◇「強いドル」のジレンマ
 世界最強を誇った米国経済の象徴である「強いドル」が、景気減速とともに、ついに崩れ始めた。国際金融界ではカリスマ的存在となった著名エコノミスト、ポール・クルーグマン・プリンストン大教授が米ニューヨーク・タイムズ紙(8月1日付)のコラムで、ドル暴落の到来を予言したのと機を一にしている。クルーグマンは一昨年末に、「2000年の大予言」としてドル暴落を予想したが、この時、市場は全く無視した。だが、ブッシュ新政権が発足して7ヶ月、クリントン政権下で打ち出された「強いドル政策」は微妙にスタンスが変わり出した。市場はもはや「強いドル」を信じないかもしれない。一度、ドルへの不信が芽生えれば、クルーグマンが予想する以上に、世界の金融市場は深刻な事態を迎える可能性がある。

 ◎クルーグマン教授の予言
 クルーグマンはタイムズ紙の「ドル安がやって来る。おそらく、すぐに」と題するコラムで、こう述べている。
 「ドルは1990年代の半ばから、他の主要先進国の通貨に対して切り上げられてきた。このドル高の持続によって、ドルに対する弱気筋が馬鹿に見えただけでない。米国製品は割高になり、世界市場から締め出されることになった。1995年以来、米国の経常赤字、つまり米国が外国から買ったものから外国に売ったものを差し引いた額は、4倍以上に膨れ上がり、ついに4500億ドルに達した。これが世界史上類のない大赤字であることは、言うまでもない。さらに驚くべきことには、米国の経常赤字はGDP(国内総生産)の4・5%に当たり、1997年のアジア危機の始めに、インドネシアや韓国が抱えた経常赤字のGDPに対する比率よりも大きい。過去において、これだけの赤字は常に為替市場における通貨の暴落をもたらしてきた」
 国際収支が赤字になると、為替市場で通貨が切り下げられ、それに従って輸出製品は価格競争力を回復する。輸出は増えて、収支バランスは均衡に向かうという自動調節メカニズムの法則が働く、とされる。これは、マクロ経済学の教科書には、どれにも書かれている基本的な理論だ。クルーグマンの予測は、マクロ経済学の常識に基づく。
 「こうした理論が通用しなくなった。時代は変わった、という議論があるのも事実だ。だが、1980年代半ばに、ドルが下落する直前のドル高の際にも、そんな議論が行われた。もっと悪い兆候と言えるのは、1995年のメキシコ危機の際のペソ暴落の直前に、メキシコの経常赤字に関して、私は同じ議論を聞いたほか、その2年後のアジア危機のときにも聞いた」という。
 だから、ドルは必ず暴落するという。だが、「ドルの急落は破局であろうか?たぶん、違う。ドルが今下落すれば、よいタイミングだ」と言うのだ。「弱いドルは、国際市場で米国製品の価格を他国の製品に比べて引き下げるので、世界の需要を刺激して、米国にふたたび向かわせることができる。米国経済がつまづいた今、連邦準備制度理事会(FRB)が景気浮揚を図るのに、強いドルが障害になっている。それだけに、弱いドルこそが国益である」と考える。
 「今後、アメリカは積極的にドルの下落を求めるだろうか?先例がある。1985年に当時のベーカー財務長官は、ドル安に誘導するために国際協調体制を作り出した。この努力によってドルが下落したのか、ドルは下落すべくして下落したのか議論があるが、政治的には大成功だった」と結んでいる。
 
 クルーグマンは1994年末にフォーリン・アフェアーズ誌に「The Myth of Asia's Miracle(アジアの奇跡の作り話)」と題する論文を発表し、東南アジア諸国の経済発展が、海外からの過剰投資による金融バブルであり、確固たる基礎があるものではない、と指摘した。その後、各国でバブルが崩壊し、1997年にはアジア危機に発展し、その指摘が正しかったことが証明された。以後、彼の発言は国際金融市場に大きな影響を与えるようになった。
 クルーグマンは、ケインズ学派のエコノミストである。自らは「マーケット・ケインジアン(市場派ケインジアン)」と称する。ケインズを頻繁に引用するが、彼の著作に対して、「アダム・スミスの数式化」と評する批判者もある。日本経済の厳しい批判者であり、その発言は、日本の経済政策に大きな影響を与えてきた。とくにバブル崩壊後、1990年代の日本政府は、クルーグマンをはじめ、米国仕立てのケインズ政策を無批判に受け入れて来た。その結果、国民の背に重くのしかかる巨額の財政赤字を抱え込み、遠い将来まで禍根を残すことになった、というのが私の見解である。その詳細は、別のレポートで論じることにする。
 
