◇ブッシュ政権が抱える時限爆弾−アルゼンチン危機

 中南米の経済危機がブッシュ政権の新たな時限爆弾になって来た。デフォルト(債務不履行)の危機が去らぬアルゼンチンだ。国際通貨基金(IMF)は8月下旬に、緊急融資の80億ドル増額を決定した。だが、アジア危機以来、IMFの救済システムは何一つ改善されていない。しかも、ブッシュ政権は「他国の救済に米国民の税金を使うな」との強硬姿勢ばかりで、危機に対する反応は鈍い。そうした中で、アルゼンチンは自国通貨を捨てて、いまや国内の流通通貨の6割が米ドルに変わった。急速にドル化が進むアルゼンチン経済は、米国経済の一部になろうとしているのだ。だが、経済政策の失敗から膨大な対外債務を抱えて、経済回復の兆しは見えず、金融破たんへの秒読みが始まった。

 ◎迷走するブッシュ政権の経済危機管理
 アルゼンチンのデフォルト危機が市場で再燃したのは、7月半ばである。国内の銀行預金が急減したのがきっかけだった。アルゼンチン中央銀行によると、国内の銀行から7月11、12の両日だけで、預金総額の1・17%に相当する9億6500万ドル(約1200億円)が引き出された。これは、同国の対外債務が2000年末で1447億ドルに上り、GDP(国内総生産)の半分を超えたことに原因がある。政府はデフォルトを回避するため、預金を凍結するとのうわさが流れて、取り付け騒ぎとなったのだ。その影響はすさまじく、7月の預金総額は7・3%も減少、788億8000万ドルに落ち込んだ。
 そのうえ、7月10日発行の短期国債の利回りが14%に急騰、政府が債務不履行に陥るとの観測が市場に広がった。12日には、株式相場も急落し六年ぶりの安値となった。
 アルゼンチンの政府当局は、すぐにIMFと、その決定権を握る米政府に救済策を打診した。
 これに対して、ブッシュ政権の反応はどうだったか?
 オニール財務長官は、英・エコノミスト誌に対して、こう語った。
 「(アルゼンチンの)人々は70年以上もこうした時々の危機にさらされてきた。彼らには語るに足る輸出産業もない。彼らは好きでこうしているのだ。誰が強制したわけでもない」
 オニールは、米国の膝元にある国に対する無知をさらけ出すとともに、同情のない無理解を見せ付けた。
 それは、クリントン政権のルービン前財務長官が、アジア危機で示した反応とは格段の差があった。クリントン政権も最初はアジア危機を軽く見ていたが、後半になってインドネシアのスハルト政権が崩壊した時には、はっきりと危機を認識していた。そして、それは国家安全保障を脅かす問題として受け止められた。
 だが、 今回、国家安全保障担当のライス補佐官は、危機が表面化した後にも、「アルゼンチンへの新たな支援はない」と言い切った。
ライスの反応は共和党政権の伝統的な外交感覚に基づく。ニクソン政権で国務長官を勤めたヘンリー・キッシンジャーは、アルゼンチンを「南極に向けられた匕首」などと軽視した。この認識は30年前には、あるいは通用したかも知れないが、米国経済と中南米経済の一体化が進み、紐帯が強まった現在では、いかにも国際感覚がずれていると言わねばならない。
 この時、アルゼンチン経済に対する不安は、隣接する諸国にも飛び火し、それぞれの通貨が大幅に下落した。ブラジルでは通貨レアルが今年1月比で20%以上、チリでも通貨ペソが17%、それぞれ下落した。とくにブラジルは、アルゼンチンの最大の貿易相手国であり、慢性的な電力不足から電力を購入しているのだ。アルゼンチン危機はブラジル経済の息の根を止める危険性をはらんでいる。
 ところが、ブッシュ政権は、こうした経済の連関を無視し、何を思ったのかブラジル救済に乗り出したのだ。米財務省の圧力を受けたIMFは8月3日、総額150億ドル(約1兆8450億円)の対ブラジル新規融資を承認した。
 ブラジル中央銀行のフランコ前総裁は、米政府とIMFの対応に関して、「南アメリカが火事で消防隊が呼ばれた。だが、彼らは火元を攻撃せずに、隣のアパートに行って、消火器を置いていった」と皮肉たっぷりに批判した。
 IMFのケーラー専務理事が、アルゼンチンに対するスタンドバイクレジット(注:IMFが債務返済ができない国に対して供与する信用枠融資で、供与された国は返済する資金をその枠内で引き出せる)を現行の140億ドルから220億ドルに拡大すると発表したのは、8月21日なってである。しかも、これは正式決定ではない。IMFは9月初めに理事会を開き、正式決定するかどうかを検討するという。
