166回「広島ラフカディオ・ハーンの会」ニュース  (201467発行)

 

 ご存じのごとく、「広島ラフカディオ・ハーンの会」が誕生したのは平成12年(20007月である。その年6月中旬に八雲会はギリシャ・レフカダ町への親善訪問を計画した。当時の銭本健二八雲会会長以下45名が参加し、大きな成果を収めたことは記憶に新しい。

 あれから早くも14年が経ち、今年はハーン没後110年の記念すべき年に当たる。この間の“ハーン現象”の広まり、高まりには目を見張るものがある。嬉しい限りであるが、7月には再びギリシャツアーが計画されている。ハーンの生誕地レフカダで開催されるシンポジュウムが成功裡に終わり、ギリシャ発信の“Open Mind”が益々人々の心に浸透することを衷心より祈る次第である。

 

 中国地方初のガス事業者として、100年以上に亘ってガスを提供し続けているのは広島ガス(資本金329100万円、従業員693人)である。田村興造社長(62)は、早稲田大学大学院修了後入社、2010年からの現職である。

427日(日)の中国新聞紙上で、広島県内の大学生リポーター2人が田村社長に、エネルギー業界の魅力や仕事に対する考え方、若者への思いを聞いた。そのインタビュー記事が大きく掲載されていた。一部を紹介する。

 ―印象に残る経験を教えてください。

 (前略)契約書や交渉の多くに英語を必要とした。35歳を過ぎてから中学校の教科書を引っ張り出し、今では英語で雑談もできるようになった。勉強に「遅い」ということはない。

―どんな学生生活を送っていましたか。

 私は理系学部出身だが文系学部に友人が多く、文学青年だった。哲学関係の書物から、横溝正史の怪奇・探偵小説までいろいろ読んだ。カミュやランボーの作品を原書で読みたくて、フランス語は結構勉強した。

 ―学生時代の経験はどのように役立っていますか。

 多くの本を読み、大好きなジャズをたくさん聞くことで「感動体験」を重ねた。私は日頃から社員に「感動しようじゃないか」と語り掛けている。五感を刺激することで、仕事でも必要なひらめきや発想力が磨かれると思う。読書などを通じて教養を身に付ければ、人と話す際の引き出しを増やせる。

 

 以前から予告しておりましたが、本日は、広島市在住の翻訳家浅尾敦則氏に「翻訳家・平井呈一と小泉八雲」と題して講演をして頂きます。資料として、既に英文「茶碗の中」(和訳は勿論、平井呈一氏のもの)をお渡ししてありますので、それを参考に拝聴したいと存じます。

 

 

1】《最近の情報から》: 〈既に報告済みのものを含む〉

・松江文化情報誌『湖都松江』27号(20143

・くまもとハーン通信『石仏』No.2120144

WORLD20144)特別寄稿:芦原伸(紀行作家)の記事←丹沢氏

・「島根大学ラフカディオ・ハーン研究会」ニューズレター創刊号(412日)

・中国新聞(2014419)「八雲伝える史料100点寄贈―松江中教え子横木さん親族」

・『アイリッシュハープの残照』(424日、小泉八雲旧居)など←古川氏報告

・熊本八雲会総会(427日)

・小泉八雲記念館「ヘルンと家族」20144282015329

 (小泉八雲没後110年記念企画展)

・広島県立歴史民俗資料館(三次):荒尾努さんの平曲(429日)

・八雲会総会(松江、621日)

・日本英学史学会 中国・四国支部ニューズレター No.782014510

支部総会・研究例会(524日)サテライトキャンパスひろしま

・山陰日本アイルランド協会:総会とミニレクチャー(510日)

 

2《読みたい本》:片山哲『大衆詩人白楽天』(岩波新書、昭和31

 我々はハーンの「日本の詩瞥見」A Peep at Japanese Poetry によって、日本文学の恩人と言われる白楽天の詩を、ハーンがアメリカ時代すでに読んでいたことを知った。哀愁の詩人杜甫、豪放磊落な李白に比して、白楽天は社会詩、生活詩を歌った。社会党顧問、前内閣総理大臣片山哲氏が白楽天を愛し、上記の著作を物したのも無理はない。「八月十五日夜禁中 独直…」の和漢朗詠集を初めとして、平家物語、方丈記、そして紫式部、清少納言、菅原道真、与謝野晶子などと白楽天との関係を今一度考えてみることも無駄ではなかろう。この新書には郭沫若氏の「推薦の序」もついている。

 

3《次回の予定》: 75日(土)

 

4《事務局の本棚に加わった本》:

・阪田寛夫『まどさん』(ちくま文庫、1993

・川合康三訳注『白楽天詩選』上・下(岩波文庫、2011

・升井紘『歌人 中村憲吉とふる里布野』(シンセイアート、平成26)謹呈

Lafcadio Hearn, Out of the East, Leipzig, Bernhard Tauchnitz, 1910

・鈴木牧之編撰『北越雪譜』(岩波文庫、1978改版)

・岩井寛『作家の墓を訪ねよう』(同文書院、1996

 

 

ハーンと英語教育

Your letter has set me to thinking of my own boy-existence in London. I was rich thereand poor. At fourteen or fifteen I lived in the West End, and played with nice lads. At seventeen I found myself very poor and without prospects in London: then I lived near the old Blackfriars’ Bridge, and passed my lonesome days and nights in long walks by the Thames Embarkment.

