165回「広島ラフカディオ・ハーンの会」ニュース  (2014510発行)

 

NHK漢詩紀行』(日本放送協会)という表題の、全5冊から成るNHK取材グループによる漢詩世界の本がある。今も同じものが続いているのか否か定かではないが、昔早朝とかにNHKテレビ(総合、教育、衛星第2)で放映された朗読漢詩番組の書籍化である。(発行は1991年〜1996年)

 第1冊目「2 愛・友情をうたう」の中に、白居易の「八月十五日夜禁中 独直対月憶元九」(八月十五日の夜禁中(きんちゅう)(ひと)(とのい)し月に対して元久(げんきゅう)(おも)う)という有名な七言律詩“銀台金闕夕沈沈/独宿相思在翰林 三五夜中新月色/二千里外故人心 渚宮東面煙波冷/浴殿西頭鐘漏深 猶恐清光不同見/江陵卑湿足秋陰”― が載っている。

仲秋の明月の夜、宮中にひとり宿直した白居易が、親友の元稹(げんじん)を思いやった作である。欄外の注には、“「三五夜……」以下の頷聯(がんれん)の対句がこの詩の眼目。一字一字をぴたりと対応させ、鮮やかな月光としのばれる親友の心とを対比させて実に巧みで、我が国でも「和漢朗詠集」などに収められている”とある。

頷聯とは、上記下線部の対句“今宵十五夜、のぼったばかりの明月に/二千里の彼方にいる君の心がしのばれる”という意味の箇所を指す。

 前回の例会で、『ラフカディオ・ハーン著作集』第5巻所収「日本の詩瞥見」A Peep at Japanese Poetry を読んだ。ハーンが「タイムズ・デモクラット」紙(1883527日)に発表したものである。これは、レオン・ド・ロニーの『詩歌撰葉』を紹介した画期的な記事だが、西洋と東洋の非類似性を述べたあと、人の情はどの土地でも同じ(普遍的)であることの証明として、先に挙げた白居易の七言律詩にある頷聯を紹介しているのである。

 高校時代に「古典」の授業で、『和漢朗詠集』という本の名前は聞いたことがあるが、中身はおろか岩波書店の「日本古典文学大系」を手に取って見たこともない。『広辞苑』には、「詩歌集。藤原公任撰。2巻。1012年(寛弘9)頃の成立。白楽天・菅原文時らの漢詩文の佳句を588首(多くは七言二句)とり、紀貫之・柿本人麻呂らの和歌216首を添える。春・夏・秋・冬・雑に分類し、朗詠の用に供した。佳句麗藻の集として広く愛読された。」とあり、実際調べてみると、804首のうちの242番目に先の白居易の詩の頷聯が採録されていることが判った。『源氏物語』の「須磨」でも、光源氏がこの対句を暗誦する箇所が登場することも確認できた。まさにハーン先生様々、感謝々々である。

 實(げ)に、無知なる者こそ幸いなるかな。前途には常に発見という喜び・至福の大海原が無限に広がっているのである!!

 

1】《最近の情報から》: 

・平成25年度「小泉八雲をよむ」感想文作詞・詩入賞作品集。一般の部の優秀賞広島市・長松美登鯉さんの「八雲の心に寄り添って」が載る。

・英光社から『ハーン名作選集:The Best Stories of L. Hearn』(編集者は里見繁美ほか2名、2013)が出ている。←田中正道先生からの情報

・梅光学院大学大学院公開講座(315日)小泉凡「小泉八雲と現代社会〜GDPからGNEの時代へ〜」←末国和子さんの情報提供

・広島・アイルランド交流会〜聖パトリックス祭2014 アイリッシュ・ハープの夕べ〜第11回例会レポート(315日)←古川正昭先生の報告

・「小泉八雲没後110年記念事業:ギリシャ国際シンポジュウムについて」焼津よりお知らせあり。(参加者募集、レフカダ記念室への寄贈品など)

・宮城の門間光紀氏から、まちづくりNPOげんき宮城研究所「広域連携による持続的復興支援体制構築事業報告書」(平成263月)と改訂版DVD教育紙芝居「稲むらの火」が贈られてきました。

・第10回熊本八雲会総会(427日)

・「パンフルート・エイケントリオ〜風・祈り・希望〜」広島県民文化センター(517日、3:00pm. スタート)2,800円←岩田英憲氏から

 

2《読みたい本》:美術手帖『ラファエル前派』(美術出版社、20143月号増刊)

ダンテ・ゲイブリエル・ロセッティ、ジョン・エヴァレット・ミレイ、ウィリアム・ホルマン・ハントなどの名前は御存じであろう。彼等、「ラファエル前派兄弟団:Pre-Raphaelite Brotherhood 」は、伝統的な美術を批判し、ルネサンスの巨匠ラファエロ以前に戻ることで、美術改革を目論んだ。『ラフカディオ・ハーン著作集』第12巻の「ヴィクトリア時代の詩」にも“新しい流派―痙攣派とラファエル前派”があり、Heinemann社からは、ハーンの Pre-Raphaelite and Other Poets (1923) が出版されている。

 

3《次回の予定》: 67日(土) 《浅尾氏の講演》

 

4《事務局の本棚に加わった本》:

・徳富猪一郎『典籍清話』(民友社、昭和7年)

・中村青史『窮死した歌人の肖像―宗不旱の生涯―』(形文社、2013

THE ANIMALS「どうぶつたち」詩:まど・みちお/選・訳:美智子/絵:安野光雅(文藝春秋、2012

・寺沢拓敬『「なんで英語やるの?」の戦後史』(研究社、2014

 

 

ハーンと英語教育

I am really sorry that you should not have taken a scientific course. Literature is asubject that you can study best outside of schools and colleges. But science is not. A scientific profession might enable you to do great things for your country, and in any case it would make you practically independent. But I cannot imagine that literature will ever be more than a pleasure to you. Even in England it is extremely difficult to live by literature, or to obtain distinction by it.

