”観る”楽しみ


(文;永持 典孝)

私は自分自身はず〜っとオフロードバイクに乗ってますが、実はロードレースも、WRCもF1も大好きなのです。もちろんこっちは観戦のみですが。

1987年、その頃バイク屋で働いていた私は、20年ぶりで開催されるWGP日本グランプリのMFJ競技役員招待券を入手。(実はバイク屋の親父が競技役員ライセンス所持者だった)。ツーリングがてら鈴鹿サーキットへ赴いたのでした。決勝はあいにくの雨。とにかくこのとき印象に残ったのは、やはり世界の壁の高さ。当時はまだ全日本にも500CCクラスが存在して、ワイルドカード出場の日本人ライダーも”普段はスーパーバイクに乗ってる”とかじゃなかったんですが、とにかく125cc、250cc、500ccともグランプリライダーに日本人ライダーはぜんぜん太刀打ちできなかったのが印象に残っています。

その後、卒業、就職など、いろいろあってしばらくレースを見たりしてなかったある日、1993年のことだったと思うのですが、何気なく日曜日の深夜、テレビを見ていたら懐かしいWGP。場所はこれまた懐かしいオーストラリアのイースタンクリーク(実は94年オーストラリアンサファリの車検会場だった)。250ccクラスでトップグループを形成している中に日本人ライダー原田選手の姿がありました。グランプリライダー相手に(原田選手もグランプリライダーだとはそのとき知らなかった)一歩も引かず、優勝をさらったその姿をみて6年前の日本グランプリからは想像もつかないその結果に実はちょっと興奮をおぼえ、また、かなり激しく感動したのを覚えています。以来、再びWGPをテレビ観戦するようになった私は、何人かの日本人ライダーがWGPフル参戦しているの知ったのでした。

世界が向こうからやってきてからたったの6年。87年の鈴鹿を走ったGPライダーの多くがまだ現役で走ってる間に急成長した日本人ライダーたち。日本人はけっこう器用なところがあるんでしょうかね。

トライアルについてもやっぱり同じような印象。ホンダがまだ4ストRTLで戦っていた時代、多分1985年頃だったかと思うけど、やっぱり世界の壁はホンダのエディ・ルジャーンやファンティックのティエリー・ミショーだったし、その壁はかなり高く思えたけれど、今、我々は 本気で藤波選手や黒山選手の勝利の可能性を信じることができます。


さて、いよいよ我々に身近な(??)エンデューロなんかはどうなっているかというと・・・。

環境自体が存在しません。実はエンデューロ世界選手権が存在するんですが(知ってた?)、これに出場するためには当然国際ライセンスが必要です。たとえばロードレースなら、大雑把な流れとして地方選手権から始めてポイントを取って全日本国際A級ライセンスを取って、なおかつMFJの推薦が得られて、さらにFIMの出場許可が取れればグラプリライダーへの道が開けていますが、エンデューロにはこういう道が存在しないんですね。国内ライセンスがありませんから。ISDEに出場する選手たちはISDEの1レースのみのライセンスで出場しています。昔、確かエンデューロ世界選手権に出場していた ライダーがいましたが、 そのライダーはスポーツ国籍をイタリアへ移籍してイタリアのライセンスで走っていたと記憶しています。

”世界選手権”が最高峰の遊びだとはもちろんまったく思っていませんし、ましてやE&Gツーリングクラブの仲間にみんな世界選手権に挑戦しようと呼びかけてるわけでもありませんが、世の中には世界に挑戦しようとするライダーも現実に存在し、そして世界に通用するライダーだっていると思うんですよ。そういう人たちが世界で戦っている姿を見るのも我々をドキドキさせてくれるし、そういうバイクの楽しみ方もあります。昨年末から今年の年始、jum38.comを毎日見てた人もいるでしょ?


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