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六本木に米軍基地はいらない!米軍は約束どおり公園を返せ!
                         ーーー私たちのこれまでの運動ーーー

米軍基地を撤去して都民に開放を!---1967年から一貫して運動
  港区六本木には都内23区唯一の米軍基地「赤坂プレスセンター」通称「米軍麻布ヘリポート基地」があり、周辺の労働者・住民は日々飛来する軍用ヘリの騒音や墜落の危険にさらされています。
  私たちは、港区内の労働組合や平和団体などでこの米軍ヘリ基地撤去の実行委員会を結成して、基地撤去と都民への開放を要求して1967年以来運動を続けてきました。この基地を撤去することはかつてこの基地に隣接していた東大両研究所所長や東大総長も繰り返し関係方面に申し入れており、また地元港区議会でも再三にわたって全会一致で撤去要望決議をあげるなど、広範な層の願いです。

「トンネル工事中だけ」の約束で借りた公園を米軍が返さない!
 米軍はこの基地に関連してさらに大きな問題を引き起こしています。
  1983年、基地の下に都道環状3号線(現・六本木トンネル)が通ることになり、その工事に伴い、隣接の都立青山公園敷地の4300uがつぶされヘリポートが拡張されました。この際に東京都・東京防衛施設局・在日米軍の三者が同年8月12日に共同使用に関する協定(三者協定)をむすび、その中には「道路建設が完了したら原状回復する」(要するに公園に復旧するということ)が明記されていました。ところが93年3月の工事終了直前になって米軍は「継続使用を希望する」むねを一方的に言い出したのです。

米軍は約束を守れ!
 この事が明らかになるや当然私たちは直ちに約束どおり米軍は公園を返還するよう関係機関に強く要求し、また港区長・港区議会や東京都都市計画局の担当部署も同様に早急な公園の現状復帰を要望し再三働きかけを行ってきました。しかし米軍はいまだに自ら調印した協定も知らん顔で公園用地に居座り続け、事実上基地を拡張してしまっているのです。こんな横暴・無法が許されていいのでしょうか。

私たちの運動と成果
  私たちはこの間、関係機関にねばり強く要請を続けるとともに、「公園を返せ」の声を大きく広げようと著名人の賛同も得てアピール署名運動を取り組んだり、様々な場所でこの問題を訴えてきました。
 1999年夏には、一部しか公開されていなかった「三者協定」について、米国情報公開法にもとずいて全文公開を求め、米軍に協定全文を公開させました。
  また、この問題は国レベルでもとりあげられ、2001年春には日本共産党参議院議員の緒方靖夫・井上美代両氏により、政府に対して質問主意書が提出されました。政府は答弁書のなかで、初めて政府として協定書全文を公開し、「今後早期に結論を得るべく 、引き続き努力してまいりたい」と答弁しました。

基地のない日本をめざして
  私たちは今後も多くの人たちと連携しながら、この問題を訴え、運動を広げて、米軍に約束を守らせて青山公園を取り戻し、東京から、日本から基地をなくしていきたいと考えています。
  このホームページ開設がその一助となれば幸いです。みなさまのご理解、ご協力をお願いします。