 今回の融資拡大の条件は、アルゼンチン政府が今年単年度で、65億ドルに達した財政赤字をどれだけ解消できるか、その見通しと今後の計画にかかっている。
 デラルア政権は7月、財政赤字の年内解消に向けた大幅な歳出削減計画を発表した。この関連法案は7月30日にアルゼンチン議会で可決された。
 だが、計画に盛り込まれた公務員給与や年金支給額の大幅カットに、労組などが強く反対しているほか、年金生活者らの抗議行動も激しくなっている。10月に中間選挙を控えた議会では、野党正義党に加え、連立与党内にも歳出削減への抵抗が根強い。
 新規融資に当たる80億ドルのうち50億ドルについては、アルゼンチンはIMF理事会の承認後、即座に活用できる。残りの30億ドルに関しては、経済改革を実行していく上で、将来必要となる支出に充てるとされる。
 ブエノスアイレスからのAFP通信によると、デラルア大統領は21日、IMFが融資拡大を決めたことを受け、「緊張と不透明感を取り除くものだ」と語った。
 また、オニール米財務長官は同日、掌を返したように、「われわれがアルゼンチンの経済問題に対する長期的で、持続的な解決策に向けて協力している中で、今回のIMF決定は重要なステップだ」と述べた。
 8月23日には、ブッシュ大統領はデラルア大統領と電話会談し、IMFがアルゼンチン向け融資枠を80億ドル拡大したことについて満足の意を伝えたという。
 アルゼンチン中央銀行のブレジャー副総裁はその日、ロイター通信に対し、「IMFの新規融資枠で、デフォルト懸念が沈静化するだろう」との見方を示した。
 これで「最悪の事態は一先ず乗り越えた」という。だが、果たしてそうだろうか?

◎中南米の経済危機とドルの流通
 安定した通貨に恵まれた国民にとって、自国通貨が信用できないという事態を感覚的に理解することは難しい。そうした理解の欠如は、危機意識の欠如を招く。ブッシュ政権の高官がアルゼンチン危機に対して無理解なのも、彼らが恵まれた状況にあることの証左とも言える。
 ある日突然、いままで使っていたお金を誰も受け取りたがらなくなり、紙屑と化す。それは、取引の停止であり、経済の機能麻痺を意味する。
 中南米諸国は、オニールが指摘したように、20世紀を通じてずっとそうした危機を経験してきた。1980年代は「失われた10年」と言われた。82年の対外債務危機がきっかけで海外資本の流入が激減、不況に陥る一方で、ハイパーインフレーションが猛威を振るった。1990年代に入って経済自由化と地域統合をテコにして、東南アジアと並ぶエマージング・マーケット(新興市場)として注目を集め、海外資本が急激に流入した。資本流入は経済のバブル化を招いたが、バブルが崩壊するとともに資本が流出し、金融危機が発生した。94年12月、セディージョ政権発足後のメキシコ危機、99年1月、カルドゾ第2期政権下でのブラジル危機は、危機の影響が世界に波及したため、それぞれ「テキーラ効果」、「サンバ効果」と呼ばれた。
 経済危機に陥り自国通貨が役に立たなくなったときに、代わって使われたのは、いずれのケースでも米ドルだ。「ドル化」(Dollarization)というのは、政府自らが自国通貨の代わりに米ドルを自国の通貨として利用する動きである。最初は市井で自然発生的にドルが流通し始めるが、やがて、政府がそれを圧し留めることが出来ない段階に至る。
 メキシコ、ブラジル、アルゼンチン、エクアドルと、経済危機の度にドル化の話が持ち上がるのは、すでにドル化以前に国内でドルが流通する現実があるからだ。最後の社会主義国を自認するキューバでさえ、ドルが公然と使用されている。これは、カストロ議長の米帝国主義に対する革命的抵抗では無論ない。冷戦の終わりとともに、キューバは旧ソ連の後ろ盾を失った。そこで、キューバ国民は生活を守るために革命政府が発行するペソよりもドルを信頼したのである。この一事によって、カストロの革命が有名無実となったことが分かる。
 1999年4月、当時、米金融大手シティグループの会長だったジョン・リードは、メキシコ銀行協会の年次総会での講演で、こう語った。 
 「スペイン、イタリア、ポルトガルの経済が、欧州単一通貨ユーロの導入によって極めて大きな利益を得ている。メキシコのドル化は検討に値する」
