幼児才能開発センター


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超限制止療法の詳細

超限制止と自己催眠法

人間性と神経力動的バランス

受講者の感想 1

受講者の感想 2

 咽頭の発声が弱い子は自己意識が悪い、
  音声療法で咽頭声帯活約筋を強化する。


 ★子供の自己意識に注意しよう
子供の躾けができない親は、自己意識が悪く過保護、
過干渉、放任して子供を依存症に落としいれ、子供の自
己意識の発達を阻害する。

一人っ子、末っ子で育った親の中には、自己意識が働
かない親が多く、自己意識が弱い子供を育てる危険性が
あるから、注意しなければならない。

自己意識が働かない子供の多くは、幼稚園生、小学生、
中学生、高校生は学力が低下している学生が多いと言え
る。特に、大学生の多くは、数学を理論的に思考する力
が弱く、答えだけに焦る傾向が強いから注意しなければ
成らない。

言葉の発達に遅れがあり、口を大きく開けたまま、大
きい声で発声が出来ない子供は、知能の発達が極度に遅
れている。
 言葉の発達、知能の発達が悪い子供は、咽頭声帯機能
の発達が阻害されているから、積極的に咽頭声帯括約筋
を強化すれば、短時間で言葉の発達、知能が開発される。

「三つ子の魂は百まで」目は心の窓と言う諺を否
定する療育者がいますから、注意しよう。
人間力は、大脳辺縁系の扁桃体の活性化と前頭連合野
との神経力動的バランスが重要で、無視してはならない。
自閉症、広汎性発達障害などの病名に惑わされてはな
らない。多動等は30分以内で取り除くことが可能です。
療育センターや塾で「お子さんの様子を見ましょう
と言うアドバイスを安易に受け入れてはならない。

★注目しよう★
 世界に誇る!
天才児脳力開発に
尾倉超限制止療法


 「人間力」は扁桃体、海馬、前頭連合野の活性化にある
    幼 児 脳 力 開 発
   幼児才能開発センター
        〒169-0073 東京都新宿区百人町1丁目312302
                 電話・FAX 03-3208-0610

 
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                     更新:平成23114日

人間性脳力開発は脳幹網様体の活性化が先決
 脳解剖学的・神経機能局在的・神経心理学的・行動神
経学的、「
40年間の臨床経験」つねに母親は、人間性
の自己意識、ワーキングメモリを働かさなければ、家庭
機能が崩壊されますから、子供を人間的な人間に育てる
ことが出来なくなります。悪質な事件を繰り返す反社会
的な人間に育つ危険性があるから注意しょう。

子供の人間性の発達は、三歳迄に決まると断言する。
 ◆マンツーマン指導、40年間の臨床経験で自閉症、
  学習障害児は、障害児とは言えない。

 やる気、意欲、活力は、扁桃体と海馬の活性化で決
  まる。扁桃体の活性化を無視してはならない。

養護学校へ入学して療育効果は期待出来ない
「療育センター」「親の会」から抜け出す事が出来な
  い親達が多い。その結果、手遅れになっている子供
  が実に多い

あなたのお子さんは。大丈夫ですか? 手遅れになる
  危険性がありませんか、療育センターや親の会に入
  会している親たちは、注意しなければならない。


 幼児才能開発センターが開発した超限制止療法は、「自閉症親の会」
LD児親の会「けやき」等と一切関係はありません。
 超限制止療法は、幼児才能開発センターが独自に開発した療法です。

★ 療育センター等で検診を受けて、広汎性自閉症、高機能自閉症、スペ
クトラム、ディスレイクシアと診断された方は、早期に受講して下さい。
 5歳以上、小学校へ入学してからは、手遅れになります。年齢が低い
ほど可塑性がありますから、療育効果が高くあらわれます。

 天才脳力開発に大脳辺縁系、脳幹網様体、扁桃体、
海馬、視床下部と大脳新皮質の前頭連合野の神経力動的
バランスの活性化が重要であり、無視して天才には育た
ない。


 赤ちゃん帰りの育児を指導する指導者が増えている。
赤ちゃん帰りの育児を行っていれば、大脳辺縁系の扁桃
体と海馬の発達が阻害されて、自己中心的で多動が激し
く、キレ易い、いじめ子に育ち、親を攻撃して手に負え
なくなってきます。赤ちゃん帰りを行ってはならない。


■ 警告 赤ちゃん帰りの指導を受けていませんか?
 おんぶに抱っこ、自由にのびのびと赤ちゃん帰りの
育児を行っていれば、大脳辺縁系の扁桃体、海馬の発達

が阻害されて、前頭連合野と神経力動的バランスが取れ

なくなるから、自己中心的で我が儘に育ち、イヤイヤと

頭を横に振る行動が多くなり、人間性の発達が阻害され

て、キレ易い子に育っていきますから、赤ちゃん帰りの

育児を行ってはならない。

受講された方の感想文

  驚異五年生で日本漢字能力検定二級に合格

1
娘は「広汎性の自閉症」と診断された。
 その頃の娘は、自閉症児が見せる全ての症状を持っていました。
Q1 名前を読んでも振り向かない。
Q2 目と目が合わない。
Q3
 落ち着きがなく、一日中、早足で当てもなく歩き廻る。
Q4
 電子レンジの音、チャイムの音、ゲームの電子音などに敏感で、必ず
音がすれば走り寄っていく。
Q5
 玄関の靴を居間のジュータンの上にきれいに並べる。何でも並べずに
はいられない。ストローは飲むためではなく、並べたり、ソファーの隙間
につっ込むもの。その物がもっている機能が全く理解できないのが、この
子の特徴でした。
Q6
 頭を床にぶっける。でも泣かない。
Q7
 水道の水をいつまでも、手で触れる。
Q8
 家中のものを倒して歩く。
 食堂のイスや消火器、傘立ても、立っているものは全て、まるで仇のよ
うに突進して行き、力いっぱい倒す。なおした傍から、また倒して歩く。
Q9
 夜中の3時頃、必ず、目を覚まして、家中を歩き廻ります。 
Q10
くるくる、その場廻りをくり返す。
 醤油の瓶のフタをとり逆さまにして、床にまき散らします。昼間は、子
供に振り回され、疲れきっていましたが、夜もおちおち眠っていられませ
んでした。子供が起きて布団から抜け出た事を察知し。私は脱兎のように
飛び起きて子供を追いかけました。

Q11 いわゆる自閉症の子供は、とてもタフです。
 1日中、動き回っても疲れないのです。そして眠りが浅く少しの音でも
敏感に目を覚まし、再び動き廻り始めます。娘と共に寝、共に起きなけれ
ば身がもたない、他のことには構ってはいられない、そういう毎日でした
気が張って涙も出ない悲しさでした。
 恐らく娘にとっては、目にするもの全てが、莫然とした形でしか、頭に
入ってこなかったのだと思います。強い刺激でなければ、頭の中に入って
こない為に、頭を床にぶっけたり、醤油をまき散らしたりしたのだと思い
ます。