 さて、クルーグマンの予言に戻ると、彼は1999年末にも、「2000年は、米国の金融市場のバブルが崩壊して、ドルが暴落する波乱の年になる」と予測した。
 当時、私は産経新聞のワシントン支局に駐在して、その記事を書いた。それは、同年12月28日付け夕刊に掲載された。その記事を引用する。

 【ワシントン27日=中田雅博】日米の経済政策に大きな影響力を持つ米国の著名エコノミスト、ポール・クルーグマン・マサチューセッツ工科大(MIT)教授は、北米トヨタが編集した冊子「十年」のインタビュー記事の中で、米国の株式相場のバブル崩壊、それにともなうドル急落、さらに中国が人民元を切り下げる可能性が強いと予測し、話題になっている。
 クルーグマン教授はまず「2000年には予想もしない大きな金融事件が起こるだろう」と語った上で「その一つが米国株式市場の調整だ。市場のバブル化は明白で、この株価の水準はどんなことをしても正当化できるものではない」と強調。
 さらに「もう一つは、弱いドルに備えねばならないことだ。ドル・ショックは本当に嫌な問題になるかもしれない」と指摘している。
 それは、株価が下落し米経済が減速すれば米国に投資していた外国資金が流出、ドル安が進むことになるが、米国の抱える膨大な経常収支赤字によって、ドル下落に拍車がかかるとみているためだ。
(後略)

 さいわいにして、この予測は外れた。かろうじて的中したのは、株式市場でIT(情報技術)関連株式の化けの皮が剥がれて、バブルが崩壊したことだが、米経済の失速が鮮明になるのは2001年に入ってからであり、ドル・ショックは起こらなかった。
 米国の経常赤字は、1998年の2200億ドルから、1999年には約1・5倍の3389億ドルに膨らんでおり、この時点で、すでに史上最大の赤字だった。クルーグマンは、国際収支バランスの自動調節メカニズムが働き、ドル暴落がいつ起こっても不思議ではないと考えた。だが、それがいつ、いかなる形で起こるかは、言い当てることはできなかった。クリントン政権下で打ち出された「強いドル政策」が、経済学の常識と言える理論をねじ伏せたのである。
 
 ◎ルービン元財務長官と「強いドル」
 米商務省が今年3月に発表した2000年の年間赤字額は、前年比31・3%増の4353億ドルに達し、3年連続で過去最大記録を塗り替えた。国際通貨基金(IMF)はこの発表を受けて、4月に公表した世界経済見通し(WEO)で、2001年の経常赤字は4460億ドルと、過去最大だった前年に比べ2・4%増加し、さらに記録を更新するとの予想を示した。
米国の経常赤字を国内総生産(GDP)比でみると、今年は4・3%と前年の4・4%から減少し、来年は4・1%と、次第に改善されると予想しながらも、赤字幅は「過去の経験から見て、長期間持続できない規模になった」と警告している。そして、国際収支の不均衡が縮小に向かう場合、ドルの実質レートの大幅下落や、米国の内需鈍化などの調整が進み、場合によっては急激な調整の可能性もあるとしている。これは、まさにクルーグマンと同じ、マクロ経済学に則った見解である。  
 こうした見解に対して、クリントン政権下で財務長官を務めたロバート・ルービンは7月25日に、米議会上院銀行委員会で証言した中で、「経常赤字削減を目的として米国の『強いドル政策』に修正を加えることは、米国経済に大きな打撃を与えることになるだろう」と警告した。
 ルービンは、1996年の財務長官就任以来、「強いドル政策」を強力に推し進めて来た。米国は過去にも、「強いドル」を意識して、為替政策を採ったことはあるが、彼ほど徹底して「強いドル」を推進した財務長官は過去にない。
 では、強いドル政策とは一体何か?その政策の具体的な内容は何か?
 ルービンは、強いドルを「米国の強い経済だ」と定義する。「為替市場は、経済のファンダメンタルズ(基礎的条件)を反映する。強いファンダメンタルズを維持することが、為替を安定させることになる」
 とすると、ルービンの前述の「経常赤字削減を目的として米国の『強いドル政策』に修正を加えることは、米国経済に大きな打撃を与えることになるだろう」という警告は、マクロ経済理論に真っ向から挑戦するものだ。
 強いドルを維持するには、強い経済のファンダメンタルズを堅持する必要がある。ところが、米国経済は膨大な経常赤字を抱えて、ファンダメンタルズは強さを失ってきている、とクルーグマンは主張する。ファンダメンタルズを強化するためには、経常赤字を削減しなければならない。だが、ルービン長官は、国際収支バランスの自動調節メカニズムに頼ってはならない、というのだ。  

