第176回「広島ラフカディオ・ハーンの会」ニュース (2015・4・11発行)
2月の例会であったか、NHKテレビテキスト「メアリ・シェリー『フランケン・シュタイン』」を紹介した。2月の“100分de
名著”で、廣野由美子・京都大学大学院教授が4回に亘って放送されたものである。誠に今日的な難問、それも多角的な課題を含むタイミングの好い作品紹介であった。
「科学」によって創造されたものが、予期せぬ結果を招くという筋書、すなわち「進歩と破局は不可分である」というSFの常道が『フランケン・シュタイン』から始まったと謂われている。科学者の善かれと思って進歩に励む一心が、必ずしも良い結果にならないことは往々にしてあり、『フランケン・シュタイン』は、科学者というものの心理とモラルに迫った小説なのである。
例えば、科学が驚異的な進歩を遂げた今日、クローン羊ドリーの存在は、クローン人間の誕生が十分に可能であることを私達に教えてくれる。臓器を提供して、難病や不治の病で苦しむ人々を助けるクローン人間がいれば、医学的見地からは「進歩」であり、「生む側」の論理では「善」であったとしても、「生まれる側」がどう受け止めるかという問題―怪物が体験した苦悩―は看過されがちである。科学の進歩の裏には、こうした光と闇といった難題が残されているのである。(以上は廣野氏の指摘を部分的に引用し、要約した)。
同じような事は連鎖反応を呼ぶのか、3月5日BSプレミアムで「フランケンシュタインの誘惑―“不死の細胞”狂想曲事件」と題する番組があった。臓器移植と血管吻合でノーベル賞を得たアメリカの外科医アレクシス・カレルを中心としたストーリーは、まことにショッキングなものであった。
我が家の玄関を入るとすぐ右手に小部屋があり、入り口には無様に積み重ねられている本の山がある。数日前のこと、その底の方から如何にも誘惑するような背文字を見せて、こちらを睨んでいる一冊の本に目が吸い寄せられた。ジョン・ターニー/松浦俊輔訳『フランケンシュタインの足跡』(青土社、1999)という書物で、何でこんな本が此処にあるのか暫く思いつかなかった。
ふと本棚にある高木大幹『ハーンの面影』(東京図書出版会)のページを捲ると、第14章「ハーンと幻想文学」の中に“フランケンシュタインについて”と題する論考があり、その中で上記ジョン・ターニーの本を紹介されていることが判った(p.259)。
我等がハーン先生は『英文学畸人列伝』Some
Strange English Literary Figuresの「マンク・ルイスと〈恐怖・ミステリー派〉」の中で、『フランケンシュタイン』についてかなり詳しく説明されている。「英文学が生みだしたこの種のあらゆる本のなかで群を抜いて偉大な本だ」と述べ、高く評価されているのである。角川文庫の翻訳でもよい、一度は読んでみる価値がありそうだ。
【1】《最近の情報から》: 過去のものを含む
・アイルランドのトラモア町に6月、小泉八雲記念庭園がオープンする。(山陰中央新報、3月5日)
・NHK松江制作ビデオ「小泉八雲―松江の日々」(小泉八雲生誕130年を記念して制作されたもの、30分)を鑑賞…3月例会にて←横山純子さんのご厚意
・池橋達雄先生「山陰中央新報社地域開発賞(文化賞)」受賞祝賀会、サンラポーむらくも2階「瑞雲」の間、3月11日(水)
・弁事堂屋根修復「鵬の会」への寄付(10,000円)
・「漱石山房」記念館(仮称)整備基金への寄付(10,000円)
・ギリシャの翻訳家Tety Solou さんからハーンの作品のギリシャ語訳『怪談』など3冊を広島ラフカディオ・ハーンの会にご寄贈頂いた。古川氏を通じてのご厚意である。ご両人に御礼を申し上げる。
・4月25日(土)松江市立図書館定期講座「小泉八雲に学び・親しむ」に於いて、風呂鞏が「八雲会100年・八雲を顕彰してきた人々」を語る。90分間
【2】《読みたい本》:野田宇太郎『改稿東京文学散歩』(山と渓谷社、昭和46)
2月の例会で、1月末に東京探訪をされた古川氏のスライドショーがあった。楽しい時間であったが、ハーンが好んで散歩したという市ヶ谷富久町の“瘤寺”のことに就いてもっと知りたいという声もあった。今月は氏にお願いして更に瘤寺のことを話して頂くことを計画している。上記の野田氏の本は、昭和26年から始まった『文学散歩』シリーズ『新東京文学散歩』の市街篇をより充実させたものである。第1部「雑司ヶ谷」の“文人掃苔録”、第3部「新宿界隈」の“小泉八雲と市ヶ谷富久町”、“八雲終焉の地”などにハーンに関する記述が読める。以前にも部分的にコピーしてお渡しした覚えがあるが、瘤寺については、この“小泉八雲と市ヶ谷富久町”にも詳しい記述があるので、参考にして頂きたい。なお、ハーンの作品としては、『異国風物と回想』所収の「死者の文学」(恒文社版:小泉八雲作品集8『仏の畠の落穂他』に採録)がある。
【3】《次回の予定》: 5月16日(土)
【4】《事務局の本棚に加わった本》:
・矢部宏治『日本はなぜ、「基地」と「原発」を止められないのか』(集英社インターナショナル、2014)