 ひどい症状の子供は、自分の腕を噛むなどの自傷行為をします。本人は
決して楽しいはずはありません。子供は子供で閉ざされた世界の中で、も
がき苦しんでいたと思います。一言で申しまして、障害児の脳を覆ってい
る、この莫然とした、膜のようなものを取り除いてくださるのが、尾倉先
生の訓練であると思います。

 娘は、公園でも滑り台、ブランコには興味がありませんでした。ただ砂
場の砂をつかんでは投げ、つかんでは投げを延々とくり返していました。
 又、少しでも目を離すと、落ちているタバコの吸いがらや紙くずを口に
入れようとします。もうすこしの処で、やわらかな緑色の犬のフンを口に
入れるところでした。見るだけで情けなくて、悲しくて、惨めで、どこに
も救いはありませんでした。身も心も使い古した、ぞうきんのように、く
たびれてボロボロでした。

012
人目を避けて、近くの公園では、人目が気になったので、わざわざ遠
い公園に出かけていきました。長女を保育園に預けた後、よく出かけたの
がお台場でした。そこまでは主人の車で乗せて行ってもらい、主人がゴル
フの練習で、爽やかな汗を流している間に、私は、あてもなく歩き続ける
娘のあとをついて歩いていきました。お台場も当時は、砂埃りの舞うさび
れた所でした。暴走族が残した下品な落書きを見て、夜には人も来るんだ
なと、妙な懐しさを覚えたものでした。


※ 脳が柔軟なうちに訓練を始めよう。
 脳が柔軟なうちに、なるべく早く尾倉先生を信じて訓練を開始し、そし
て継続する。これが、一番の早道だと思います。
 尾倉先生は大脳生理学を研究し、脳内のメカニズムを考えながら、訓練
を進めておられる。「ここがこうなるから、ここがこう変わってくるんだ
よ」という風に、わかり易く詳しく説明して下さいます。

Q13
療育訓練が娘の財産!
 苦しいけれど、優れた訓練を受けた者はない。これほど、親が必死にな
ってかかわってやった者もない。これが、この娘にとっての財産だと思っ
ています。

 尾倉先生を存じ上げる前の事、私は何とか子供が良くなる方法はないも
のかと色々な場所に出向きました。その1っが台東区の福祉会館でした。
週1回、決まった担当者がピクボードや 簡単なはめ絵、大きさ並べ、仲
間絵カード探しなど、40程指導してくれました。信頼できそうな拠り所
を持たなかった私は、こちらの職員の方に全副の信頼を寄せ、悩みを打ち
明け、また、自閉症関連の本を借りては、夜中の2、3時まで読んで勉強
をしました。その中に、自閉症の予後についての著書があり、かなり悲観
的な内容にショックを受けましたので、担当の先生に「本当に娘は将来良
くなるんでしょうか。大きくなったら、どうなるんでしょうか。」と、不
安を訴えました。その時、彼女は、にこやかに、あっさりと「ああ、こう
いう子には、上にも、成人学級がありますから。」と、答えたのです。


 私は、この返答に言葉を失いました。絶望と怒りを覚えました。「こう
いう子」って、一体どういう子なの?、教師という立場にある者が、障害
のある子供を指して「こういう子」という、言い方をするものなのでしょ
うか。そして、もう1つは、こんなにも子供を良くしたいと願って、ここ
に通ってくる母親の気持ちを踏みにじるような、言い様です。


 けっして成人学級が悪いとは申しません。ですが、やはり自立できない
重い障害の方達が、ボランティアに連れられ、集うところなのです。

 私共の担当者が特別だったのではありません。彼女は、ここの中堅とし
て発言権も強く、遊戯療法では、周囲の先生方の模範として、一目置かれ
ていました。ですから、私も信頼し、色々、話しをしました。お借りした
本の内容で質問をすると「まだ、読んでなくて」、と。ドーマン法の事も
きいてみましたが、廊下にいた足にギブスをはめた、小児マヒのお子さん
を指して、「ああいう子には、いいみたいよ。」(また、ああいう子、と
いう言葉が出ました。)と、言う始末でした。療育について何も知らない
のです。


Q14 公的機関の公務員には、次の二つにおいて限界を感じました。
 一つは、勉強不足。研究不足。二つは、どうしても子供を良くしたい、
治してやりたいという態度がない。(仕事に熱意がない)という事です。
公務員として配置された期間のみ、その仕事をマニュアル通りしていれば
いいわけで、まさに、やり過ごして、給料をもらっている人達です。
 本当にこれは罪悪です。松が谷だけでも30組を下らない親子が、ここ
だけを頼りに藁をもすがる気持ちで通って来ているのです。そうした無力
の人達に向かい時間をかけて「自らの運命を、そのまま亨受しなさい」と
宣言しているようなものだと思います。

 それにしても、私は救われたのです。神様が私に手をさし伸べてくださ
り、尾倉先生に引き合わせて下さったのです。なんという感謝でしょう。
私が尾倉先生に知り合うべく、神様が私に子供をお授けになったかと思う
程、その後の私の人生に大きな影響力を、お与えになられた方です。
 尾倉先生は、「こういう子」「ああいう子」と言う、おっしゃり方はな
さいません。「こういう子」「ああいう子」でも、とってもいい子に子供
を変えてしまう方法を、しっかり持っていらっしゃる方です。
 決して、尾倉先生は、「こういう子」「ああいう子」とおっしゃり方は
なさいません。そうした方なのです。


Q15 尾倉先生に勇気づけられる!
 尾倉先生は、常々「今に見てごらん。小学校3、4年生になったら見違
えるように良くなるよ。お姉ちゃんにも、負けないぐらい伸びてくる。
 わたしは今まで何人もの子供を訓練教育をしているからわかる。まず、
根性が違うからね。これからだよ。」と、おっしゃって下さいます。
 どんなに落ち込んでも、心ない言葉を云われても、尾倉先生のところえ
伺うと、先生のご信念とあたたかさに勇気づけられました。


Q16
大学病院は当てにならなかった!
 大学病院においては、まるで実験材料を提供するようなものでした。根
堀り葉堀り聞かれるだけで、何一つ具体的な治療法はありませんでした。
CTスキャンやMRI検査のだびに、強い睡眠薬を飲まされ、子供はフラ
フラになりました。一言でいうと医者は当てになりません。
 何もしてもらえないと早々に悟ってやめました。そう決断できたのも、
尾倉先生がいてくださったからでした。(若い医師を相手にこちらが状況
を説明し、研究資料を提供しているようなものでした。時間の無駄なので
やめました。)


Q17
尾倉先生の気力と体力!
 尾倉先生のお体を一目見れば、先生が、子供と一緒に闘って下さってい
ることに気がつくはずです。曲がっしまった指、そしてお部屋には、山積
みの書籍。(ご自身の時間は、すべて勉学と読書と研究につかっていらし
ゃいます。)子供の訓練の為に、自らの体を酷使していらしゃいます。
 こいう方が区の福祉センターや大学病院にいますか? まず、ないと思
います。


