流通開放は中国経済発展のカギ
世界貿易機関(WTO)加盟交渉を契機に進む開放政策




[要約]
  • 世界貿易機関(WTO)加盟交渉を契機として、遅れていた中国の流通対外開放が進む兆しが見えている。進出地域、企業数の制限を逐次緩和する形で卸・小売業への外資進出が認められそうだ。
  • 改革開放以来、中国の流通はそれなりの発達を遂げてきたが、依然生産段階との結びつきが弱く、情報の欠如による過剰供給などの問題を発生させている。
  • 流通の対外開放の遅れで中国は外資導入と雇用創出の機会も失っている。痛みを伴うが、資本と技術の導入で市場の近代化を進めるため、中国政府の更なる英断を期待したい。 



   WTO加盟後5年以内に流通開放


  中国はこれまで流通の対外開放に慎重 だったが、最近前向きに変化し始めた。直接の契機となったのは、世界貿易機関(WTO)加盟交渉である。
  従来流通サービス分野では外資導入の「実験」が行われていたが、これは国が選んだ世界的著名企業に小規模なデモンストレーションを許すだけのものにすぎなっかた。
  しかし、中国はWTO加盟交渉を促進するため、昨年から卸・小売業双方とも「進出枠」を保証する方向に転換した。進出地域/企業数が制限された枠であるが、中国はこの制限を加盟後5年以内に撤廃すると表明している。
  また、製造業者に対しても同じく5年以内に、海外グループ企業製品の輸入・国内販売を行う会社の設立を認める方針が示されている。これが認められれば、メーカー各社が待望してきたように自社ブランド製品の内販をフルラインで手がけられるようになる。

  条件が整えば前倒しも

  もちろん、提案された「加盟後5年」は遠い将来であり、また、一部には出資比率50%未満といった厳しい制約が課されるので、これで十分とは到底言えない。しかし、ようやく中国が流通分野への外資導入の重要性を認識し始めた証拠であり、今後交渉の更なる進展が待たれる。
  また、上記範囲内については政府部内にコンセンサスがあるため、条件が整えば、対外約束した5年を待たずに実施に移される可能性もある。

  消極的だった流通開放

  改革開放が始まった1980年頃までの中 国流通機構は物資別、地域別に作り上げられた配給機構の性格が強かった。輸出入と国内流通も別々の行政系統で管理される国営企業が担当した(図表1)。
  その頃にくらべれば流通機構は随分進歩したと言える。今や独占的配給網は解体され、大都市には近代的百貨店が建ち並び、飛躍的に増大した物量をこなす流通網もまがりなりにも整備されてきた。地域販売代理店や卸・小売の共同市場など新しい業態も誕生している。
  しかし、流通の対外開放に関しては、中国政府はこれまでずっと消極的だった。小売業については、例外的に、不動産開発がらみで地方政府がヤミ認可した案件を中心に約200の外資系百貨店が営業しているが、現代小売業を代表するチェーンストア方式はやっと「実験」が始まったばかりである。卸売業の開放も合弁貿易商社や配送センターなどの「実験」の域を出ておらず、製造業の開放に見せた大胆さが見られない。




   遅れた流通が過剰投資・過剰生産招く

  開放を渋る大きな理由は「国内産業がまだ遅れているから」ということであるが、よく見ると、実は「遅れた流通」が経済全体に悪影響を与えていることも明らかである。
  中国では今過剰投資・生産の発生が大きな問題になっている(図表2)。最近よく「売り手市場から買い手市場へ」という言葉が使われるが、これは政府の使う婉曲表現であり、実態はもっと深刻である。
  直接の原因は地方政府がどこも似たり寄ったりの産業構造を目指し、行政主導で需要の見込めない工場建設を進めたことにある。


   流通業が経済全体のボトルネック

  そして、見逃せないもう一つの原因は、伝統的な計画経済体制の下で生産者と流通業者が切り離されて管理されてきたことにある。現代の流通の役割は消費市場の情報を生産者に迅速・的確にフィードバックすることが重要なポイントだが、中国では生産と流通の間で鎖が切れている感がある。近代的な物流、情報技術からマーケティング手法や販売網の整備まで、中国の流通が外資から学ぶべきことは山積している。
  メーカーでも好業績を上げる一部大企業を別にすれば、販売部門は売掛金の回収をするのが関の山で、生産現場に有用な情報を提供できるところまで育っていない。その結果、市場動向も販売見通しも十分つかまないまま投資・生産が行われ、遊休工場と製品在庫の山が築かれている。
  このような生産と流通の関係は、ハイパワーのエンジンを積んでいるのに、古くて小さいタイヤを履いた車に例えられる。流通業が製造業に見合った発達を遂げていないことは経済全体のパフォーマンス向上のボトルネックになっている。

   深刻な失業問題

  以上のような認識は、最近中国政府の中でもかなり共有されており、政策転換の一つの背景になっているといえる。
  流通に先進技術と資本が入らない結果、雇用と投資の両面にも大きなマイナスが生じている。
  中国の第三次産業は産業全体の30%強の付加価値しかない。流通だけ取り上げても、もっと多くの付加価値をつけ、多くの人が働けるはずである。国有企業改革により失業問題が深刻化していることから、昨年秋の第15回党大会では雇用創出の狙いを込めて、非公有経済と第三次産業の振興が打ち出された。しかし、技術・資本に乏しい内資企業に頼っているだけでは、雇用創出効果も限定的であろう。

   流通開放で資本と技術の導入を

  また、中国は生産面では外国資本の導入に懸命になる一方、流通の門を閉ざしている。しかし、外国企業にとって、今最も投資ニーズが高いのは流通ではないだろうか。ハイテク工場のような華々しさはなくても、件数が多いだけに、投資額は意外に大きいはずである。
  中国に進出した多くのメーカーは自由に流通網を整備することができない結果、最近では今後の事業の発展に閉塞感を感じ始めている。流通の開放が進めば、現地事業の発展に新しい展望が開け、製造業でも投資の動機付けが強まると思われる。

   中国政府の英断に期待

  中国政府内部には依然として、内資企業の間では競争を促進し改革を進めるべきだが、外資への開放は国内改革が済んでからにすべきだという消極意見も存在する。
  しかし、このような意見は製造業の急速、飛躍的な発展は外資、外国技術の大胆な導入があったからこそ実現したことを無視している。国内競争だけによる進歩発展は遅々としたものでしかなく、既にグローバル経済に組み込まれている製造業との格差、不均衡はいつまで経っても解消しないだろう。
  流通開放の痛みは小さくないだろうが、今は国有企業全体が改革の痛みを味わっており、流通だけが保護される理由はない。また、開放のメリットは縦割り流通業だけにとどまらない広がりを持ち、中国経済全体の効率向上のために克服しなければならない課題でもある。中国政府の更なる英断を期待したい。

(日経テレコン デジタルコラム 1998年4月30日)




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