171回「広島ラフカディオ・ハーンの会」ニュース  (2014118発行)

 

事務局は幼児期より、机にきちんと坐って本を読んだり、物を書いたりすることが苦手だ。本などは大抵夜間蒲団に入ってから、両腕を枕の上で組み、うつ伏せになったままで、蛍光灯スタンドの下で読むことを習慣としている。親にはよく注意されたが、いつかあの大学者の金田一京助先生が同じポーズで勉強されていると知ってからは、断固としてこの姿勢を保っている。そして寝る前に枕元の紙切れに何か書きつけておくこともある。先日下記のごとき妄想を書き置いた紙片が偶々出て来た。独断と偏見の代表例だが、お見せする。

“ボケ”のことを何時から「認知症」と言うようになったのか知らないが、事務局の固い頭脳(blockhead)では“ボケ”という表記法の方が正しく正体を定義しているように思える。それに音声的にもこの方が遥かにユーモアがあって、好きである。カタカナで表記できる利点もある。(こんな屁理屈を云うのは、既に“2ンチショウ”から“3チショウ”に進んでいる証拠か?!

よく“ボケ”て忘れてしまった、などと言い訳で誤魔化している御仁もおられるが、実態は元々知らなかったことの方が多いのが正解であろう。しかし、齢を重ねるにつれて、「知らなかった」ことの利点が俄然分かってきた。学力下位で情けない思いをした分だけ、老後はバラ色になることに気がついた。知らないからこそ発見の喜びが大きいのだ。したり顔の早熟学力優等生には到底味わうことの出来ない人生の歓びが此処にはある。毎日を新鮮な気持ちで迎えられる幸せは何物にも代えがたい。これは年を取って初めて実感できる無上の贅沢というものであろう。(“ボケ”ていて、以前紹介した文かも知れぬ???

 

広島文芸懇話会を主宰する稲田公子さんから久しぶりの案内(10月例会のお知らせ)が届いた。広島文芸懇話会は19878月にスタートした講演会であり、広島の文化度を高めるべく、各分野の識者がそれぞれの時節に相応しい話題について語って来た著名な“集い”だ。平成229月には、市内のアステールプラザで200回記念会を開いている。17日の例会は、浅野日出男氏(元山陽女子短期大学教授)の講演「『とはずがたり』と広島」が広島市まちづくり市民交流プラザで開催。事務局は出席の予定だが、添え書きにある「12月に懇話会の終止符を打つ事になりました」が気になった。主宰の稲田女史の体調不良なのか、それとも会の運営(体力?)に限界が来たのであろうか。

わが「広島ラフカディオ・ハーンの会」も一応150回位という目標に達したが、その際思い切って終止符を打つ勇気もないまま惰性で今日に至っている。しかし、最近頓に痛感し始めた体力・脳細胞の衰退という深刻な問題もあり、果たしてあと何回持つやらと危惧している次第。

 

 

1】《最近の情報から》: 過去のものを含む

・『八雲』第26号(焼津・小泉八雲顕彰会)926

・第48回ヘルンをたたえる青少年スピーチコンテスト(928日)

・『湖都松江』「新作怪談」の森岡隆司さん(広島市)など優秀作8編を発表

・山田太一講演会(1011日、14:0015:00)「八雲の魅力」松江市総合文化センタープラバホール

・「八雲の帰郷〜佐野史郎&山本恭司朗読ライブ〜」1013日、午前9.5510.50RCC)および1019日、正午〜0.54BS-TBS

・広島・アイルランド交流会、第12回例会(1016日)広島留学生会館

テーマ「映画史上もっとも美しい作品『バリー・リンドン』に見るアイルランド」(講師:部谷京子)

・日本英学史学会・全国大会(福井大学)101819日。「グリフィスとハーン」を語る牧野陽子氏を初め、平川祐弘氏らによる講演がある。

THE RAVEN(大烏)メゾ・ソプラノと12の奏者のためのモノドラマ(コンサート形式)1030日(アステールプラザ)広島初演、19:00

・山陰文藝協会創立20周年記念、講演「文明の混淆とハーンの立場」(平川祐弘)、対談「ハーン文学の世界:日本論・怪談」など(113日)

 

2《読みたい本》:高橋哲雄『スコットランド歴史を歩く』(岩波新書、2004

スコットランドが連合王国イギリスから独立することの是非を決める住民投票が918日に実施された。反対派が55%で勝利し、英国への残留が決まった。なぜこのようなことが起こるのか、スコットランドはどのような歴史・背景を持つのか、これらを知る為の基礎知識を与えてくれるのが本書である。中世以来ハイランドとロウランドの、二つの国ともいうべき地域的分裂状況を抱えるスコットランド、16世紀の宗教改革の影響、1707年の合邦による国家の消滅等々によって形成された国民意識は今後どうなって行くのか。読んでみたい一冊だ。

 

3《次回の予定》: 126日(土)

 

4《事務局の本棚に加わった本》:

Battles By Sea  by E. Keble Chatterton, New York:The Macmillan Co. 1925

・柳宗悦『日田の皿山』(日本民藝館、昭和30

・門田隆将『死の淵を見た男』(PHP2012

・栩木伸明『アイルランドモノ語り』(みすず書房、2013

・鳥飼玖美子『英語教育論争から考える』(みすず書房、2014

 

 

