◇ブッシュ政権のレーガン回帰と「強いアメリカ」

 クリントン前大統領の理想は故ケネディ大統領だった。ブッシュ政権にとっての理想像はレーガン元大統領である。減税と小さな政府を約束した“レーガノミックス”、“悪の帝国”旧ソ連に敢然と対峙した「スター・ウォーズ計画」と、冷戦を勝ち抜いた“力”のイメージはブッシュ大統領の脳裏に焼きついて離れない。偉大な大統領として歴史に名を留めるために、レーガン政権を手本に「強いアメリカ」の実現を目指す。だが、ブッシュ政権が発足して6ヵ月、この理想の追求がレーガン時代とはすっかり変わり果てた現実との間で、激しいあつれきをもたらしている。

 ◎大型減税
 ブッシュ大統領は、昨年の大統領選挙のキャンペーン中から大型減税を公約に掲げて戦った。民主党候補のゴア副大統領との際立った争点は、この大型減税だけだったと言ってよい。過去の例からすれば、減税はもっと大衆にアピールする筈だった。だが、なぜか有権者の反応はいま一つだった。選挙結果は、フロリダ一州の投票結果が左右する大接戦にもつれ込み、ブッシュ氏はかろうじて勝利したのである。
 米議会上院は4月6日、本会議で、10年間で総額1兆2890億ドル(160兆円)にのぼる減税案を目玉とする2002年度(2001年10月から2002年9月)予算案を可決した。この規模はブッシュ政権が本来求めていた1兆6000億ドルよりは減額されたが、ブッシュ大統領は、「これほどの減税案が通過したことは近年にない」と、自画自賛した。
 自由市場経済主義と「小さな政府」をスローガンに掲げる共和党は、減税政策を信奉する。レーガン政権下では、「減税によって景気を浮揚させ、歳入を増やし、財政を立て直す」という“レーガノミックス”に基づき、大型減税を断行した。ブッシュ現大統領の父親であるブッシュ元大統領は、1980年の大統領選挙の予備選でレーガン氏と争ったとき、このレーガノミックスを「ブードゥー(呪い)経済」と批判した。その結果は、経済学的に見て功罪相半ばする。レーガン政権の8年間、確かに好景気は維持したものの、残念ながら財政赤字は雪だるまのごとく膨れ上がり、そのつけは、父親のブッシュ政権にのしかかり、92年の大統領選挙で、「経済を転落させた」と批判するクリントン氏に抗しきれず、政権交代を余儀なくされた。
 だが、そうした大型減税案を息子のブッシュ大統領が持ち出した背景には、戦後最長である好景気によって、米連邦政府財政の歳入が急増し黒字転換したことがある。黒字の未来はバラ色で、米議会予算局は2002会計年度から10年間で黒字が3兆ドルを超すと予測している。ブッシュ大統領は「この好景気は、米国民の勤労のたまものであり、政府は取りすぎた税金を国民に返そう」と訴えた。
 しかし、米国経済は昨年以降に株式市場のバブルが崩壊し、最近では、景気後退局面に入りつつあるとの認識が強まって来た。「減税は景気浮揚の特効薬」とする意見が共和・民主両党の間に強まり、大型減税案は可決された。だが、今回の大型減税によって景気持続がはかれるかどうか?その可能性については別のリポートに譲る。
 ただ、減税案は所得税率の一律引き下げや相続税の縮小を柱としており、富裕層優遇との批判も強い。バブル期を通してさらに広がった貧富の格差が、減税によって一段と拡大するとの見方も出ている。