 リードが、ドルを新通貨のユーロに、メキシコをスペインなどの諸国に対比したのは意味深長である。つまり、通貨管理の主導権を取れなくても、強い通貨の傘下に入ることで経済は安定し、利益は大きいと言いたかったのである。
 メキシコのドル化の話は、その時が初めてではない。94年12月の通貨危機の際にも、真剣に議論された。そして97年以来のアジアやロシアの経済危機による自国通貨ペソの急落で、危機波及を恐れた経済界においてドル化の論議が再燃した。
 94年のメキシコ危機の救済プランを案出した米財務省のサマーズ副長官は米議会の証言で、「メキシコがドル化を望むのなら、考慮してもよい」と語った。メキシコは北米自由貿易協定(NAFTA)の一員であり、財務省はドルの保有の拡大を拒否する理由はない。むしろ、ドル保有が拡大すればドルはさらに安定する。ユーロ圏に対抗するドル圏の拡大にもつながる。
 CIA(中央情報局)の報告書によると、アルゼンチンは90年代にドルの国内流通量が40%を超えたという。中南米ではパナマが1904年に完全にドル化されたほかは、ボリビアの80%に次ぐ。
この現実が、アルゼンチン政府にドル化を促した。メネム前政権は、ドル化に先立って、91年に、国内の通貨供給量を外貨準備の範囲内に制限し、一ペソ=一ドルとする固定為替相場制を採用した。事実上「ドル化による米経済との一体化」を狙ったものだ。
さらに、中南米の危機が深刻化した99年一月下旬、アルゼンチン中央銀行のポー総裁は緊急記者会見を開き、ドル化を図るか、あるいは「米州通貨統合と呼べるような通貨条約を結びたい」と表明した。
 だが、ドル化の流れは99年12月、政権交代によってストップした。
 デラルア政権のマチネア経済財政相は昨年9月、自国通貨ぺソを事実上米ドルにペッグ(固定)させる1991年の兌換法に基づき、「政府は通貨のドル化に参加しないほか、今後もペソを切り下げない」と、公式にはドル化を進める考えのないことを表明した。
だが、アルゼンチン中央銀行の統計によると、この8月10日時点で国内預金849億ドルのうち63%はドル建てである。また、貸付残高785億ドルのうち、ドル建ての割合は69%を上回っている。
 アルゼンチン経済のドル化は、政府の意思とは裏腹に、急速に進んでいる。

◎ドル化に潜む罠
 ドル化の議論が盛り上がった99年秋、ハーバード大国際開発センターのジェフリー・サックス教授は「なぜドル化は救済となるよりも拘束具となるか?」(http://www.findarticles.com)と題する論文を発表した。ドル化に関する議論では、このほかにも、クリントン政権の経済諮問委員会委員であった民主党系のジェフリー・フランケル・ハーバード大教授やマネタリストであるスティーブ・ハンキ・ジョンズホプキンス大教授ら、左右両サイドから多数の著作が出されている。だが、サックスの論文は、最も論点を明確に指摘しているので、引用を交えて説明してみよう。
 為替相場制度には、市場の取引を通じて刻々と価格が変わる変動相場制度と交換率を一定の割合に固定する固定相場制度がある。交換の対象を、国内通貨のペソと基軸通貨のドルとする。
 「変動相場制の最初のポイントは、相場の高低が経済へのショック・アブゾーバー(緩衝体)の働きをすることだ。たとえば、石油輸出国が石油価格の下落に会った場合である。石油収入の減少は、その国の国内のモノとサービスへの需要を弱め、景気減速を招き、失業をもたらすだろう。固定相場制の下では、一つの解決策は、賃金をカットすることだ。その後に、石油輸入国は、世界市場での価格下落を受けて、購買を増やすことになる。だが、ケインズが70年も前に、当時蔵相だったウインストン・チャーチルに指摘したように、国民全員の賃金カットは大変な仕事で、何千という個別の賃金契約の交渉が必要となるだけでなく、社会不安も高まる。もっと単純な方法は、ドルに対してペソを切り下げることだ。この一つの価格を変更しただけで、その国のすべての製品が国際市場でより安くなり、魅力的なものとなるだろう」
 「第二のポイントは、米国にとってよいことが、必ずしも他の国々にとってよいこととは限らないということだ。国内の景気浮揚のため、ある国で金融緩和が必要となる。ところが、米国にはその必要がない。固定相場制の下では、この政策はただちに外貨準備の減少を招き、最後は金融緩和と逆の結果を招く」
