第174回「広島ラフカディオ・ハーンの会」ニュース (2015・2・14発行)
小泉セツ(1868−1932)は、慶応4年2月4日(戸籍では明治元年となっている)、松江藩士小泉湊と妻チエの次女として、松江・南田町に生まれた。その小泉セツ(Mrs. Hearn)のReminiscences of Lafcadio
Hearn(『思い出の記』)を基にして、開隆堂の英語教科書SUNSHINE ENGLISH COURSE IIに“HEARN
IN MY HEART”を執筆された田中正道広島大学名誉教授は、“ハーンを勉強すると忙しくなる”との名言を吐いておられる。
田中先生は昨年11月、熊本学園大学でのシンポジュウム「ハーン・丸山学・木下順二を結ぶもの」にご出席され、後でその際の資料をご恵贈いただいた。お便りに下記の文面があったので、ご参考に供します。
ハーンを勉強するとどうして忙しくなるのだろうかと今一度考えてみました。「教育」という観点からは以下の「組合わせ」が考えられます。
1 教師が優れている・生徒(学生)も優れている
2 教師が優れている・生徒(学生)がまるでダメ
3 教師がまるでダメ・生徒(学生)は優れている
4 教師がまるでダメ・生徒(学生)もまるでダメ
ハーンは1の「組み合わせ」の人生を送ることが出来た幸せ者。教え子がその後大活躍。従って、我々はハーンだけでなく教え子の素晴らしい業績まで勉強することとなり、そのせいで多忙を極める。(ハーンの知人・友人に関してもこの「組み合わせ」が当てはまるのでなおさら忙しくなる!)
ところで、右の《最近の情報から》で紹介しているが、先月7日からNHKテレビ「100分de名著」にて、『岡倉天心・茶の本』が4回放映された。講師は大久保喬樹東京女子大学教授で、氏による『新訳茶の本』もある。
『茶の本』(全7章)は、近代欧米の物質主義的文化に対して、東洋の伝統的な精神文化の奥義を説き尽くす、天心の文明思想のエッセンスを示す一冊で、天心の先見性が最も感じられるものの一つが、「自然との共生」というテーマである。「茶道」の訳語に、“tea ceremony”ではなく、“teaism”という造語をあてている。そこには、茶が単なる儀礼にとどまらず、“Taoism(道教)”や“Buddhism(仏教)”と同じ宗教的なレベルにまで達するものであることを示す意図があったのではないか、と大久保教授は語る。第3章「道教と禅」で、天心は、物事の大小に区別はなく、小さいものの中に偉大なものが宿り、日常的なものの中に深遠な世界がある、と説く。何と、ブレイク(「無垢の予兆」)やハーン(「草ヒバリ」)と通底する思想であることよ!!
【1】《最近の情報から》: 過去のものを含む
・被爆地から反戦平和の思いを発信し続けた画家四国五郎さん(昨年3月89歳で死去)の小品展「わが街ひろしま」、広島市中区の市まちづくり市民交流プラザで(1月12日〜23日)⇒4月に開催される「四国五郎追悼・回顧展‘優しい視線・静かな怒り’」(4・8〜20、旧・日本銀行広島支店)のプレ展示。〈Mr.Furo’s residenceから四国さんの自宅までwithin a
stone’s throw〉
・NHKテレビテキスト「100分de名著」、2015年1月は『岡倉天心・茶の本』1月7日〜28日(毎週水曜日)、講師は大久保喬樹(東京女子大学教授)
・1月21日BS-TBS「美しい日本に出会う旅・松江―冬、味わい深き出雲へ」
語り:勘九郎(街道をゆく)20.00〜
・広島に春を告げる美の祭典「再興第九十九回院展」1月22日〜2月3日
福屋八丁堀本店・広島駅前店にて
・第7回「日本バラッド協会(の講演)」3月26日、関東学院大学関内メディアセンターにて。14:45「ハーンとバラッドをめぐって」光畑隆行・宮原牧子両氏の対談(司会は山中光義氏)
・この春、鎌倉に八雲顕彰の拠点が出来るとか(日時など不明)
【2】《読みたい本》:根岸磐井『出雲に於ける小泉八雲』(松江八雲会、昭和5)
ハーンの麗筆故か、松江では明治32年から外国人客の訪問が激増した。1914年(大正3)八雲旧居として知られる根岸邸の御当主根岸磐井は、旧居の保存と記念館建設の構想を持ち、案内パンフレット「小泉八雲旧居の記」を印刷した。大正9年ハーンの17回忌法要を行い、『出雲に於ける小泉八雲』を書き始める。昭和4年の25回忌法要を記念に上梓を決める。初版(昭和5年)の表紙には“出雲に於ける”でなく“松江に於ける”となっている。小泉八雲に関する著書としては、田部隆次のものが早稲田大学出版部から大正3年に出ているが、根岸氏のものは“松江版”の走りである。残された少ない資料で苦心惨憺しながらの著述には、唯々頭が下がるのみ。復刻出版を願うや切なる次第。
【3】《次回の予定》: 3月7日(土)
【4】《事務局の本棚に加わった本》:
・石村春荘『出雲のわらべ歌』(自費出版、昭和38)100部限定
・赤崎勇『青い光に魅せられて』(日本経済新聞出版社、2013)
・斉藤環『ヤンキー化する日本』(角川oneテーマ21、2014)
・山岸俊男『心でっかちな日本人』(ちくま文庫、2010)
・内田樹『呪いの時代』(新潮文庫、平成26)
★William Blake(1757−1827)のAuguries
of Innocence「無垢の予兆」:
To see a World in a Grain of Sand
And a Heaven in a Wild Flower,
Hold Infinity in the palm of your hand
And Eternity in an hour.