 娘は「アー」も「ウー」も言えなかったのですが、発声が出る2〜3ヵ
月前から、口を閉じたまま言葉のイントネーションだけを、上手に真似す
るようになってきました。

※ 尾倉先生のことを教えて上げたい。
 尾倉先生に伺うようになったきっかけは、幼稚園受験の情報誌で、主人
がたまたま、幼児才能開発センターの広告を見つけたことでした。
 「ダメだったら、また考えれば、いいじゃないか。」とにかく行ってみ
ようと言う、主人の一言で、伺うことが決まりました。
 今にして思えば、主人が尾倉先生の広告に、目をとめていなかったら、
と思うと、空恐ろしい気持ちが致します。本当に、私たちは尾倉先生に巡
り合う事ができて、幸運でした。一人でも多く悩みを抱えている親ごさん
達に、尾倉先生のことを、教えてさし上げたいと思います。


018 今、娘は、小学校の一年生です。
 担任の先生から個人面談で「クラスで一番字が上手です。」と、誉めら
れました。二泊三日の夏期学校も無事済みました。帰ってきて、リュック
サックの中を見ますと、衣類がきちんと、たたまれていました。「よく頑
張って生活していました。」と、評価を頂きました。一年生ですが、三ケ
タの加減の計算が出来、かけ算も覚えています。漢字も二年生までは終わ
りました。暗算スピードはクラスで一番だと思います。夏にはモダンバレ
エの発表会にも出ました。指先がまっすぐ伸びてとても上手でした。


 主人と祖父がやっている、ウィンドウズ95で、コンピューターグラフ
ィックやゲームもマスターし、独りでマウスを操作しています。とても、
スピーディに操作しています。「私の顔は、ほそ長いマンゴーみたい。」
と、なかなか面白い事も云います。今になって主人は次女が可愛くて、メ
ロメロです。「きっと美人になるよ。」などと云って、甘い顔をしていま
す。いつもニコニコして表情が明るく可愛いくなりました。


 近くの英語教室にも通い始めました。音感が良いので、発音がきれいで
す。ピアノも習っていますが、暇さえあれば自分で譜面を見て練習してい
ます。一度でも「練習しなさい。」と、云ったことがありません。でも、
ちゃんと弾けるようになっているのですから驚きです。


 運動面では、逆上がりと(うんてい)の練習をしています。腕の力が弱
いのが難点ですが、毎日、練習すれば、こんなことは、ほどなくクリアー
してしまうと思っています。これからの課題は、自分で物事を考えたり、
思ったことを、表現する力を身につけることだと思っています。本にも、
もっと興味をもってほしいと思います。
 これからも、尾倉先生の超限制止療法を続けて、頑張っていこうと思っ
ています。娘の成長曲線は、上方にカーブし続けることを信じています。
本当に尾倉先生のお陰です。ありがとうございました。東京都(W・S)


※ 脳力開発に保護制止:超限制止療法は、
   抜群の記憶力を現しています。


◆ 英検・漢検・算数にピアノ演奏に抜群の力を発揮しています。
 2000年、新年の年賀状を紹介しましょう。「とても記憶力の良いユ
ニークな発想の娘に成長しつつあります。今年、英検5級、百点満点に近
い成績で合格しました。「漢検は、現在、三級を習得しています。」
 ピアノの発表会で姉と二人で、連弾でピアノを演奏しました。先生から
上手に弾けましたねと誉められました。
 尾倉先生との出会いからスタート致しました。本当に感謝でございます
と書かれています。                東京都(W・S)

W・Sちゃん、五年生、日本漢字能力検定二級に合格する。
 ■ 合格証書 二級 ■
    平成十二年度第三回文部科学省認定
    日本漢字能力検定において頭書の等級に合格したことを
    ここに証明します。 平成十三年二月十五日

   財団法人
    日本漢字能力検定協会

          理事長  大久保 昇
平成二十年年賀、相変わらず娘の記憶力と正確さには、たじたじです。 ▲このページの先頭へ
2 尾倉超限制止療法を早く知りたかった。
 台所に立ってエプロン姿で食器を洗っている。また、毎日の日記を、尾
倉先生から教えていただいたワープロで、一生懸命に打っている。その娘
の後姿を見て「なんて素晴らしいことなのだろう」と心から喜ぶと共に、
もう少し前に尾倉先生を知り、ご指導を受けていればと少し悩んでいる母
親です。
 思えば、娘が小学校6年生の夏休み、友人の紹介で、幼児才能開発セン
ターを知り、尾倉先生に無理をお願いしたのは4年前でした。それと言う
のも娘は、幼いときから、何が、おかしい、他の子供とチョッと違う言葉
が遅く動作が鈍い、そう思いながらも何も出来ないままに幼児期を過ごし
ました。

 「単なる知恵遅れです。年月が過ぎれば、きっと、この位の遅れは取り
もどすでしょう。明るい気持ちで育てなさい。」と、言われた。何人かの
病院や相談所の先生方の助言を裏切り、娘の行動の異常さは日毎に増えて
きました。小学校に入り低学年のうちは、チョッと変わった子。皆と一諸
に行動が出来ない子。と言われながらも何とか許されたことも高学年にな
ると、それでは済まされず、普通学級から特殊学級へ編入しました。

 皆と一緒に行動が出来ないことへのイライラが出始め、泣く、騒ぐ、あ
げくには不眠症に悩まされ、ついに家族全体がそれに巻き込まれ、それが
原因で体調を崩してしまいました。そんな時でした。しばらくぶりで合っ
た友人の子供さん(ダウン症)の目が輝いて見えました。私は、たいへん
驚くと同時に、うらやましくさえ思いました。話を聞いてみると、東京の
幼児才能開発センターで指導を受け、8ヵ月目とのことでした。

 「こんな事をしてはいられない。決して、子供の成長を諦めていた訳で
はない。!」と、常に思っていた私でしたが、どこか気持の中で前向きで
なかった事に気づきました。その後、夏休みを利用して上京し、お忙しい
先生に無理を言って、お合いしていただいたのが、尾倉先生との初めての
出合いでした。

 娘がすでに11才であり、女の子として成長していること等から、なか
なか難しい点が多いということでしたが「良い子になりたいかい?」と先
生が娘に聞かれました。「はい、良い子になりたい。ガンバリます。」と
娘が、たどたどしい返事をしました。先生は、その言葉をあたたかく受け
とられ、娘の指導を引き受けてくださいました。

 先生のお話は、今までに何回も受けたカウンセラーとは、だいぶ異なっ
ていました。しかし、言葉の一つ一つの意味が、身体の中に浸み込むよう
でした。今までの親の姿勢も、厳しく注意もされましたが、超限制止療法
を毎日の生活の中に、取り入れることを指導されました。ここ数年来は、
何の道標も無く、不安な気持ちで過ごして来た私には、素直な気持ちで、
心から受け入れることが出来ました。

 1回目の受講を終えての帰り道、あんなに希望に満ちた心境は、今でも
忘れません。親として初めて、娘にしてやれる事が見つかったような気持
ちでした。何故なら、その日のうちに大きく変化した、娘の姿を目の当た
りにしたからです。すぐには信じられない事でしたが、その日まで左きき
で、何でも左手でなくてはならなかった娘が、先生の指導により、その日
から両手使いとなり、現在に至っているからです。その変化に大きく勇気
づけられ、私達親子は、それ以後、月に1度、仙台より上京し先生の指導
を受けました。

