182回「広島ラフカディオ・ハーンの会」ニュース  (2015103発行)

 

2020年の東京オリンピックを目指して日本全国民が注視する新国立競技場の建て替えが先頃白紙撤回された。それに続いて、五輪エンブレムも又々中止・白紙撤回となり、オリンピックイメージに俄然悪影響が生じている。五輪エンブレムに関しては早くからパクリ疑惑が広まっており、なぜ佐藤研二郎氏に修正を依頼したのか、当初から佐藤氏ありきだったのではないか、などの質問が組織委員会に投げかけられた。武藤敏郎事務総長は釈明会見の席上、「専門家の間では常識的に(大丈夫と)分かっているのに、一般国民にはご理解いただけなく誠に残念」との答弁をした。何たる無礼な発言か!加えて、「私はこの方面の専門家ではないので…」との弁明。それなら、なぜこの責任ある重要ポストに留まって高給を貰い続けるのか理解不能、唖然とする他ない。

上記東京オリンピック問題のみに非ず、日本の上層部は今何から何までだらけ切っている感じがして何とも遣る瀬無い!!

 

 さて、昨年8月の広島での土砂災害の記憶がまだ冷めやらぬ中、今度は関東・東北水害が発生した。鬼怒川堤防決壊による家屋流失など、テレビ画面で見る自然の猛威には唯々言葉も出ない。茨城・常総市での自衛隊ヘリコプターによる救出劇にはハラハラ、息つく暇もないほど画面にくぎ付けとなった。

 今年の日本はダブル台風の来襲を初めとして、ゲリラ豪雨、竜巻、地震、火山の噴火などなどの自然災害が相次ぎ、何處に住んでいても安全な場所はない、との感を強くする。人類といおうか、人間どもの思い上がり、傲慢さに天も愈々堪忍袋の緒が切れて、この辺で懲らしめねばと、大鉈を揮い始めたのかも知れない。「ノアの方舟」故事を想起するのは事務局だけであろうか。

 

913日の中国新聞「天風録」欄に「ホレホレ節」の紹介が載った。“今年は第1回官約移民から130年になる。広島・山口の先人たちの労苦がしのばれる”とあった。広島ラフカディオ・ハーンの会では、先の7月例会で松田美緒さんの『クレオール・ニッポンうたの記憶を旅する』(ARTES)を紹介した際に、付録のCDから上記ハワイの歌「ホレホレ節」を聞いた。何処かで聞いたようなセリフも混ざり、汗と望郷の思いが籠った歌だったことを思い出した。

 

95日松江で開催された「日本ローエル協会松江研究集会2015」で、図らずも事務局が『英学史論叢』第4号(日本英学史学会、2001年)に発表した論考「Percival Lowell Lafcadio Hearn」を発表者の井上正男氏がご紹介くださった。お恥ずかしき拙考だったが、ご親切に一言お礼を申し上げる。

 

 

1】《最近の情報から》: 過去のものを含む

625日、『漱石と広島』の会、が発足。

・中国新聞「緑地帯」に岡長平氏の「カバヤ文庫と児童文学」が連載される。(819828まで全8回)

・故渡辺沢見氏の小泉八雲関係蔵書約1,000点が新宿歴史博物館へ寄贈さる。

83日、「とことん歴史紀行」“SP怪談作家・小泉八雲〜ゆかりの地出雲を歩く”(BS117:00~9:00

JALグループ機内誌SKYWARD (September 2015)「心地よく感じるのは日本人だけ? 虫の音の不思議」★ハーンへの言及あり。←村田さんご指摘

・『学鐙』Vol.112(秋号)下重暁子氏の「書評」が連載されている

・『英語教育』(20159)渡部昇一「アングロ・サクソン文明落穂集」[512]の「文学者と英文学者」にハーンの記事が載る。

919日、焼津八雲忌講演会(西川盛雄)

927日、英語教育史学会(第254回研究例会)サテライトキャンパス広島

・熊本アイルランド協会の総会・懇親会(102日)

・松江で鼕行列が行われる、1017日(前夜祭)・18日(本祭)

 

2《読みたい本》:大沢寛三『日本西洋画事始め』(PHP研究所、1987

副題に「パリで学んだ明治の画家たちの異文化接触事情」とあるが、カバー表には「明治時代中期、パリには数多くの日本人画学生がいた。彼らは一様に、“ミレー、コローを見て有難涙を流し街行く美人に茫然としてみとれていた”のである。黒田清輝、山本芳翠、高橋由一、小出楢重―日本西洋画界を作り上げた若き画家たちはパリで何を見、何を学んだのか。画家たちの滞欧記を通して明治時代の日欧文化接触の様子を描き出す」とある。黒田清輝をかなり詳しく扱っており、巻末には黒田清輝年譜も付いている。著者は朝日新聞記者などを経て、1978年より、ひろしま美術館副館長、岡山大学、広島大学講師。

 

3《次回の予定》: 1114日(土)

 

4《事務局の本棚に加わった本》:

・高階秀爾『芸術空間の系譜』(鹿島出版会、昭和42

・武満徹『音楽の余白から』(新潮社、1980

・新潮美術文庫36REDON ルドン」(新潮社、昭和60

・鳥越信『子どもの替え歌傑作集』(平凡社、1998

・パーシヴァル・ローエル/平岡厚・上村和也【訳】『神々への道』(国書刊行会、2013

・大牟田章『ぼくの学童疎開日記』(ウインかもがわ、2015

 

 

From A Traveling Diary「旅日記から」(『心』所収):