 クリントンの第2期政権(1997−2000年)の金融・財政政策は、ホワイトハウス、財務省、連邦準備制度理事会(FRB)が、これまでにない緊密な連携をとって行われた。ルービン(財務長官)、ローレンス・サマーズ(財務副長官)とアラン・グリーンスパン(FRB議長)は、戦後最長の好景気をもたらした最強のトリオとして「タイム誌」の表紙で紹介された。
 ルービンは、老舗の投資銀行、ゴールドマン・サックスの元共同会長で、80年代には債券のトレーダーとして、ウォール街で大きな成功を収めた。サマーズは、ポール・サミュエルソンとケネス・アローの二人のノーベル経済学賞を得たエコノミストを叔父に持つ学者一家の出身で、自身も「神童」と言われた。ハーバード大教授である。この2人は民主党である。一方、グリーンスパンは、共和党員であり、ウォール街でコンサルタント業を務め、ニクソン政権以降、ホワイトハウスの政策に関与し、レーガン政権下の1987年にFRB議長に就任した。
 ルービンは財務長官就任以前に、ウォール街で数十億円にのぼる金融資産を築いた。クリントン政権の閣僚では最も金持ちである。それだけに、「こんな金持ちを財務長官にするのはふさわしくない」との批判が民主党内に持ち上がった。だが、クリントン大統領はルービンの政権入りに際して、「米国をあなたの会社のように金持ちにして欲しい」と頼んだという。ルービンは、ウォール街での経験とトレーダーとしての勘をフルに生かすことになった。
 彼がホワイトハウスに設け、初代議長に納まった国家経済会議(NEC)は、ゴールドマン・サックス時代の経営会議に倣ったものである。この会議には、すべての経済関係省庁のほか国務・国防総省まで参加し、そこで米国内の経済情報を一手に掌握することになった。強いドル政策は、この会議の過程で具体的な政策へと肉付けされることになったが、ルービンの個性が強く反映されたのである。
 
 以下は、強いドル政策に対する私の見解の要約である。
 
基軸通貨であるドルは、本質的なジレンマを抱えていることが、戦前から指摘されていた。第2次世界大戦後、ほとんどすべての国が国際取引にドルを使用するようになると、世界の外貨準備は、米国の経常赤字に大きく依存することになり、ドルの抱えるジレンマが表面化することになった。つまり、米国の輸出が輸入を上回って経常赤字が減ると、世界の流動性は枯渇する。そして、国際収支バランスの自動調節メカニズムに基づいて、ドル高になる。だが、他方、輸入が輸出を上回り、赤字が増加し続ければ、流動性は高まるがドルは安くなり、それとともに信任が揺らぐという構造である。
1971年に米国がドルと金との交換を停止し、変動相場制に移行した。ドルの流通の拡大にともない、ドルの価格が下がる傾向にあり、金との交換の要求が高まった。米国政府は、ついに金本位制からの離脱に追い込まれたのである。以後、ドルと金とのリンクが断ち切られたことで、ドルは十分に供給されるようになった。だが、一方で、ドルは他の通貨との間で、夥しい変動にさらされることになった。ドル相場をいかにして安定させるかが、米国の金融政策の重大な課題となった。
1980年代のレーガン政権下で、ドル高が続くことになった。このドル高も、「強いドル」と呼ばれた。レーガン政権の自由放任主義経済政策「レーガノミックス」の結果、景気は強くなり、旧ソ連との冷戦下で、米ドルは「有事のドル」となった。だが、こうした「強いドル」は、同じ強いドルであるが、クリントン時代に採られた強いドル政策とは、過程は異なるものだった。
 当時、米国の経常赤字は雪だるま式に膨れ上がる一方、ドル高によって米国製品は日本や西ドイツ製品に対して輸出競争力を失い、米国産業にドル安を求める声が募って来た。
 1985年、9月22日、ニューヨークのホテル「プラザ」に日本、米国、西ドイツ、英国、フランスの五ヶ国の蔵相、中央銀行総裁ら18人が集まった。席上、ジェームズ・ベーカー米財務長官は、竹下登蔵相らに対して、ドル安誘導のため、各国の金利の引き下げを要求した。「プラザ合意」である。
 以後、円とマルクは急速に相場が切り上がって行く。円の対ドルレートを見ると、プラザ合意の時点で1ドルは250円程度で推移していたが、1987年10月のブラック・マンデーの時点で150円になった。その後130−160円が日本のバブルの崩壊まで続き、以後多少の上下変動はありながらも右肩上がりで推移していく。クリントン政権に交代し、1994年2月に日米首脳会談が決裂、その年の6月に100円を切る。
 プラザ合意からブラック・マンデーまで、100円近くドル安円高になったのは、米国の「ドル安誘導政策」の成果であった。これによって、ベーカー長官は、政治的成功を収めることができた。
 しかし、それ以後もドル安誘導政策が生きていたかどうか、まして実質的な経済効果を上げたかどうかは疑問の余地がある。この円の対ドルレートの変化が、日米両国の経済ファンダメンタルズをどの程度反映したものであったか、もう一度検証して見る必要がある。だが、これだけは言える。日米両国間で国際収支バランスの自動調節メカニズムは働かなかった。これほど円が切り上がったにもかかわらず、長期的に米国の対日赤字は減少しなかった。ちなみに、米国の経常赤字は1997年まで、1987年の1680億ドルが過去最大だったが、1998年には軽く、二千億ドルの大台を突破してしまった。以後は、前述のように雪だるま式に膨れ上がっていく。
以上のような歴史的過程の中で生み出されたのが、クリントン政権の強いドル政策である。強いドル政策は、決して単純なドル高誘導政策ではない。