 早朝に家を出発、帰宅は夜になってからですから、最初は大変つらい事
のように思いましたが、その心配は逆でした。5回目の受講の頃から顔の
表情に変化が見られ、精神的にも大きな成長が見えてくると、もう嬉しく
て上京する日が待ち遠しく感じるようになりました。

 スポーツ嫌いとばかり思っていた娘が、先生から身体を動かす楽しさを
教えていただき、自転車にも乗れるようになり、最近では音楽のリズムに
のって踊り、自分から積極的に、とても良い汗を流しています。
 また、まさかと思っていたワープロも、先生にすすめられ操作を教えて
いただき今では、家でも楽しみながらキーを叩いています。

 現在、養護学校の高等部1年生として、元気に通学しています。新しい
環境に入った時など、少々の悩みはありましたが、以前のように親も、う
ろたえる事が無くなりました。具体的な対応を、尾倉先生から教えていた
だき、私達、両親も随分つよくなったと思います。(以前は他人の目が気
になり卑屈になっていた。)

 センターでの受講が終った今でも、もう少し早く、尾倉先生を知ってい
ればと、思うことです。これだけ、マスコミが発達している世の中でこん
なにも大切な情報が伝わって行かなくてよいものでしょうか。私達は玉石
の入りまじった、さまざまな情報の中で、幸運に子どもにも尾倉先生を知
り得たことに心より感謝する共に少しでも同じ悩みを持つ親達のお役にた
てば、と、この文を寄せるものです。            仙台市


3
受講を終えるにあたって。
 私共の子供は小さな頃より手間がかからず、あまり泣かない子でした。
運動的にも人並みより劣っていました。まず、歩行しない事、でした。や
っと自立歩行できたのが、2歳、最大のものは、言葉、単語すらしゃべら
ないのです。始めは楽観していました私も、段々と不安が募り、G大学病
院に検査に行きましたが、結果は「何とも言えない、集団保育と親の話し
かけ」とのことでした。私は一応保母資格を持っていますので、専門書を
読んでみましたが、くわしくはわかりませんでした。とりあえず、療育の
場に行きましたが、遊びの中から吸収させる、無理強いをしない(特別な
ことは)など、いわゆる障害児一般の指導をされただけで、得るものがあ
まりにも少なく感じられました。

 そんな日々を一年ほど送る中で、ある日、なにげなく目にしたチラシの
中に「言葉が遅く、指先の力のない子に有効」という、幼児才能開発セン
ターの広告を見つけました。
 すぐに主人に、“ねえ、これ穂野ちゃんに、みんなあてはまるよ”と、
言ったのをおぼえています。これがきっかけでした。


 幼児才能開発センターに、電話をしましたら、奥様が私の話を30分以
上も聞いて下さって、面接をすすめてくださいました。面接の時も落ちつ
かずにベットに上がり下りいすに座らず、ぐにゃぐにゃしている我が子を
前に、今までの事を一つ一つ話していくと、先生は、大丈夫、絶対にしゃ
べれる様になります。と、おっしゃって、或る、お子さんのビデオを見せ
て下さいました。見ているうちに「本当にこの子がこうなるのですか?」
と、質問する程の変身(まさに魔法のようでした)をとげていたのです。
はっきりしゃべり、自分で白板を指さしながら九九を唱えます。

 自分の子がこうなるかは、わからないけれど、効果は目に見えてわかっ
ているのですから、先生の自信にみちた言葉に、今まで(絶対に)と、は
っきり断言してくれた人は、一人もいなかったということに気付いたので
す。家に帰り主人の父母にも相談の結果、快く協力を約束してくれて受講
することになりました。


 一回目の受講を終え、いつもの様に幼稚園、学園に行くと、何か解らな
いけれど、穂野ちゃんは変わりましたね、と言われました。もちろん受講
することは伝えていないので「エッ?そうですか」と、言いながら確かな
手ごたえを感じて、毎日ジャンプ、運筆訓練、超限制止療法など、主人と
分担して頑張ってやろう!と、はげみになったのです。


 受講が進んでいくにつれ落ち着きも出て、声も少しづつ発する様になっ
てきましたが、今でもいちばん印象に残るのは、初めて本格的に音声療法
訓練をしたときのことです。
 子供を押さえ、懸命にやって下さる先生、初めは軽く押さえる手が、私
も先生も力を増し、「がんばって」と下を向いて、心の中で言っていまし
た。と言うのは、直視できないのです。段々と激しくなる訓練にもう少し
で「やめて下さい」と、言いたい言葉を何度ものみこみました。
 音声療法が終わった時には、もう、先生もそうでしたが、親子、共々ク
タクタになって帰りの電車の中で子供が放心状態なのを見て、思わず涙ぐ
んでしまい、次の受講がユウウツになったものです。

 それでも私が30回の受講をやってこられたのは、一つ一つのことに、
先生の考えをきちっり教えて下さり、自分ではささいに感じる事(服を着
せてやる、くつをはかせる等、手だしをすることなど)の重大さを改めて
自覚させられたことです。いかに自分がやってきたことが、娘の脳の発達
を阻害させる危険な育児だったかと反省すると共に、受講のたびに、私も
子供以上に学ぶことが多かったのが、とても良かったと思います。そのお
かげで、一般に、えらい“先生”と、いわれる方達の言うことを、鵜呑み
しなくなりました。

 なによりも尾倉先生のお人柄に魅かれ、少し恐いけれどもあたたかく、
広い愛情で私と子供に接して下さいました。親子の感情ゆえに出来ない、
きびしく、つらい部分を先生が少し肩がわりして、私たちの足りない部分
を指摘し、道を示して下さったことは、感謝にたえません。


 今、娘を見ていると、二年半前がうその様です。はつらつと、言葉をし
ゃべり勉強へのやる気もマンマンです。お手伝いも進んでやってくれて、
これも先生の脳力開発のおかげと、主人ともども喜んでいます。


 姉(小三)に関してもアドバイスをいただき家族内で、皆、お世話にな
ったという気持ちが強くなるばかりです。春には小学校一年生となる娘、
学校への期待を胸に、親子ともに勉強にはげんでいきたいと思います。
 これからも幼児才能開発センターの発展をお祈りして、筆をおきます。
  ご指導ありがとうございました。        埼玉県(H・O)


4
感想文を書けるのは、嬉しいことです。 
       受講の効果をみたということですから、
 幼稚園では、(3才5ヶ月)入園初日から、多動な子どもなので面倒が
見られないということで、5才7ヶ月まで、ずっと私が付き添って通って
いました。
 就学の時期も近づき、いろいろと心配のなかで、小学校関係の本を読む
うちに、ふと目にしたのが、幼児才能開発センターの案内広告でした。早
速、面接を申込み、受講を始めました。