 ◎ミサイル防衛構想
 ブッシュ大統領が大型減税にメドをつけた今、国防分野での最大の課題としてミサイル防衛構想が浮上して来た。
 ブッシュ政権が目指しているのは、1983年3月にレーガン大統領が打ち出した「スター・ウォーズ計画」、つまり戦略防衛構想(SDI)の実現である。レーガンがSDIを打ち出した背景には、@先端技術の進歩によって新たな戦略構想が可能になる状況が出てきた、Aソ連が大陸間弾道ミサイル(ICBM)の削減に応じなかった、B相互確証破壊(Mutual Assured Destruction, MAD)型戦略を重視した−ことなどが挙げられている。
 1984年には戦略防衛構想局(SDIO)が設置され、実用化に向けての研究が始まった。この構想は、大気圏外の地球の周囲を回る軌道上に衛星を打ち上げて、米国に向かって発射される弾道ミサイルを撃ち落とそうというもので、「スペース・ディフェンス」(宇宙防衛)と呼ばれる。だが、発射された弾道ミサイルを上空で迎撃する技術は、まだ完成されていない。
 クリントン政権は当初、SDIを強く批判していたが、軍需産業の圧力で迎撃ミサイルの研究を再開。国防総省内では、かつてのSDIOが弾道ミサイル防衛(BMD)局として復活した。そして、SDIは、大陸間弾道ミサイル(ICBM)を迎撃する本土ミサイル防衛(NMD)構想や、中・短距離ミサイルに対する戦域ミサイル防衛(TMD)構想などと名前を変えて生き延びてきた。しかしながら、ブッシュ政権はいまや公然とSDIを復活させようとしている。
 ニューヨーク・タイムズ紙は7月23日付けのジェームズ・グランツ記者のレポートで、「レーガンのスター・ウォーズが帰って来る。ペンタゴン(米国防総省)は宇宙防衛計画を拡大する」と報じた。アラバマ州ハンツビル発で、それほど大きな記事ではないが、内容は衝撃的だ。
 「米国防総省は、スター・ウォーズ計画の主要なプランをすべて復活させる」という。説明によると、@宇宙衛星から発射する迎撃ロケットの実験を2005年に実施、A地球軌道上に“ブリリアント・アイズ”と呼ばれる衛星を25から40個配備し、赤外線センサーによって核弾頭を察知するシステムを2006年に始動、B2008−2012年に、その衛星にレーザー光線発射装置を配備して、核弾頭を破壊する、というものだ。それに先立って、2003年にレーザー光線発射装置を搭載したボーイング747によってミサイルを撃ち落す実験をする、という。
 興味深いのは、この記事のニュースソースとして国防総省のほか、ロッキード・マーティン、TRW、ボーイングの軍需産業企業が情報を提供している点だ。冷戦後、クリントン政権下で国防予算は削減を迫られ、軍需産業は民需転換とリストラを余儀なくされた。しかし、ブッシュ政権下で、国防総省と一体となる産軍複合体が完全に復活したと見てよい。
 その最も象徴的な出来事が、1972年に米ソ間で締結した弾道弾迎撃ミサイル(ABM)条約の破棄宣言である。
 レーガン政権下でも、SDIはABM条約に抵触する懸念があった。しかし、その時は技術的にまったく未知数だったため、新しい解釈で乗り切ろうとした。そのうちにソ連の脅威が縮小してしまい、レーガン大統領は条約からの離脱は口にしなかった。一方、ブッシュ政権は4月以降、ABM制限条約を破棄する考えをを繰り返し示してきた。ボルトン国務次官は7月24日の記者会見で、「(ロシアと合意ができない場合)大統領は独自に動く用意がある」、と一方的条約破棄を表明した。「ブッシュ氏はレーガンよりもレーガン的」になっている。
 これに対して米議会民主党から、レビン上院軍事委員長をはじめ、批判が高まっている。カーター元大統領は「ミサイル防衛網計画は技術的にばかげた構想だ。この計画を推進すればABM条約に違反するのは明らかだ。米国がABMを破棄して強行すれば、核兵器開発競争が再燃するだろう」と述べている。
 現時点での最大の問題は、はたして飛んでくる核弾頭ミサイルを空中で迎え撃つことが技術的に可能かどうか、に絞られている。
 国防総省は、過去1年間に3回に渡って弾道ミサイル迎撃実験を実施し、この7月14日初めて、太平洋上で、模擬弾頭を搭載した大陸間弾道ミサイル(ICBM)を迎撃ミサイルによって破壊する実験に成功した、と発表した。米東部時間の14日午後10時40分、カリフォルニア州の基地から実験用の模擬攻撃ミサイルを発射、マーシャル諸島の基地から発射された迎撃ミサイルが計算通りにこのミサイルを大気圏外で捕捉して破壊した、という。ケイディッシュ国防総省弾道ミサイル防衛局長は実験後、「非常に精度の高い命中だった。われわれは第一歩を踏み出した」と述べた。
 だが、その後の報道によると、この実験で模擬攻撃ミサイルの弾頭から、位置を知らせて迎撃ミサイルを誘導する電子信号が発信されていたことが暴露された。米軍事専門誌、ディフェンス・ウィークが詳細を伝えているが、国防総省は今回の迎撃実験の最終段階では、迎撃ミサイルがこの電子信号に頼ることなく、自らの追尾装置を使って撃墜したと言っている。さらに、現在、太平洋地域に配備されている米軍のレーダーは弱体で、ICBMの弾道を捕捉可能な強力なレーダー網が完成するまでは、電子信号による迎撃実験を隔月に実施する、としている。
 この実験結果をどう評価するか?米国の科学者の間では現時点で、ミサイル迎撃は技術的には非常に難しいとの意見が大勢を占めている。命中精度を高めるために、どれだけの金が掛かるのか、その辺りが今後の予算審議の焦点になって来る。

