「ラフカディオ・ハーンの会」ニュース NO.12(2001・9・8発行)

 

8月下旬に大型台風11号が通り過ぎた後、朝夕やや涼しくなりました。夏休みも終わり、愈々これから本格的な秋到来です。事務局の都合で、先月は1回お休みとなりましたが、今月からまた張り切ってハーンの勉強を再開したいと存じます。7月の例会では、大学生の用免有加さん(英文2年生)が参加して下さり、嬉しい思いを致しました。今後ともハーンに興味を持ち続けて下さることを期待しております。

さて、事務局は728日から87日までの八雲会主催Workshop in USAに参加致しました。昨年のギリシャ親善訪問に引き続いて今回も35名の参加者で賑わいました。事務局はグループより1日早く日本を発ち、ニューヨーク見物(メトロポリタン美術館、自由の女神、エンパイア・ステートビルからの夜景)を楽しんだ後、シンシナティで合流しました。ハーンの旧居巡り、公立図書館でのワークショップ、Ohio River Cruise、その他各自の調査研究を行い、Japan Research Center所長田中欣二先生のお蔭で有意義な時間が持てました。次いでニューオーリンズへ向かい、旧居巡り、チュ−レン大学でのワークショップ、ジャズコンサート、ミシシッピー川での遊覧船、各自の調査研究を楽しみました。二都市ともスケジュールが一杯詰まった4日間の滞在でした。今回のアメリカ訪問での今一つの目玉は、形山榮依子氏(東京在住)製作による藍染のハーン像を両市に寄贈したことでした。シンシナティでは公立図書館でしたが、ニューオーリンズでは市に寄贈した為、八雲会とニューオーリンズとの友好と親善に貢献したことで図らずも参加者全員が名誉市民の称号を頂戴しました。

また『チタ』の舞台であるグランド島にも行けました。

 ニューオーリンズでの行事終了後、事務局は他の四名の方とカリブ海のマルティ二−クへ向かいました。ハーンが日本に来る前2年間滞在していた島で『仏領西インドの2年間』『ユーマ』が生まれた場所です。ハーンの述べるごとく、褐色の肌の美人が多く住む島で、日本が今や失いつつあるものを未だに多く遺していることに心からの共感を覚えました。人々は正直で、健康的で、明るく、まさに夢の島を発見した気分でした。

1.《最近・各地の情報から》

・昨年11月熊本市民会館で行われた演劇「へるんさんの熊本」のビデオが出来たとのこと。

・銭本健二教授が9月17日より安田女子大学で集中講義

・八雲会主催の「スピーチ・コンテスト」(松江)は923日の予定。

・第38回日本英学史学会全国大会は1020日〜22日(萩国際大学)

 

2、《本の紹介、12》中野孝次:『生き方の美学』(文藝春秋、1998

 著者がかって読んだ本の中で「これはいい話だな」と思ったものを20話にして紹介するものである。 第19話「徳」で「ハーンと秋月悌次郎」が語られている。丸山学『小泉八雲新考』や松本健一氏の著書を引用するなど、中野孝次氏がハーンについても中々よく勉強していることが分かる。

《注:田村一郎先生よりご紹介いただきました》

 

3、《次回予告》

10月6日(土)2時〜4時を予定しています。

 

4、《新刊書》(事務局が最近入手したものを含む)

・鎌田善浩『ジャズ事始』(文芸社、2000

山口誠『英語講座の誕生』(講談社選書メチエ2142001

S. Frederick Starr: ”Inventing New Orleans” Writings of Lafcadio Hearn (University Press of Mississippi Jackson, 2001)

・神木哲男・崎山昌廣編著『神戸居留地の3/4世紀』(神戸新聞総合出版センター、1993

Kenji Zenimoto: “Lafcdio Hearn LETTERS 1 1776-1890” (The Hearn Society in Matsue, 2001)

・西成彦「ラフカディオ・ハーン 外国人でも帰化人でもなく」(週刊朝日百科『世界の文学922001429

・宮永孝『ポーと日本 其の受容の歴史』(彩流社、2000)「ラフカディオ・ハーンとポー」、「ハーンの講義」が再掲されている。

(続)「赤い婚礼」The Red Bridalについて(2001・9・8)