 第一回目の受講後です。幼稚園の先生が「お母さん、もう付き添って来
られなくても大丈夫ですよ」と、言って下さいました。これは本当に予期
せぬ出来事でした。
 それまでは、もちろん、人の指示などとても理解できない子どもでした
が、言葉だけの指示で、だいぶん理解して行動するようになりました。以
前は、体の発汗作用も悪く、熱が上がりやすかったのですが、今では睡眠
中に頭にたくさん汗をかくようになり、おかげ様で、てんかん発作もかな
り防げるようになりました。
 
 言語面では、朝のあいさつも、ろくにできなかった子が、朝、キッチン
に入ってくると“おはよう”と、誰にもはっきり聞きとれる言葉で、あい
さつをしてくれます。名前すら、はっきりと言えなかった子が名前や生年
月日、私達両親の名前、住所などはっきりと言えるようになったのです。
今、思えば発声練習は、親にも子にも過酷なものでしたが何人ものお子さ
ん達が、こうやって効果を出されてきたのだなと、実感しています。最近
は、幼稚園児のお母さん方から、子どものことを、ずいぶん姿勢がよくな
って、顔つきもかわったと言われます。(特に表情)


 椅子ににじっと座っていることができなかった子が、今では、座って読
書をしたり、英語のカセットテープを聞きながら、テキストを見て、学習
しています。お手伝いも“今から夕食のしたくをするね”と言って私がフ
ライパンを出すと、さっとオイルを出してくれます。あまりの反応の早さ
に驚いています。
 子どもがここまで成長したのは、尾倉先生の、あの、しつこいまでに熱
心な発声訓練と超限制止療法に他ならないと、感謝の気持ちでいっぱいで
す。そしてこれからも自分の子どもの可能性のために指導を仰ぎながら、
頑張りたいと思っています。子どもの将来に対しての不安が、こんなに急
に明るい期待に変わってしまったのは、本当、本当、本当です。


※ 驚異的な発達
   尾倉式かけ算九九が言える。

 1998年3月18日、右脳の開発と全脳を開発する、尾倉式かけ算九
九の特訓を受けました。約2時間の特訓で、遂に、尾倉式かけ九九がラン
ダムで出来るようになりました。
当日、発作を2回おこしました。

◆ 現在、幼稚園の年長組で、年齢は六歳です。
 尾倉先生から「まさか短時間で、かけ算九九が言えるようになるとは夢
にも思わなっかた」と、驚きの言葉を何度も聞きました。そして、わり算
と、引き算を暗算で出来るようになれば、もうすぐ、三年生の力が出てき
ますよと言われました。
5 こども医療センタ−で、 
   一年間でこれだけ成長するとは、 
     一例も無い奇跡だと言われる。

 入会して二年がたちました。現在3コースを受講中です。昨年の今頃は
集団をかなり意識しはじめたなという感じでしたが、最近は、行動面の落
ち着きと、ともに運動神経がめきめきと発達し友達の遊びや言葉に、すば
やく反応できるようになり、仲良く友達と遊ぶ姿が見られるようになりま
した。ちなみに息子は、脳性麻痺を少し持っており、入会、当初はジャン
プを一人で飛ぶことが出来なかった子供でした。そしてもちろん言葉も出
ていませんでした。

 指先に力を入れる訓練も、個人差があると、おしゃっていましたので、
ひたすら先生を信じあきらめずに頑張りましたところ、本人がある時、ふ
っとコツをつかんで、できるようになりました。決して早い方ではないと
思いますが母親の心構え一つで、訓練を成功に導くことが出来ると言うこ
とです。子供の成長を肌で感じとってこられた方々は、私と同じ思いで訓
練に取り組まれたように思います。

 現在、我が家の配膳と片付けは本人が全てやっています。パソコンは私
をすでに追い越しています。英語の発音は親の私が言うのも何ですが、生
の英語を聞いているようです。英語は特に興味があり、毎日登校前や食前
に本人が時間つぶしのように遊び感覚で、自発的にヒアリングをしている
ため、自然と身についてしまうのです。テキストを見ながらテープを聞い
て学ぶ、まさに理想の学習形態だと思います。


 全く絵が書けなかった子が、何だかいろいろ書き出しました。漢字も書
き始めました。とにかく覚えるのが以前にも増して早くなっていること、
わからない時には、しっかりと考えていること、この2点はとてもすばら
しことだと思います。以前は遊びにも片寄りがありましたが、今は何でも
やりたがります。好奇心旺盛な元気な男の子になりました。(パルズ30
0ピースやっています)

 興奮して奇声を発したり、人を叩いたりして、友達から避けられてばか
りいた、この子が、今では我が家に友達が遊びに来てくれるのです。子供
の成長と共に周囲の環境がずいぶん変化しました。これからもいろんな面
での発展があることでしょう。これからさらに子供の成長を願いつつ尾倉
式脳力開発訓練を続けて参りたいと思います。


 今から訓練を始められる方、訓練中にくじけていらしゃる方、たくさん
おいでになられると思いますが、どんなにつらくても、一生懸命ってすば
らしいことだと思います。私達親子は、日々そうした中で、たくさんの友
人を得ることができました。学校長、担任の先生が、あまりにも成長が早
すぎると驚かれています。

 こども療育センターでも、一年間でこれだけの成長をとげたのは、一例
もない奇跡だと、おしゃっていました。こう言う声を聞くと、益々、頑張
りたくなる私です。前進あるのみです。頑張りましよう。
この場をおかりして、尾倉先生にお礼を申し上げます。ありがとうござい
ます。            平成11612日  神奈川県(M・S)


6 通園施設は期待できなかった。
 うちの子は小さい頃から、よく泣き、育てづらい子でした。特に一歳過
ぎぐらいから、何かが違うと、母親の直感がありました。この子には、三
歳上の姉がいるので、育児に関しては、私なりに慣れておりましたが、二
人目の男児にしても、とにかく落ち着きがなくて、外に出ればあっちこっ
ちと、少しもじっとしておらず、呼んでも振り向いてくれないため、いつ
も追いかけているような状態で大変でした。

 一歳半になっても言葉が出ず、検診で相談しても、もう少し様子をみま
しょうで終わってしまいました。そうして二歳になっても良い方への変化
はみられず、益々多動になるばかりでした。そこで市の幼児相談を経て心
身障害福祉通園施設へ週二回通い、同時に北区のK病院にも紹介していた
だき、CT、脳波等検査、カウンセリングを受ける日々が始まりました。
通園施設では、とにかく子供との関係(母親)が悪いように言われ、もっ
と抱っこをしたり遊んであげたり、スキンシップを大切にと指導され、あ
たかも私が子供を放って育ててきたような言われようでした。

 K病院の検査でも何も原因は出ず、カウンセリングでは、家庭での様子
を話し、先生が助言をされる程度で、直接プラスになることは、どちらか
らも望めませんでした。そんな生活を五ヶ月程送っていた或る日、朝日新
聞の折込広告で幼児才能開発センターを知り、面接を申し込み受講を始め
ました。


