパイロットの訓練を受け、ハイジャックした航空機を自ら操縦して攻撃目標に突入していった。犯人は自殺を覚悟した自爆テロリストであった。彼らは中東諸国からリクルートされ、テロリストとしての訓練を受けるとともに、数年をかけてドイツや米国内で航空技術を学んだり、航空機の操縦を習い、準備を整えた。他方、テロの計画を立て、指示した首謀者と資金提供者、支援者の存在が推定される。米国政府は事件直後から、サウジアラビア出身の富豪で、イスラム原理主義者のオサマ・ビン・ラディンを今回の事件の主要な容疑者である、と主張している。
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