遊ぶ権利と遊ぶ責任

 河川敷を走っていてふと思ったんですが、ある意味、日本はオフロードライダーにとってすばらしい環境ですね・・・・?。

 アメリカには”Open Area"という場所があって、それこそ広大(東京区内全体くらいの広さ)がオフロードライダーに開放されています。但し、ここでもスパークアレスターの装着義務やグリーンカード(保険)への強制加入などがあって、誰でもそこにバイクを持っていけば自由に走り回っていいというわけではありません。

 それに、てらださんは知ってると思いますが、たとえばロサンゼルス近辺のOpen Areaといっても、ハイウェイを3時間とか走らないとたどり着きません。

 それが、規模は小さいとはいえ、都心からそれほど離れていないところで何の規制も無く走れるところがあるなんて恵まれた環境だと思いませんか?

 ただ、この環境はOpen Areaのように規則を守る限りそこを走る権利も守られるようなシステムの上に成り立っているものではありません。多くの林道や河川敷からライダーが締め出された過去を振り返ってみればわかるとおり、河川敷は基本的に公道、かつ未舗装路なので、旧バックオフ流の表現をすれば”時速20kmを厳守してください”みたいな場所なんです。(私流には、どうしてそんなに極端な分析しかできないのかわかりませんが・・。)

 ココを”見て見ぬふり”で走らせてくれるのが日本社会のいいところ。特に周辺からの苦情が無ければ面倒なんで放っておこうという”事なかれ主義”に立脚しています。逆に、アメリカのOpen Areaみたいなシステムで利用者を規制しようとしたらそこを”規則を守って走る”権利を認めたことにもなってしまいます。完全に取り締まろうとしたら”それじゃ釣り人のRV駐車は?”とか、”バーベキューに来る親子連れのRV乗り入れも取り締まれ”とかなって、面倒になるからやんないだけなんですね。

 要は、”そこをバイクが走り回ってるなんて知らない”ことになってるわけで、そのあたりにつけこんで遊んでる。つまり悪用してるわけですから、やっぱり自分たちなりに周囲の人たちには気を使いましょ。子供の頃教えられたように”人に迷惑をかけない”ようにすれば、いつまでも見て見ぬふりをしてもらえるんじゃないかな。

 私流に言えばたとえば・・・

 どれも当たり前のことのように思いますけど、この当たり前のことができていたら林道は閉鎖されないし、河川敷もバイク締め出しにならないはず。つまり、当たり前のことができない人がいかに多いかということですね。

 バイクに乗って、カッコイイと思うのはバイク乗りだけ。あるいは自分だけ。他の人は基本的に”ウルサイ””迷惑”と思っているので、その辺考えて、自分たちの非常に脆弱な”自由”は自分で守りましょという話でした。

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