ルービンは在任中、為替市場におけるドルの水準についてコメントを拒否し続けた。それは、為替相場に影響を与えることを懸念しただけでなく、強いドル政策が、為替水準を上下させることとは全く別の次元で捉えられていたからである。
 大蔵省や日本銀行は、円の対ドルレートを中心にものを考える。円高も円安も日本経済に影響があるからだ。だが、米国の通貨当局は、円だけを見ているわけではない。ドイツ・マルクもあれば、ユーロもある。中国元やインドネシアのルピー、メキシコのペソも等しく重要である。円は数多くある通貨の一つに過ぎない。だが、ドル政策は、そのすべての通貨に対応しなければならない。
 とは言え、強いドル政策の主要なターゲットは、G7(主要先進7ヶ国)の通貨であり、円は最重要通貨である。
1985年のプラザ合意以降、米国は定期的なG7の蔵相・中央銀行総裁会議を通じて、為替問題を話し合ってきたが、米国が懸念しているのは、時々のドルの水準ではなく、ドルの長期的な安定である。つまり、為替市場で、ドルが他の通貨に対して高くなることも安くなることもあり得る。問題は、高くなろうと安くなろうと、「一貫してドルが買われる」ということである。売り手が存在する限り、買い手が存在すれば、相場は均衡する。
 強いドル政策の狙いは、ドルを常に買われる通貨にすることである。つまり、ドルのプレゼンス(存在感)を高めることが、この政策の本質である。
 逆に言えば、ドルのプレゼンスを脅かすものは、ことごとく排除するという、排他的な性格を持つ政策である。
 日本は米国に次ぐ世界第二の経済大国になり、本来ならば、円はドルに並ぶ国際通貨になって何ら不思議はない。ところが、米国は円が国際化することに一貫して反対して来た。その典型的な例が、アジア危機の際に、日本がアジア基金構想を打ち出すや、米国は血相を変えて構想を潰しにかかったことである。円はドルの傘下に置かれるべきである。これが、米国の対日金融政策の基本スタンスである。実は、この円とドルの関係は安全保障問題とも深く結びついているのだが、それは別のレポートで述べる。
 ドルが支配する外国為替取引は、過去10年の間に急速に拡大し、いまや一日の出来高は1兆ドルを優に超えると推定される。そして、その9割までが金融取引だという。貿易に関する実需は1割に満たない。言い換えれば、この巨額の取引の大部分が、債券、株式、そして通貨そのものの取引にともなう資金移動である。
 実は、史上最大規模に膨れ上がった米国の経常赤字は、この金融取引によってファイナンスされることで、安定を保っているのである。
 各国中央銀行の外貨準備は、金とドル建て債券、とくに米国債(TB)で占められるが、金の保有率が下がる一方、ドル建て債券の保有率が上昇していく傾向にある。とくに、クリントン政権の第2期に、各国中央銀行は、一段と金からドルへの乗り換えを推進した。
その理由は単純である。世界的にインフレが沈静化する傾向にあり、金利を生まない金を保有するよりも、金利を生む米国債で保有する方が得だからだ。
 米国債の価格管理が、強いドル政策の課題となった。
 ルービンは、1970−80年代にウォール街で債券トレーダーとして活躍した経験を活かして、財務長官として米国債の建て直しに努めた。
 クリントン政権は、第1期目に増税を実施、その後は歳出カットと好景気による税収増の追い風で財政赤字を削減していった。1998年度(1997年10月から98年9月)予算で、30年ぶりに財政赤字を解消して、黒字転換をはかった。この結果、米国債は市中価格が上昇、優良投資資産に変身したのである。国内外の資金が米国債を買いあさり、それによって長期金利は低下し、景気刺激要因となった。各国の通貨に対して等しくドル高が進み、原油をはじめ輸入品価格は低下していった。それがさらにインフレを抑えて経済成長を促す−という「好循環」(グリーンスパンFRB議長)を生み出した。
 ルービンが打ち出した「強いドル政策」は、米国債券に対する信任を高めたことで、海外に流出したドルを再び米国に還流させるという離れ業を現実のものにした。
 
