「ラフカディオ・ハーンの会」ニュース NO.11(2001・7・14発行)

 

関東地方では既に梅雨明け宣言が出たそうですが、中国地方は今暫らく梅雨が続きそうです。見上げる空には入道雲も見られ、周りの樹々からは蝉の鳴き声も聞かれる今日この頃なので、早く梅雨雷が鳴って夏になってくれないかなと願うばかりです。

 さて7月8日()八雲会の総会が松江(松江市総合文化センター)でありました。日野雅之先生の「八雲と俳人大谷繞石」と題する素晴らしい講演もありました。繞石が京都三高から仙台二高へ移った時、松江出身のためズーズー弁に困らなかったこと、繞石が金沢から送った名産の「つぐみの粕漬」がもとで夏目漱石が死んだのだ、といったエピソードを交えて実に楽しい90分間でした。なお折角松江まで足を伸ばしたので、年令とともに弱くなりかけている視力を守ってもらう為、一畑薬師に詣で祈願して参りました。会員の皆様の加護も共に両手を合わせてお祈りしてまいりましたので、ご安心下さい。

 『へるん』NO.38(八雲会)が出ました。「ギリシャ親善訪問記念号」として、168頁という今までで最もページ数の多い特別号です。昨年2000年にハーン生誕150周年を記念して45名がハーン生誕地レフカダへ表敬訪問をしましたが、その時の記録が主たる内容となっています。それと2000年に各地で行われたハーンの顕彰活動の記録・報告が載っていて、ハーン生誕150周年記念に相応しい出版と言えましょう。なお、このギリシャ親善訪問については、先ごろ出版された池野誠著『ギリシャ幻想紀行』(山陰文芸協会)にも美しい写真と共に詳しく書かれています。

 八雲会は今年も引き続いて、アメリカ・シンシナティ及びニューオーリンズへの旅行(「ワークショップ in USA728日から87日まで)を計画し、33名が参加する予定です。ハーンのアメリカ新聞記者時代を顕彰することになります。事務局は、727日に出発して一日ニューヨーク見物をした後、グループに加わります。またワークショップの後、仏領マルチニークまで足を伸ばし、813日に帰国する予定です。

1.《最近・各地の情報から》

61617日比較文学会(早稲田大学国際会議場)にて平川祐弘氏の「雪女」と西川満の『華麗島民話集』と題する発表があった。

・『モラエス』No. 4(モラエス会)が625日に発行された。

 今年102728日、日本英文学会中国・四国支部大会(徳島大学)ではモラエス縁りの場所を訪れる予定。『モラエス』No. 3に福間直子氏の「モラエスの金毘羅詣りルートについて」がある。先ごろ福間直子女史の吹き込みによるテープ「モラエスの旧居跡とお墓」を頂戴した。

78日、八雲会総会。『へるん』38号、ギリシャ親善訪問記念号発行、

 日野雅之氏の「八雲と俳人大谷繞石」と題する講演あり。

・松江市観光文化課『知られざる日本の面影・松江』(CD-ROM

・そのや本舗からスウィートポテト饅頭「へるん先生」が発売される。

 

2、《本の紹介、11》

にんげん史研究会:『こんな女性たちがいた!』(講談社、2000):

 21世紀を目前にして(この本の出版は2000年)前世紀に生きて、さまざまな分野で注目を集めた女性に再登場してもらおう、との企画から生まれた本である。第五章「異人の妻となって」に小泉セツが登場する。副題に「『怪談』を書かせたヘルンの妻」とある。真新しい事項は殆どないが、八雲とセツの子供達についても触れているので一読に価する。

 

3、《次回予告》

再び事務局の都合により8月は閉会とさせて頂き、9月8日(土)2時〜4時を予定しています。なお、会誌の原稿は速やかに提出してください。

 

4、《新刊書》(事務局が最近入手したものを含む)

