グレシャムの「悪貨が良貨を駆逐する」か、デ・マンデヴィルの「蜂の寓話」か?
 トーマス・グレシャムの「悪貨が良貨を駆逐する」か、バーナード・デ・マンデヴィルの「蜂の寓話」か?


いきなり訳のわからない題名で申し訳ない。今市場で起こっていることを少し違う視点から考えてみようと考えた。
少しでも経済学をかじったことがある人ならご存知のグレシャムの「悪貨が良貨を駆逐する」とデ・マンデヴィルの「蜂の寓話」を引っ張り出してきた。

「悪貨が良貨を駆逐する」と言うのは16世紀のイギリス国王財政顧問、トーマス・グレシャムがイギリス女王エリザベス1世に提言したという故事からきている言葉である。
質の悪い(金の純度が低い)通貨を発行すると、質の良い(金の純度が高い)通貨を皆遣わずにしまいこむようになり、質の悪い通貨のみが流通するようになる、という理論である。
一方、「蜂の寓話」は17世紀のオランダ人で、イギリスで活動したバーナード・デ・マンデヴィルの寓話である。こちらについては少し説明が必要かもしれない。私悪は公益につながることを次のような寓話で説明している。
「広々とした蜂の巣に蜂の大群が住んでおり、生活は快楽的で安楽に満ちていた。勝ち組みも負け組みもすべてがあった。
弁護士はいつも不和をかもして事件をこじらせ、医者は医術より名声や富を愛し、聖職者たちは無学で安楽にふけっていた。兵士たちは名誉を目的に戦争に出かけ、政治家は私服を肥やした。商売は不正が行われ、裁判官さえ買収されることもしばしばあった。蜂の巣は、部分的には悪徳に満ちていたが、全体としては天国であった。
 金持ちは貧乏人を百万人も雇い、いとわしい自負はさらに百万人を雇った。
おかげで貧乏人の生活でさえ以前の金持ちよりよくなって、足りないものはもうなかった。
 そのうちに誰もが、詐欺や不正を非難し始め、誰もが正直にし始めた。すると驚愕すべきことが起きた。食料の価格が下落し、役人は俸給でつつましく暮らし始め、浪費家がいなくなり、土地と家屋の値段が下がった。建築業はまったくだめになり、職人たちは仕事失った。誰もが節制するようになり、広い蜂の巣に残るものはごく少数になった。多数の敵に攻め込まれた時多くの蜂が死んだ。」


現在市場には大量のマネーが流れ込んできている。投資的なマネー、投機的なマネー、様々である。現在ほど市場に多くの人間が参加していることはないだろう。

「悪貨が良貨を駆逐する」と言う視点から見てみよう。少し乱暴な言い方だが、「悪貨」とは投機的マネー、良貨は投資的マネーと解釈されるだろう。投機的なマネーが大量に流入し、相場を荒らし、投資的なマネーが逃げていく様子は容易に想定されるだろう。投機的な資金を目的とした上場が相次ぎ、投資を受けたい企業は市場を敬遠するようになる。投機的なマネーが益々流入し、投資的なマネーは流出する。投機的なマネーにとって、企業は駒でしかない。その企業が退場すれば、また次の企業が入場する。企業の業績も関係なく思い入れもない。
今起こっていることはこのような見方ができないだろうか。

もう一方の見方をしてみよう。上記で「悪貨」と表現したマネーによって、株式市場が反映しているとも考えられよう。投機家は私欲のために資金を市場に投入し、企業はその資金を得るために上場を目指す。大金を得る者がいれば、全てをなくしてしまう者もいる。私欲と悪貨のために、資金が資金を呼び市場は繁栄している、と考えることもできる。もし規制や自主的な節制が行われれば、市場は荒廃するだろう。

 多くの企業が決算を向かえる3/31、今年の株価の最高値を記録した。昨年の同日と比べ40%以上の値上がりだ。この市場は悪貨で満ちているのか、それとも繁栄と見るのか…
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