ルービンは、財務長官を退任後、米シティグループ入りし、現在会長職にある。7月25日、米議会上院銀行委員会の公聴会で、「強いドルが米国のインフレ率を押し下げ、金利を抑制するのに有益だ」と述べた。米国経済の現状について、「いくつかの問題はあるが、経済の基調は非常に健全で、力強い」との見方を示した。さらに、膨れ上がる経常赤字に関して「赤字削減のために、強いドル政策を変更すれば、インフレ、金利動向、資金流入に悪影響を及ぼす恐れがある」と警告した。「経常赤字の削減のためには、日本や欧州諸国の構造改革や貿易自由化を促すほか、米国内では貯蓄率の引き上げが最も建設的な方策だ」と述べた。
 最後の経常赤字削減の方策は、「強いドル政策」の別の側面を表している。
 第1に、経常赤字が輸入が輸出を上回った結果であるとすれば、輸出を拡大するために、日本や欧州の景気回復と市場開放を求めて行くべきである、という。米国が1990年代に終始一貫して、日本の景気回復と規制緩和を求めた理由はここにある。
 第2に、経常赤字は貯蓄・投資バランスの不均衡に基づくというマクロ経済学の理論によると、
    経常赤字=(民間の貯蓄−民間の投資)+(政府収入−政府支出)、と表現される。
 米国の場合、貯蓄率が極めて低いことが、恒常的な経常赤字を生んでいると考えられている。
 だから、国民に貯蓄を奨励して、貯蓄率を引き上げるべきだ、という。
 この二つの政策は、財政赤字削減以外で、クリントン政権が力を入れたものだが、いずれも結果を出せないで終わった。

◎ブッシュ新政権の市場不介入政策
ブッシュ政権が発足して約7ヶ月が経過したが、クリントン政権時代の「強いドル政策」の政策効果はなお持続している。金融・財政政策は、実施効果が半年から1年後に現れるためだ。しかも、FRBは前政権と同様にグリーンスパン議長が引き続き君臨しており、金融政策に基本的な変更は見られない。 経常赤字が雪だるま式に膨らんでいったにもかかわらず、ドル相場は年初来から7月初めまで、円やユーロに対して10%以上も上昇した。
 ブッシュ政権は発足当初から、「強いドル政策」を引き継ぐと表明した。その理由について、ゴールドマン・サックス・インターナショナルのロバート・ホーマッツ副会長は、「米国が海外からの資金流入を維持する必要性があるからだ」と指摘している。
 オニール米財務長官は、「強いドルは米国の利益である」との公式見解を繰り返して来た。
 だが、ここに至って、米国の産業界の空気が変わりつつある。国内景気の減速とともに、海外での収益確保を目指す動きが強まっている。事務機器の3M、化学のデュポン、スポーツ用品のナイキ、コカ・コーラなど米国の輸出企業は、7月に発表した第2・四半期の業績発表で軒並み、「ドル高」を理由に業績見通しを下方修正した。デュポンのホリデー会長は「ドル高は輸出企業にとって競争上の非常に大きな障害だ」と述べ、政府にドル安を求め出した。
 全米自動車業界は、ドル高が輸出面だけでなく、自動車輸入の増加という形で業界に悪影響を与えていると指摘している。自動車摩擦の再燃を予感させるものだ。
 その中で、興味深いのは、リンゼー大統領補佐官(経済政策担当)が8月1日発行のインターナショナル・エコノミー誌最新号に寄稿した「ドルに近寄るな」と題する論文である。
リンゼーは、「口先介入および市場介入を通じてドルを直接操作する行為は過去に何度も行われたが、どれも成功に結び付かなかった。ドル高是正で日米欧5カ国が一致した1985年のプラザ合意も、2年後には転換に追い込まれた」と指摘し、共和党の基本方針である市場不介入を表明したのだ。
 