 今、考えてみますと、まず案内書を読みました時に、病院でもなく場所
もマンションの一室ですし、超限制止療法などと書かれてあるので、これ
は宗教的なものだったらどうしょう等と要らぬ心配や不安がありました。
しかし面接で、尾倉先生の脳の開発に関する話に大変説得力があり、また
受講中のお子さん達のビデオを見て、私達親子も頑張って受講しようと決
心をしました。そして一ヶ月もすると、超限制止療法の効果が、今まで名
前を呼ばれても振り向きもせず、返事もできなかった子が「ハイ」と言え
るようになっておりました。
 当時、通園施設には未だ通っていましたが、子供のあまりの急なかわり
ように先生や他のお母さん達にも分かる程に、目を見張るものがありまし
た。あれほど悩んでいた多動な面や視線があわないといった事も、言葉が
出て、発達するにつれて薄れてまいりました。

 尾倉先生もおっしゃっておりましたが、子供が受講したのは二歳半とい
う最も重要な時でした。あの面接で、ためらわず、信じて、早い時期に受
講を始めて、本当に良かったと思っております。受講以前ではとても考え
られない事でしたが、子供と会話ができるようになるなんて、本当に先生
のお蔭です。深い感謝と共に尾倉先生の指導力のすごさを身をもって感じ
ました。 一か月に一回、先生にご指導をしていただくことが、子供も、
私にも、厳しいけれども、的を外さず、時には渇をいれていただき、今日
まで頑張れる糧になってきました。これからも親子共々、勉強に励んでま
いりたいと思います。 本当に沢山のご指導ありがとうございました。
                        埼玉県(R・H)


※ 驚異的効果?四歳0ヵ月、
   尾倉式九九と割り算が出来る。

 最終回の受講日、お父さんお母さんと三人で受講されました。今日は最
終回ですから、どの程度、脳力開発が出来ているかをテストするために、
両親の前で白板に尾倉式かけ算九九を書きました。
 最終回の今日まで、一度も、かけ算九九を白板に書いて指導していませ
ん。白板に書いた、かけ算九九が言えるか半信半疑で両親の前で唱えさせ
たところ、尾倉式かけ算九九が言えるようになっています。
 このかけ算は、と聞くと「ここはね、ここはね、ここはねと、繰り返し
声を出しながら考え、三と答え、九×三、二十七」と唱える、答えは、二
十七と言える。全てのかけ算九九が言える。さらに割り算も出来るように
なっています。
 驚きましたね。かけ算九九と割り算が出来るようになっているとは、夢
にも思いませんでした。
 お父さんは、「有り難うございます」と繰り返し、何度も何度も喜びの
お礼を述べておられました。           埼玉県(R・H)


7 この様な所(マンションの一室)で、
   面接日に疑問を抱く親が多い。

 大隅半島の幼稚園の園長から東京の新宿に障害児の治療教育を専門に行
っている、幼児才能開発センターがあることを聞きました。優れているか
ら、幼児才能開発センターに行きなさいとアドバイスを受けました。


 鹿児島県大隅半島から東京へ面接に来て、新大久保駅で降りると、この
日東京は、大雪で真っ白でした。心の中で鹿児島まで知れているから、幼
児才能開発センターは場所を知らせる目印に、大きな看板が掲げてあり、
立派な建物の中にあると想像してきました。
 ところが駅の付近を見渡しても、幼児才能開発センターの目印となる看
板は無く、案内書の地図を見てセンターに到着して見ればマンションの中
ですから、こんな所で治療教育が出来るのかと驚きましたよ。


 今だから笑って話ができますが、面接日は驚きました。治療教育効果が
高いので、看板や建物や設備などで判断すべきではないと思いましたと、
お父さんが受講五回目頃に話をされました。
 お父さんは鹿児島県の教育委員会に勤めていおられます。話では、日本
の何処かに、すぐれた治療教育が出来る所があると信じて探しました。九
州では見つかりませんでしたが、諦めないで探してよかった。日本の何処
かにあると信じていたことが事実となって的中しました。


8
普通にはなりませんと、診断される。
    視力の悪い人が眼鏡をかけると、
  普通の社会生活が送れる様に、頑張りましょう。

 タウンページで幼児才能開発センターの広告を見つけて、すぐに電話を
しました。奥様がお忙しい中15分間も話をきいて下さり、資料を送って
いただきました。何度も何度も読んで、私はすぐにでも入会させていただ
きたいと思いました。しかし、主人は3才位まで待てば、きっとしゃべれ
るようになるよ、大丈夫、心配しすぎだよ、と言って、全く面接に行く気
がありませんでした。そこで主人を説得する日々が続きました。
 そんな中、保健所で小児精神科の医師より自閉症と診断されました。わ
ずか1時間、殺風景な部屋の中で、数名の保健婦さんが娘の遊び相手をし
て下さいました。私が見てもこれといって面白そうには思えない、おもち
ゃが並べられ、その上、小児精神科医師、ケースワーカー、臨床心理士の
方が、じーっと見ていましたので、娘はその雰囲気を感じとったのか、私
の方に「だっこ、だっこ」と甘えて大泣きしてしまいました。これでは健
常児でも自閉症だと誤診されそうな位でした。本当にこの様な検査で娘の
ことが分かるのかと心配になりました。


 そして診断はやはり「自閉症」でした。医師は頭のきれるやさしそうな
方でしたが、まず「普通にはなりません。今後はトレーニングです。
例えば、視力の悪い人に眼鏡をかけさせるのと同じです。それによって普
通の社会生活が送れるように頑張りましょう」とおっしゃいました。
 私共夫婦は、まるで死の宣告を受けたかのように絶望的で、私はある程
度覚悟しておりましたが、主人は寝耳に水、ショックで放心状態でした。
しかも療育センターは順番待ちで早くても半年後からですねと、言われま
した。


 娘の一日一日を大切にしたいと考え、すこしでも早く何とかしてあげい
娘をなんとかして良くしたいという気持ちで、もう一度、夫婦で幼児才能
開発センターの資料を熟読して、面接を申し込みました。しかし女のお子
さんの場合は、男のお子さんよりも療育が難しいと言う話しでしたので、
断られるのではないかと心配で前夜は寝られませんでした。


※ 面接日に、娘の多動が無くなる。
   「あいうえお」が言えるようになる。
 面接日には、尾倉先生が娘を見て、5分位たって、”この子は自閉症で
はないね”とおっしゃって、頑張れば絶対言葉が出るよ!と力強くおっし
ゃいましたので尾倉先生を信じて、夫婦で力を合わせて娘のために頑張っ
ていこうと、すぐ入会を決めました。
 それに加えてビデオの画面の中で他のお子様が、尾倉先生のご指導でど
んどん良くなっていく姿を見て、超限制止療法の素晴らしさを実感しまし
た。そして何んと幸運なことに尾倉先生と私の郷里(北九州市小倉南区中
曽根)が同郷であって、現在でも先生と同姓のお家が並んでいる道を私は
何回か通った事があった等と、お互いに故郷の懐かしい話しに花が咲きま
した。
 そのうちに尾倉先生が、今日は面接日だから、絶対的に療法は行わない
のだが、同郷の誼(よしみ)で特別にと、おっしゃって、娘に超限制止療
法を誘導していただいたのです。面接が終わり帰宅する頃には、激しかっ
た多動が完全に無くなり、目が輝き、別人の様になっていました。私達は
本当に驚きました。