・山陰民俗叢書12『採訪記・人物誌』(山陰民俗学会、2000

・『習學寮史』(五高寮史復刊委員会、昭和63)金本氏からの寄贈

・『モラエス』No. 4(モラエス会、2001

山本有三『米百俵・小林虎三郎の思想』(長岡市、昭和62

「赤い婚礼」The Red Bridalについて  (2001・7・14

 

 「赤い婚礼」は、ハーンの松江時代 The Japan Weekly Mail (February 28, 1891) に掲載された「鉄道自殺」( Suicide on the Railway)と題する新聞記事にヒントを得ながら、2年9ヶ月後、熊本時代 The Atlantic Monthlyに発表され、『東の国』 Out of the East, 1895)所収となったものである。

 第54回カンヌ国際映画祭で、デビッド・グリーンスパン監督の「おはぎ」が短編パルムドール賞を獲得した。歌手の松田聖子さんの長女、波多野沙也加(SAYAKA)さんが出演していることで話題となったが、原作はハーンの「赤い婚礼」である。少年と少女の心の交流を描いた作品(『読売新聞』の紹介)というか、幼馴染の若い男女、太郎とおよしが心中するストーリーである。

 この作品がハーン来日の動機とどう結びつくのか、また、市井の名もない庶民を主人公とした物語を多く書くようになった熊本時代のハーンに、アメリカ時代、松江時代と違った何か心の変化(成長・動揺)があったのか、色々と考察・研究してみたいと思う。

 ハーンの原文と仙北谷晃一氏の訳(講談社学術文庫『日本の心』所収)

を参考にしながら、色んな角度から考察してみたい。先ず、序章から9章までの概略を述べてみる。

 

序―西洋と東洋の心中の違い。東洋の場合は二人一緒に死ぬ。幼児からの仲である場合が多い。

1―のどかな田園の村に内田太郎が生まれた。明治7年8月7日(陰暦)

2―太郎が初めて学校へ上がった日。一歳年上の宮原およしのやさしさとユーモア。

3―西洋人が鉄道と電柱をもたらし、古い墓地の仏は崩壊しそうになる。

  およしの継母伊藤お玉。

4―太郎とおよしの淡い恋心の芽生え。およしの愛らしさと魅力。

5―裕福な米商人岡崎弥一郎と縁談をめぐるお玉の奸智。

6―およしの不思議な夢と縁談の決まり。

7―武士の気質(血)と平民の気質。

8―駅のあわただしい物音、それと全く対照的な秋の稲田の風景。そして二人の心中。

9―比翼塚(夫婦塚)に祈る恋人達。「苦の宗教」か?

 

《序章》

 西洋と東洋の情死(恋人同士の自殺)・心中の違い…二人一緒、幼年時代からの仲。Cf. ロミオとジュリエット。東洋では心中は神聖な儀式である。生き残った男の実例は「生と死の断片」(『東の国から』所収)にある。

「東部のある村…」の意味するものは? 因みに、『東の国から』は「夏の日の夢」で始まり、「勇子―ひとつの追憶」で終わっている。(全11編)

 

《1章》

 水田、墓地、わらぶき屋根、氏神様の神社、桑畑のある長閑な田園の村。街道筋には商店、旅館が軒を連ねている。そこの染物屋(青を思わせる)に内田太郎が生まれた。生まれた日の明治7年8月7日(陰暦)は悪日。氏神様、観音様に祈った。

Cf. Glimpses of Unfamiliar Japanに初めて登場する色はblueであり、最後に登場する色もblueである。(桝井幹生氏の論文)

 

《2章》

 太郎は6歳で学校へ上がる。その時の惨めさと宮原およしのやさしさ・ユーモア。「内田太郎、君は私よりお菓子が好きか」に含まれるユーモアとこれからのストーリーの展開への布石。

Cf. 「はじめて学校へあがった日」の作文(「九州の学生とともに」)、「英語教師の日記から」の中の篭手田知事の教育勅語奉読式および天皇誕生日での式辞、病人横木と下男房市の夜の学校訪問(『日本瞥見記』所収)

 

資料「赤い婚礼」のヒントを得た新聞記事