・廣野由美子『批評理論入門』(中公新書、2005)
・ジョン・ターニー/松浦俊輔訳『フランケンシュタインの足跡』(青土社、1999)
・Iso Mutsu: Kamakura
Fact and Legend, Charles E. Tuttle Co.,1995
★第一次八雲会←〈八雲会ホームページ〉には9件しか紹介されていない
1914(大3) 9月26日 創立発起
1915(大4) 6月25日 第一次八雲会創立(於:松江商工会議所)
1933(昭8) 3月14日 根岸磐井没
10月 高浜虚子松江訪問、季語「八雲忌」を定める
1934(昭9) 6月6日 小泉八雲記念館を八雲会が松江市に寄贈。竣工式・開館式
1940(昭15)8月30日 ヘルン旧居史蹟に指定
1941(昭16)3月7日 二ューオーリンズで八雲協会発会式、日本文化会館前田多門
1950(昭25)6月27日 生誕百年祭(前夜祭、鼕行列、仮装行列、童話大会など)
1951(昭26)3月1日 松江市が国際文化観光都市に指定される
★八雲会発起人の一人、山本庫次郎は松江中学校交友会誌「紅陵」第十号(昭和二年)に「ヘルン先生と岸博士」と題して次のように書いている。
「八雲先生を今日に活かした恩人に岸清一博士のあることを忘れてはならぬ。往年岸博士が渡洋されてラフカディオ・ハーンの名が彼地の文壇に喧伝され、我日本の国が、彼の彩筆によって英米諸国に紹介されているのに感激し、帰朝以来八雲先生の紹介と鼓吹とに尽力せられ、根岸邸における先生遺愛の園地を修理したり、遺品を保管したりすることを熱心に唱道せられたので、さてはヘルンという外国人は、世界的文豪であったか、日本の大恩人であったかと我地方人も感心し始めたのである。」
★「山路を登りながら、かう考へた」で始まる漱石の『草枕』には、冒頭の場面に、シェリーの雲雀の詩の中の一連五行が原文で引用されています。訳詩も付いています。『フランケン・シュタイン』の著者メアリ・シェリーから、彼女と駆け落ちをして結婚、その6年後に海上で暴風に遭い溺死をしたイギリスの詩人Percy
Bysshe Shelley (1792-1822) を想い出してしまいました。そして漱石の『草枕』に思いが及んでしまったという次第です。さて、漱石が暗誦した詩句、そしてそれに付した漱石の訳は次の通りです。
We look before and
after
And pine for what is not:
Our sincerest
laughter
With some pain is fraught;
Our sweetest songs
are those that tell of saddest thought.
「前を見ては、後へを見ては、物欲しと、あこがるゝかなわれ。腹からの、笑いといへど、苦しみの、そこにあるべし。うつくしき、極みの歌に、悲しさの、極みの想、籠るとぞ知れ」
さすが漱石先生、見事な訳です。最後の行、シェリーの原文は12音、漱石の訳は三十一文字(みそひともじ)になっています。また此処に出でている2つの形容詞sweet とsad は英詩で最もよく使われる単語であり、「詩とは何か」についての漱石の薀蓄を披露した引用だと又々感心してしまいます。
★上田敏(1874−1916)という詩人をご存じでしょう。学生時代の上田敏が師ハーンから「一万人中の一人の学生」I think you are the one Japanese student in
ten thousand who might learn to be himself in English.と激賞されたことは広く知られている。東大英文科を首席で卒業し、引き続き大学院に進んだが、その年3学期末のレポート「ウイリアム・コリンズ論」William Collins をハーンに提出した。ハーンはそれに懇切な斧正と短評を寄せた。ハーン激賞の句はその短評の中にあるものである。
上田敏の有名な訳詩にRobert Browning (1812-1889) の『ピッパが通る』(Pippa Passes,1841)があります。その中の「ピッパの歌」の訳が『海潮音』に「春の朝」として載っています。こちらも素晴らしい名訳です。
時は春、 日は朝、 朝は七時、 片岡に露みちて、
揚雲雀なのりいで、蝸牛枝に這ひ、神、そらに知ろしめす、すべて世は事も無し
5音と7音を組み合わせて、原文の意味と響きを見事に伝えている。これは昔の中学生が英語の授業で最初に習った詩です。原文もここに挙げておきます。(全ての行が5音、前半と後半の4行ずつが韻を合せている)
The year’s at the
spring
And day’s at the
morn.
Morning’s at
seven;
The hillside’s
dew-pearled;
The lark’s on the
wing;
The snail’s on the
thorn:
God’s in His
heaven―
All’s right with the world! (Pippa’s Song)