 その翌日、用件がありましたので銀行に娘と行きました。いつもですと
20分も待っておりますと、ロビーの中を走り廻ったり、騒いだり、泣い
たりしていましたので、用件どころでは無くなるのですが、今日は、静か
に綺麗にイスに座っていました。こんな事は始めてで、隣に座っておられ
た女性の方から、いい子だね。偉いね。と誉められ、本当に嬉しくて、私
は涙ぐんでしまいました。


※「あいうえお」が、言えるようになった。
 受講一回目が終わったばかりですが、これからも尾倉先生の教えてくだ
さる事を信じて、前向きに努力していきたいと思っております。今後共ど
うぞ宜しくお願い申し上げます。         神奈川県(Y・I)


9,
尾倉先生と出合い、深く感謝。
     平成十八年 東工大 大学院へ合格
 長男が尾倉先生にお世話になってから、1年7カ月が経ちました。
3才10カ月で初めて先生のところに伺った時、長男は人と視線を合わせ
ない、言葉が出ない、極度なわがままと怒り、偏食、多動という状態で、
親もどのようにして治したらよいのか悩みきっていました。「自閉が治る
ところがある」ということを耳にし、わらをもすがる、一か八かの思いで
尾倉先生を訪ねました。


 思えば、長男は、難産で仮死に近い状態で生まれ、しばらく保育器に入
っていました。1才まではそんなことを忘れてしまうほど発達は順調で心
配なく育ってきました。しかし1才を過ぎ月日が経っても、名前を呼んで
も返事をしない、言葉が出る気配がない、視線をそらす、多動と心配にな
ってきました。
 2才半になってもいっこうに言葉が出ず、医師に診てもらったところ、
「自閉的傾向」と診断されました。その時のショックはとても言葉では言
い表せません。治療法はないものかと、保健所、小児療育センター児童相
談所と色々な所に相談しましたが、どこも具体的な訓練の方策は無く、な
まぬるく結局は気休めにすぎませんでした。ちょうどそんな時、尾倉先生
のことを知ったのです。


 尾倉先生の療法は、これまでのものと全く違い、医学的にも経験的にも
あらゆる方面から研究され、治療・訓練も具体的であり、それにも増して
先生自身が全身の力と心魂をこめて訓練される姿に感動しました。
 そして、子どもの将来に向けての希望が湧いてきました。また、先生は
家庭での訓練の方法も教示してくださり、その通りに実践してきました。
私は仕事を持ち、主人は仕事上帰宅が遅く、昼間、子どもは祖母が面倒を
みるという状況の中、毎日毎日の訓練は大変なものでしたが、必ず、良く
なると信じて、家族が協力し合いながら頑張ってきました。


 先生のところで、受講するたびに、目に見えてよくなるのが分かりまし
た。まず、多動がおさまってきました。言葉をはっきりと発音できるよう
になり語数もかなり増えました。極度なわがままも無くなり、ききわけが
よくなってきたのです。そして、大変な勉強好きになり、親が何も言わな
いのにしっかり勉強しています。また色々なことに興味関心を示すように
なりました。


 幼稚園では目だった行動は全くなく、健常児と同じように何でもできる
ようになりました。幼稚園の先生方からも「本当によくなりましたね。か
わりましたね」と言われています。友達とも仲良く遊んでいます。尾倉先
生と出合えず、受講していなかったら今ごろどうなっていただろうと考え
ると、ぞっとします。

 今の教育界での障害児教育は、実にあいまいで無責任、具体性がないと
思います。子どもの自由に、あまり規制しないでとか、その通りにしてい
て子どもが良くなるとは、考えられません。私、及び家族は尾倉先生と出
会い、子どもがここまで成長できたことを深く感謝しております。
                        神奈川県 H・M

   ■東工大 大学院 理工数学研究科で勉学

  尾倉先生、ご無沙汰をしております。今年の夏は、例年に比べて暑さ
も一層厳しく秋の訪れが待ち遠しい今日この頃です。
  私どもの息子が、先生のところで受講しお世話になっていた頃のこと
を思い出し本当に全身全霊を込めて、熱心にご指導いただいたおかげで、
今の息子があることを改めて感謝する次第です。

 さて、息子は今年4月より、東京理科大学理学部数学科第1部の1年生
として元気に大学生活をおくっています。大好きである数学の勉強ができ
ることを喜びとし、誇りをもって勉強に励んでおります。また、大学に入
ったら、スポ^ーツをやりたいというかってからの希望通り、体育会のバ
トミントン部に入り、ハードな練習にもめげずに頑張っております。新入
部員のうちバトミントン未経験者は息子がひとりで、あとは皆、高校時代
からの経験者ばかりだそうですが、自分なりに向上心を持ち、人より多く
の練習し、自身を鍛え心も体も磨いていく気持ちいっぱいです。

 近頃の世間では、不登校、引きこもり、社会不適応の少年や若者が増え
つつある中、息子が常に人との関わりを大事に思い、前向きに自分の将来
を考え自分自身の課題を見つけながらそれにとりくんでいける人として成
長できたことは、幼児期に尾倉先生で学び鍛えていただいたことが、大き
く影響していると思います。
 小学生、中学生、高校生とその時々の息子自身のもつ課題を本人と家族
で考え努力し乗り越えてきました。そして、やる気と根性をもってやり遂
げる大切さを学んできたように思います。

 幼児期に自閉症的と診断され、可能性を求めて尾倉先生のところへ訪れ
てから、14年、人間の可能性は無限であり、決してあきらめてはいけな
いものだとつくづく感じます。そして、子どもの教育は、「鉄は熱いうち
に打て」ではないけれど、できるだけ早いうちにやることが大切だと思い
す。
 息子は、尾倉先生に出会い本当に幸せだった思います。その原点があっ
て今の自分がいることを自覚しつつ、これからの社会に有用な人材として
活躍できるようになっていくことを親として期待しています。
 大学に入学したらすぐにご報告をと思っていましたが、私も仕事が多忙
のためつい遅くなってしまいました。申し訳ございません。
 先生もお忙しいことと思いますが、健康に留意され、ますますのご活躍
をお祈りいたします。   H14年8月14日 FAX  H/M君


10
1年生、算数が得意、漢字検定十級合格
 全国書道コンクール銅賞受賞、作文コンクール入賞

 早いもので息子は幼児才能開発センターにおきまして、三コース目を受
講中です。小学校受験を志し、勉強をはじめて間もない頃に、三石由起子
先生よりご紹介をいただき、能力開発を目的に入会いたしました。