 ◎京都議定書
 ミサイル防衛構想の推進にともなうABM条約の破棄問題だけではなく、ブッシュ政権は「最強のアメリカ」の上にあぐらをかき、あらゆる条約や国際協定に関して、国益を振りかざして一方的な要求を突きつけたり、気に入らないと背を向ける傾向を強めている。
 ブッシュ政権は3月に、米国経済に悪影響を及ぼすとして気候変動枠組み条約の京都議定書からの離脱を宣言した。
 京都議定書は、1997年12月に京都で開かれた「気候変動枠組み条約」の第3回締約国会議(COP3)で採択された国際条約である。2008年から2012年までの間に、先進締約国全体で温暖化ガスの排出量を1990年比で5%減らす目標を掲げた。国別の削減目標は、日本が6%、米国は7%、欧州連合(EU)は8%である。米国は当時、クリントン政権下でゴア副大統領が、京都議定書の採択を推進しようとしたが、共和党主導の米議会は批准を拒否した。とくに、排ガス規制の一段の強化をともなうため、自動車や石油・エネルギー産業が議会で激しいロビー活動を展開した。「米国経済への悪影響」とは、これらの米国産業の反対を代弁したものと言える。
 そして、ブッシュ政権が発足するや、この共和党の意向が前面に出てきた。昨年末にオランダ・ハーグで開かれた第6回締約国会議(COP6)は、排出規制の厳格化を主張する欧州諸国と、緩やかな規制を求める日米が対立、決裂した。
 ドイツのボンで再開されたCOP6が、再開会合で7月25日に包括合意文書を採択したとき、178カ国が合意し、米国だけが拒絶した。これに対して、米上院外交委員会は8月1日、ブッシュ政権に対し、京都議定書など温暖化防止に向けた国際的な交渉に復帰するよう求める決議案を、委員19人の全会一致で採択した。これは民主党のバイデン委員長らが提案したものだが、共和党議員9人を含む全員が賛成した。ここにいたって、注目すべき点は、ブッシュ政権の議定書離脱に対する議会内の批判が民主党だけではなく、共和党内にまで高まってきた点だ。
 決議は、二酸化炭素など温室効果ガスの削減を義務付けるとの原則を受け入れる一方、発展途上国にも削減目標を課すことを要求している。そして、修正された京都議定書を批准し、今後予想される気候変動に関する協定に参加することを通して、米国が地球温暖化に関する国際交渉に積極的にかかわっていくことを求めている。バイデン委員長は、「米国は地球規模の環境問題に取り組む責任を逃れることはできない。国際交渉の場から立ち去るべきではない」と話している。

 ◎ユニラテラリズムへの批判
 ブッシュ政権は7月に入って、国務省が9日に包括的核実験禁止条約(CTBT)の批准放棄を宣言した。さらに、25日に、生物兵器禁止条約(BWC)の履行検証のための議定書草案を、生物兵器への防衛態勢や製薬会社の企業秘密が他国に漏れかねないとして拒否すると表明した。対案の提示を約束したものの、この安価な大量破壊兵器の拡散阻止に向けニクソン共和党政権が主導した条約に実効性を持たせるのは困難になったとの見方が強い。また、ホワイトハウスは27日、世界人種差別撤廃会議に関して、会議がシオニズム(イスラエル国家建設理念のユダヤ民族主義)と人種主義を同一視する限り、欠席も辞さないと警告した。
 ブッシュ政権が発足して6ヵ月が過ぎた今、米国の外交政策はクリントン政権が進めたエンゲージメント(関与)政策から、「強いアメリカ」を誇示し、力でねじ伏せる強権外交へ大きく方向転換し始めている。これを「ユニラテラリズム(一方的外交交渉態度)」と批判し、その結果として「孤立主義」に陥ると懸念する声が米国の内外で高まり出した。
 カーター元大統領は7月29日付けのジョージア州のColumbus Ledger−Enquirer紙とのインタビューで、「私はブッシュ大統領が打ち出した政策のほとんど全てに深く失望している。ブッシュ大統領はチェイニー副大統領とラムズフェルド国防長官ら政権内のタカ派の声しか聞こうとしない。パウエル国務長官のような穏健派は無視され、国際問題の基本的な政策決定過程から完全に締め出されている」と指摘した。 カーター発言は民主党内に募っているブッシュ政権のユニラテラリズムへの不信を代弁していると言える。
 また、同日付けニューヨーク・タイムズ紙は「America on the sidelines(傍観する米国)」と題する社説を掲載した。タイムズ紙は、ワシントン・ポスト紙などと並んで、民主党寄りであり、大統領選挙ではゴア副大統領支持に回った経緯がある。それだけに、その論評は割り引いて読む必要があるが、「ブッシュ氏は、選挙期間中に、米国のような力のある国は慎ましくあるべきだと繰り返し強調して来た。これは非常によい忠告だった。しかし、政権に着くや、ブッシュ氏は、米国が戦後長年に渡って培い、外交の基本政策とし、また、米国が世界と関与するための国際的協調や条約のすべてに驚くべき侮蔑を浴びせるようになった。米国政府の敵対的な態度は、国際協調に対する傲慢さと侮辱と受け取られ、国益に反することになる」と述べている。
 実際、クリントン政権時代には蜜月だった英国のブレア政権をはじめ、欧州諸国には米国に対する不満が募って来ている。また、アジア太平洋地域でも、オーストラリアのような安全保障上のパートナーが反発を強めている。世界各国の反発については別のレポートに譲る。
 ブッシュ政権のユニラテラリズムへの批判に対して、ライス大統領補佐官(国家安全保障問題担当)は7月29日、CBS放送で「この政権ほど国際主義的な政権はない」とした上で、「条約に調印することだけが、国際主義ではない。国際主義の名において悪い条約に調印するならば、そんなものは米国民に支持されない。大統領は米国の利益にならない条約に調印すべく選ばれたのではない」と反論している。(8月4日)
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