7月号(711発行)で、「この作品は、7部より成るが、列車内、内国勧業博覧会、大極殿、東本願寺、神戸の庭園などを素材に、ハーンが日本人の内的生活に分け入って鋭い観察眼を披露する“文化論”となっている」と紹介した。更に、ハーンの〈美術論・絵画論⇒仏教的考察〉ともなっていることに注目。

@車内で(自己抑制、self-control

A障子に映る影(芸術の起源)

B神社や寺院の無に至る参道。自然と「光と形と色」との調和。〈諸行無常〉

C京都博覧会。一枚の裸婦の絵(黒田清輝)

D「過去」の経験(無数の記憶の合成物)←美の感動

E大極殿と東本願寺

F神戸の博覧会での親子の会話(鯨、極楽)

 

■〈「旅日記から」三〉:Aで、ハーンは絵画の起こりは壁に写った恋人の影を写して描いたのが始まりだと、古いギリシャの古潭を援用して語った。同時に日本画の妙技は障子紙の特質と影の対象(長年丹精を込めて育てられた庭木)を考慮すべき、と説く。Bでは、お宮や墓地に至る参道(Nowhere ;Nothing という無へ向かう道)の面白味を述べている。その魅力は偶然が重なってできる魅力であって、「人間の手によるものと自然の条件―光と影と色―とが調和して生まれた効果なのである。」

◆光と影の処理=浮世絵(日本美術、ジャポニスム)→フランス印象派

◆ローエル『極東の魂』での“没個性”→ハーン「日本人の微笑」での“個性の無さ”=自己規制の美しさ・魅力→「旅の日記から」の“絵画論”

◆ハーンにとっての「日本美術」は浮世絵であった。浮世絵は光と影の処理の鮮やかさにおいて、フランスより先に“印象派”であった。cf. 写実主義

 

★奥本大三郎『虫から始まる文明論』(集英社インターナショナル、2015)に次の記述がある。

ところが、黒田清輝が出品した裸体画「朝妝」が問題になる。そしてこの事件を風刺したジョルジュ・ビゴーの戯画では、その絵に驚いて見入っている女の人自身が雨の中を歩いて来たらしく、着物の裾をたかだかと捲り上げている、西洋人から見ればその後ろ姿の方がよっぽどショッキングだ、、というのである。この後1901年には、裸体婦人像の下半身を布で覆う「腰巻事件」も起きている。当時の日本人は西洋式油絵の裸体には大騒ぎするくせに、本物の裸体は、街にも村にもありあふれていたという。

 

★銭本健二「日本美術」(『小泉八雲事典』p.446):

啓蒙的な論考で大変参考になる記述に溢れている。恩ある故人には大変失礼に当たるかも知れぬので述べるにやや躊躇するが、『心』所収の「神々の終焉」を挙げながら、今我々が取り組んでいる「旅日記から」に一言も言及がないのは完全に手抜きとしか言いようがない。「旅日記から」こそ、ハーン美術論の宝庫だからである。また、ハーンはジャポニスムに関して異国趣味以上の知識はなかったとの論、日本美術について纏まった論考に「蓬莱」(『怪談』所収)を挙げて居る点も今一つ同意しかねる点ではある。

松江の荒川亀斉を紹介しながら、小林如泥がないのも寂しいし、ヴィンケルマンやハーンの幼児期、家系に脈々と連なる芸術家としての血、さらには一雄が編纂したRe-Echo 等へも触れて欲しかった。(但し、銭本氏の弁護としては、記述スペースの割り当てや、突然の御指名での時間的な制約もあったに違いない、と同情はしているが…)《要注意! 断じて銭本氏を貶めるものではない!!

こうした不備を補って余りあるのは、高木大幹の「ハーンと絵画」(『ラフカディオ・ハーン著作集』第14巻の月報No.7)であろう。中でも幻想画家ルドンへの言及は他のハーン研究家の追随を許さぬ慧眼である。

 兎も角、「日本美術における顔について」はいずれ読まなくてはなるまい。

 

95日松江市総合文化センターで「日本ローエル協会松江研究集会2015」が開催された。「ゴーストリーの八雲、ロジカリーのローエル、その違いはどこからきたか」(25分)を発表された井上正男氏は、デイヴィッド・シュトラウスの『パーシヴァル・ローエル ボストン・ブラーミンの文化と科学』の翻訳版を監修・解説されている方である。当日発表の中で、事務局が『英学史論叢』第4号(日本英学史学会、2001年)に発表した論考「Percival Lowell Lafcadio Hearn」を氏がご紹介くださった。粗末な拙論で恥ずかしいものだったが、ご親切に対し、一言お礼を申す。(なお、上記ご著書をご寄贈頂いた。感謝!

 なお、来年はローエル没後100年、日本ローエル協会設立15年にあたり、11月に金沢で記念研究集会が開催される予定とか。

 

★河野一郎『英語の歌』(岩波ジュニア新書、1991)に、[37] Believe me, if all those endearing young charms (信じてくれたまえ、若さにあふれた愛らしい魅力が) が載っている。解説に「17世紀ごろ作られたアイルランド民謡で、アメリカのハーバード大学の歌として有名。1行おきに綺麗に脚韻を踏む、美しい歌です。“春の日の花と輝く”という題で、わが国でも親しまれてきました」との文言がある。余談だが、近鉄特急飛鳥駅到着メロディーにもなっている。また、訳者の堀内敬三氏は「せきこえのどに…」で有名な浅田飴本舗の三男坊。