 当初の私の育児の理想として、叱らない親、いつでも穏やかな愛情で包
むやさしい母親でありたい。そして子供は自由に伸び伸び育てるのが良い
と思い、自由奔放にしていたように思います。そうすることが、ありのま
まの息子を受け入れることであり、受け入れられた子は、豊かな感受性と
自主性が育つと信じていました。しかし、現実はと言えば、かんしゃく持
ちで、わがままで大変手がかかりました。大事に大事に育てているのに、
落ち着きがなく、乱暴な行動が目につき、心を痛めました。又、衝動性の
強い子で、突発的に何かをやりたいという気持ちが抑えられず、出し抜け
な行動に驚かされ、振り回される毎日でした。それでも時期がくれば落ち
着く、時期がくれば、みんなと同じようにできるようになると、自分に言
い聞かせながら甘やかし続けていたようです。

 尾倉先生は子供への働きかけばかりでなく、母親である私にもご指導下
さいました。先生は脳の働きのお話しをわかりやすく説明して下さり「甘
やかされて育てられた結果として、自分の意志や行動をコントロールする
力が弱く、我慢が出来なくなっている」とおっしゃいました。「過剰な手
助けは、一種の虐待だ。あなたの甘やかしが、この子をダメにしている」
とも言われ、私は強く打ちのめされました思いでした。

 私の今までの育児が間違っていたことに始めて気が付くと共に、目先の
知育に心を奪われ、本当の躾を怠っていたことを反省いたしました。躾の
基本は、人のことを思いやる心を育てることであり、わがままな気持ちを
抑える意志力を育てることと、自信とやる気のある子に育てることが大切
なのだと教えて頂きました。今の息子に必要なことは、人に対して深い思
いやりを持ち、自分の感情を抑え、ルールを守る力を育てることなのだと
気付かせていただきました。

 受講回数を重ねるに従い、息子は、落ち着いて人の話が少しずつ聞ける
ようになりました。自分の思いどうりにならないからといって、かんしゃ
くを起こすこともなくなりました。学習面におきましても、記憶力がとて
もよくなり、理解力も高まりました。そして、希望の小学校にも合格する
ことができ、息子は自信をもって入学し、楽しい学校生活を過ごしていま
す。私も息子を信じまかせられるようになったと思います。これも尾倉先
生のご指導の賜物と感謝しております。


 小学校に入学してからの息子の成長は著しく、漢字検定十級合格、全国
書道コンクールにおいて銅賞受賞、作文コンクール入賞をはたしました。
クラスの代表で朗読コンクールに出場し、朗読名人となりました。特に算
数が得意で計算の正確さと早さはいつも上位です。一人で夏にはキャンプ
やスポーツ合宿、冬にはスキー合宿に参加しました。意欲が出てきて、勉
強にスポーツにと頑張っています。あのとき尾倉先生に出会わなければ、
今日の息子の姿はなかったと思います。

 先生ご夫妻は、気力も体力もめいっぱいお使いになって、全力でご指導
下さいます。子供ばかりではなく、母親である私に対しても、まるで親の
ように暖かくご指導下さることを深く感謝しております。
 親として息子が人の恩の分かる子であり、深い思いやりをもって多くの
人の中で、人の役に立つ子になってほしいと願います。そのために、いろ
いろな体験を多く重ね、何事にも意欲的に取り組み、学ぶ楽しさと贅沢さ
を知り、自ら学んでいってほしいと思います。

 そのきっかけと方法と働きかけを尾倉先生は教えて下さいました。私は
それを指針として、子供と共に成長して参りたいと思います。尾倉先生、
いつも、いつも本当に有り難うご座います。心より感謝申し上げます。
 お母さんは、現在、幼児教育研究の為にアメリカの大学へ留学されて
います。大学院博士課程を終了するまで頑張るといっておられます。

 驚異的に成長している  H・S君

 H14年、現在、四年生、成績が良く算数が得意で、生徒会長をして
います。

 筑波大学を目指して勉強しています。

 筆者の処へ、H14年9月アメリカへ留学しているお母さんから送信
されてきたEメールを紹介します。
 昨日、東京の母からファックスが入りました。息子が‘将来の夢‘と
いうコラムに書いた短い文章を送ってくれました。それを読みとても感動
して涙がこぼれました。ご紹介いたします。


 ノーベル賞をめざす学者へ   息子は、
 平成14年11月9日はぼくの誕生日です。ぼくはその日で10才にな
ります。今のじてんでぼくは、海洋考古学者になってノーベル賞を取るこ
とが夢です。
 2000年にぼくのお父さんが天国に行きました。それでぼくは、お父
さんのあとをついでえらい人になりたいと思います。ぼくは、ノーベル賞
をとって、お母さんに楽な暮らしをさせてあげたいです。
 私は、これを励みに、奮起して頑張りたいと思います。

私は、尾倉先生を推薦します。
 最後に、もし縁があって、私の体験談をお読みになり、私と同じように
子育てに迷っている方。
 子供の姿を見て、こんなはずではなかったと思い、これからの子供の
 成長に不安をお持ちの方。
 わがままで子供に手をやいている方。
 集団の中で、お友達とうまくかかわれないお子さんをお持ちの方。
 落ち着きがなくて、学習効果が上がらないで悩んでいる方。
 そして何より、自信を持って子育てをしたいと思っていても自信がもて
ずに悩んでいるお母様、できるだけ早く(年齢の低いうちに)受講される
ことをおすすめします。子供がどんどん変わり、成長していく姿を目の当
たりにされると思います。尾倉先生のご指導に従えば、かならず良い効果
が得られると信じます。
 一人でも多くの方が子供の躾をどのようにしたら良いのか、又、子供の
能力や才能をどのように引き出し、開発したら良いのかを知ってほしいと
思います。そしてこの世の中が良くなるように、その力を十分に発揮し、
多くの人の役に立つ子になってほしいと思います。東京都 (S・H)

思いやりの心を大切にしよう 森 忠範さんへの手紙
           平成15131日 生徒会長 四年生(S・H)
森 忠範さんへ
 131日に駕籠町小学校に来てくださって、ありがとうございました。
僕は、森さんの話を聞いて初めて知ったことがあります。それは心眼とい
う心の目についてです。目が見えないのに心の目で回りのものを感じ取れ
るのはとてもすごいことだと思いました。目が見えていても心の目がくも
っていては、何もなりません。感じる心はとても大切です、
 しかし目の見えない人は、青色や赤色などのきれいな色がわからないの
はかわそうだと思います。他にも、目がみえないからといって”めくら”
と言われることです。目が見えない人は好きで見えなくなったのではない
のに、とてもひどいと思います。いろいろつらい思いや不自由な思いをし
て生きていらっしゃることを知りました。
 また、目の見えない人のためにいろんな工夫があることを知りました。
たとえば、お金のサイズをはかる道具があることです。それを利用して千
円札、五千円札、一万円札を使い分けるなんて驚きました。

 また駕籠町小学校に遊びにきてください。いつでも大歓迎です。
  それではさようなら。       生徒会長 四年生(S・H)

 家庭で使用する教材は、すべて無料で差し上げています。
 受講資料ご希望の方は、電話(FAX)でお申し込み下さい。

 尾 倉 脳 力 開 発
幼児才能開発センター
    心理学博士 尾 倉 繁 雄

169-0073
東京都新宿区百人町1丁目312302
電話・FAX 03-3208-0610


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