 「赤い婚礼」は、『東の国』(Out of the East, 1895)所収の作品で、幼馴染の若い男女、太郎とおよしが心中するストーリーである。この作品がハーン来日の動機とどう結びつくのか、また、熊本時代のハーンに、アメリカ時代、松江時代と違った何か心の変化(成長・動揺)があったのか、考察・研究してみたい。

 

@ ギリシャに生まれ幼くして母と共にアイルランドへ渡ったハーンはそこで父母の離婚、母親との離別という不幸を味わった。以来ハーンの心の中では「北」と「南」の対立が大きくクローズアップされて来る。(「南」と言う点でのマルティ二―クと熊本の重要性)

A 他のお雇い外国人と比べてハーンの来日は10年遅かった。やがて夏目漱石の東大講師就任によってハーンが東大講師の職を追われることになる如く、英語重視の時代から日本語を使用する授業へと変わり、外国人を排斥する動きが生じてきていた。そして熊本時代のハーンには長男の出産という大事件があった。松江時代の手放しの賞賛から日本文化の真髄に迫るものへと変質を遂げ、西洋近代に対する鋭い批判を含む比較文化論的なものとなった。幻想から覚醒へ。

B「西洋の恋人同士の自殺と日本の情死の間には、はなはだ奇妙な相違がある。東洋での心中は苦し紛れの一時的な逆上の結果とは別物である。ただ単に冷静に手続きを踏んだと言うだけでなく、一つの神聖な儀式ですらある。」(「赤い婚礼」)

C この「日本人の微笑」が研究に価する謎だ、と気づいたのはごく少数の具眼の士だけだった。(「日本人の微笑」)

D「日本人の微笑は長い歳月をかけて丹念に作り上げられた礼儀作法の一つなのである。」(「日本人の微笑」)

E 三浦雅士は『身体の零度−何が近代を成立させたか』(講談社選書メチエ31)の中で、「ハーンにおいても柳田国男においても、笑みが日本的かつ前近代的であり、笑いが西洋的かつ近代的であるとみなされていることは明瞭である」と述べている。(「笑いにおける近代」)

F 先行研究

・藤原義之「『赤い婚礼』―女性の執念について」『へるん』第34

恋愛―女の執念の世界を構築し、その中におよしの情念の赤さを込め、誠を持つ廉潔なヒロインを描く。

・牧野陽子『ラフカディオ・ハーン 異文化体験の果てに』(中公新書)

他の情死と違うのは、太郎とおよしは幼馴染であり、二人が過去に共有した至福の時間を守る為の心中(ハーンの心がアイルランドからギリシャへと遡及した)。庶民は決して善良な民衆ではない。この作品発表の前年の秋、一雄の誕生に合わせて幼児期の回復というテーマで再話した。

・高成玲子「ラフカディオ・ハーンの「赤い婚礼」についてー何故、赤い婚礼なのかー」(『英学史研究』第30号)

近代物質文明の台頭する力とそれに呑み込まれ滅び行く力のせめぎあいのイメージを赤が喚起する。単なる血の色ではない。

・河島弘美「女神との心中―「赤い婚礼」のおよしとハーンー」(『比較文学研究』47号)

およしはハーンの夢を体現する女であり女神(太郎はおよしをdivineと認識した)。女神およしに寄せる共感から読者に強い感動を与える作品。社会と女神との関係は「舞妓」、「永遠に女性的なもの」、「赤い婚礼」の三編に共通である。西洋はEternal Feminineの支配する世界。

【注】河島氏は『小泉八雲事典』の「赤い婚礼」欄も担当している。

およしは、ユーモア、優しさ、勇気という、ハーンが人間において最大に評価していた三つの資質をすべて備えた女性であり、ハーンにとっての理想の女性像といえるであろう。

・鵜木奎治郎「ハーンの「赤い婚礼」とホーソーンの「ラパチーニの娘」」(『へるん』第11号)

「ラプチーニの娘」が、近代科学至上主義の西欧精神の限界を指摘しているとすれば、「赤い婚礼」は、日本の社会が、その上は封建時代から現代に至るまで、恐らくは将来も、女性的価値、つまり金銭的価値を第一義とする社会になり得る可能性を予告しているように思えるのである。