 つまり、固定相場制では、米国の金利が高いままで、ある国が金利を下げると、資金は金利差をうけて米国へ流れる。このため、中央銀行はペソの保有が増えて、逆に外貨準備にあるドルが減少する。国内の通貨供給が減ると、金利は上昇する傾向にあるので、金融緩和政策は利かなくなる、という。
 それで「ドルとの固定相場制を採る国の金融政策は、完全に米国の金融政策に依存することになる」
一方、「固定相場制の主要なポイントは、その国の政府に規律を促すことだ。もし、無責任な中央銀行に為替相場への影響を全く気にせずにペソを発行する自由が与えられたならば、莫大(ばくだい)な財政赤字を補填するためにペソ紙幣を印刷することになりかねない。これは短期的によく行われることで、インフレをもたらして、為替相場を壊滅させることになる」
 固定相場では、こうしたモラルハザード(倫理観の欠如した行為)は起きない、という。
「第二のポイントは、固定相場制では取引のコストが軽減できることだ。為替相場が一定であれば、通貨の交換にリスクは生じない。ペソとドルの買いも売りもコストは非常に低い」
 以上が、変動相場制と固定相場制のそれぞれのメリットと言われるものであるが、マクロ経済の視点を重視するケインジアンが変動相場制を支持し、マネタリストや古典派が固定相場制を主張する。
 ドルを自国通貨として流通させるドル化は、固定相場制の究極的形態である。それだけに、変動相場制にあるショック・アブゾーバーの機能も、独立した金融政策も失われる。金融政策は、米連邦準備制度理事会(FRB)の決定に従う以外にない。
 グリーンスパンFRB議長は、米議会でドル化問題に関して証言した中で、「アルゼンチンがドル化を進めても反対しない。しかし、FRBの割引窓口が外国に資金を貸し出すことには反対だ。われわれは、外国がドル化しても、最後の貸し手としての中央銀行の役割を果たすつもりはない」と述べた。
 ここに、ドル化の最大の問題であるのだ。
 マクロ経済から見ると、ドル化によって外的衝撃に対するショック・アブゾーバーの機能も、独立した金融政策も失われ、経済危機に対して抵抗力がなくなる。ところが、経済危機に陥った国では、家計や企業のミクロ経済のレベルで、自国通貨を棄ててドルを保有しようとする動きが活発化する。生活防衛のためであり、取引の安全確保のためだ。政府は、度重なる危機の末に、ドルの流通を抑えることができなくなる。政府の政策行動と個人の経済行動は完全に乖離(かいり)する。これが金融危機の本質である。どの国の為政者も自国通貨を持つことのメリットとドル化のデメリットを知っており、最初から通貨を放棄する国などない。だが、ドルの流通量が増大するに従い、自国通貨を完全にドルにリンクさせざるを得なくなる。なぜなら、ドルと自国通貨の二重通貨制となる中で、自国通貨とドルの完全な互換性を保証する以外に、政府は自国通貨を流通させることはできないからだ。アルゼンチン政府が91年に、一ペソ=一ドルとする固定為替相場制を採ったのも、その理由による。
 メナム前政権が、99年12月の総選挙を前にしてドル化を打ち出したのは、国内のドルの流通量が60%を越えたため、ドル化を求める商工業者らの支持層に訴える狙いがあった。そして、メナム政権に取って代わったデラルア新政権がドル化を否定したのは、まさにその反対層からの支持のためである。
 だが、アルゼンチンはすでにドル化の罠にはまってしまった。
 アルゼンチン中央銀行は、国内の40%以下の流通量に過ぎないペソの通貨管理権を持つだけで、60%以上のドルに対しては、米FRBの政策に従属せざるを得ない。しかも、FRBは「最後の貸し手」となることを拒否している。これは、理論上の話である。あるいは、アルゼンチン政府は、米政府やIMFが最後には救済に駆けつけてくれる、と信じているだろう。
 だが、理論上の話をもう少し進めるならば、アルゼンチンは、FRBの後ろ盾を得られない。
 しかも、国内のドル流通量が大きすぎて、ペソを変動相場制に移行させることもできない。なぜなら、ペソを受け取る者がなくなるからだ。
中央銀行は、国内経済危機の処理のため最後の貸し手となる必要がある。だが、その統治能力が極めて限定されていて、無力であったとすれば? 残念ながら、破たん国家を保全するための国際破産裁判所の制度は存在しない。
 ドル化した国の金融破たんを一体誰が処理するのであろうか?