(一粒の砂に世界を 野の花に天を見るために てのひらに無限を ひとときに永遠をとらえよ)←全132行から成る詩の最初の4行
今月のニュース第1面において、NHKテレビテキスト「100分de名著」、2015年1月号『岡倉天心・茶の本』を紹介した。天心は、第3章「道教と禅」で、物事の大小に区別はなく、小さいものの中に偉大なものが宿り、日常的なものの中に深遠な世界がある、と説いている。
天心は、中国の老荘思想を出発点にそれを引き継いだ道教、さらにそれを引き継いだ禅が、茶道を支える哲学の系譜であると論じる。その具体的なポイントは、一つは不完全性の美学、もう一つは相対性の認識である。
道教では、真理というものはある一定の教義や形に限定されるものではなく、様々に姿を変えて現れ得るとされる。つまりは相対性である。
禅が東洋思想に特に貢献したのは、日々のありふれた暮らしに宗教儀礼などと同様の重要性を認めたことだった。この世の物事を結び付けている広大な相関関係からみれば大小の区別などはとるにたらず、一個の原子のうちには宇宙全体に等しい可能性が内包されていると説いたのである。
上記の考えは、ブレイクやハーンの考え方と非常に似通っている。ハーンの「草ひばり」や「阿弥陀寺の比丘尼」に登場する“小さきもの”、さらに上掲のブレイクの詩「一粒の砂に世界を見る」(「一」と「多」の同時的把握)などは、天心の考え、そのものと言ってよい。
★太田台之丞(1868−?):
御承知の如く、「第一次八雲会」が創立したのは1915年(大正4)6月25日(於:松江商工会議所)である。
1995年11月20日に八雲会が出した「第一次八雲会略史(草稿)」(原稿担当は野津直久氏)があり、それに拠ると、1914年(大正3)9月26日、(八雲会)創立発起をしたのは、太田台之丞、山本庫次郎、桑原羊次郎、落合貞三郎、大谷正信、米村信敬の6氏となっている。
『へるん』20号に本田秀夫氏の「第一次八雲会のことーその創立と業績ー」が載っていて、太田台之丞氏の話が紹介されている。
「私は松江図書館長を11年ばかり勤めたことがあるが、その頃ヘルン先生の日本を礼讃せられた本を見て、学者なり世間なりが名文であり世界的大家であると賞讃の辞を呈し出した。そこで一面には小泉家を継いだ人でもあり、殊に節子夫人は此の地方の人で先生に貞節を尽くされた人であるから、図書館としても黙っているべきではない。今から25年前大正4年と思うが、9月八雲会というものを起こした。これが八雲会の元祖である。これは当然図書館の仕事である。今の市立図書館―その頃は私立であった―その2階で大正4年9月26日初めて八雲会を創立した。」
(第二次)八雲会の初代会長・本田秀夫氏は、さらに太田台之丞氏の略歴に触れている。―「松江商工会議所40年誌」(昭和9年)からの引用―
・明治元年(1868)松江市雑賀町に生まれ、松江中学中退、東京専門学校政経学部中退、
・同23年(1890)山陰新聞社に入社、記者、編輯長、主筆に累進。この年8月末、ヘルン松江着。
・同30年(1897)10月松江商業会議所書記長就任。
・明治42年から大正8年までの11年間松江図書館長(推定)
・大正2年10月から同5年までの間(1913−1916)山本銀行松江支店長、簸上鉄道(株)創立事務長、同社支配人等。
・同7年(1918)松江商業会議所書記長、
・同15年(1926)退職。
(追加)昭和15年松江中学校英語科が発行した『座談会旧師小泉八雲先生を語る』に拠ると、太田台之丞氏は前年9月26日の座談会に出席しておられる。
Cf.「第一次八雲会」の資料を探していると、ハーン没後100年記念の翌年、第53回ハーンの会のニュース(2005・1・8)に、第一次八雲会、第二次八雲会のことに触れた記事を事務局が既に書いていたことが判った。
★八雲旧居の根岸道子氏が発表された本が二冊(一冊はパンフレット)ある。
@『ヘルン旧居覚書―歴史遺産と根岸家』(北大阪オール印刷、平成9)小冊子
A『お濠端に暮らす』(北堀美術館、2005)
八雲旧居(根岸家)を訪問すると、「小泉八雲と根岸家」、「旧居観覧の手引き」、「文学者小泉八雲について」と極く簡単な解説が載る「小泉八雲旧居しおり」なる用紙一枚の資料が貰える。詳しく知りたい者には、上記@Aという貴重な資料が出ていた。ところが残念なことに、旧居および八雲記念館に問い合わせてみると、両書とも販売・取扱いはしていないとのこと。折角の貴重な資料、今なお需要は多い筈だ。何とかならぬものか??←松江市観光課の怠慢!?