JFK(ケネディ大統領)暗殺関連: Dallas ダラス旅行記


2002年6月1日 (土)ダラス Dallas, Texas

今回、ダラスにはJFK暗殺現場を見る為だけにやってきた。
この地には何があっても来なければならないと思っていた。(D.C.のアーリントン墓地の墓参りには昔、行った事がある。)

JFK暗殺関連の情報は、事前に「ケネディ大統領暗殺事件」のサイト http://www.maedafamily.com/frame.htm
の管理人 前田殿より情報を頂いていた。お礼を申し上げたい。

クリーブランドから朝11時半ごろ、DFW空港のターミナルBに到着。DFWは巨大な空港で滑走路は8本もあるらしい。(成田は1本半しかないのに。。)

ダウンタウン迄なんとか安く行く方法を事前に調べておいた。タクシーだと30−40ドルもかかるようで、バカらしい。
ダウンタウンには、DARTという公共のバスでも行ける。ターミナルA迄moving walk を使って歩き、インフォメーションでバス乗り場を教えてもらった。DART 202というバスで$2と。問題は、1時間に1本しか走っていない事。取り敢えずは、バス亭に行く。
すると超ラッキーな事に1分も待たないうちに黄色いバスが来た。幸運。でも少し遅れていたら、1時間も待つところだった。
危ないところだ。乗客は黒人のおばさんが一人だけ。運転手とおばさんはずっと話しをしていた。冷房も効いていて快適。
30−40分程度でダウンタウンのバスターミナルWest Transfer Center に着いた。ホテルはすぐ裏手。

チェックイン後、即外出。しかし、ダラスは非常に暑い。真夏の日差しが照りつける。乾燥していて、なんか砂漠みたいな感じ。
さっそく、Dealey Plaza のSixth Floor Museumへ歩いて行く。ホテルから5分とかからない。先ずは1階の北側の入り口から売店だけに入り、Dealey Plaza のガイドブックを購入。日本語版があるので驚いた。その日本語版を購入。$7.
しかし、日本語版は、すぐ読めるが、英語での正確な名称が分かりにくいのが欠点だ。英語版も買おうと思ったが、2冊買うのは勿体無いので諦め。

そして、Dealey Plazaへ。 とうとう来た。JFK暗殺現場。アメリカ人を中心として観光客がたくさん居る。みんな、写真を撮ったりしている。
Elm の下り坂の勾配がとても急なので驚いた。映像だと坂になっている事はあまり分からなかったので、驚きだ。
暗殺地点の道路にはバツ印がしてある。

Elmから、オズワルドが射撃したとされるTexas School Book Depository 6階の窓を見てみる。木の葉が邪魔でよく見えない。
11月はどうか分からないけど、葉っぱが邪魔で、あの窓からの射撃で致命傷を与えるのは、無理だったろうと思う。
TSBDは今は名前が代って、ダラス郡役所ビルになっている。

Glassy Knollの階段と駐車場に行った。Glassy Knoll の木の柵は落書きがされている。
ここからJFKの乗ったMotorcade(モーターケード) オープンカーまでは近距離で射撃できる。これならプロのヒットマンなら簡単に撃てるな。
オープンカーのmotorcade を使ったのは観客によく見えるようにとのJFKの意向らしい。
Motorcade でなければ死なずに済んだかもしれないのに。

ガイドブックを見ながら、目撃者の居た位置などを確認しながら写真をいろいろ撮った。一人旅ゆえ、自分の写真は人に頼み撮ってもらう。
インド人らしき人も一人で来ていた。Triple Underpass(駅員ホランドが木の辺りで煙を見たという場所)にも行きそこから、暗殺現場を見る。
よく見渡せる。これならライフルの煙も見えそうだ。

一通り見学した後、Sixth Floor Museumへ入場。日本語のオーディオ付きで見学した。
学割で、$12。日本語はもちろん分かりやすいが、吹き替えてあるのでオリジナルの英語が聞こえないのが欠点だ。
英語版にすればよかった。またオーディオガイドは結構、展示を飛ばすので、テープを止めて、展示の説明を読んだ後、テープを再生という風にして見学した。1時間以上かかった。当時のNEWSなど短いビデオ放映もされている。
ダンボール箱を積み上げた射撃者の隠れ場所(sniper’s nest)はガラス張りになっており、入れない。