◎深まる金融危機
 ニューヨーク・タイムズ紙(8月27日付)は、ラプラタ発で「アルゼンチンの人々は"仮"の紙幣にうんざり」との記事を掲載した。それによると、当地の地方政府が、公務員の給与をペソでもドルでも支払えず、仕方なく「パタコン」と呼ばれる急ごしらえの新紙幣を印刷して、支払いを始めたという内容だ。この紙幣で給与をもらった警察官のアンジェル・ディアス氏は「電力会社はパタコンを受け取った。しかし、電話会社もクレジットカード会社もダメだと言った。この金が全く信用されていないのは明らかだ」と語った。
 さらに、同じ記事の中で、地方政府が18万人の職員と退職者の給与・退職金などを、「来年には7%の利息を付けて返済する」という支払い猶予を求める証文で"支払った"という。
 経済危機の影響は、首都政府よりも地方政府に顕著に現れる。財政規模が小さいだけに行き詰まるのも早いわけだ。
 地方政府の債務支払いの遅延も始まった。ブエノスアイレス発のロイター通信(8月24日)によると、アルゼンチンのサンティアゴデルエステロ州政府は、向こう4カ月間に期限の到来する400万ドルの債務支払いを今年末まで遅らせることにしたという。ここは23州の中で貧しい州の1つという。1995年に発行した国内債に関するもので、8、9、10、11月にそれぞれ100万ドルずつ期限が来る。 サ州政府が今後、30日以内に返済できなかった場合には、1億2000万ドルの債務に対して法的にデフォルトを宣言される。23州政府の債務は1997年末時点で118億ドルだったが、昨年末時点で209億9000万ドルに倍増していると推定される。
 この記事は「ブラジルでは、主要州のミナスジェライス州が1999年1月8日に債務返済モラトリアム(停止)を宣言したのがきっかけで、ブラジルは通貨レアルの切り下げに追い込まれた経緯があり、市場関係者は注目している」と結んでいる。
 では アルゼンチンが一体どれくらいの債務を抱えているのか、とくに対外債務を抱えているのか?