リンゼーは同誌の3・4月号にも「われわれが信頼するドル」と題する論文を寄稿し、「強いドル政策」を堅持して行く姿勢を強調した。
 だが、そこで表明されている理念は同じだが、政策の具体的内容は、ルービンが実行したものとは違っている。
 リンゼーは言う。「ドルとドル建て資産を世界の人が保有したいと考えるようにすることが、強いドル政策の狙いである。(中略)ブッシュ政権が強いドル政策を堅持するのは、強いドルを支える最良の方法が、米国及びドル資産への投資を魅力的なものにすることに他ならないというわれわれの信念に基づく。この政策には、3つの基本的な柱がある。第一にブッシュ政権は、インフレを抑制するための金融政策を引き続き支持する。外国投資家の通貨に対する信頼を勝ち得るには、通貨が購買力を維持する必要がある。連邦準備制度理事会(FRB)は、過去20年間に渡ってインフレ抑制のため、抜きん出た成果を挙げた。(中略)強いドルの第二の政策の柱は、米国を投資先として、魅力ある場所にすることである。ブッシュ政権は、世界中から資本を引き付けられるような、健全なビジネス環境を維持していくように努めたい。(中略)第三のカギとして、開かれた活気ある取引環境を確立したい。ブッシュ政権は、自由貿易の原則を堅持し、世界の市場開放を進める考えだ」
 以上が、リンゼーの描き出した「強いドル政策」の要約である。
 第一のインフレ抑制は、金融政策の中心課題であり、とくに「強いドル政策」を特徴付ける政策ではない。先進諸国でインフレを容認しようとしているのは、ゼロ金利に陥り、デフレーションが著しい日本の特殊なケースだけだ。
第三の自由貿易と市場開放の推進は、米国だけのものではなく、いまや世界各国の通商政策の原則となった。
問題は第二の魅力ある投資環境だが、その中心となっているのは、ブッシュ大統領が選挙戦の間から表明して来た、教育の充実による人材の育成や減税である。ルービンが積極的に推進した財政の健全化と国債の価格維持政策が含まれるかどうか、いまのところ不明だ。
ブッシュ政権に交代しての本格的な予算年次は、今年10月から始まる。今後10年間で1兆3000億ドルに上る大型減税が財政収支を悪化させることは確実である。それを、さらにカバーする税収につながる景気刺激となるかどうか、この点が「レーガノミックス」の焦点だった。しかし、レーガノミックスは、レーガン政権時代には好景気をもたらしたが、前ブッシュ政権に至って、巨額の経常赤字と財政赤字の「双子の赤字」を抱えることになった。
米国の経常赤字は昨年4500億ドルに膨れ上がっているだけに、
経常赤字=(民間の貯蓄−民間の投資)+(政府収入−政府支出)の式に従うと、財政収支を健全な状態に保つことが、強いドルの維持に必須だと言える。
 グリーンスパンは、かつて米議会証言の中で「経常赤字の急激な増加は米国民の対外純債務の急拡大となり、長期的に懸念される。外国は無制限に米国への債権が増え続けることを望まない」と語った。さらに、ドル安に向かう分岐点として、「(米国以外の)他の経済が回復し、ドルの実質的価値低下の影響がより強く感じられるようになれば、原油など商品市況が回復し始める」とも語った。だが、ドル安の局面が生まれたときに、ダメージを受けるのは米国経済ではない。貿易取引も決算もドル建てできる米企業にとって、ドルの変動は問題にならない。むしろ、ドル建てで貿易をしながら、円建てで決算をしなければならない日本企業こそ、不本意な円高によって、より厳しい状況に立たされることになるのだ。(8月22日)
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