見学の後、再度一階の売店へ。何を買うかいろいろ悩んだ。本は重いので駄目。マグカップはかなり欲しかったが、これも重い。
結局、JFKの演説を録音したカセットテープ1本を買った。記念に1セントに刻印する機械で2種類の刻印1セントを作った。

遅いランチをWest End 地区で食べた後、JFK Memorialを見に行った。大きな記念碑のようなものだった。
その隣の建物の中にあるDallas Visitor Center に立ち寄り、地図や、観光ガイドなどを入手。インターネットも見られる立派なcenter だった。

再び、Dealey Plazaへ。Grassy Knoll でガイドブックなどを売っている売り子から、JFK The case for conspiracy, The Killing of a President, The millennium edition ( by Robert Groden)という薄いカラーの本を買った。10ドル。薄いのに高いな。安くしてくれとネゴったが、駄目だった。
その代わり、その売り子に写真を撮ってもらった。また、外れた弾丸の傷が残っている場所を教えてもらい見に行った。
この本は、薄いけれど、カラーで有名な写真などがかなり載っているのでとても参考になる。

一旦、ホテルに戻り、一休みの後、夕食を食べに行く事にした。観光を兼ねてReunion Tower の上に登る為、散歩がてら歩いて行った。
ところが、せっかく歩いて来たのに、当日は景色を見るだけの客は駄目だと、何か飲み食いしなければならないと。悔しいので諦めた。
その後、Sixth Floor Museum の裏手のWest End 地区をふらついた。観光客などですごい人ごみだ。
スパゲティ屋に入ったら、20分待ちと言われたので止めた。幸いレストランTony Roma に待つ事無く入れた。
中ビールを一杯だけ頼んだが、ぜんぜん足りなくて、もう一杯頼んだ。10時過ぎにレストランを出た。
帰りがけもう夜で暗いのだが、再度、Dealey Plazaに寄ってみた。この時間なのに、未だ数組の人が居た。
昼は気が付かなかったが、Grassy Knollのアブラハム ザプルダーが立っていた場所は、草がそこだけ、枯れている。
皆、その場所に立つからだろう。
Dealey Plazaに別れを告げてホテルに帰ることにした。もうダラスには来れないかもしれないな。日本からはるばる来るのは苦しいからな。
ダラスにはやはりわざわざ来て良かった。 自分は到底JFKには及ばないが、少しだけ身近に感じられた。

JFKが生きていたら、世界は違っていたかもしれないとひしひし思う。
彼と弟RFKのおかげで、キューバ危機を乗り越えられた。一歩間違えば全面核戦争。場合に寄っては世界滅亡の可能性もあったろう。

JFKの有名な就任演説での言葉:(Inaugural Address, January 20, 1961 )

Ask not what your country can do for you, ask what you can do for your country


(国家があなた方に何をするかではなく、あなた方が国家に何ができるか問うてもらいたい。)
こんなすごい言葉は日本の腐った政治屋連中は決して言えないし、そんな志も無いだろう。
JFKの素晴らしい演説内容は落合信彦氏の「ケネディからの伝言」に詳しく載っている。
JFK暗殺の真実が正式に世の中に出る事はもう無いだろう。証人が死んでいるし、極秘にされている証拠物件もかなり盗難にあっているらしい。2039年になっても、JFK暗殺の真実は結局、闇に葬られてしまうだろう。
CIA, FBI, 軍産複合体、マフィアたちこの連中がJFKを殺したのだと思う。
でも、アメリカ人があんなに多くDealey Plazaを訪問している事は、たとえ真実が明らかにされなくても、多くのアメリカ人はconspiracyを信じていると思う。

Photo Album

The Texas School Book Depository このビルの6階からオズワルドが射撃したとされる

Dealey Plaza

鉄道の陸橋から見たDealey Plaza

Elm通り、暗殺現場の路面にバツ印が有り

 

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