源氏物語と女性(四)憑依の女性 六条御息所
文芸評論家   秋野茜子(あきの・あかね)

源氏物語絵巻   
 源氏物語のなかで、男性の読者が最も好む女性は夕顔で、女性読者がもっとも好きな女性は六条御息所(ろくじょうのみやすどころ)であるそうな。なぜ女性の読者は六条御息所が好きなのだろうか。彼女は憑依の性格を持っていた。だから好ましいのでなく、ものにとり憑くほどの彼女の失恋の苦しみに女性の読者が共感するからかもしれない。当時の女性は一夫多妻制のもとでいつも男の愛を奪い合いしていなければならず、正妻と言えども安心していられなかった。
 ある才色兼備な女性は夫の夜離れ(よがれ)は堪えがたく、許しがたいと思い、夜遅く夫が門を叩いても開けなかった。藤原兼家を締めだした右大将道綱母がその方である。美人で歌も上手に詠み、趣味も教養も高い彼女は、夫が自分よりもはるかに身分の低い町の女のところへ通い始まると、夫婦喧嘩はもちろんのこと、ヒステリーを起こすほどに怒った。尼になると言って山に篭もって夫を困らせ、その夫婦喧嘩の取次をさせられて、息子の道綱はやせ細ってしまった。
 気の強い、才能のある女性は兼家は苦手であった。源氏も同じであるが、源氏と六条御息所の場合は、『かげろふ日記』のような表に現れた陽性なやりとりではなく、人一倍思いこみの深い六条御息所の心の葛藤となって内在化してしまったことが特徴的で、日記と異なりこの心的発展が物語の独自性を示している。
 六条御息所は東宮に入内し、姫をもうけたがほどなく東宮と死別し、六条の屋敷で優雅な生活をしていた。その六条御息所を、藤壷中宮との逢瀬がかなわない源氏がその身がわりのように口説き落として通っていた。六条御息所は夫である東宮が死去しなければ皇后にもなりえた筈の女性である。教養があり、趣味がよく風流を解し才能も品位もとにかく非の打ちどころのない高貴な女性であった。その女性を最初はもの固かったのだが源氏が熱心に口説いてなびかせてしまった後は、うって変わって通りいっぺんの扱いをするのはおかわいそうだ、と物語作者は語っている。そうなると六条御息所はなにごとも一途に思い詰める性格なので、七歳年上という年齢の差も気になって、世間に知られたらと思うと、夜離れの目覚めの折りごとに思い乱れるのであった。男に去られた屈辱とそれを世間が知ることは彼女の誇りが許さない。
 六条御息所の生霊は源氏がどうということのない夕顔の様な女性を愛したことで許しがたいと、夕顔をとり殺した。源氏が冷たくなっていくので、娘が斎宮になったのに伴って伊勢に下向しようかと考えているうち、新斎院の御禊の日、葵の上一行と彼女の従者同志が車の場所をめぐって争い、辱めを受け悲嘆にくれた。六条御息所は葵の上の懐妊を知ってさらに屈辱を覚えた。噂で葵の上に自分や父大臣の生霊がとり憑いていると聞くとなんとなく心当たりがあるような気がするのだった。肉体は移動しないまま、執念だけが物の怪(もののけ)となって葵の上にとり憑き苦しめ、祈祷されてもなかなか離れないのであった。葵の上に付き添っていた源氏は物の怪が六条御息所であることを知った。源氏に知られたことを彼女は恥じた。源氏の息子は無事誕生するが、六条御息所は嫉妬の念にかられる。しかし、同時に自分の衣服が護摩に用いる芥子の香がするのに気づき、自分が葵の上にとりついたのかと自分をうとましく思うのであった。
 高貴な女性で才能も知性もある六条御息所は、自分から遠退いてしまっている源氏を恨めしく思うあまり、源氏が愛する女性たちに祟ってしまう。彼女の理性はそれをうとましいと思うのであるが、閉じこめられた執念は彼女の肉体を離脱して勝手に悪さをする。六条御息所という女性はアンビヴァレントな性格の持ち主である。
 しかし、それでは彼女の父の物の怪も葵の上にとり憑いていたのはなぜだろうか。父は彼女の失恋を恨んだのでなはい。彼は将来皇后にもなろうと嘱望した娘の身の上が、東宮の死去で実現しなかったことの恨みを表している。源氏が彼女を普通の女性と同じように扱って離れ去っていくことへの父の怒りである。源氏は父桐壷帝から、六条御息所を気安く扱ってはならないと叱責される。 彼女の不幸は単にその性格からだけ生じたのではなく、彼女の恨みが変化した物の怪は、摂関政治のなかでの敗者の姿を見せている。抑圧された恨みが形をとって一人歩きをしているところに、この物語のおもしろさがある。


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