(君が科学専攻の課程へ進まなかったことを、私は、真実、残念に思います。文学は、学校や大学の外に身を置いていても最善の学習の出来る教科目です。だが、科学はそうではない。科学を専門とする職業を選べば、君は自分の国家に対して大きな貢献を果たすことができるだろうし、いずれにせよ、実際生活的な意味で独立して居られるだろう。だが文学の方は、君にとってお慰み以上のものになってくれるだろうとは、私には想像できない。英国においてさえ、文学で生計を立てたり、文学で名声を博することは途方もなく困難なのだ。)

189538日に神戸から大谷正信宛てに出したハーンの手紙の一部である。前回に次いで、大谷がハーンの忠告を無視して、科学ではなく文学の道を選んだことに対して残念な気持ちを吐露したものである。ハーンは、帝国大学の学生は卒業後明治国家へ貢献して欲しいという気持ちが強かったことが判る。

 

★明治大学・島根県・松江市連携講座:41267(隔週土曜)定員100

テーマ・小泉八雲の面影―日本人の源郷松江、そして島根―

(小泉八雲 [ラフカディオ・ハーン] 没後110年企画)

【各回の講師】

412日 金山秋男(明大教授)

426日 山田太一(作家)

510日 池田雅之(早大教授)

524日 田中瑩一(島大名誉教授)

6月 7日 出久根達郎(作家)

明治大学駿河台キャンパス 5,000円(5回分)〈0332964423

 

★“中村星湖(18841974)とハーンの接点”に関して:

中村星湖は1904年に早大英文科に入学、石橋湛山と同期。「早稲田文学」の記者となり、相馬御風と終生の交友を結んだ。「三田新聞」に載せた「山陰の旅 ヘルン旧居」という記事があり、『へるん』51号にその全文が再掲される予定とか。なお、中村星湖の資料の多くは山梨県立文学館が所蔵している。

 

《グローブ・トロッター誕生の背景》その(3

★「未来」、「進歩」という言葉が関心事となった19世紀半ば、未来を一瞬だけ見せてくれたのが、「ロンドン万博」であった。“万博”と共に、新しい旅行の形態が成立する。そして団体による世界観光旅行が出来るように、団体観光ツアー(パック旅行)を企画したのがトマス・クック(英国人)であった。1872年秋、トマス・クックは世界一周団体観光ツアーを実施する。25000マイルを222日間で踏破する大ツアーであった。「国際人」、「地球人」という自覚も生まれる。その年にはジュール・ベルヌの「80日間世界一周」も連載され、大評判となった。19世紀末には世界を旅するグローブ・トロッター(世界漫遊家)が誕生した。有名な女性ジャーナリスト二人の闘いがあったのもこの時期である。二人とは、「ニューヨーク・ワールド」紙のネリー・ブライ(18641922)と「コスモポリタン」紙のエリザベス・ビスランド(18611929)である。

 1889年(明治221114日、ニューヨークを出発点に、ブライは東回りのルートを取り、汽船で大西洋を横断、イギリスへ向かった。一方ビスランドの方は、西回りに列車で大陸を横断し、サンフランシスコへ、そして太平洋を渡った。日本到着は当然ビスランドの方が早く、128日に着いた。横浜グランドホテル(M・マクドナルドが運営に関わっていた)に宿泊、東京観光もして、日本滞在36時間。ブライの方は12日に到着、同じホテルに宿泊、東京観光、鎌倉への小旅行もしている。日本には120時間(5日間)も滞在しているが、726時間11分で世界を一周した。世界一周34784キロを80日以内で踏破したのである。一方ビスランドの方は76日かかってしまった。不思議なことに、ビスランドがドーバーを越える前にアクシデントがあり(陰謀か?)、4日間ものロスを余儀なくされていたのであった。軍配はブライに上り、ビスランドは世間からほとんど注目されなくなった。

参考文献:

@工藤美代子『夢の途上』ラフカディオ・ハーンの生涯【アメリカ編】(ランダムハウス講談社、2008

A中野明『グローブトロッター』(朝日新聞出版、2013

BMatthew Goodman. Eight Days: Nellie Bly and Elizabeth Bisland’s History-Making Race Around the World, New York :Ballantine Books Trade, 2014

 

★平成25年度「小泉八雲をよむ」感想文(一般の部)で、広島市・長松美登鯉さんの「八雲の心に寄り添って」が優秀賞を獲得した。「出雲再訪」についての感想文である。本日は彼女の感想文を拝読するとともに、「出雲再訪」の第1部(原文・翻訳)を御一緒に読んでみましょう。