 債務の額がどれだけあるのかどこの国を明らかしたがるものではないが、とくにデフォルトの危機が叫ばれる事態になると、その傾向はひどくなる。関係者によって過大評価されたり、過少評価されたり、真実は陰に隠れてしまう。だが、市場は無差別に反応するのだ。
 国際決済銀行(BIS)、IMF、経済協力開発機構(OECD)、世界銀行の共同統計による対外債務は、最も手堅く見積もってある数字だと言える。
 それによると(www.oecd.org/dac/Debt/htm/jt_arg.htm)、アルゼンチンの対外債務(2001年5月発表)は、99年末で1392億8300万ドル、2000年末には1447億3900万ドルとなっている。99年末のGDP(国内総生産)はドル建て換算で、2832億ドルである。このところのGDP伸び率の予想はマイナスだから、今や対外債務はGDP比で50%を超えたと見られる。
 さらに、対外債務のうち1年以内に返済期限がやって来るものが、99年末には436億6800万ドルだったが、2000年末には474億400万ドルと、元本と金利ともに膨れ上がった。
 2000年12月、米大統領選挙が混迷する中で、クリントン政権はIMFとともに、この対外債務の返済能力を保証するために、今後3年間で総額397億ドルに上る金融支援策を打ち出した。これによって、2001年の融資実行額は最大254億ドルとなり、同年中に満期を迎え、これ以上待ったがきかない債務153億ドルを十分カバーできると宣伝し、市場の沈静化に努めた。
 アルゼンチンはIMFから137億ドルのスタンドバイクレジットを受けたほか、債務返済を引き延ばすことを目的とした債務スワップを使って、何とか急場をしのいだ。
 だが、わずか8ヶ月後に、またもデフォルトの危機を迎えたのである。
 アルゼンチン政府当局は、対外債務を1280億ドルと発表した。
 今回、80億ドルの融資拡大に関して、IMFは50億ドルについてはスタンドバイクレジットとするが、30億ドルは債務スワップとする方針と見られる。つまり、今回の融資で債務返済が順調に進み、危機を脱するとは、IMFも見ていない。ただ、危機の処理を遠ざけるための時間稼ぎをするだけなのだ。
 デラルア政権は、来る10月14日の議会選挙後に、政府の緊縮財政措置に関する国民投票を実施する。そこで、IMFの今回の融資条件である「ゼロ財政赤字」法の枠組みの中で、国家をオーバーホールする計画を国民に諮る。
 だが、デラルア政権の支持率はいまや7%と、国民のほとんどは完全に背を向けている現状だ。
 なぜなら、アルゼンチンは90年代を通じて、一時的な景気拡大があっても失業率が2桁を下回ることはなく、98年以降の不況で最近の失業率は16%を超えた。
 今年の国内総生産(GDP)伸び率に関して、アルゼンチン政府は2%以上を見込んでいるが、国連の中南米カリブ経済委員会(CEPAL)が8月初めに公表した報告書によると、マイナス1・0%と、前年のマイナス0・5%から悪化することが見込んでいる。景気回復の期待は持てない。このことは、対外債務の返済や財政赤字の圧縮どころか、失業と政府の給与未払いがさらに深刻化し、社会システムの崩壊にまで発展する危険性に脅かされている。
 IMFはこれからも救済を続ける以外にないのだ。
 ブッシュ政権が、これ以上の救済を拒否すれば、アルゼンチンはたちまち金融破たんに追い込まれ、政治や社会の混乱を引き起こすだろう。アルゼンチンの破たんはアルゼンチンに止まらないかもしれない。財政赤字、大きな国内外の債務、高失業率など、ブラジル、メキシコ、ペルー、コロンビア、チリなど中南米諸国は大なり小なり共通の問題を抱えている。連鎖反応を引き起こす公算は極めて高い。しかも、これらの国々もまた大量のドルを保有して、ドルとの二重通貨の下で経済が営まれている。
 アルゼンチンで7、8月に銀行の取り付け騒ぎが起こったとき、関係の銀行は、資金運用しているニューヨークから70億ドルのドル紙幣運び込んで、ようやく沈静化したと伝えられる。アルゼンチン国内のタンス預金は、それ以上に上ると推定される。国民は利息を得るよりもむしろ、元本を保全しようと必死になり始めている。
 グリーンスパンは、「われわれは、外国がドル化しても、最後の貸し手としての中央銀行の役割を果たすつもりはない」と語った。だが、FRBは結局、好むと好まざるにかかわらず、アルゼンチンで、また、その他の中南米諸国で、中央銀行の役割を果たさなければならないだろう。中南米は米国経済のヒンターランドとして成長して来た。そして、米国はドル化を容認することで、アルゼンチンを経済的に“植民地化”してしまった。だが、第二次世界大戦の前の植民地時代のように、「宗主国」の都合によって「植民地」を切り捨てることはできない。いまや時代は変わった。経済のグローバル化は自由貿易の拡大だけでなく、経済の民主化を推し進める。米国が民主主義を標榜する限り、アルゼンチンの危機から逃げることはできない。ブッシュ政権が逃げれば、破局のブーメランが米国市場を直撃する。
 (2001年9月1日)
 INSIDE AMERICA