(君の手紙は、私自身のロンドンでの少年時代の生活を思い起こさせました。私はそこでは豊かでした―そして貧しかったのです。145歳の頃は、ウェスト・エンドに住み、素敵な少年たちと遊びました。17歳の時、非常に貧しくなり、ロンドンで上手くゆく将来性がありませんでした。そこでは、古いブラックフライヤー橋の近くに住んでいて、昼も夜もテムズ河畔を寂しく歩きまわったものでした。)

190278日、東京の西大久保村から英国留学中の茨木清次郎へ出したハーンの手紙の一部である。ハーンが自らのロンドン時代について記した、数少ない貴重な資料となっている。現在富山大学附属図書館に収蔵されている。

 

★前回の例会で、『小泉八雲事典』所収の「平井呈一」(小泉時氏による解説)を読んだ。全訳『小泉八雲作品集』全12巻完成による、日本翻訳文化賞の受賞のほか、海外怪奇小説の紹介、永井荷風との親交、佐藤春夫の翻訳への協力、さらに小泉一雄との意気投合などを知った。参考書目としては重なる部分もあるが、事務局の手元にあるものを23つけ加える。

 

・平井呈一『小泉八雲入門』(古川書房、1976

・岡松和夫『断弦』(文藝春秋、平成5

・中島河太郎・紀田順一郎編『現代怪談集成』【下】(立風書房、1982

・『平井呈一句集』(無花果会世話人、昭和61)非売品

・平井呈一【訳】『怪奇小説傑作集1』英米編1(創元推理文庫、2006)新版

・平井呈一『真夜中の檻』(創元推理文庫、2000

・永井荷風『来訪者』(筑摩書房、昭和21

・東雅夫編『文豪怪談傑作選・昭和篇・女霊は誘う』(ちくま文庫、2011

 

3月に鉄森令子さんが東京に行かれ、その際、上野の元帝国図書館(2000年からは「国際子ども図書館」)の玄関前にある八雲像を見て感激されたとの報を受けました。それに関して『へるん』第1号(昭和40925日発行)に、“旧八雲会のおもいで”と題して、和田正則氏が書いておられるものが残っている。その一部を紹介します。(p.13

「土井晩翠先生の長男英一君は25歳の若さで病魔に勝てず、この世を去りましたが命旦夕に迫ったのをさとって書いた遺書には八雲に対する熱い思慕の情がこめられており東京の何処かに八雲の銅像を建ててもらいたいと父に云い遺していました。父晩翠は長男の切なる願いを叶え東京上野の杜、帝国図書館の玄関前に立派な像を建立されたのは昭和1071日のことで、その写真が石倉市長の手を経て記念館に飾ってあります。」

 

★来年2015年は八雲会創立100年記念の年です!! Cf.「八雲会の歩み」

「富山八雲会ニュースレター」第2号(2002101)の“日本から世界から”欄に次の記事が読める。

【今回は我等が「富山八雲会」の兄貴分(?)である『八雲会』を紹介します。1915年にラフカディオ・ハーンの教え子である大谷正信、落合貞三郎らは、毎年恩師「ヘルン先生」の命日である926日に、ハーンが島根県尋常中学校の英語教師として働いていた頃の旧居である根岸邸に集まりました。この集まりが発展し、一つの組織に成長したのが『八雲会』です。第2次世界大戦と戦後の混乱のためにその活動は中断されましたが、1965年に本田秀夫氏と島根大学関係者によって再開されました。国内・国外にわたって広がる会員は約350名、そのうち約40%が松江や出雲在住者。毎年発行している雑誌『へるん』は今年で39号となります。他にハーン関係書籍類の発行、「ヘルンをたたえるスピーチコンテスト」、「八雲忌句会」等々の主催など広範な活動をしています。この春急逝された銭本健二先生の後を受けられたのが伊藤亮輔会長、事務局は小泉八雲記念館内にあります。】

 

★《最近の情報から》に紹介しているが、去る429日、三次の広島県立歴史民俗資料館で荒尾努さんの平曲弾き語りがあった。彼は平曲を通して“日本の素晴らしさ、心に触れてほしい”と説いている。彼の提唱する「日本の和ごころ」を3項目に纏めたものがあるので、転載します。

@日本語の美しさ(日本語独自の情景描写などの美しさ。言霊。)

A日本の歴史、文化を知る大切さ(自分の国の歴史、文化をしることの重要性。)

B想像力の豊かさ(耳で聞いて、頭で想像する。想像力の無限性。)

 

★前回「出雲への旅日記」Iを読みました。離松以来5年ぶりに、小さな蒸気船で松江を再訪すると、やや色の薄くなった松江大橋以外、町の古風な趣も昔のままだったとの感想。松江大橋に関しては、189143日に開通式があり、ハーンは西田千太郎と共に借家の二階からそれを眺めたのであった。(因みに、ハーンが根岸邸へ転居したのは、その年の622日である。)