恵林寺 (2000.12.20)

Erinji100 【恵林寺 (エリンジ)山門】
JR塩山駅から窪平バス15分恵林寺下車
塩山市小屋敷2280   0553-33-3011

武田信玄の菩提寺で、夢窓国師開山の古刹。天正10年(1582)織田信長の焼き打ちに遭い、その後徳川家康が再興。現存の本堂は明治の再建で奥に信玄の墓がある。境内には宝物館があり、武田氏の遺品を収蔵。庭園は窓国師作庭といわれ、上段が枯山水、下段が池泉回遊式の2段構えでツツジの頃が美しい。 (左)

(註) 三門 − 禅寺の仏殿前にある門。三解脱門すなわち空門・無相聞・無願門にたとていう。
【心頭滅却すれば火自ずから涼し】
乾徳山恵林寺は、臨済宗妙心寺派の禅寺で、鎌倉期に夢窓国師を招いて開基した 甲州随一の名刹。武田信玄公が自らの菩提寺として、仏教と共に様々な香り高い文化を甲斐の国に伝た。(右)
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Erinji10 三門には、織田信長によって三門の上で焼かれた快川国師の言葉として有名な「安禅不必須山水 滅却心頭火自涼/ 安禅は必ずしも山水を用いず、心頭を滅却すれば火も自ら涼し」を唱え100余人の僧とともに三門上で火定した。また、緑濃い広大な境内は3万平方米。その中には諸堂が立ち並び、夢窓国師が作庭した国名勝の庭園、重文の 赤門、信玄公の墓所などがあり、禅の気風にふさわしく、簡素で美しい寺院。(左)。

境内には桜の大木があり花見の時期には遠くからも花見に詣でて賑わう。(下 左、右写真)
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【夢窓国師が築庭した庭園】
京都の天龍寺、西芳寺とともに、国師築庭の代表作。国の名勝史跡に指定されています。池は「心の字池」といわれ、心の字の形どっていると云われている。 (右)
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Erinji33 【風林火山】
「南無諏方南宮法性上下大明神」の旗を軍旗とし、諏訪法性の兜の前立に諏訪明神像をつけてた。東国第一の軍神といわれた諏訪明神の加護を受けた。(左)


JR中央線塩山で下車すると、目の前が参道。参道は、昔はもっと下の方から続いていたが、道路拡張のため縮小。長い参道は、歩きながら瞑想するためのもの。現在、参道の両脇には桜が植えられていて、春には桜並木が美しく、4月12日の信玄公の法要の日には、参道に露店が立ち並び、境内には24将のぼりが林立する。恵林寺は、元徳2年(1330)、この地の領主二階堂道うんが夢窓国師に帰依し、自宅を禅院に改め、国師を開山として創建したといわれる。甲斐の臨済禅(妙心寺派)の中心として隆盛した。永禄年間(1558〜70)には武田信玄が寺領300貫文を寄進し、永禄7年(1564)には、快川紹喜(かいせんじょうき)を招き住持とした。参道を抜けると、四脚門にでる。 四脚門は朱塗りのもので、織田に焼討ちされた後、慶長11年(1606)に徳川家康によって再建された。国の重要文化財に指定。

 

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