岐阜探訪記

 先日、ちょっと名古屋方面へ行く用事ができた。

 

 さて名古屋といえば尾張、かつての織田氏の本拠地であり、第二の本拠である岐阜もほど近い。

わしもこんなページをやっている以上、一度は両所を訪れておくべきと感じていたが、普段は東国で暮らす身である。尾張名古屋には行ったことがあっても岐阜には足を踏み入れたことがなく、お伊勢参りに行けない江戸っ子のように肩身の狭い思いをしていた。

 

 そこへ今回の機会である。この際ついでに岐阜まで足を伸ばしちまおうと思い立ち、東京から名古屋を越えて岐阜に降り立った。

 そして駅前からバスに乗り、一路岐阜城をめざす。「岐阜公園前」という停留所で下り、稲葉山(金華山)の山麓を整備した公園の中に入って上を見上げると、はるか山上になんか小屋みたいなもんが乗っかっていた。

 ・・・小屋じゃなかった。なんと目指す岐阜城の御天守であった。あんまり上のほうにあるんで、遠近感を狂わせられてしまったのだった。なんでも天守までの道は登山コースとしても知られており、野鳥の保護区域に指定されているのだという。

 

 まったくひどいところに城を建ててくれたものである。攻める方の身にもなってやってほしいものだ。人間、気配りが大切というのに。

 

 そんな愚痴をこぼしつつ、まずは山麓の公園内をうろつく。すると信長の居館跡というところに行きついた。

 

 

 

 

 どうやら信長も本丸までの道の険しさにキレて山麓に居館を構えていたようで(まあ防御用の城とは別に居館を構えるのは当時の一般的なパターンではあるが)、ここはその遺構だという。山麓の斜面に沿って建てられた数階層にわたる広大な館で、下層部の虎口跡や千畳敷とよばれる広いスペースなどが発掘・整理されている。ここで430年前、信長その人がくつろいだり客を引見したり、癇癪を起こして白刃片手に近習を追いまわしたりしたんだろうか。ほほえましいことである。

 

 このほか公園内には岐阜市の歴史博物館などが建っている。博物館内は室町・戦国期よりも古代や近世の展示に多くの場所を費やしており、「戦国のことは岐阜城天守で調べてね」と言っている感じがした。

 また博物館では長良川の鵜飼の紹介にも多くのスペースを割いていたが、それによると『隋書倭国伝』にも「日本じゃ鵜飼をやってるんだってよ」という記述が見られるそうである。つまり鵜は千年以上ものあいだ、人間様のために魚を飲んじゃあ出し飲んじゃあ出ししてくれてたわけだ。まったく感謝すべきことである。でもわしは生まれかわっても絶対鵜にはならんぞ。さらには飲まれちゃ出される魚にもならんぞ。

 

 そんなくだらぬ決意をしたあと、はるか頭上に建つ本丸へ上ろうと思い立つ。まともに登れば数時間もかかろうが、しかしわしは登山家でもなければ登山の準備もしてきていない。麓からロープウェーが出ているのに目をつけ、それに乗り込んであっさり山上二の丸下へとたどり着いた。

 

 ロープウェーを降り、降り場に併設された展望台に上ると、行く手に天守が見えた。その前にはなにか塔のようなものが建ち、空に向かってアンテナを伸ばしている。流石は天下の名城、対空防備も完璧である(ほんとは単なる気象台)。

 

 

 アホなことを考えつつ天守の方向から左に視線を移すと、かつて井の口と呼ばれた城下の町並みと、その脇を流れる長良川が見下ろせる。ああ絶景。

 

 

 展望台を降り、二の丸門をくぐって天守の方向に歩くと、城の歴史や歴代城主の事跡を書いた看板が途中途中に立っている。ちなみにこれらの看板、斎藤道三の国盗りについては近年有力になった親子二代説を採用している。道三一代説のほうが物語性があって観光的には良いだろうに、それを押さえて二代説を採っているあたり、良心的というか研究に素直で好感が持てる。

 また天守までの道には城内の水を担っていた井戸の跡や、秀吉が初めて金瓢箪の印を掲げた場所といわれる小平地などか木々の間に散在しており、注意深く見た人ほど楽しめるおトクな作りになっている。

 

 

 そんなこんなで歩いていくうちに、天守が近付いてきた。近くで見る天守はやけに新しく(平成9年に改修したばかりだそうである)、ちょっと風味に欠けていた。これはわしの持論だが、こういう古めかしさを期待される建物のリニューアルにあたっては、竣工したらすぐ表面に泥かセピア色の塗料でも塗ったくって古めかしく見せるべきだと思うのだが、いかがなものか。

 

 

 ともあれ天守にたどり着き、入口で入場料200円也を支払って中に入る。入ってすぐ階段があり、そこから段上を見上げると、2階に鎮座する信長像と目が合ってしまった。なかなか粋というか、ホラーな演出をしてくれるものである。

 

 

 天守の中は展示室になっており、武具やら甲冑やらが展示されていた。写真は撮ってもいいんだべかと思いつつ周囲を見渡してみたが、どこにも撮影禁止と書いてなかったのでここぞとばかりに撮りまくってしまった。下の画像はそのうちの一枚で、斎藤義龍像(複製)である。決して宇宙人像ではない。

 

 

 このほか、なぜか忍者グッズの展示が充実していた。謎である。

 

 

 

 そんな具合に天守とその近辺を探索したあとは、さあ下山である。下山くらいならロープウェイを使わずとも自力で大丈夫だろう、カジュアルな服装でも平気だろう・・・と思いきや、↓こんな看板が目に入ってしまった。

 

 

 ・・・なんとすばらしい説得力であろう。思えばわしも二十の坂を数年ばかり越えた立派な老人である(年上の方々すいません)。一気に脱力したわしは他の下山道もあきらめ、大人しくロープウェイに乗って山を降りた。寄せ手の体ばかりか心までも萎えさせるとは、さすがは世に知られた山城、天晴れよ。

そのような感慨というか負け口上を心に抱きつつ、岐阜城をあとにしたわしであった。

 

 

 

〜文末クイズ〜

 

下の写真のうち、信長像はどれでしょう(いずれも岐阜公園に立ってます。はずれのうち一人はけっこう有名人で、もう一人はよくわからんです)

 

 

 

 

 

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