170回「広島ラフカディオ・ハーンの会」ニュース  (2014104発行)

 

 去る820日(水)夜半から未明にかけて約3時間、広島市安佐北区、安佐南区を局地的に襲った凄まじい豪雨と雷は、まさに想定外かつ未曾有の甚大なる被害を齎しました。多くの尊い命が犠牲となり、また今なお避難を余儀なくされている方々も大変な数に上っています。犠牲となられた皆様には衷心よりご冥福をお祈りすると共に、被災された皆様には心よりお見舞い申し上げます。(およそ1ヶ月後の918日になって、安佐南区八木3丁目で最後の行方不明者となっていた女性の遺体が発見され、死者数は74人になった)

 

さて、秋も深まって参りました。シャンソンの「枯葉」などのメロディーが、自然に脳裡に浮かんで来る昨今です。事務局は年来古いカセット・テープの「BEST NOW ナット・キング・コール」(片面10曲ずつを収録)を愛蔵し、秋になるとそれを取り出して連日聞き惚れています。パソコンでこのニュースを打っている間も、机の傍ではナット・キング・コールがあの絶唱“STARDUST”を歌ってくれています。(因みに、この曲は1927年ホーギー・カーマイケルが恋人ドロシーを想い出して作曲したもので、歌詞はその2年後にミッチェル・パリッシュによって作られた。初めて歌ったのはルイ・アームストロング。)

 

And now the purple dusk of twilight time

Steals across the meadows of my heart

High up in the sky, the little stars climb

Always reminding me that we’re apart

 

You wandered down the lane and far away

Leaving me a song that will not die

Love is now the stardust of yesterday

The music of the years gone-by

 

 何とロマンチックな歌なのでしょう。メロディーも詩も実に素敵です。その昔、「シャボン玉ホリデー」というTV番組の終わりにザ・ピーナツが歌っていたのを思い出します。戦中派の事務局は、最近の歌手が歌う歌はお手上げです。ただリズムのみに頼って平板で早口、歌詞は殆ど聞き取れず、内容理解は不能で、何語で歌っているのか、歌の良さは皆目わかりません。それに比べると、少し前までの歌は流石に歌詞の詩的な美しさが伝わってきて、眼を閉じていつまでも聞いていたい気になりますネ。

 

 

1】《最近の情報から》:

201211日に81歳で他界された田村一郎先生の蔵書が8月末で一括売却された。幸いなことに、事務局は先生の形見として、KOIZUMI EDITION GLIMPSES OF UNFAMILIAR JAPAN 1 &2 LAFCADIO HEARN V & VI)を頂いた。(因みにこのEDITION は全16巻で、貴重本である)

・浮田先生「平成26年度7月美保関の旅」…先月の例会で

・小泉凡「ギリシャ小泉八雲没後110年記念事業を終えて」(松江中央新報)

先月の例会で古川先生より頂く。→記念事業の3つの目玉:@レフカダ文化センター内に「ラフカディオ・ハーン・ヒストリカルセンター」がオープン A「オープン・マインド」の意味を9人のパネリストが検証 B朗読ライブと「雪女」の公演

915日(月)〈敬老の日〉1:052:15 NHKアーカイブス「再発見小泉八雲の世界」(総合テレビ)があった。

 

 

2《読みたい本》:小西正泰『虫の文化誌』(朝日新聞社、1992

朝日選書の1冊で、同じ著者にはもう1冊『虫の博物誌』なる著書がある。『小泉八雲事典』(恒文社)の「虫」の項(p.630)には4点の参考文献の中に上記の『文化誌』が載せてある。VI「文学者と昆虫」の冒頭に小泉八雲を紹介しているが、著者は“八雲の昆虫文学のなかで、とりわけ評価の高いのは珠玉のエッセー「クサヒバリ」と、江戸時代の虫売りの歴史について書いた「虫の楽師」ではないだろうか“と述べている。フランス文学者・作家の奥本大三郎氏が巻末の”解説“の中で、小西氏を世に称する「虫の本の四天王」の一人に挙げている。虫に関する蔵書の分量は気の遠くなる程らしいが、小西氏の関心は虫と人との関わりにある、という。確かに、虫に纏わる人間の”精神生活“についても詳しく述べられている。虫嫌いの人も読みだしたら面白くて途中で止められなくなること請け合いの1冊である。

 

3《次回の予定》: 118日(土)

 

4《事務局の本棚に加わった本》:

・百年文庫84『幽』ワイルド・サキ・ウォルポール(ポプラ社、2011

★サキ「ガブリエル・アーネスト」(浅尾敦則訳) 浅尾氏の恵贈

・奥本大三郎『ファーブル昆虫記』NHKテレビテキスト・100de名著、

NHK出版、20147月)

・行方昭夫『身につく英語のためのA to Z』(岩波ジュニア新書、2014

OLD POND(古池に飛びこむ蛙は何匹?)がある。 丹沢氏の恵贈

 

 

ハーンと英語教育

Though at first sight Occidental civilization presents an attractive appearance, adapted as it is to the gratification of selfish desires, yet, since its basis is the hypothesis that men’s wishes constitute natural laws, it must ultimately end in disappointment and demoralization.…(一見すると、西欧文明というものは、利己的な欲望を謳歌満足させるには適しているから大変魅力的に見えるけれども、しかしその基盤となっているものは、人間の願望は自然の法則に即しているという臆説なのだから、究極は失意と道徳の荒廃に終わるに違いない。…)