ハーンと英語教育

On summer nights we hear the sound of faint voices; and little things come and sting our bodies very violently. We call them ka,in English ‘mosquitoes.’ I think the sting is useful for us, because if we begin to sleep, the ka, shall come and sting us, uttering a small voice;then we shall be bringed back to study by the sting.(夏ノ晩、ボクラハ、カスカナ声ノヒビキヲ耳ニ聞ク。スルト、小サナモノガヤッテキテ、チクリトカラダヲ刺ス。コレヲ蚊ト呼ブ。英語ノ「モスキトーズ」ダ。ボクハ蚊ニ刺サレルコトハ、有益ナコトダト思ウ。ナゼナラ、ボクラガ眠気ヲモヨヲシテクルト、蚊ガヤッテキテ、小サナ声ヲタテナガラ、チクリト刺ス。ソコデ、ボクラハ刺サレタタメニ、マタ勉強ニモドレルカラダ。―平井呈一訳)

 

 ご存じ「英語教師の日記から」の中に採録されている「蚊」に関する16歳の中学生徒の英作文である(文中にはbringedなど、間違った単語の使い方も見られるが、これは日本人の間違いやすい動詞の変化を外国に紹介することも兼ねていたのかも知れない)。ハーン自身ニューオーリンズ時代、「アイテム」紙に同じ様な蚊の効用について書いているので(『―! ―!! MOSQUITOES!!!』)、余計に親近感を覚えたのであろう。昆虫を愛するのみならず、昆虫との触合いから必ず何か教訓を引き出すことに長けていたハーンならではのopen mindedness と禁欲的な面が窺える。

 

★ハーンの伝記として最もよく知られているのは、田部隆次『小泉八雲』第四版(北星堂、1980)〈第一版は大正3年に早稲田大学出版部から出版された〉とE・スティーヴンスン著/遠田勝訳『評伝ラフカディオ・ハーン』(恒文社、1984

であろう。後者の元々のタイトルはLAFCADIO HEARN by Elizabeth Stevenson (THE MACMILLAN COMPANY New York 1961) となっていた。ところが、事務局が最近入手したものにはTHE GRASS LARK A Study of Lafcadio Hearn, Elizabeth Stevenson WITH A NEW INTRODUCTION BY THE AUTHOR [TRANSACTION PUBLISHERS: NEW BRUNSWICK (U.S.A.) AND LONDON (U.K.), 1999] と記されている。そしてIntroduction の一部には―He wrote often of small things, but with the most exquisite appreciation of how much small things might matter.When reading a major part of Hearn’s literary production, it is not uncalled for to think of him as a ” Grass Lark.” と記されている。

 いわずもがな、名作「草ひばり」でハーンが用いた“grass lark”をいかにも巧妙にタイトルに転用したものであることは明らかである。

 

《バック・パッカー(旅に暮らす人)の元祖・ハーン》:D

島根県で英語教師の職を得たハーンは、明治23年(18908月下旬真鍋晃を伴って松江に赴く。東海道線新橋〜神戸間は前年の1889年の7月に開通していた。大久保邦彦・三宅俊彦編『鉄道運輸年表』〈増補版〉明治2年〜昭和62年(’87「旅」3月号別冊付録)によると、“新橋―神戸間1往復下り20時間5分運転(明治274月には時刻改正で約30分短縮)”とある。そして明治27年発行の『汽車汽船旅行案内』(庚寅新誌社)の時刻表では、新橋発午前620分に乗ると、翌朝151分着の直行便があった。一方八雲会[]『へるん今昔』(恒文社)では、銭本健二氏が次のように記述している。

“『日本国有鉄道百年史』によると、新橋―神戸間の全線が開通したのが、明治2271日であった。その時の列車時刻表を見て、ハーンの旅程を推測してみると、横浜発午前655分、京都着午後1120分となる。夜行列車はないので、京都で一泊し、午前8時に発つと神戸に午前1058分に着くことになる。横浜を早朝発って、翌日、午前中に神戸に着いたと考えてよいであろう。”

(ここで一言、10月のニュースで、「18897月、官設東海道線新橋〜神戸間が全通、東京〜大阪間11時間55分」と書いた。これは老川慶喜著『日本鉄道史 幕末・明治篇』(中公新書)p.110を参照して書いたものだが、老川氏の記述がどうも怪しい。上記の内容からしても少し時間が短すぎる。訂正削除してお詫び申し上げる。)

 ハーン一行が京都で一泊したのか、それとも神戸まで直行したのかは今の所不明である。更に、神戸から松江までの4日間の旅(人力車・汽船)だったのか、途中姫路に立ち寄ったのか、これも不明である。石川一夫著『碧眼の良寛』(修道社、昭和46)に書かれた、赴任の途上姫路中学校教師エドウィン・ベイカーを訪問したとの記事がどうも気にかかる。

 

★小泉八雲没後110年の特集記事満載の松江文化情報誌『湖都松江』28号が9月に発行された。新作怪談の優秀賞8編も発表されていて、ハーン愛好者には必読の書といってよい。但し、素晴らしい編集だが、一言苦言を呈しておく。

山田太一氏と出久根達郎氏の講話が載っている。いずれも明治大学で平成264月に行われた講話を文章化したもので、文責は「湖都松江」編集部にあると明記してある。まことに残念ながら、山田氏はハーンが混血の女性(マティ)とニューオーリンズで3年間同棲していたと述べ、出久根氏は大阪朝日新聞の記事によってハーンが『生神様』を書いた、と述べている。この辺りの大きな誤りは予め両氏の了解を得て、編集部が訂正しておくべきであったであろう。勿論両氏のミスではあるが、印刷されてしまうと、後々まで恥を残してしまうことになる。ひよっとして編集部もミスだと知らなかったのであろうか?!