芸能界血風録

 

 199X年7月某日、都内江戸城松の廊下において記者会見が行われた。会見を開いたのは人気

ヴォーカルのじゃんくである。会見の席上、じゃんくは「ウチのメンバーの○って、ちょっと髪の毛やばく

ない?」と今後しばらくプロデュース活動に励むことを宣言し、プロデュースするグループのメンバーを

公開オーディションで選ぶことを発表した。

オーディションの公募は雑誌「APAMAN」誌上で行われた。意外な雑誌での公募にじゃんくの元へは

質問が殺到したが、じゃんくは「うるせー、おれの金じゃー」とノーコメント。しかし「オラ見ただよ。じゃんく

の楽屋で、ASAYANと書いた紙が涙に濡れて落ちていたのを」と芸能関係者でUFO目撃多発地帯に

農場を持つゴルバチョフさん(42)は語る。

公募には不動産関係者ら5億7000万人が応募した。水着審査、全身タイツ審査、二の腕の肉のたるみ

審査など厳正な審査が行われ、見事下は37歳から上は84歳までの中高年男性154名が選ばれた。

お披露目の席上、じゃんくはグループ名を発表した。その名を「モーニング息子、」

彼らが輝かしい伝説を作ることになろうとは、この時点では誰も想像できなかった。

そして事実、伝説になんぞなりゃしなかった。                                      つづく?

 

 

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