ご存じ「日本人の微笑」の中で、翻訳された鳥尾小弥太子爵の論文をハーンが好意的に引用したもの。云うまでもなく、西欧文明をモデルとして近代化を量る日本に警告を発しているものである。所で、selfishnessと日本古来の謙譲とを小学校からの英語教育がどう折り合いをつけるのかは、見ものである。

 

★インターネットのYou Tube に、「草雲雀の鳴き声」(再生時間:0.112011921投稿、浜方工房)があり、草雲雀の鳴き声が聞ける。「秋の虫の鳴き声を聞きわけるソムリエなんているのかなと思いつつ、山田緑地にいる、草ヒバリ君の声を録音してみました…」とある。是非一度、You Tubeを開いて試しに聞いてみて欲しい。草雲雀は音色が鳥のヒバリの鳴き声に似ていることから付いたものだが、また早朝によく鳴くため、「朝鈴」の別名でも呼ばれている。雄が“チリリリ”(あるいは“フィリリ”)と美しく鳴く。

 

915日のNHKアーカイブス「再発見小泉八雲の世界」(総合テレビ)には小泉凡氏も出演、“海外でも(ハーンの)認知度が高まる理由は?”が問われた。その際の小泉凡氏の指摘には次の4つがあった。

@ハーンの生立ち(異文化へのアプローチ)

A今見直される日本人の自然観(open な心。共生)

B海外からの注目(ギリシャでの記念事業、ハーンのmuseum open60名以上の日本人参加)

C9.11がきっかけ(open mind という精神性は未来を見据えたもの)

 

★前回“カバヤ児童文庫の小泉八雲著『耳なし芳一』(昭和29328日発行)は山宮允訳のものと同じ、と書いたが、藤森ご夫妻に頂いたコピーを読むと、内容が全然違うことが判明した。山宮允訳はわずか17頁だが、児童文庫の方は、109頁もあり、挿絵も異なっている。誰か(山崎寿子さん?)が、やさしい物語に書き改めたものであろう。

 

《バック・パッカー(旅に暮らす人)の元祖・ハーン》:C

 明治23年(189044日(Good Friday、受難祭の日)横浜港に入港したハーンは、「自分は此処で死にたい」と言った。(ウェルドンは「自分は此処で生きたい」と述べた。)山下町のケアリホテルに荷物を預け、その日のうちにビスランド女史から貰った紹介状を持ってマクドナルドを「グランドホテル」に訪問、食事を共にした。「てらへゆけ!」を開始、人力車を雇って神社仏閣を巡る。市内の或る寺で真鍋晃と知り合う。ウェルドンとは別行動をとることに決める。ハーパー社に絶縁状を送る。ウェルドンの方が自分より条件が良いことを発見したからである。真鍋晃の案内で鎌倉・江の島に出かける。

 チェンバレン、服部一三、フェノロサなどの世話で島根県での英語教師の職を得ることになるが、その前に横浜にあるヴィクトリア私立学校でエドワード・クラーク(後京都帝大教授)に数週間作文の個人指導を行う。719日、東京で島根県知事籠手田安定と契約を結ぶ(直接の契約交渉は毛利八弥事務官)。

 8月下旬真鍋晃を伴って松江に赴くが、東京から姫路までは汽車で行った。

ところで、世界で初めて本格的な鉄道が開業したのは、イギリス産業革命の最終局面にあたる1830年(文政13)のことで、リバプール〜マンチェスター間45マイルである。日本は新橋〜横浜間が1872年(明治5)に開業。そして、ハーンが松江に赴任する1年前、18897月に、官設東海道線新橋〜神戸間が全通したのである。東京〜大阪間11時間55分(旧幕時代は19日かかった)。

 

★ハーンが英訳した俳句で屡々話題を提供するのが、芭蕉の「古池や蛙飛び込む水の音」の英訳であることはよく知られている。“Old pond frogs jumping in sound of water”で、この訳は「蛙」が複数形になっているということで、後に様々な議論を呼んだのである。

 ところで、上の英訳は1898年にLittle, Brown, and Co., Bostonから発行されたExotics and Retrospectives(初版本)やTuttle edition p.164 に載っているものである。『小泉八雲事典』の「俳句」の項にもそれが引用されている。一方、Houghton Mifflin(臨川書房)から出ている「ハーン全集」には、jumping のところが“jumped”となっている。有名なOne Hundred Frogs (1983)、豊田昌倫『英語表現をみがく』(講談社現代新書)でも“jumped”である。梶谷泰之『へるん百話』の81番には「ジャンプト」と書かれている。

 いままで「蛙」の複数形にばかり注目して、「飛び込む」方の英訳、jumping jumpedの両方があることに気付かなかった。先日東京の丹沢氏から「どちらが正しいのか」との質問に、初めて上記の事に気付いた次第。

 序でながら、行方昭夫氏の近著『身につく英語のためのA to Z』(岩波ジュニア新書)にも、“jumped”を使ったハーン訳が紹介されている(p.100)